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2. 脳内お花畑はここですか?

 汚ねぇ犬を肉花火に変えてしまった玉城は臭い息と理不尽な生存競争から解放されて一息ついた。


 クシャミで生き物が木っ端みじんになる。玉城はこの何とも言い難い能力バトルもの的というかスパロボ的というか転生モノ的な脈絡や論理性を無視したご都合主義であやふやで足元がしっかりしていない感覚に覚えがあった。どうやら自分は夢の中にいるらしい。夢の中で、それが夢であることを認識することは彼にとってはよくあることだった。


 玉城は目が真ん丸になって固まったミニドリルの頭をよしよし撫でながら、改めて周囲に目をやった。


「わちゃ~、こりゃひでぇです……」


 死屍累々。


 今にも雨が降りそうなほどの暗い曇天。

 森の近くを通る雑草の禿げた土の道。

 見渡す限りは血の海で、そこに浮かぶのは死体、死骸、死体、死骸、残骸、残骸。


 激しい戦闘でもあったのか、ざっと数十体の人ではない生物の死骸と数十人の死体……いや、かろうじて生きている人もいるようだが、大なり小なり怪我をしており半死半生も少なくなかった。切断された腕や足や首や目玉や脳髄や腸やなんだかわからない部位もたくさん転がっている。ファンタジーの騎士のような恰好をした女性が剣を支えにこちらを見ていたが、吐血して倒れた。うつ伏せになった彼女の背中には2本の短剣が突き立てられていた。もう長くないだろう。


「うぅ、ボク血は苦手なんですよぅ、夢にしてはグロテスクすぎますぅ、うぇ~。……どうなってんですかボクの頭?」


 夢は記憶の整理と言われる。つまりこの目の前の血みどろの光景は、おそらく玉城が過去に見たスプラッタ映画とか血しぶきが飛ぶ悪趣味な漫画などの記憶から作られたということになる。もちろんケガもしたこともあるし血に関する情報も持っているのだが、だからと言ってこんなに血生臭いところとか、血の粘度とか、見たことのない生物の内臓のテラテラした質感とか、そんなものまで事細かに再現しなくたっていいだろうにと、玉城は思うのであった。


 玉城は自分の困った頭に何気なく手を伸ばして、ふにゃり、とした触感の自分の何かを触ってビクリと肩を震わせた。もう一度おそるおそる触ってふにふにと感触を確かめる。短い毛に覆われている肉で、自分の手だが触られた感触はあるし、くすぐったい。形はテトラパッケージティーバッグの2面をなだらかにつなげたホーンである。


 ――ええと、これは……ミミ?ケモ耳?


 どうやら自分はケモミミが付いた子どもになっているらしい。


「…………まぁ、夢の世界なら何でもありです。そんなことより、ええと当面の危機も脱したようですし、ボクはもう帰っていいですかね。くっせぇ犬っころとのお見合いは金輪際遠慮願いたいです」


 玉城の緊張感のない呟きに、ドリルン幼女がはっとしたように我に返った。そしてぶんっと首を左に向けると途端に青い顔になって、焦ったように玉城に手を伸ばす。


「キツネしゃんこっち!来て!おねがい!!」

「ひぎぃいッ!?そんなにしっぽを強く引っ張っちゃらめれすぅ!……えっ?しっぽ?……尻尾ぉおお???」


 背骨を直接触れられたようなぞわぞわした感覚にびっくりして自分のお尻を見て見れば、そこにはなんと立派な尻尾が2本も生えていた。正確には腰。尾てい骨のあたり。スリットの入ったエッチなコスプレ衣装のような短い緋袴の後ろに尻尾を出す孔が空いており、そこから桜島大根みたいな太さのもふもふ銀狐尻尾(シルバーテイル)が出ていて、ミニドリルはその一本を鷲掴みにしてぐいぐい引っ張っていた。意識すれば確かに感覚はあるし、空いている一本は自由に動かせる。


「ああ、耳にこの尻尾でキツネですか。あ、髪も灰白色?銀色?になってら……まぁ、いいか。はいはい、そんなに袖を引っ張らなくても今行きますよ~ぅ」


 肩だけ露出する巫女服のひらひらと長い袖を引っ張られ移動すること数歩。地面に足を運んで分かったが、身体が驚くほど軽い。まるで重力加速度がそのままに重力だけが6分の1になったようだ。もちろん重力質量と慣性質量が等しいことは実験的に確かめられているのでそんなことはないが、このなんとも物理がちぐはぐで体がふわふわ軽い感じはまさに夢の世界のそれであった。


 ほとんどない移動をした幼女は近くに倒れていた瀟洒なドレスの貴婦人の傍に座り込んだ。


「おかあさま!!」

「おぅふ……」


 玉城は思わず天を仰いだ。

 幼女が母と呼んだ女性の左腕は肘から引きちぎられ、えぐり取られた腹部は赤黒く染まっていた。地面に広がった出血面積は一目で致命傷と分かるほどに大きい。


「……キちゅネしゃん……おかあさまを、たすけ、……うぅ、たしゅへ……、うぇええええええん」


 ミニドリル令嬢は最後まで言い切れずに泣き出した。

 幼女ながらに分かっているのだろう。自分の母親がもう助からないことを。


 幼女の泣き声が黒い寒空に吸い込まれる。

 できなかったことを嘆く悲鳴を、玉城は否定しなかった。


 自分の頭の中身が悪趣味極まりない。

 たとえ夢の登場人物に同情するなど滑稽だと言われても、これでは目覚めが悪すぎる。


 ここでふと玉城は思った。


 いや、自分の頭の中の話なんだからもうちょっと何とかならないだろうか、と。

 しかして無意識が意識を決定づける実験はいくつかあるが、意識は無意識に働きかけることはできるのだろうか。睡眠時の脳内血流が低下した状態で、果たして酸素のたくさん必要そうな脳内映像を作り出せるかも甚だ疑問である。けれど、思いついてそれを実行できる環境下にあるのに手を動かさないやつは研究者を名乗るにふさわしくない。


「う~ん、ただボクの夢って、見ている本人の望むように事が運ぶことは至極稀なんですよねぇ……というか人間の精神構造的にそうならないようにできている気がします……夢は自分の思い通りに決してならない……ああ、そっか。じゃあ、行き先は他人に任せるとして……あとは、まぁ、ボクの無意識の良心が仕事をしてくれれば、ですか……ふむ。なんででしょう?根拠はないんですが、今日はなんだかいけそうな気がします」


 昔から何もかもが上手くいく日はそういう勘が働いたものだ。玉城は自分の直感を信じて、ブラウン管テレビに接続されたファミコンをリセットするようにしっかりと一度目を瞑ると、分厚い雲を吹き飛ばすように不謹慎なほど明るい笑顔と声で語りかけた。


「お嬢さま、お嬢さま!」

「ふぇ……?」


 殺戮現場におおよそ場違いな天真爛漫な存在に、同じく場違いな幼女は呆気にとられたように顔を上げる。


「よしよし。いい子ですね。いい子ついでに、もしもその偉大なるお頭に、特定の望む未来があるのでしたら、そっとこの下僕目に御明示奉られますよう願いますれば」

「……んん?」


 幼女は首を傾げた。わざとちょっと分かりにくく幼女に意味が分かるようなよく分からない程度の言葉でこちらに興味を持たせる玉城の狙いは成功したようである。


「お嬢さま、想ってください。考えてください。願ってください。この場がどう変化してほしいかを!誰がどうなってほしいかを!世界がどうあってほしいかを!どうなってほしいか言ってください!ボクにではありません!天命に関する文句の受付先は古今東西あちらになっております!!」


 玉城は黒い雲に覆われた天を指さした。その先には太陽があることが見えないのに分かった。


 幼女は地面に座ったまま手を組む。目を閉じる。

 やがて絞り出すように、小さな身体と、小さな口で世界に抗う言葉を繋いだ。


「……たす、けて」

「どなたを?」

「おかあさま……うぅん、みんなを!」


 すると雲の合間がすっと訪れ、赤い世界を温かく照らし出す。


「なるほど。幼女さまは天使さんでしたか。それは欲に皮を被せた人間という生物の真理でありますが、そこはかとなくなんとかできそうな気がした理由はこの子でしたか。まったく都合のいいやつです。あっ、こういうときは呪文ですね!」


 玉城が呟くように言うと、頭の中につらつらと口にすべき詠唱が浮かんでくる。

 これも頭の中で完結しているからだろうかと思考が脱線しそうになるも、運命の軌道の切り換え器を無理やり押し倒す。


「《どんでんじゃらぶー♪どんでんじゃらぶー♪遺体の痛いの世界の彼方へ飛んでゆけ~♪そちらへ行くにはまだ早いのです♪》……ッふぐぅッ!?」


(なんですか!???)


 玉城を中心に何重にも幾何学魔法陣が展開された。


 それと同時に全身を襲う息苦しさ。

 重力が何倍にもなったかのような圧力。

 身体の不自由。

 周囲に何かがざわざわ集まっている気配。


 玉城はこれを知っていた。強い金縛りだ。

 身体が寝ているのに脳だけが覚醒して、身体の上に何かがのっかっている幻覚を見るあれだ。


(待ってください!金縛りに移行したら夢が終わってしまいます!まだ幼女を救っていないんです!え?どうすればいいかって?ええと、そうですね……。ボクは医者じゃないし動物は専門じゃないんで責任は負いきれませんが、まだ何にもなっていない細胞があるはずです。幹細胞。それをたくさんコピーしてください。中の遺伝子が大事です。それが肉の、骨の、皮の、神経の、生命の最小単位となります)


 幼女の母親の身体が、彼女らを守って戦った人々の身体が無数の魔方陣に包まれて、原子レベルの修復子に満たされた白いスープに飲まれた。


 幼女は自分のすべきことが分かっているのか祈りを続けていた。

 ならば玉城もすべきことを成してから行こう。


(そうそう、増殖した幹細胞の皆さんは速やかに細胞間で情報交換を行ってください。自分なるべきものの情報を、自分の帰る場所に訊くのです。もらったら速やかに戻ってください。少し温めた方が化学反応速度は上がりますね。40℃くらいでしょうか?いえ、そんなもの待ってはいられないですね。では電磁場で強制的に分子を動かして…………なんでボクが指示した通りになっているんでしょうか!?)


 ざわりと周囲の空間が、集まっていた何だかわからないものが身を震わせた気がした。

 玉城は物質なき彼らを認識する。


(はて、何かがある?いる?んですね?ほほう、なるほど。ではでは、ボクは黙って幼女の懇願を捧げましょう!へ?それはいいけど材料が足りない?ああ、そりゃそうですよね。何もないところから物質が、エネルギーが取り出せないのは時間がかくある限りは絶対です。融通の効かねぇ夢ですね!はいじゃあ、その辺に転がっている犬とか変な生きものの残骸を使ってください。成分組成はだいたい似通っているはずです。大きな力も小さな力も節約できるはずです。あ、足りますか?余った肉を少しもらっていいかって?どうぞ、どうぞ。ボクは要りません。頼まれたって結構です。もちろん幼女に連なる者は持って行ってはダメですよ。それが魂ですか?ふんふん、脳と心臓の再構成は魂の記憶通りに。なるほど、ええはい。それでは行きましょう!ともに幼女の未来を紡ぎましょう!夢見の光をこの世界にもたらしましょう!!)


 玉城の周囲にいた何かは弾けたように霧散した。

 残されたのは頭の中の詠唱と、自分の内側からあふれ出る何か。

 夢から覚める前にこの夢をきちんと終わらせよう。

 玉城は腹の底から、今更ながら自分でかわいい声だなと思いつつ、詠唱を吐き出した。


「《ちちんぷいぷい!ちちんぷいぷい!ごよのおたからなる逸品を取り出しぃいッ!!》


 シャン。

 玉城は目の前に現れた神楽鈴のついた錫杖を両手に持った。

 そういうものだと世界が教えてくれている。


「《ぜぇえええんぶ幼女さんのお願い通りいい感じにしちゃってください!お願いしまぁあああすッッッ!!!》」


 玉城は錫杖を地面に突き立てた。


 瞬間、光が破裂する。

 天を覆っていた雲は吹き飛び、穢れた血は浄化され、凄惨な血の海は一瞬のうちに花畑へと変貌した。


(こういうのが奇跡とでも言うのでしょうね……自分の頭の中でこんな安っぽい救済が繰り広げられているなんてひどく滑稽で恥ずかしいです)


 幼女の母親はゆっくりと目を開けた。

 幼女は泣き出して、女性に抱き着いていた。

 騎士の格好をした何人かが起き上がっていた。

 彼ら彼女らは互いの無事を不思議がりながらも喜んでいた。


 どうやら世界は変わったらしい。


 玉城は「めでたしめでたし」と心の中で唱えつつ、くぁと欠伸をした。


 ――ああ、ものすごく眠い。


 玉城は夢の終わりを予感した。

 そう。幼女のピンチに颯爽と駆けつけ、圧倒的なチカラで敵を爆砕し、都合よく瀕死の母親を、周囲の人々を救うなんて、妄想甚だしいというか、中二病痛々しい出来事なんて夢でなければいけない。


 血にまみれていないふかふかの草のベッドを見つけ、そこに横になって尻尾を抱くように丸まる。

 ただこの幸せな光景を見せてくれた素敵な世界にお別れの挨拶をしよう。


「ふにゃあ、おやふみふぁふぁ~い……」


 夢の中で現実を去る挨拶をするなんて変なの。

 玉城はふふっと口元をほころばせて、「最終的にはいい夢だったなぁ♪」なんて呑気な感想を浮かべながら、意識を満足に手放した。


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