第二十二話 りがいかんけい
『それからお前はどうしたんだ?』アイナが一旦、話を区切ったところでステインが尋ねた。
『いくつかの町や村をてんてんとしていました』
『子供が一人で? よく生きて来られたな』
『うんが良かったんだと思います』
アイナはそう答えたが、住む場所も働く場所も失った彼女の生活はひどいもので、何度も死にそうになったらしい。特に飢えは耐えられず、残飯を漁ったり盗みを働いたりもしたそうだ。
『……はじめてものをぬすみました』
たった一つのパンだったらしい。それが原因でアイナはあっさりと捕まった。その時、彼女の中で何かがポキリと折れたそうだ。
『人にやさしくしなさいって、おかあさんにも言われていたのに……』
それはきっとアイナの中で決して違えてはならないものだったのだろう。小さな唇から零れた声は、悔悟の念に染まっていた。だから、牢屋に入った後は、自分の罪を償おうと決めた。
しかし、そこでもまた怪物が現れた。アイナはその予兆を感じ取り、すぐに住民たちを避難させるよう牢の番人に訴えた。
……その結果、また一つ町が滅んだ。
『信じてはもらえなかったのか?』
『ざいにんの言葉に耳をかす人はいませんから……』
それからもアイナが立ち寄る場所では、度々、怪物が現れることがあった。彼女はそのすべてを予見していた。怪物が現れる度、必死になって声を上げた。上げ続けた。だが、誰一人としてその声に耳を傾ける者はいなかった。
大勢の人が死に、自分だけがいつも生き残る罪悪感。アイナは次第に怪物が現れるのは自分の所為だと思うようになった。
そして最後に流れ着いたのが、あの盗賊団という訳だ。
『ちなみに、今日、怪物が現れることをお前は知っていたのか?』
『はい』
『そのことを盗賊どもには?』
『つたえました。……しんじてはもらえませんでしたけど』
『そうか……。それで、お前は逃げようとしなかったのか?』
『はい』
『何故だ?』
『もう、いいかなっておもって……』
ステインは初めてアイナを見た時の表情を思い出した。人と怪物、その両方に汚されようとしていた彼女の目からは、生きる気力が失われていた。
怪物の出現を予見するというアイナの話が本当かどうかは分からないが、彼女が生きることに絶望していることだけは伝わって来た。
『わたしのはなし、しんじてくれますか?』アイナは何一つ期待していないような口ぶりで言った。
『分からん』
ステインがそう答えると、アイナは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
『しんじないとは、言わないんですね?』
『否定するだけの根拠もないからな』
『そうですか』
『ああ。それにもしお前の話が本当なら俺にとっては都合がいい』
『つごうが良い? それはどういうことですか?』
『俺が傭兵をしているのは、怪物どもを殺すためだ。もしお前が怪物の出現を予見出来るのなら、俺は思う存分、奴らを殺すことが出来る』
『どうして、そこまでかいぶつを?』
『大した理由はない。奴らを殺せば金になる』
『お金のため?』
『そうだ』
『それだけの理由で?』
『おかしいか? 俺は傭兵だ。金のために戦うのは別に不思議ではないだろう?』
『でも、かいぶつと戦うなんて命がけじゃ……』
『今、この世界に現れる怪物は、大災厄の残り滓みたいなやつばかりだ。あんな雑魚どもに遅れは取らんさ』
『すごい自信ですね。とうぞくやぐんじんだって、一人でかいぶつに勝つことなんてできないのに』
『リンドベルの軍人ならそうだろうな』
『? リンドベルのぐんじんなら?』
首を傾げるアイナにステインは小さく舌打ちをした。
余計なことまで話し過ぎたようだ。
『まあ、そんなことはどうでもいい』ステインは強引に話を切り替える。『それよりもアイナ、俺と一緒に来るつもりはないか?』
『……りゆうは、私の力ですか?』
『そうだ。お前の力は利用価値がある』
焚火がパチパチと音を立て、アイナはふと空を見上げた。
『……りがいかんけいっていうやつですか?』
『難しい言葉を知っているな』
『死んだとうぞくの人が言っていました。人はたがいがたがいをりようする。りがいかんけいでつながっているって。だからおれたちみたいなにんげんもひつようなんだって』
『ある意味では真理だ』
『わたしにそのかちがあると思いますか? りようするだけのかちが?』
『それはこれから確かめればいい。それでどうする? ついて来るのか来ないのか?』
不意にアイナは茫漠とした瞳で空を見上げると、『分かりました』と答えた。
『あなたについて行きます』
『いやにあっさり決めたな?』
『はい。いそいだほうが良いと思ったので』
『どういうことだ?』
『あなたがさっきはなしていたちかくの町、そこにかいぶつが出ます』
予期していなかったアイナの返事にステインは目を剥いた。
『……それは、本当なのか?』
『はい。さっき、町がかいぶつにおそわれているところが見えたので。たぶん、こんばんじゅうにはあらわれるはずです』
ここから町まで馬を使っておよそ一時間。
ステインはすぐに荷物をまとめると、出発の準備を始めた。