表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

短編

ビンボー子爵令嬢、残虐・冷酷な〈吸血鬼皇帝〉陛下の侍女になる。

R15は念のため。

「レイラ、敵襲だ!」


部屋の外から聞こえる、騒がしい物音。


「数は推定10。派手なのは珍しいが……本館に入ってこれるほどだ。油断はするなよ!」

(ねぇ、もう嫌なんだけど〜! あ〜、ほんと私のバカ! 給料に目をくらますんじゃなかった……)


過去のことに後悔するレイラなど眼中に入らないようにステラは言った。


「ボケボケするな! 殺されるぞ!?」

「それは嫌です!」

(だって、お給料日はあと少しだもの!)


レイラはお金には目がなかった。




**




帝国、某日。城の玉座の間にて。

大きく、煌びやかな玉座に座る者と、かなり離れて位置で跪く者達がいた。順番に名乗り上げていくが、玉座に座る者が反応をすることはない。玉座のすぐ横には煌びやかな玉座に似つかぬ、厳つい大剣がおいてあった。


「新しくお仕えすることとなりました、レイラと申します」


そういい、同じく新規採用となった者達と共に跪くレイラは内心、怯えていた。

……なお、レイラたちの中には城に仕えられる、と言うことで浮かれていたり、若い主を侮り、権力を握ってやろうと悪巧みする者もいる。そう言うことを企むのはおそらく、公爵など高い身分の者なのだろう。

しかし、ビンボー子爵令嬢であるレイラはそんな大それたことなどできないに決まっている。そもそも、なぜ自分が呼び出され、城仕えになりかけているのかわからず、浮かれるどころか戦々恐々としている。


「そうですか。余計なことはしなくていいです。……むしろ、変に何かするな」


最後、ドスの効いた声でそう言ったのはレイラが仕える主・スコルピョーネではなく、その後ろに控えていた腹心の側近、ステラだ。

彼女は控えている騎士の誰よりも皇帝の近くにいた。それは、信頼の証なのだろう。玉座の半径5メートル以内にいるのは、彼女だけなのだから。



レイラの主人となった〈吸血鬼皇帝〉陛下こと、スコルピョーネ・フィオーレ皇帝。

御年20の、フィオーレ帝国初の女帝である。


高い位置でシンプルに、しかし上品に結われた、漆黒の長く、美しい髪。

見つめられたら魅了され、動けなくなってしまうような、鮮やかな、深く赤い瞳。

長い足に、スラリとした長身。

豊かな柔らかな膨らみと細くくびれた腰。

儚さを含む彼女の容姿は誰もが二度見し、強烈な印象を残す、魔性とも言っていいものだった。

彼女の立ち姿に心を奪われたものは数しれない。


また、勉学も極めて優秀。わずか10歳で皇帝になるための勉強を終え、15歳の時には世に存在するほぼ全ての学問を修め、いずれも成績優秀だった。


だが、彼女は見た目ほど柔く、優しくなかった。無能な者は容赦なく切り落とすという冷酷さは幼い頃から今まで変わらない。お付きとなった侍女も彼女の厳しさについていけず辞めて行ったり、不況を買えば、次々と解雇されたりしていった。

だから歴代皇帝の中で5本指に入るほどの残虐さと冷酷さを持ち合わせていると言われている。


幼い頃から最強と名高い帝国騎士団の訓練に参加しており、12歳の時に当時最強と言われていた帝国騎士団・騎士団長に勝利し、その後も訓練を続けた。今となっては彼女に勝てる者などいない。戦場では我が身も顧みず、活躍。その際、敵兵達を次々と切り捨てる残虐さ。それだけではなく、指揮官としても有能。

スコルピョーネが参陣した戦に負けと言うものはない。全て、帝国に輝かしい勝利をもたらした。


今代皇帝は、このように文武両道だ。

まさに、天才。


そして、10年前の隣の王国との領土戦争。あの場は、スコルピョーネの初陣の場だった。

しかし、初陣ということも感じさせないほど無表情に、そして無差別に敵軍の中に踊り込み、大将の首を挙げたのだ。その時、全身に返り血を浴び、真っ赤になっていたという。また、深夜の作戦で美しい月が出ていた。全ての敵を切り伏せた彼女が月と絶妙にマッチをしていた、というのもまた有名だ。

そのことから畏怖を込め、彼女は残虐・冷酷な〈吸血鬼姫〉と呼ばれ、恐れられてきた。


そんな〈吸血鬼姫〉が〈吸血鬼皇帝〉と呼ばれるようになったのは、ほんの1ヶ月前。

父であり、今となっては先代皇帝が、死去したのである。……なお、死因は不明。

先代皇帝の遺言にはスコルピョーネが皇帝になることが書かれていた。何をとっても優秀、いや優秀と言う言葉には収まらないスコルピョーネがそのまま王位につけたのならば問題はなかった。……ただ、現実はそう簡単に行かない。


彼女には、5つ下の弟皇子がいたのだ。

平凡な、弟が。強者には媚び、弱者には傲慢。そんな平凡中の平凡な弟がいた。

そもそも、先代皇帝が存命の時から、次代の皇帝について、国の貴族の意見は分かれていた。


──帝国史を振り返っても、女性が皇帝になったことはない。

──スコルピョーネ様はとても優秀。王位にふさわしい。

──弟皇子がいるではないか。あの方こそが王位にふさわしい。

──いや、あの方では今の帝国を治められぬ。


……まぁ、このように。

先代皇帝により帝国はおよそ50年ぶりに統一されたものも、まだ多くの火種を抱えていたのだ。だから城に不審者が入り、暗殺を仕掛けようとするなど日常茶飯事だった。

結局のところ、スコルピョーネが皇帝決定会議に乱入し、無理やり納得させ、王位についた。




子爵令嬢でしかないレイラには縁遠いものだが、噂で聞いた話は大体こんな感じだ。


(なんか、めんどくさいことになったな〜)


それがレイラの感想である。いや、正確には、感想()()()

なんの権力の持たない、ただの爵位持ちでビンボーなレイラ達には今まで全くの他人事であったので、いきなり城に召し上げられると決まった時には家族共々とても驚いた。そして、素を出さないように、余計なことに巻き込まれないよう、念を押されたのである。できれば、皇帝陛下のお気に入りになれとも。


少々、噛み合っていないところもあるが、とにかくレイラの目標は面倒なことに巻き込まれない! これに尽きる。だが、ここまで拒絶されるのは流石に想定外だったのも事実だ。仕えるべき主、スコルピョーネは自分達に興味すらないのか、手にはなぜか書類が握られている。


「決して、スコルピョーネ様の邪魔にならないでください。良いですね? 分かったら、さっさと下がってください」


猫を追い払うかのように手を振るステラ。レイラはそっと立ち上がり、玉座の間をから出た。

そして扉を出たところには鬼の風紀委員長、という感じの侍女長がいた。髪は一つにひっつめにされていて、支給されている侍女服も改造などは見られない、平凡で質素なものだ。


「まず、貴女方にはやることがあります」


……掃除だった。

城の広い廊下から、使われていない客間まで、新規採用となったレイラを含む10人で全てを掃除する。

もちろん、侍女長の監視付き。サボろうにもサボれない。愚痴を言いかけたらどこに目と耳がついてんだ?と思うほどの速さでギロリと睨みつけられる。


(……これって、侍女の仕事なのね。意外だわ)


ビンボーすぎて使用人なんていないレイラにとって掃除など苦にならない。

むしろ侍女の業務内容の広さに驚いている。

やっと掃除が終わったのは空が赤く染まってきた頃だ。途中から親切な先輩侍女さん達が手伝ってくれたから助かった。彼女らがいなければ夜までかかっていただろう。


「お疲れ様でした。明日に備え、しっかり休むように」


この流れ的に明日も掃除だろうな〜と考えるレイラとは裏腹に、高爵位のお嬢様達は慣れていないことに加え、こんな雑用をやらされると考えていなかったのか、イライラした様子だ。一刻も早く皇帝にお近づきになりたいのだろう。


そして、翌日も掃除。翌々日も掃除。レイラが掃除を続けて1ヶ月が経った時に残っている同僚はレイラと皇帝にお近づきになるという執念で燃え上がった令嬢4人だった。


(1ヶ月で半数か〜。厳しいなぁ……。まぁ、そもそも翌日に1人、リタイアしたし。というか、リタイアってできるの!?)


心情的には今すぐにでもこんな恐ろしいところは去りたいレイラだったが、家庭のお財布事情的に難しいだろう。何せ、城で働くということは名誉であり、お給料も気前が良いのだから。レイラに辞退するなんていう選択肢はあってないようなものだ。


しかし、変化は確実に訪れている。

最初は本当に掃除だけで1日が終わっていたが、今では午前中で掃除を終わらせ、次の仕事を与えられているのだ。成長の伸び率はとんでもない。


(明日も頑張ればお給料、たんまり貰えるしね。ホント城って気前がいいわよね。もしかしたら、お小遣いもお父様からもらえるかもしれないし)


そのもらったお小遣いでお菓子でも買ってみようかしら、と考えているレイラだが、早急にするべきは膨れ上がった利子付きの借金の返済である。5代前の当主が大層な浪費家で、借金のほとんどはその時にできたものだ。幼い頃から借金漬けだった父や、そのまた父は貧乏性なので今では8割分以上の借金が返済されている。全て返しきれる日も近いだろう。


「レイラ・セナリア子爵令嬢、ですね?」


子爵、令嬢。

その言葉を理解するのに、少しばかりの時間を要した。今までレイラには子爵令嬢という自覚はないに等しかったからだ。


「……はい、そうです」


作業する手をとめ、顔をあげるとそこには厳つい顔をしたステラがいた。


「貴女のことは色々と知っています」


色々とって何!? と思ったが、なんとか貼り付けた笑顔の下に隠し込む。ステラは皇帝の側近という立場だけではない。生家も公爵家と、皇室に近い立場でもある。きっとそんな雲の上の人たちにはレイラの知らない組織とか直属の隠密部隊とかがあるのだろう、きっと。エライ人ってすごい。そう無理やり納得させる。


「あの、それで……何の御用ですか?」


貴女のような雲の上の人が。


「貴女には新たな任務についてもらいます」

「新たな任務ってなんです!? ていうか、任務って何!?」


極度の緊張状態に追いやられたレイラは勢いで、かつタメ口で言ってしまう。


(ヤバいっ! 今更ながら、ヤバいっ! ああ、私のバカバカ! お父様、お母様、親不孝な娘でごめんなさい……。そして弟。あとは託します……)


絶望で染まったレイラなど気にしないようにステラは続けた。


「まぁ、ついてきてください」


果たしてこの先にいるのは、鬼か。はたまた蛇か。……処刑か。

レイラの顔色は変わらず青白いままだ。

しかしステラはそんなレイラなど気にせず、ズンズンと進んでいく。


「え……あの、ここからは皇族方の居住区では……」


レイラはこれ以上進んでいくと明らかにやばいと思い、恐る恐る言えば、変わらぬ無表情でステラは言う。

皇族の居住区には決して立ち入らぬように、また近づかないように、と侍女長に言いつけられていた。そりゃあそうだろう。レイラのような下っ端が簡単に立ち入っていい場所ではないはずだ。

主に、警備面において。皇族は権力はあるが、いかんせん恨まれやすい。それ故に、スコルピョーネも幼い頃から命を狙われていたのだ。


「構わない。スコルピョーネ様の筆頭側近である私が許可する」

「……それは、ありがとうございます」

(全然嬉しくないけどね!?)


なぜなら、それだけクビ、下手したら処刑の危機が高まるのだから。お給料が高くなるのは嬉しいが、それ以上のリスクは避けたい。ギャンブルのようなことは真っ平ごめんだ。これ以上借金だらけはもう嫌だ。

現実逃避的に思考を回しながらステラの後を続く。ステラは迷いもなく複雑な建物の中を進み、とある扉の前で止まるとノックをする。


「失礼します、スコルピョーネ様。ステラです」

「……入りなさい」


おそらく初めて聞く、主の声。冷涼だが、思ったより冷たくない声だった。


「失礼します」


とても丁寧な手つきで恭しく扉を開けるとさっさと入れとばかりに顎をしゃくった。


「し、失礼します」


皇族の、ましてや皇帝の部屋など、初めて見るものだ。しかもそこにある一つ一つのものがとても高価で、女性らしいものだ。

しかし、皇帝のすぐ横に置かれていた、あの大剣が全ての雰囲気をぶち壊していた。


(さすが皇帝……!全部高そう……! 全部売ったら間違いなくうちの一年分の生活費にはなるよね。そればかりか、お釣りも出そう……どれくらい豪華なご飯が食べられるんだろう……)


ここで金を連想し、食い意地も張ってしまうのがレイラである。


(いや、それどころじゃないっ! すぐそこには〈吸血鬼皇帝〉陛下、背後にはものすごい形相の鬼の筆頭側近サマが、いるもんね……)


洗濯だけではやはり暇だったのだろうか。同期達は洗濯を片手間におしゃべりに花を咲かせていた。いや、おしゃべりの合間に洗濯をしていたというべきか。

その時に出たのが、今代皇帝とその筆頭側近……スコルピョーネとステラのことである。ありとあらゆることを揚げ足と取るように、何でもかんでも背鰭尾鰭をつけて話しているのだ。明らかにないだろっていうことまで。本気とも言える口調で言い、それに本気のように反応するのだから末恐ろしい。


「貴女がレイラ・セナリア、ですね」


その声に、レイラは反射的に跪き、頭を垂れる。


「はい。レイラ・セナリアと申します。どうぞ、お見知りおきを」

「……知っていると思いますが、スコルピョーネ・フィオーレです。レイラ、よろしくお願いしますね」


穏やかな声だが、その裏側にただならぬ自信に満ちた言葉が隠れていた。


「どうぞ、顔をあげてください」

「……恐縮、です」


恐る恐る顔を上げれば、そこには鮮やかな赤い瞳がある。明るく、見れば引き込まれそうな瞳。そこには深い色が覗いていた。


「ステラ、説明はした?」

「まだです申し訳ございません今します」


ものすごい速さでステラがいうと視線はスコルピョーネから全く動かさず述べた。


「今日から陛下の側近としての採用試験を始める」

「はいいぃぃ!?」

「黙れ」


レイラの驚愕の声にステラは間髪いれず切り捨てる。


「驚いちゃ悪いんですか!?」

「悪いなど一言も……」


もう涙目のレイラ。さぞかし心臓に悪かったのだろう。


「ステラ、そのようなことは良いですから。早く話を進めてくれる?」

「畏まりました。スコルピョーネ様のお心のままに」

「ええ」


スコルピョーネが言えばステラはすぐさま話を再開した。


「採用試験は順番に行う。試験の期限は未定。無能と判断された段階で元の仕事に戻される。また、採用となった場合は期限未定で無能、または陛下に害を与えると判断された時点で解雇となる」

(解雇っ!? それって、クビだよね!?)


むしろ解雇はクビのことを指す。


「もちろん、見返りはしっかりと用意しよう。少数精鋭だからな。福利厚生はもちろんする。給料も上乗せで……これくらいだ」

(こんなに!? 元々のお給料も高いし、かなりの優良物件では!?)


ステラが示した内容にレイラは驚愕する。それは、上乗せされる分だけでもセナニア子爵家の食費半年分に相当するものだった。元々のお給料もセナニア子爵家の食費2年分ほどなのだから、レイラの考えていることも間違いではない。

だから、その額の大きさにレイラの心は一気にグラリと傾いた。


「やりますっ! やらせてくださいっ!」


こうして、レイラは世にも恐ろしい〈吸血鬼皇帝〉陛下の側近となったのだ。

……ただ、レイラに話が来た時点で、色々とややこしいことを、レイラは忘れていた。




**




「レイラ、敵襲だ!」


部屋の外から聞こえる、騒がしい物音。


「数は推定10。派手なのは珍しいが……本館に入ってこれるほどだ。油断はするなよ!」

(ねぇ、もう嫌なんだけど〜! あ〜、ほんと私のバカ! 給料に目をくらますんじゃなかった……)


過去のことに後悔するレイラなど眼中に入らないようにステラは行った。


「ボケボケするな! 殺されるぞ!?」

「それは嫌です!」

(だって、お給料日はあと少しだもの!)


コツコツとお金を貯め、実家にも仕送りを続けたレイラ。

ついにあと一回、仕送りをすれば全額返済だ。つまり、次の給料日を迎えられなければ意味がない。それ故にレイラは死に物狂いだった。


「そうか! いい気概だ!そのまま生き残れ!油断するなよ!」

「頑張りますっ!」


〈吸血鬼皇帝〉に仕え始めて、1年。意外にもあっさりとレイラは採用され、今ではステラがかなりのことをさせてくれるようになった。そして少しずつだが、ステラとの距離も縮まっている。

ちなみにレイラと同時期に洗濯をしていた令嬢達も採用試験を受けた。結果は見事に……不合格だった。だが、給料が増えたレイラにはもうそんなことは忘れられた過去だ。


「で、賊はどれ程だ?」

「スコルピョーネ様! 部屋で待機、もしもの際は落ち延びるということでしたよね!」


部屋から出、レイラ達がいた側近の控え室に入ってきたスコルピョーネにステラが目をむく。先程まで寝ていたはずなのに、彼女はすでに簡易的な武装をし、大剣を手に持っていた。


「私は納得していない。それに、私が出た方が早いだろう? 賊も引きつけられる、殲滅も早くなる。一石二鳥だ」

「ですがっ! 狙われているのはスコルピョーネ様です!貴女様に万が一のことがあったら……!」


完全に戦闘モードに切り替わっているスコルピョーネとそれを止めようとするステラ。


「万が一などない。私は生きる。それだけだ」


決して揺らがぬ、スコルピョーネ。


「私は負けても生きる。心配するな」


呆然とするステラを横目に、スコルピョーネが部屋を出た。


「私が今代皇帝、スコルピョーネ・フィオーネだ!」


どこへでも通る、はっきりとした口調でスコルピョーネが言えば足音、話し声が近づいてきた。


「ああ、もう! 何やっちゃっているんですか!」

「ステラ」

「なんですか!?」


若干キレ気味にステラが返す。スコルピョーネを心酔しているステラからすれば、現在の状況は最悪と言っていいだろうからだ。


「背中は任せる」

「……っ!はいっ! お任せくださいっ!」


その一言で、ステラの瞳が据わった。


「レイラ、お前は……」

「お任せください。槍を振り回していればいいんですよね?」


取り出したのは槍。ただ、先端には全方位に刃がついていて、振り回せば必ず当たるという、ステラ考案の『素人でも当たる槍』だ。なんともビミョーなネーミングセンスだが、1番最初はもっと壊滅的かつ失礼なネーミングセンスだった。だからレイラが物申し、なんとかこの名前に改めた。


「そうだ。くれぐれもスコルピョーネ様に当たらないように」


実は、レイラがスコルピョーネに仕え始めて、賊が来たのは初めてではない。これで20回目だ。初めての襲撃の時もスコルピョーネとステラは同じようなやり取りをしていたが、レイラは何をするのかがわからず、足手纏いになっていた。だが、今は違う。レイラは適応力のあるビンボー子爵令嬢なのだ。もう、迷わない。



「いたぞっ!〈吸血鬼皇帝〉だ!」


その声と共に、豆粒のようだった人影が、一気に大きくなっていく。

決して広くはない帝城本館の廊下。


「11人だな。1分で終わらす」

「かしこまりました」

(全然畏まらないんですけど!?)


ただ、そんなレイラなど気にせず、最強な皇帝とその従者は次々と賊を切り伏せていく。スコルピョーネが言ったとおり、1分が経った頃には立っているのはスコルピョーネとステラ、レイラだけだった。


「汚れてしまったな」

「問題ありません。スコルピョーネ様はいつどのようなお姿でもお美しいです」


清々しそうな顔をしているが、2人は返り血を浴びている。


(怖っ! 〈吸血鬼皇帝〉……ひいては〈吸血鬼姫〉の所以がわかるわ……これ……)


敵の山の上にいる、見目麗しい二人組。そのうちの1人……スコルピョーネの黒髪と赤の瞳は、際立って見えた。


「今日はこれで終わりでしょうか? 意外と呆気ないですね……」


それにはレイラも同意する。本館に侵入できるぐらいなのだから、もっと強いのではないかと思っていたのだ。


「……いえ、これは……」

「ステラッ!」


思考の海に沈み込んだステラの意識を掬い上げたのは、彼女の敬愛し、崇拝し、何よりも優先する主の声。トン、という衝撃と共に、ステラは目にする。




鮮やかな、赤色を。




美しい弧を描くように飛び散るソレは、やけにゆっくりと動いていた。


「陛下っ!?」


レイラの声が、やけに響いた。

初めて見た、苦悶に満ちたスコルピョーネの顔。彼女は、いかなる時も返り血しか浴びなかったのに。なのに、今は。

自らの鮮血を散らし、ゆっくりと地に倒れ伏す。

そこで初めて、ステラはスコルピョーネが自分を庇い、傷を負ったことを理解する。


「許さない……許さないッ!!」

「ステラ様、止まってくださいっ!」


賊を追おうとしたステラにレイラが飛びつき、無理やり止める。


「離せっ! お前……殺されたいのか!?」

「その場合、先に死ぬのは陛下ですっ!」


その声に、ステラはスコルピョーネを見る。

凶器は、槍だった。リーチも、そして刃も長かった。かろうじて急所は外れているが、かなりの出血だ。


「このままだと、多分、出血多量で死にます!その前に、まだ賊が来るかもしれません!だから……今は一度、引いてくださいっ!」

「だがっ……!」

「陛下の命と、敵討、どちらが大事ですかっ!?」

「…………分かった」


ステラは、スコルピョーネのことを何よりも重んじている。だからこそ、効いた説得だった。

十中八九、賊を仕向けたのはスコルピョーネの弟だろう。彼がスコルピョーネが皇帝になることを誰よりも反対していた。


(ねぇ、これってガチ目にヤバいやつだよね!)


今までの襲撃ではスコルピョーネとステラの活躍により、難なく終わってきた。だからこそ、このような事態は想像などしていなかった。


「……退避する。レイラ、ついて来るんだったらついて来い」

「はい」


暗にステラは逃げろとも言っているんだろう。だが、ここで逃げてはいけない。そう、レイラは感じ取っていた。


「ここでいなくなったお給料、もらえませんもんね」


果たして、うまく笑えているのか。レイラには分からなかった。


「っ、あぁ。行くぞ」

「……はい!」


夜の闇に紛れ、尾行している賊を撒き……辿り着いたのは、帝都の外れの森にある、小屋だった。


「……すまない。このようなことに巻き込んで」


スコルピョーネの傷の手当てをし、やっと一息をつけた時にステラは言った。


「……私の、責任だ。陛下の背中を任されていたのに、私の不注意で陛下を危険に犯し、あまつさえ傷を負わせてしまった」

「ですが、あれは……」

「誰がなんと言おうと、あれは私の責任だ……」


重苦しい空気がその場を支配し、時間が経つ。高熱に魘されているスコルピョーネにステラはつきっきりだ。ろくに寝れていないのだろう。時々、椅子に座ったまま寝ている様子があるだけだ。食事もしない。

スコルピョーネだけではなく、ステラも衰弱していた。そんな2人を、レイラは見ることしかできなかった。


(きっとあの賊を差し向けたのは……陛下の弟だよね。陛下が死んで1番得するのは、あの人だもの)


政治に疎いレイラでも流石にわかる。何せ、あの城にいたのだから。城は、さまざまな噂と陰謀で塗れていた。

町で買い出しに行くと、既に今回の騒動が伝わっているらしかった。


(私ができることは、家事と、情報収集。……今、帝城を支配しているのは陛下の弟。そして即位の準備を整えている。最高議会の承認とかも必要だから、常識的に考えて皇帝になれるのは最速でニヶ月後。お披露目パレードか何かがあればもうちょっと遅くなるだろうし、非常識な手を使われたら別だけど……)


「スコルピョーネ様っ!申し訳ございませんでしたっ」


ステラの声が、聞こえた。

もしかして、という希望とともにスコルピョーネの寝ている部屋を覗き込むと、そこにはいつもと変わらない様子のスコルピョーネがいた。


「ステラ。何日が経った?」

「え? す、すみません、分かりません……」

「3日です。陛下、ステラ様」


ステラは日付感覚なんて無くなっていただろう。あれほどつきっきりだったのだから。


「そうか。現在の情勢は? ……あぁ、ステラは一度黙っておけ。お前は一度休め」

「ズゴル゛ビョーネ゛ざま゛ぁ〜!」


涙と鼻水でぐちょぐちょなのにエグエグと泣きながらスコルピョーネに縋り付くステラに若干ひく。


「レイラ、早く言え」

「あ、はい。えっと、現在、陛下は行方不明、という扱いです。帝国騎士団が陛下の行方を捜索していますが、邪魔が入っているようです」

「……続けろ」

「陛下の弟、君が即位のための準備を進めているようです」


なんとか弟、というのを阻止する。レイラはあくまでも子爵令嬢だ。だからどのような相手であれ、敬意を払う必要があった。


「アイツに敬意を払う必要はない」


アイツ、という言葉が指すものを理解し、レイラはああ、と頷いた。


「……やはりアイツか。十中八九、操られているのだろうな」


しばらく考え込んだスコルピョーネが顔をあげ、尋ねる。


「ここはどこだ?」

「帝都の外れにある隠れ家です」

「では、明日、ここを経つ。準備をしておけ。特にステラ。お前は早急に食事をとり、寝ろ」

「分かりましたっ!」


顔を輝かせたステラを横目に、スコルピョーネは布団をかぶったが、何かを思い出したように再び起き上がる。


「……ステラ」

「はっ」

「背後は、任せた」


その一言に、ステラの瞳に涙が溜まっていく。


「……はいっ!お任せくださいませ!今度こそ、邪念などにとらわれず、必ずやスコルピョーネ様のお背中を守って見せます!」

「いや、お前はもうちょっと考えて行動しろ」


ステラに辛辣に言い渡すと、今度はレイラの方を向く。


「レイラ、迷惑をかけてすまないが、付き合ってくれ」

「もちろんです」

「お前のことだ、金目当てだろうが、これが終わったら……」


レイラはそっと自身の唇の前に指を持ってくる。


「……私、そんな恩知らずではないですよ?……まぁ、お金は欲しいですけどね」

「ハッ!それこそがレイラだ。……私の、侍女だ」

「はいっ!」


ビンボー子爵令嬢は、残虐・冷酷な〈吸血鬼皇帝〉陛下の侍女になった。




**




翌日、夜。

その時の帝城は、恐怖に包まれていた。

反皇帝派──この場合の皇帝はスコルピョーネを指す──の人物が、次々と倒れていく。ただ、死んでいるわけではなく、辛うじて息はある、という絶妙な状態だった。

しかも運悪く、スコルピョーネの弟……アヤツラーレルが主催するパーティーが開かれるため、昼間から多くの貴族や金持ちが城に集まっていたのだ。このことはパーティーの参加者達の間で、ものすごい速さで回る。ついには、帝国騎士団にまで。


「〈吸血鬼皇帝〉だ……」

「え? だが、あの方は行方不明では……」

「いや、〈吸血鬼皇帝〉がまだ〈吸血鬼姫〉と呼ばれていた時分、瀕死の重傷を負っても1週間とせずに戦線に復帰したらしいぞ……」

「倒し方があの方とその従者のクセがある……」


貴族達の噂は瞬く間に広がる。スコルピョーネと共に戦線に立ったことがある騎士団がやられた人物を見た時、そして戦場での彼女を語れば、話は信ぴょう性を増していく。

本来和やかなはずのパーティーは恐怖に支配されたような雰囲気だった。ただ、それは序盤だけ。時間が経つにつれ、次第に和やかな雰囲気に戻っていく。

だが、突然、パチリ、と大広間の明かりが消えた。


「何事だ!?」

「早く灯りをつけろ!」


パニックに襲われる群集。


「アヤツラーレル。お前を謀反の罪で断罪する」


そう、凛とした声が響いた。

そして1番前のステージにだけ、明かりがつく。もちろん、そこにいるのはスコルピョーネで。背後には、ステラがいた。


「度重なる皇帝殺害未遂。王位簒奪未遂。主な罪状はこれだが……余罪はまだまだ出てきそうだな?」


ニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべるスコルピョーネ。


「ふ、ふざけるなッ!!」

「直情的だな。そんなものだから操られ、すぐにボロが出るのだ。……まぁ、自業自得だな」


スコルピョーネの前には、既に縛り上げられたアヤツラーレルがいる。そして、いつの間にかゆっくりとゆっくりと、明るくなっていく。そして帝国騎士団により、アヤツラーレルは大広間から出て行った。……これで、ほぼ王位は安泰となった。

彼女はフィオーレ帝国初の女帝、〈吸血鬼皇帝〉。残虐であり、冷酷であり、最強であり、文武両道である。


スコルピョーネは肩から落ちた髪を後ろに払い、堂々と名乗る。






「私がフィオーレ帝国今代皇帝、スコルピョーネ・フィオーレだ!」

お読み頂き、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ