旅立ちの日の殺意⑶
「遺書!!??」
予想だにしない展開だった。
まさかアレックスが遺書を残しているだなんて。
ということは、アレックスの死は他殺ではなく、自殺だった、ということになる。防御創に見せかけた傷を自らつけ、自ら胸にナイフを突き刺したのだ。
しかし、真実は、さらにその斜め上を行っていた。護衛兵はこう続けたのだ。
「アレックスの遺体があった空き地とは別の空き地で、フィーナの遺体が見つかりました!! この遺書はフィーナが残したものです!!」
フィーナとは、アレックスの妻、つまり、僕の母親の名だ。
どう考えても冷静ではいられない状況の中、努めて冷静に考えてみると、たしかに今日、フィーナの姿は一度も見ていない。
朝、僕をベッドから叩き起こしたのも、同居している母親のフィーナではなく、隣の家に住む幼馴染のミーシャだった。
突然父親を殺され、さらに勇者として担ぎ上げられたことによるパニックのせいで意識として上がってこなかったが、普通に考えて、一人息子が冒険に出かける日に母親が姿を現さないというのはおかしい。
フィーナは当然に謁見室にいて然るべき人物だったはずだ。
なぜ姿を現すべきフィーナがどこにもいなかったのか。
その答えは今となっては明々白々。
死んでいたからだ。
僕には、茫然自失以外の行動の選択肢がなかった。
僕に対する慰めの言葉の一つもないまま、護衛兵は、選手宣誓のように声を張り上げ、フィーナの遺書を朗読し始めた。
……
前略
アレックスを殺したのは私です。
この遺書が読まれている頃には、私はすでにこの世にはいません。
とはいえ、なぜアレックスを愛するべき立場にある私が彼を殺したのか、しかも、『旅立ちの日』という大切な日に、ということについて、私には説明をする義務があるでしょう。
ですので、包み隠さずに記します。
私は、アレックスを心から愛していました。
だからこそ、今日、彼を殺したのです。
私は、彼が冒険の旅に出掛けるのをどうしても阻止したかった。
なぜなら、冒険のパーティーにはアイツ――メアリーがいるから。
アレックスとアイツが不倫をしていることに、私はずっと前から勘づいていました。
18年前、私と婚約関係にあったアレックスは、私をこの街に置き、アイツとともに冒険に出掛けました。
そして、旅の中で、アイツとの絆を深め、ついに一線を超えたのです。
3年後、街に帰還したアレックスの心は私ではなく、すでにアイツへと移っていました。
それだけではなく、アイツのお腹には、アレックスとの子が宿っていたのです。
アイツは、その子――クラヴァについて、旅の中で出会った行きずりの人との間の子だと説明しています。
しかし、アレックスは私の最愛の男性です。
クラヴァが、その最愛の男性の子かどうかを見分けられないはずがありません。クラヴァにはアレックスの面影がハッキリとあります。
そして、アレックスは、アイツだけでなく、クラヴァのことも愛していました。
ゆえに、彼は、本音では、アイツと結婚し、一緒にクラヴァを育てたいと思っていたんです。
しかし、世界を救った勇者が、他の女と一緒になるために婚約者を捨てるなどということは、体裁上できなかったのです。
そんなことをすれば彼の栄光は一瞬にしてスキャンダルに塗れ、穢れます。相手が冒険をともにしたパーティーメンバーなのですから、なおさらです。
だから、彼は、自分の体面を守るためだけに、当初の約束を果たし、愛もないのに私と結婚したのです。
アレックスは私を愛していませんから、結婚後、私への態度は冷たく、自分から私を抱くこともありませんでした。
私の方はといえば、それでもアレックスのことを愛していましたが、あるとき、ふと魔が差してしまいました。
満たされない心の穴を埋めるために、私がアレックスの妻だと知らずに私を口説いてきた行商人と寝てしまったのです。
それは一回きりの過ちでした。
しかし、その一回きりの過ちが、取り返しのつかない事態となりました。
私は、その行商人との子とを孕んでしまったのです。
そうして生まれたのがレオンです。
レオン、今まで黙っていてごめんなさい。
あなたの母親として、あなたの幸せのために、あなたには申し訳ないと思いつつも、今日まで言い出せずにいました。
おそらくアレックスは、レオンが自分との間の子でないことに気付いていたと思います。
しかし、そのことを口に出すことはありませんでした。
これもやはり勇者としての体面を守るためだと思います。
アレックスは、ドロ沼の離婚劇ではなく、良い夫、良い父親を演じることを選んだのです。
このアレックスの選択は、私との関係では、私の弱みを握り続けるということでもありました。
私だって、勇者の妻として、セレブの部類に入ります。
不倫相手との間に子どもを作ったなどということを世間に明かされるわけにはいかなかったのです。
ゆえに、私は、アレックスがレオンの出自について黙ってくれていることと引き換えに、アレックスとアイツとの不倫関係やクラヴァのことについて、薄々以上に察しながらも、問い質すことができなかったのです。
しかし、あろうことか魔王が復活し、再び「旅立ちの日」を迎えたことが、この危うい均衡関係が壊れるきっかけとなりました。
なぜなら、アレックスは再び私を捨て、アイツと冒険に出掛ける口実を手に入れたからです。
何度も繰り返しますが、私はアレックスを心から愛しています。
ですから、今日から始まろうとしていた、アイツとの幾年にもわたる冒険の旅、いや、「不倫旅行」を阻止せずにはいられなかったのです。
空き地にアレックスを呼び出した私は、念のため、アイツのこと、そしてクラヴァのことについて彼に訊いてみました。
すると、彼にも何かしらの覚悟があったのか、あっけなく認めました。
アイツとの不倫関係、クラヴァが自分の子であること、そして、今もなおアイツを愛していることを。
ですから、私は、迷わず、持ち出したナイフで彼を襲い、殺害しました。
魔王が復活し、世界が危機的な状況に陥っているにも関わらず、勇者を殺してしまったことで、世界中の方々にご迷惑をおかけしました。死んでお詫びいたします。
そして、一気に「両親」を失ってしまったレオンに対しても、申し訳ない気持ちです。
しかし、私のアレックスへの愛は、こうしない限り収拾がつかなかったのです。
それでは、みなさん、さようなら。
レオン、強く生きて。
草々
……
母親の突然の告白をどのように受け止めるべきか、僕には全く分からなかった。
おそらく一生分からない。
「愛」とは一体なんなのか。
「愛」とはこんなにも難解で、不条理なものなのか。
それとも、単に僕の母親があたおかなのか。
フィーナの遺書の読み上げによって、顔面蒼白になった人物は僕だけではなかった。
クラヴァである。
なぜなら、遺書によって、僕ではなく、クラヴァこそがアレックスの息子である、つまり、勇者の血を引いていることが明らかになったからである。
「旅立ちの日」に危険な冒険に出掛けるのは、僕ではなく、クラヴァへと変更になった。
ギロチン台に乗せるべき首が入れ替わったのである。
護衛兵は、そのことをアナウンスするために、わざわざ遺書を読み上げたのだろう。
この街、そして、世界にとって重要なのは、フィーナの死ではない。
遺書中の、アレックスが、クラヴァは自分の子どもであると認めた、という記載にのみ意味があるのだ。
「嫌だ嫌だ!! 俺はこの街に残るんだ!!」
もはや安全地帯から槍を突き出す立場ではなくなったクラヴァ。
必死の抵抗も虚しく、「早く出てけ!!」「もう帰ってくるな!!」と群衆から激しいブーイングを背に浴びながら、護衛兵に首根っこを掴まれながら残り50メートルの距離を行進させられ、母親であるメアリーと世界を救う冒険の旅に出掛けた。
そして、僕はというと――
もうこの街にはいられなくなったので、翌日、そっと旅に出掛けた。
いわゆる「最後の一文」に全てを込めた作品でした。ストーリーの全て(さらにタイトル)が「最後の一文」を導くための伏線になっています。
1話目なので明るい話にしようと思ったのですが、結局、主人公の「両親」を殺してしまうのがミステリー書きの悲しき性ですね。
次話は、「出会いの酒場の殺意」です。一転して女性主人公となります。