第三話 郷愁
首都アルタから少し離れた小高い丘の上には、一本の大きな木が生えていた。
そのすぐそばにはアルタへと続く街道が伸びており、日々、多くの馬車が行き交っていた。馬車を操る御者たちは丘の上の木が見えると、そろそろアルタに着くぞと思うらしい。
午前の仕事が終わった後、昼食を早々に済ましたナッシュはその小高い丘の上で剣の鍛錬を行っていた。
「……よく飽きねえな」
声の方を見上げると、ハンザが木の上で欠伸を噛み殺していた。
「うるさいぞ、ハンザ」ナッシュは剣を振る腕を止めることなく言う。「邪魔をするならどっかに行け」
「まあ、いいじゃねえか。一人でやっても退屈だろ? 何なら相手してやろうか?」
「いらん」
「だったら代わりにその剣をちょっとだけ触らせてくれよ」
「断る。この剣は父から譲り受けた大切なものなんだ。言ってしまえば俺の命みたいなものだ。他人になんて触らせられるか」
「知ってるよ。もう、何回も聞いたし」ハンザはそう言うと、街道の方へと目を向ける。「おや、馬車が来るぞ」
「ああ、そう」
「荷台に人の姿が見える。旅人かな? カワイイ娘だったらいいんだけど」ハンザはそう言うと、木の上からぐっと身を乗りだす。「……お、おい、ナッシュ。見てみろよ!」
「今度は何だよ」うんざりしながらナッシュが尋ねる。
「いいから、あの馬車を見てみろって。すんげえ美人がいるから」
「別にいいよ、どうでも」
「お前、そんなこと言ってるとマジで後悔するぞ。ほら、すぐそこまで来てる。一番後ろに座ってる娘だ」
急き立てるハンザにナッシュはわざとらしく大きな嘆息を吐くと、仕方なく目の前を過ぎ去ろうとしている馬車へと目を向ける。
一度見て感想を言えば奴も満足するだろう。
しかし、こう邪魔ばかりされてはたまったものではない。せっかく時間を作って鍛錬をしているというのに。どうしてこいつはいつも俺の邪魔ばかりするのだろう。放っておいてくれればいいのに。
大体、ハンザはいつも大袈裟なのだ。
そんな美人とそうそうお目に掛かれるわけ――。
「――あ?」
ハンザへの不満が頂点に達しようとした瞬間、ナッシュは我を忘れて遠ざかるその少女の姿を目で追っていた。
流れるような長い銀色の髪と白い肌。同乗者と談笑している顔には郷愁を思わせる何かがあり、ナッシュは無意識に剣を落としていた。
「……おい、その剣、お前の命じゃなかったの?」
ハンザのからかうような声も、この時のナッシュの耳には届かなかった。