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異世界通のデイシューさん  作者: 幕末の幕開け
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1 ギルド職員のデイシューさん

デイシューと呼ばれる男がいた。


冒険者ギルドマルメロ地方支部の裏方で事務職に勤しむ30代の男。


身長150cm、体重70㎏、褐色肌で物腰の柔らかい表情は彼の優しい性格そのものを表していた。


冒険者のように表に出ることはなく、黙々と仕事に打ち込むギルド職員。


一見すると非の打ちどころがないように見える彼だが、冒険者ですら彼につるまない程の圧倒的欠点がある。


そしてそれは、なんの変哲もない日常に突如として露呈するもので……。


「おい! デイシュー!」


突然、事務室に入り込んできたのはデイシューの同期でチャラ男のライトニング。


「どうしたんだライトニング。税金関係の書類なら一週間前に全て完成させて、あとは国税局に提出するだけだ」


「そうじゃねぇ! こないだ異世界から召喚された勇者がいただろ!」


「ああ、たしか高校、この世界における五級魔術師訓練所に通っている生徒が召喚されたようだな。名前はハラチ・ショウタロウ。高校2年生。身長175cm、体重60㎏、向こうの世界の同年代男子では平均的な身体能力と学力で人見知りが激しくいじめの対象になることが多かったが、自分にその原因の一端があることを自覚している。趣味はSNSと動画サイト視聴とゲーム、アニメ、漫画、その他にも……」


「いやもういい! それ以上喋るな異世界オタク!!」


「ライトニング。私は異世界オタクではない。異世界通だ」


「うるせぇ! いいか! その召喚勇者がこれからこの冒険者ギルドに来るんだよ!」


「ほう。それは実に興味深い。是非とも話してみたいものだ」


「それをやめろって言いに来たんだよ俺は!! いいか!! ぜってぇにこの部屋から出るんじゃねぇぞ!! ていうか外から釘打って出られないようにすっから!! いいな!!」


そして部屋から勢いよく飛び出したライトニングは事務室の扉に閂をかけて釘を打ち固定した。


「全く、他の職員に対しても業務妨害をしているということがわからんのかあの男は……」


そう呟き、業務に戻るデイシュー。


まさかその30分後に呼び出されるとは思いもしなかったのであった。













ライトニングが事務室を封印した直後、冒険者ギルドに召喚勇者のハラチ一行が訪れた。


「ほう。地方の冒険者ギルドならチンピラが絡んでくるかと思ったんだけど、昼間だからみんな狩りにでてるか」


そう言いながら受付広場を歩くのは召喚勇者のハラチ。


「ご安心くださいショウタロウ様。そのような不敬者、このアリスが斬り刻んで御覧に入れましょう」


そう言いながらレイピアの柄に手をかける軽装の女剣士の名はアリス。王国聖騎士団の元団長で、一目惚れの対象であるハラチの旅に同行するために聖騎士団を抜けたという狂人である。


「だめですよアリス。傷が残る暴力ではなく傷は残らないけど一生冒険業ができなくなるレベルのトラウマを植え付けるのです」


そう言いながら魔法の杖に魔力を貯める全身ぴっちり衣装の聖職者の名はシアン。一級魔術師訓練場を16歳という若さで飛び級卒業した才女であり、王国聖魔術師団の内定が決まっていたのに一目惚れの対象であるハラチの旅に同行するため内定を蹴った狂人である。


「二人とも何を言っているニャ! ショウに歯向かう奴はスカベンジャーコボルトの餌にしてしまえばいいニャ!」


そう言いながら半獣化をするビキニアーマーの格闘家の名はルビア。王城を抜け出したところを奴隷商に攫われたヒュームビースト王国の姫。売られた先の持ち主によって格闘大会に放り込まれるが、世界最強の格闘王になる。10大会連続王者であったのだが、闘技場でハラチに負け一目惚れ。持ち主を闘技場ごと塵にしてハラチについてきた狂人である。


「だ、だめだよみんな。大人しく……ね?」


戦意剝き出しのハーレム要員に困惑するハラチ。三人から好意と行為の目を向けられていることに気が付いていない無自覚系男子である。


「い、いらっしゃいませ。勇者様」


受付嬢のメイリーが応対する。


「いいよ。勇者だなんて呼ばなくても。ハラチでいい」


受付嬢に笑顔を振りまくハラチ。


「で? 本日はどのようなご用件で?」


その受付嬢の目の前に大量の依頼書を置き、受付嬢がハラチの笑顔に当てられないようにするライトニング。


「今日はちょっとギルドマスターに用があって来たのだけれど……この依頼書の山は?」


「このギルドに依頼されたSランク以上の依頼だ。この程度、勇者なら楽勝だろうと思ってな」


ハラチのハーレム要員がライトニングに殺意を向ける。


刹那、ライトニングの全身から脂汗が噴き出した。


「嬉しいね。ギルド登録していない俺らをSランクと同等に見てくれるんだ」


そんな状況を無視して依頼書の山に手を乗せるハラチ。


「……うん。この依頼、全部受けるよ」


「は、はぁ? お前、依頼も見ずに何言ってんだ……」


動揺するライトニングを横目にハラチは受付広場中央に立つ。


「見たさ。千里眼っていうスキルの応用でね」


「せ、千里眼といったら伝説級のスキル……しかも無詠唱で発動なんて不可能な筈じゃ……!」


「そう? 慣れたら簡単だよ? じゃ、依頼書の魔獣なんだけど……」


そう言いながらハラチが宙に手をかざすと、天井に魔法陣が現れそこから魔獣の死体がボトボト落ちてきた。


「お、おおおおおおおおおおおい!!!! なんだこりゃ!!」


「これは俺が昨日狩ってきた魔獣だ。全部じゃなくて依頼書に書いているやつだけ出すから安心して」


「いやそうじゃなくてうわわわわわ!! Sランクの魔獣ばっかじゃねーか!!」


「そりゃSランク以上の依頼書に書いてある魔獣なんだから当たり前だろう」


「お、おい!! ここのギルド職員だけじゃ足りねぇ!! 隣町のギルド職員も呼んで来い!! 冒険者を臨時で雇ってもいい!!」


ライトニングの声でギルド内が騒がしくなる。


「さて、ところでギルドマスターに用があるんだけど……」


「儂がギルドマスターじゃ」


ギルドの玄関扉を開けて一人の老人が入ってきた。


その手には一匹の小さなネズミ。


気絶をしているそれをつまみながらギルドに入ってきた老人はハラチの目の前に立った。


「ちょ、ギルドマスター! 今朝から見ないと思ったらネズミ持って帰ってくるとか。猫ですかあんたは!」


「いやあすまんのおライトニング。ちと見かけたもんで追いかけてたらこんな時間になってしもうた」


「ニャニャ! ギルドマスターがネズミ捕りとは滑稽ニャ!」


「ふぉっふぉっふぉ。見たかライトニング。儂のネタがウケたぞ」


「いやネタでこんな時間までほっつき歩かないでくださいよ」


「ふぉっふぉっふぉ。あー疲れた。腰がもう限界じゃ」


そう言いながらよろよろとハラチの前を通り過ぎ受付の奥の部屋へ入ろうとする老人。


「全く、噂に聞くギルドマスターがあんな調子とは。興醒めですねショウタロウ様……ショウタロウ様?」


アリスはハラチの顔を覗き込み、事の異常さを悟った。


ハラチがギルドマスターを警戒していたのだ。


「あのネズミはただのネズミじゃない。SSSランク魔獣のタイムスリップマウスだ。文字通り過去にも未来にもタイムスリップすることができる唯一無二の魔獣で、タイムスリップした先で自分に都合のいいバタフライエフェクトを起こし、捕まえようとすればすぐにタイムスリップをして逃げる、最恐最悪の魔獣だ。歴史に残る魔獣災害は殆どあのネズミによって起こされたものといっても過言ではない。しかも、あの尾の模様は個体名“イヴ”。全てのタイムスリップマウスの生みの親。そんなものをどうやって……」


「……言ったじゃろう。見かけたと」


優しく言う老人。


その目には一切の光が宿っていなかった。


「さて、ハラチ殿。ここではちと騒がしい。奥にある儂の部屋に案内しよう。あ、そうじゃそうじゃ」


突然振り返る老人。


「自己紹介が遅れたのお。儂の名はガングルグ・ジュピター。知っておいて損はないぞ。ふぉっふぉっふぉ」













「なに? 病床に伏している王女に美味しいものを食べさせてやってくれと国王に言われたと?」


応接室にて、ガングルグはハラチから渡された王族直筆の依頼書を読んでいた。


「おいおい、勇者ってのは魔王を倒すために召喚されたんだろ? そんなやつが飯作ってていいのかよ」


ライトニングの嫌味に反応したハラチのハーレム要員がライトニングを睨む。


「今は魔王陣営と人間陣営が冷戦状態にあって、互いに戦力を蓄えながら相手の裏を掻く工作合戦をしているんです。だから俺みたいな目立つ存在が動くと均衡が崩れるってことで、こうして国内の仕事をしているんです」


「それでコックの真似事ってか……ヒッッ」


ハーレム要員の殺意を向けられ、怯むライトニング。


「まあまあ。それで? この依頼書にはギルドの職員を手伝いとして一人派遣してほしいと書いてあるが、丁度儂のギルドにこういう仕事が得意な者がいるからの。その者を案内役としてハラチ殿について行かせよう」


「いや、それには及びません」


「……ほう?」


「俺は俺のやり方でこの依頼を達成させてみせます」


「では、儂の部下は要らないと」


「はぁ……」


ハラチは頭をガシガシと掻いて面倒くさそうに答える。


「はっきり言って俺たちより強くない奴は依頼の途中で死ぬ可能性がある。あんたがどれだけ強いかは知らないが、このギルドにいる人間の気配から察するに俺やアリス、シアン、ルビアに勝てる奴はいない。ついてこない方が身のためだ」


「てっめえ……ッッ!」


怒りで手が出そうになるライトニングをガングルグが制する。


「それは儂らへの挑戦状かのお」


「まいったな……俺なりの優しさのつもりだったんだが……」


「……っふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ」


ガングルグの高笑いがギルド内に響く。


「面白い! 実に面白い! 忠告痛み入る!!」


「ギルドマスター……」


「そんな顔をするなライトニング。ハラチ殿。貴殿の要望を飲もう。国王にも儂から言っておく」


「ありがとうございます」


「ただし」


ガングルグの目がハラチの両目の奥を覗く。


「儂の部下にもハラチ殿の依頼をさせてもらう。もちろんハラチ殿とは別行動じゃし、ハラチ殿の邪魔はさせんと約束しよう。いや実は今度王女の見舞いに行こうと考えていたところじゃったんじゃ。いやはや実に丁度良いタイミングじゃ」


「……料理対決ですか。いいでしょう。でも、最後に勝つのはこの俺です」


そう言うとハラチはその場に立ち、依頼書を持って無言で応接室から出て行った。


「……で、一体誰にあのガキと同じ依頼をさせるんですか? 俺は絶対嫌っすよ」


「なに、丁度税金関係の仕事がひと段落した奴がおるじゃろ」


「……デイシューか……」


ライトニングは頭を抱えた。

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