プロローグ2 とある港町
すでに日付も変わってしまった夜遅く。
ようやく家の前までたどり着いた男はほっと息を吐いた。
帰路の途中で余計なトラブルさえ巻き込まれていなければ、今頃はもうベッドの中にいたはずだ。まったくひどい目に遭ったものだと、男が溜息を吐きつつ頭と肩に被った雪を払い落としていると、家の中からバタバタと音が聞こえて来た。
「ステイン!?」勢いよく扉が開き、黒髪の女の子が顔を出す。「よかった。帰りが遅いから心配してたんだよ?」
「すまない。……それよりアイナ、一人の時は鍵を開けるなといつも言っていただろう?」
いくら小さな町とはいえ、物騒であることに変わりはない。アイナには家の戸締りについて、いつも厳しく言ってあったのだが……、
「ごめんなさい。でも、大丈夫だよ」
「いや、大丈夫って。お前……」
何を根拠に言っているのか。ステインと呼ばれた男が呆れ顔を浮かべていると、アイナが胸を張って答える。
「だって、足音で分かるもん。それより早く中に入って! 暖炉に火を付けてあるから」
「ああ」
促されるまま家の中に入ったステインは、まっすぐに暖炉のある居間へと向かった。手に持っていた剣を壁に立て掛け、鎧を脱ぐ。それからしばらく暖炉の前で休んでいるとアイナが温かいスープを持ってやって来た。
暖炉といい、スープといい、どうやらアイナは家主が戻って来るまで、律儀にずっと起きていたらしい。ステインが申し訳なく思っていると、「それで?」とアイナが口を開いた。
「大丈夫だった? 怪我とかは?」
「問題ない。アイナは心配のし過ぎだ」
「うん……。それは分かってるんだけど……」
しょんぼりとするアイナの頭をステインがぽんと叩く。
「大丈夫だ。そう簡単に俺はやられん。それはお前が一番よく知っているはずだ」
「そうだよね」アイナはうんうんと頷くと、その視線を壁へと向ける。「ところでさ……。あれ、いい加減、別のに変えたら? 剣は仕方ないとしても、鎧の方はどうにかならない? あちこち傷だらけだし。まるで骨董品じゃない。あんまりみっともない恰好をしているとみんなに笑われるよ?」
「別に問題ない」
「問題あるよ。ステインってば、髪や髭だって伸ばしっぱなしじゃない」
「髭はたまに剃っているぞ?」
「本当にたまにでしょ?」アイナはそう言うと大きく溜息を吐く。「まったく、ステインがそんなんだから私まで苦労するのよ」
「お前が苦労? どうして?」
「どうしてって、それは……」
「それは?」
ステインが繰り返すように尋ねると、途端にアイナの顔が赤くなる。
「べ、別に何でもない! 私、もう寝るから。ステインは食器片づけておいてね。それから上着もちゃんと干しておくこと」アイナは早口でそう捲し立てると慌ただしく居間から出て行った。
「……何なんだ、一体?」
最近、アイナは時々訳のわからないことで怒ることがある。
年頃の娘というのはこういうものなのだろうか?
アイナと一緒に暮らすようになって、もう五年の月日が経つ。
初めて会ったときは、ほんの小さな子供だったのに。
「あっという間だったな」
温かいスープを口に運びながら、ステインは感慨深げ呟いた。