第二話 サフィ・ガーランド捜索命令
プロントが怪物に襲撃されてからおよそ一ヶ月。
エレノアは軍の駐屯所でせっせと書類業務を片付けていた。プロントの復興に当たり、膨大な仕事が舞い込んで来たため、この一ヶ月は休む暇もないくらい忙しかった。
こんな時、ナッシュがいれば助かるのだが……。
先日の怪物との戦闘でナッシュは重傷を負っていた。一時は生死の境をさ迷う程だったが、今はかなり回復して来ている。だが、未だに目を覚ます兆候は見られない。プロントの医者に尋ねてもはっきりとした理由は分からなかったため、軍本部の専門医に手紙を送った所、魔法を行使するための回路が損傷している可能性があるとのことだった。
魔法使いとは魔力を循環させるための回路が発達している人間を差す。回路は魔法使いにとって第二の血管とも言えるものであり、彼らが生命活動を維持するために必要不可欠なものだという。そんな重要な器官が傷付けば、寝たきりになっても不思議ではない。
もっとも回路が傷つくほど魔法を行使することなど通常ではありえない。魔法使いも人間である以上、命が危険に晒されたら自ずと力をセーブする。だが、ナッシュは本来働くはずの安全弁を外して魔法を使ってしまった。
その結果、今のような状況に陥っているのだというのが医師の見解だった。
では、ナッシュはずっとこのまま目を覚ますことはないのだろうか。エレノアが当然に抱いた不安に対しては、あっさりと解決策が用意された。
ナッシュの容態を知った軍の専門医は、ウズネラを供給するように手続きを済ませてくれていた。ウズネラを使えば大概の願いは実現される。もちろん願いの大きさによっては実現出来ないこともあるが、人一人の傷ついた魔法回路を修復するくらいは造作もない。
そろそろ、プロント復興用のウズネラと一緒に運び込まれるはずなのだが……。
「……まったく、いつまで待たせるのでしょうか? いっそのこと、ウズネラを使って運んでしまえばいいのに」書類業務が一段落着いたエレノアがぽつりと呟く。
ウズネラの希少価値を考えれば、それが愚行でしかないと言うことはエレノアも分かっていたが、待たされる身としては愚痴の一つも零したくなるのが人情というものだった。
「いけませんね。部屋に一人でいるとどうしても気分が滅入って来る」
ペンを置いたエレノアはぐっと腕を上に伸ばす。
こんな時は少し体を動かした方が良い。
今日は午後から町の復興作業に加わる予定だったが、早めに顔を出すのもいいだろう。
そう思い、エレノアが椅子から立ち上がると、部屋の扉を叩く音がした。
「――エレノア、軍からあんたに荷物が届いたぞ」
「荷物!?」
慌しく部屋の扉を開けたエレノアは、駐屯所の同僚から荷物を受け取る。
そこには黒色の手紙が挟まれていた。赤い蝋封がされたそれは軍の機密文書であり、エレノアも見るのは初めてだった。
同僚から荷物を受け取ったエレノアは、部屋の扉を閉じると手紙の封を開ける。
「……何ですか、これは?」
手紙に記された内容に思わず我が目を疑った。
『ナッシュ・ホーネット。ハンザウェスト・ロンバート。エレノア・バーンズ。以上、三名にサフィ・ガーランドの捜索任務を命じる。対象を見つけ次第、直ちに捕獲し、軍へ連行すること。生死は問わない。但し、殺害した場合には証拠として首を持ち帰るように。 ――リンドベル軍 少将 ライアン・フォード』
気が付けば、もう一人の同僚であるハンザの所へと駆け出していた。