第三十六話 ステインと老人
「なるほど。最近この町に流れて来たという腕の良い細工職人というのは、あなたのことだったのですね?」
薄暗い部屋の中、ステインがそう言うと老人は、「さあな」と返事をした。
「他人が儂のことをどんな風に言っているかなど興味はない」
「相変わらずですね」ステインは苦笑すると、腕にはめたブレスレットを老人に見せる。
「これ、あなたの仕事でしょ?」
「ん? ああ、それは確かに儂が作ったものだ。無聊を慰めるためだけに作った品だがね。日銭を稼ぐにはちょうどいい。……しかし、何故それをあんたが持っている?」
「アイナにもらったんです」
「アイナ……。あの娘か」老人は食器の洗う音のする台所へ目を向ける。「あんたらは一体どういう関係だ? 親子というわけでもあるまい」
「ええ、ただの同居人です。訳あって一緒に暮らしています」
「なるほどね……」老人は傍にあった葉巻に火をつけると、もう一本をステインに差し出す。「あんたもどうだ?」
「いえ、私は」
「ふん。相変わらず、つまらん奴だな」
「それはお互い様です」
吐き出した煙が散って行くのを眺めながら、「違いない」と肩を竦めた老人は何かを思い出しているようだった。
「……それにしても似ている気がする」
「何がですか?」
「あの娘のことだよ。見た目はそうでもないのだが、何となく彼女に似た雰囲気を感じる。そうは思わんか?」
老人の言う彼女、それが誰を指すものなのかステインにはすぐに分かった。
だがそれを肯定する気にはなれなかった。
「さあ、何のことだか。よく分かりませんね」
「……そうかね。まあ、あんたがそう言うならそれで構わんが。詮索する気もないしな」
この老人らしい言い草だった。王国お抱えの時計技師でありながら、人付き合いを好まず、同業者からも煙たがられていた頑固者。だが、ただ一つのものを探求し続けるその姿勢には、たとえ畑違いであったとしても共感を覚える所があった。
思えば、あの人に気に入られる人間には似たような者が多かった気がする。
自分もこの老人も、そして……。
「あなたは、この十年、どうしていたのですか?」
「儂か? 儂は何も変わらんよ。ただ、機械いじりを続けていた」
「そうですか……。あなたらしいですね」
無感情に答えたステインに老人が不愉快そうな目を向ける。
「そう言うあんたは変わったな。あの頃のあんたには業物の剣のような凄みがあった。剣のことなど大して分からん儂にさえ感じられるほどに……」
「昔の話です」
そう言ったステインに老人はどこか寂しそうな表情を浮かべた。
「あんた、まだあの日のことを引き摺っているのか?」
「まさか。それこそ昔の話です。もうとっくに忘れましたよ」
「どうだかな。儂には、あんたもまた時代に取り残されてしまったように見えるがね」老人はそう言うと葉巻を灰皿に押し付けた。「まあ、何にしてもだ。あの子を悲しませるようなことはするなよ。あの子は、アイナはとてもいい子だ」
「ええ、分かっています」
そんなことは他の誰でもない。
自分が一番、良く分かっていた。