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出会いの酒場の殺意⑶

「……マスター、聞いてください」


 いつにもなく深刻なトーンを醸したつもりだったが、ムーランは、私の方に振り返ることすらしなかった。


 彼女は、キャビネットのウイスキーボトルを眺めながら、


「開店準備はもう終わったのかい?」


と私に訊ねた。



「開店準備は早めに終わらせました。私、どうしてもマスターに話したいことがあるんです」


「また女の敵でも見つけたのかい?」


「違います」


 ムーランは私と違って鋭い洞察力を持っている。これから私が何について話そうとしているのかも当然に察しているはずである。

 ゆえに、彼女は、わざととぼけているのだ。



「トーラスさんのパーティーの件です。私、どう考えても異常だと思うんです」


「何がだい?」


 ムーランの態度はあまりにも白々しい。


 彼女は、この1週間の間、トーラス達がこの店で一体何をしてきたのかを全て知っているはずなのに。



「だって、3人目ですよ。わずか7日間で、彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 イリスを死なせてしまったトーラス達は、その翌々日には、次に紹介したパーティーメンバーをまた死なせてしまったのである。


 その際、トーラス達は、「出会いの酒場」に片脚を持参した。


 これはムーランが紹介した魔法剣士であるジョーダンの右脚であると説明して。


 彼らが言うには、ジョーダンも、イリス同様、パーティーに加わった初日に、魔物に殺され、無惨にも身体を引き裂かれてしまったとのことだった。



 果たしてこのようなことが2度も続くのだろうか。


 私は、トーラス達に疑惑の目を向けざるを得なかった。


 本当にジョーダンは魔物に殺されたのだろうか。それとも――



 しかし、ムーランは、またもや第13条【戦力保証】の適用を主張したトーラス達に、いとも簡単に3人目のパーティーメンバーを紹介した。


 イリスのときと「証拠」関係は変わらないのだから対応は同じにすべき、とムーランは考えたのかもしれない。


 もっとも、私にはそれはあまりにも杓子定規に過ぎるように思えた。




 そして、そのさらに翌々日、私の悪い予感は的中した。


 3人目に紹介したバトルマスターのサイモンもまた、変わり果てた姿で酒場に持ち込まれたのである。


 今度持ち込まれたのは左腕だった。



 あまりにも怪しい。



 トーラス達は、間違いなくムーランと私に何かを隠している。

 


 私は、トーラス達を問い詰めなければならないと思った。

 場合によっては警察を呼び、イリスとジョーダンとサイモンの死の真相について捜査してもらわなければならないと思った。



 しかし、ムーランは、こんなときでも態度を変えなかった。


 彼らを怒鳴りつけることすらなく、あろうことか、トーラス達に言われるがままに4人目のメンバーを紹介したのである。



--そんなの絶対におかしい。


 契約書の約束というのはそんなに偉いのか。

 ムーランのやっていることはあまりにも無責任ではないか。

 無責任なんてもんじゃない。


 もしかすると、それは殺人への加担なのかもしれないではないか。



 

 バイトに過ぎない私が、マスターであるムーランに口出しをするのは烏滸がましいことだと思う。


 しかし、この状況においては、さすがに物申さずにはいられなかった。

 そうしないと、トーラス達はさらに死体を累ね続けるだろう。

 これ以上トーラス達に「無料交換」で人の命を差し出し続けるわけにはいかないのだ。




「マスターも分かってますよね? 紹介したパーティーメンバーが3人連続で初日に魔物に殺されるわけがありません。しかも、みんながみんなバラバラにされて。トーラス達はマスターと私に嘘を吐いてるんです」


「ミナ、それはアンタが勝手にそう思ってるだけだろ? 証拠はあるのかい?」


 証拠の問題ではない。


 常識の問題である。



「証拠はないです。でも、絶対におかしいんです。トーラス達の正体は多分――」


「ミナ、憶測で話すのはやめな。お客様に失礼だよ」


「でも……」


 ムーランだって分かってるはずなのだ。彼女は私なんかよりも何倍も何十倍も賢いのだから。

 それにもかかわらず、なぜムーランがトーラスの言いなりになるのか、私には全く分からない。


 もしかすると、何か彼らに弱みでも握られているのか。



「ミナ、もうこの話はやめよう」


「でも……でも……」


 いくら上司命令とはいえ、私はそう簡単に矛を収めるわけにはいかない。


だって――


だって――



「心配は要らないよ。もうトーラス達はうちの店には来ないから」


 それは、私が言葉にできなかった不安に対する処方箋だった。

 やはりムーランは誰よりも察しの良い女性である。


 なぜムーランが、トーラス達がこれ以上酒場に来ることはないと判断したのかはさっぱり分からない。

 しかし、彼女にここまできっぱり断言されてしまうと、私としては、それ以上の追及はできなかった。



 そして、実際に、ムーランの言うとおり、この日も、次の日も、その次の日もトーラス達は酒場に訪れなかった。


 一安心ではある。もっとも、私の心のしこりは消えなかった。





 その日は久々のオフだった。


 「出会いの酒場」は人手不足で、私は金欠だったから、需要と供給が見事にマッチし、私のシフトはびっしり埋まっていたのである。

 

 遠方から出稼ぎに出ていた私には、この地域に友だちもいない。

 昼過ぎまで惰眠を貪った後、何もすることがなくなった私は、いっそのこと「出会いの酒場」に客として行こうかと思い、靴を履き、家を出た。夕日が目に染みる。


 途端、ふと「やるべきこと」を思いついた。


 それをしなければ、目の前で命が差し出されてるのを黙って見ていた私だって「共犯者」かもしれない。

 私には、イリス、ジョーダン、そしてサイモンの死の真相を突き止める責任がある。




 トーラス達のパーティーがアジトとする建物の場所については、トーラス本人が酒場で話していた。

 トーラス達のやっていることを考えれば、その情報は眉唾である。とはいえ、他に手がかりはない。


 幸いにして、トーラス達が話していた住所は、私の家からかろうじて歩ける距離であった。


 そして、さらに幸いなことに、そこに本当にトーラス達の根城があった。



 あたり一帯は雑木林となっており、他に民家はない。


 ここがトーラス達のアジトだと特定した理由は極めて単純である。「トーラス・グレイス」と書かれた表札が掲げられていたからだ。



 トーラス達は私に興味を示していなかったとはいえ、さすがに顔くらいは覚えているはずだ。

 もしもトーラス達のアジトに「真相」に繋がる何かがあるのだとすれば、ここで私が見つかってしまい、私が何かを探ろうとしていることがバレれば、おそらく抹殺される。



 私は、トーラス達が中にいるであろう一軒家へ突撃するのは得策ではないと思った。


 見るべきなのは、一軒家の隣に立っている物置小屋である。


 ここにはおそらくトーラス達はいないし、何より怪しい。木で作られた物置小屋は、とても簡素な造りをしており、かつ、一軒家と比べてだいぶ最近に建てられたように見えた。


 この物置小屋の中に何かがあるはずだ、と直感した。



 私は、忍足で物置小屋の入り口へと向かった。



 そして、木工のドアノブに手を掛け、押す。


 グッと押し返される。


 ただ、どうやら噛み合わせが悪いだけで、鍵はかかっていなさそうである。


 私が体重をかけると、ズーッと擦る音を立てながらドアは押し込まれていった。



 物置小屋の中心にあったのは、私が予想したとおりの()()であると同時に、衝撃的な()()であった。



「きゃあ!!」


 絶対に声を出してはいけない状況だと頭では分かっていたのに、思わず悲鳴を上げている私がいた。


--私はバカだ。

 なんてバカなんだ。


 ここで声を上げてしまうことは、即ち死ではないか。なぜ我慢できなかったのか。



 バカのついでに、私には度胸もなかった。

 生存確率を少しでも上げるには、私はその場から逃げるしかないのに、足が震えて動かない。


 それどこか、立っていることすらできず、物置小屋の入り口で尻餅をついてしまった。



 ゆえに、私は、背後から迫る影に対して、振り返ることすらできなかった。



「おや。君はたしかあの酒場の子じゃないか」


 それは紛れもなくトーラスの声だった。


 トーラスは私のすぐ後ろにいて、私を、そして、開放された物置小屋の中身を見ている。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 それは血溜まりの中で無秩序に積み上げられていた。



「酒場の子がこんなところで一体何をしてるんだい?」



 恐怖のあまり私の身体は硬直してしまっており、声帯も閉まりかけていた。


 しかし、私は、これが私の最後の言葉になるだろうと思いつつ、なんとか声を絞り出した。



「……トーラスさん、あなた、人喰い鬼だったんですね……」



 そこまで吐き切って、私は気を失った。


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