初恋は花火の音
「もう終わりだね」
隣に座る彼女は、寂しそうに言った。セーラー服の襟が揺れる。
八月三十一日に行われるこの町の祭りは、花火で幕を閉じる。
「帰れただろうか、狐様」
この町には狐様という神様がいる。町全体を見渡せるこの山に住んでいて、僕たちを見守っていてくれる。年に一回、夏祭りの時に山から降りてきてお祭りを楽しむと、花火の音を合図にまた山へ帰って行く、そんな言い伝えがあった。
「うん、あの花火が導いてくれるはず。またこの山のどこかから、私たちを見ていてくれるのよ」
彼女はいつから僕の隣にいたんだろう。それすらわからなくなるくらい、長い時間を共にした気もするし、ほんの一瞬だった気もする。少なくとも僕にとって、それは永遠に近い風景だった。
山から臨む町は綺麗だ。遠くに湖が見える。夕焼けの空を鏡みたいに反射して、真っ赤に染まっているみたいに見えた。僕たちも鏡みたいに同じ表情で、この景色を見ていることをかすかに望んだ。
「じゃあ、またね」
そう言って彼女は帰って行った。僕はなんとなく頷いて、小さな背中が見えなくなるまで見送った。ポニーテールが跳ねる。あれは彼女と最後に会った、夏の終わりの日。
おまさん、知っとうかぁ、こん町の狐様はな、昔は四匹おった。でもいつだったか、山に入った猟師がな、子どもの猪と間違えて撃ってしもうたぁ。それ以来、狐様は、たった一匹でこの町を守っておられるんじゃ。ほら、聞こえるじゃろう、こーんこん言う鳴き声が。わしにはな、寂しそうに聞こえるんじゃ。そんな狐様のためにな、わてらは精一杯楽しく盛り上げるんじゃ。だからこの町のお祭りはあんなにも華やかで、忘れられない一日になるんじゃあよ。
あれから二十回目の花火が上がった。僕はいつの間にか大人になった。
「もう終わりだね」
隣にいる妻は小さな娘を胸に抱いて、この町の花火を見上げている。
「帰れたかな、狐様」
今もこの山のどこかで、僕たちを見ていてくれるんだ。そうだよね?
「私たちを見守っていてくださいね、狐様」
妻は山を仰ぎ見た。腕の中で、おぎゃあ、と小さな命が泣いた。
大きな爆発音が町全体に響き渡る。ばーん、ばん。それはどこか寂しそうに響く。ばーんばん、こーんこん。夕日で真っ赤に染まる湖、細い髪の毛を揺らす夏の終わりの風、隣で笑っていた彼女。僕は彼女を守れただろうか?あれは僕が初めて恋をした夏。