第四話 空振り
旧王都から馬車で三日。
サフィは首都アルタの前までやって来ていた。
その外観は旧王都以上の威容を発していた。街全体が巨大な堀と壁に囲われており、あらゆる外敵の侵入を阻んでいた。その無言の圧に、田舎から出て来たサフィは近寄ることさえ憚られるような気がした。
あれだけ感動したエストフィアの王城でさえ、この街と比べるとこぢんまりとしたものに感じる。御者が正門の門番と通行の手続きをしている間、軽いカルチャーショックを受けたサフィが呆けていると、同じ馬車に乗っていた老夫婦が微笑ましい目でその様子を眺めていた。
やがて手続きが終わり、馬車が街の中へと入って行く。そこからはまた別世界が広がっていた。歴史を感じされる建物が多かった旧王都に比べ、首都アルタの街並みは異国の文化が取り入れられているのかどこか雑然としている印象だった。たが、不思議なほど違和感はなく、むしろそれらが互いに調和し、街に賑わいを生み出していた。
サフィは御者と年配の夫婦に別れの挨拶をすると、さっそくシルバーに紹介してもらった時計職人の店を尋ねることにした。
シルバーがくれた案内図によれば、時計職人の店は街の中央からやや外れた場所にあるらしい。だが、街が広いせいなのか、慣れない道のせいなのか、サフィは店にたどり着くのに一時間以上の時間を要してしまった。
田舎暮らしのサフィにとって長時間歩くことは苦ではない。それでも行き交う人の波を掻き分けて前に進むのは思った以上に骨が折れた。店にたどり着く頃には、サフィの表情は二割増しでやつれていた。
「……やっと、着いた」肩で息をしながらそう呟いたサフィは、その店構えを見て目を丸くした。
「……本当に、ここなの?」
街の端っこにひっそりと佇むその店には看板も出ておらず、風が吹けば吹っ飛んでしまいそうに思えた。端的に言って、ぼろかった。
本当にここで合っているのだろうか。不安になったサフィはもう一度、シルバーから渡された案内図を見直す。
「やっぱり、合っているみたい……」
どうにも不安を覚えずにはいられない店構えに尻込みをしながらも、一先ず、扉をノックする。
「こ、こんにちは~」そう挨拶をしてしばらく待ったが返事はない。「留守かしら?」
サフィが首を傾げていると、不意に誰かが声を掛けて来た。
「あなた、その店に用があるの?」
「え、ええ。そうです、けど……」そう答えてサフィは相手に目を向ける。
黒い日傘を差したその女性は、柔らかな笑みを浮かべると、「そう」と答える。
「でも残念ね。そこの店主なら半年ほど前に店を畳んで街を出て行ったわよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
「あの、どこに行ったかとか分かりますか?」
「ごめんなさい、そこまでは」
「そうですか……」
「でも、この街ならほかにも職人がいるから探してみたら?」
「え、ええ。そうですね。そうしてみます」
当てが外れてしまったが、こうなっては仕方がない。あの女性の言う通り、ほかの店を当ってみよう。サフィは日が暮れるまでの間、別の店を尋ねてみることにした。
だが、どこも返事は同じだった。
「お嬢ちゃん、悪いがこいつはうちじゃ無理だ」
「何だ!? このおかしな時計は? こんなもの直せられるか!」
「こいつを作ったのは、余程、頭のおかしな奴だろう。残念だが、諦めた方がいい」
そして、最後の一軒にも断られたサフィは、通りの片隅にあったベンチに腰掛けると深く溜息を吐いた。
「はあ……、困ったなあ」
結局、振出しに戻ってしまった。やはり世の中、そうそう上手くは行かないということか。消沈したサフィは気持ちを切り替えるために夕暮れの街を散策することにした。すると、街のどこからか大きな鐘の音が聞こえた。その音のした方には、この街で一番高い時計塔が建っていた。
たしか御者の話では自由に出入りが出来るとのことだったが。
「気晴らしに見に行ってみようかしら……」
夕陽に照らされた時計塔を見つめ、サフィはその場を後にした。