魔王城の殺意⑸
目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。
「……ここはどこだ?」
決して誰かに問い掛けたつもりではなかったが、すぐさま返事がきた。
「ここは死後の世界です。オズワルドさん、あなたは死んだんです」
――俺は死んだ。
直前の光景を思い出してみると、たしかにそれは死の瞬間であった。
俺はシェリルとともにメタルスライムキングの下敷きになったのである。
俺に返事をしてくれたのは、銀色に光るモヤのような何かだった。
どこかで聞いたことのある声である。この声はたしか――
「メタルスライム……だな?」
「ええ。あなたに殺されたメタルスライムです」
銀色のモヤが答える。
「俺に復讐しにきたのか?」
「まさかそんなわけないですよ。だって、お互いにもう死んだんですよ。死んだらみんなイーブンです」
そう言って銀色のモヤ――メタルスライムは笑う。
「死んだらみんなイーブンか……」
何とも力の抜ける言葉である。
「ですから、僕はオズワルドさんには一切恨みがないんです。ただ――」
「ただ?」
「生前のことで、一つだけ言っておきたいことがあったんです。本当はお互いに生きているうちに言いたかったんですけど」
「何だそれは?」
「僕が死ぬ直前にオズワルドさんにしようとした忠告です。生前のオズワルドさんは、それを『命乞い』と決めつけて、聞いてくれようとはしなかったんですけど」
たしかに思い返してみると、メタルスライムにトドメを刺す直前、メタルスライムは、俺に何かを言いたそうにしていた。
俺はそれを聞かないまま、最後の一撃を彼の脳天に放ったのである。
「あの時、僕は、オズワルドさんに、『僕を殺したら、僕のお母さんがタダじゃ放ってはくれませんよ』って言いたかったんです。僕のお母さん――メタルスライムキングは、僕を溺愛してますから、僕を殺した犯人を殺すまで追いかけ回すだろうと思ったんです。だから、僕は『命乞い』ではなく、忠告として、そのことをオズワルドさん――当時はうろつくよろいさんだと思ってたんですけど――に伝えたかったんです」
――そうだったのか。あの時、メタルスライムはそれを俺に伝えようとしていたのか。
「今となってはあとの祭りですけどね」
メタルスライムがまた笑う。
俺としては頭が痛い思いである。
もしもあの時、問答無用でメタルスライムを殺さずに、彼の最期の一言に耳を傾けていれば、警戒くらいはできたはずである。
メタルスライムキングを見ると同時に危機を察し、回避行動を取れていれば、あの場で死なずに済んだかもしれないのである。
「オズワルド」
背後で、また別の聞いたことのある声が、俺の名前を呼んだ。
「私も君に言いたいことがあるんだ」
この声はたしか――
「吸血鬼の王……だよな?」
「左様」
絶望の洞窟にて殺した吸血鬼の王が、黒いモヤとなって、俺に話しかけてきたのである。
「私もメタルスライム同様、君のことは恨んでいない。ただ、生前の君に言いそびれていたことがあるんだ」
「……一体なんだ?」
「実は、君が私のところに来る2ヶ月ほど前に、ある方が私のところに来て、カギを交換したんだ」
「カギを交換……?」
「左様。元々絶望の洞窟で保管されていたさいごのカギを、偽物と取り替えたんだ」
「……そんな」
信じたくない話ではあるが、辻褄は合う。
絶望の洞窟で手に入れたさいごのカギでは、魔王の間の扉を開けることはできなかったのである。あのカギは偽物だったのだ。
「もしも君が私に対して、さいごのカギが必要な事情を話してくれていたら、私はこのことを君に正直に話しただろう。あの時、君はうろつくよろいの格好をしていたしね。しかし、君は私に何も話してくれなかった。そして、有無を言わさずに私を殺したんだ。ゆえに、私はこの大事なことを言いそびれてしまったのだよ」
--何ということだ。
もしもあの時、吸血鬼の王からの質問を無視せず、ちゃんと答えていたら、俺は偽物のカギを摑まされずに済んだということか。
カギが偽物であることを知っていれば、当然、俺は魔王城には行かなかっただろうから、メタルスライムキングによって殺されることもなかったのである。
「オズワルド、私も君に言いたいことがあるんだ」
次に俺に話しかけてきたのは、白いモヤである。
この声はたしか――
「ゴースト……だね?」
「そうだよ。君のパートナーに殺されたゴーストさ」
守衛室で出会い、魔王城においてシェリルが光の呪文で殺害したゴーストである。
「私もみんな同様に君のことを恨んでいない。僕の場合は、そもそも君には殺されてもいないしね。でも、これだけは言わせて欲しいんだ」
「今度は一体何だ?」
「私が特殊能力を使って魔王の間に侵入したことはパートナーから聞いてるよね?」
「ああ」
「あの時、私が見たのは、死んでいる魔王様だったんだ」
「え!?」
――そんなまさか。
俺が守衛室でした話は全てでっち上げである。
魔王が実際に殺されているなどあり得ない。
「魔王様はたしかに息絶えていた。だけど、特に外傷があったわけではない。つまり、魔王様は病死していたんだ」
「病死……?」
「そう。細かいことは本人に聞いて欲しいけど、ともかく、オズワルド達が戦うまでもなく、魔王様はすでにこの世を去っていた。魔王の間から出た私は、そのことをすぐに君のパートナーに伝えようとしたんだけど、あっという間に光を浴びさせられちゃって」
もしもその時にシェリルがすぐにゴーストを殺さずに、ゴーストの話を聞いていたとすれば、俺達は何もする必要がなかった、ということじゃないか。
もちろん、死ぬこともなかった。
「嘘だろ……」
俺はその場に倒れ込みたい気分だったが、生憎、モヤの状態だったから、その場に漂うことしかできなかった。
「オズワルド、最後に私からも言わせてくれ」
今度は今まで聞いたことない声だった。
声がした方向を振り向くと、そこには一際大きな紫色のモヤがあった。
「はじめまして」
「誰だ?」
「私は魔王だ」
「……アンタが魔王か」
「そう敵意を剥き出さないでくれよ。私も君ももう死んでいるんだ。お互いに争い合う理由はもうないだろ?」
たしかにそうかもしれない。とはいえ、憎き宿敵である。
死んだからといって、そう簡単に気持ちを切り替えられるはずもない。
「少なくとも、私は君に対して一切敵意を抱いていない。ただ、君に言わせて欲しいんだ」
「……何だよ?」
「私は、君がうろつくよろいに変装する1ヶ月ほど前に病気で死んでいた。ゆえに、君が私を倒すためにしていたことは全て無駄だったんだ」
「マジかよ……」
ゴーストから聞いたことは事実だったということか。何ともやりきれない気持ちになる。
「そして、死ぬ一ヶ月前、もう長くはないだろうことを悟った私は、絶望の洞窟へと行き、さいごのカギを偽物と交換した」
吸血鬼の王が言っていた、カギを交換した「あの方」とは魔王のことだったのである。
「一体何のために……?」
「魔王の間を『永遠の密室』にするためさ」
永遠の密室。
「私が死んだことが知られてしまえば、人間達はこれが好機だと考え、徹底的にモンスター達を滅ぼしに来るだろう」
「まあ、そうだろうな……」
「そして、モンスター達は、このままだと人間達に滅ぼされると考え、混乱し、自暴自棄になりかねない。君の『活躍』は知れ渡っていたしね。私の存在自体が抑止力なんだ。この世界の秩序を守るためには、私が死んだことはどうしても隠さなければならなかった」
ゆえに、と魔王は続ける。
「魔王の間の扉を閉ざし、誰も開けることのできない密室を作り上げることによって、私を生かし続けたんだ。普段から私は魔王の間からはほとんど外に出なかったから、しばらく私の姿を見なくても誰も不審がらないだろう。数ヶ月、いや、何年かは誤魔化し続けられるはずだと考えた」
この魔王の作戦は、魔王の想像しない形で見事にハマったのである。
なぜなら、「最強の勇者」である俺の侵入を防ぎ、結果として殺すことができたからである。
もしもカギが入れ替わってなければ、俺とシェリルは魔王の間に入り、生前に、魔王の死を知ることができたはずなのだ。
「魔王の間の壁をすり抜けられるゴーストの存在は、私にとっては計算外だった。まさか新入りの守衛にそんなすごい能力を持つモンスターがいたなんてね」
魔王に「すごい」と褒められ、白いモヤが照れたように「えへへ」と笑う。
「オズワルド、分かっただろう。君はもっとモンスターの話を聞くべきだったんだ。メタルスライム、吸血鬼の王、ゴーストのいずれかの話をちゃんと聞いていれば、君は死なずに済んだんだよ。でも、君らは、モンスターに対する嫌悪感から、そうはせず、問答無用で彼らを殺したんだ。それは間違いなんだよ」
何も言い返すことができなかった。
魔王の言うとおりである。
「これは君だけではなく、人間全体に言いたんだが、人間はモンスターの話を一切聞かず、モンスターを一方的に敵視している。私は人間と話し合いの場を持とうとしたが、無下にされた。私が『永遠の密室』を作ったのは、このことへの抗議でもあるんだよ。話をしてくれない人間に対して、私は殻を閉ざしたんだ」
「はぁ……」
ため息しか出ない。
完全に打ちひしがれている俺に対し、魔王が優しく声を掛ける。
「まあ、よい。生前のことは全て水に流そう。死後の世界においては、モンスターと人間との区別もない。こっちの世界では仲良くしようじゃないか。なあ、オズワルド」
(了)
「殺意のRPG」を最後までお読みいただきありがとうございました。
最後にエタリかけて申し訳ありません(苦笑)
最後の「魔王城の殺意」が超難産でした。
正確には、アイデアは早い段階で思い付いていたのですが、それを形にする勇気がなくて、なかなか筆が進みませんでした。僕が「伊坂幸太郎っぽい」と勝手に呼んでいるジャンルの、偶然とタイミングが重なり合って一つのまとまった絵になるタイプのミステリーでした。普段あまり手を出さないだけにだいぶ苦戦してしまいましたが、ファンタジー感は強めですし、締めにふさわしいメッセージを最後に残せたのでまあまあ満足しています。
「死後の反省会」などというオチを書く日が来るとは思ってはいませんでしたが(苦笑)
今作は、10作の短編によって成り立っています。「RPG」という設定で一応括られているとはいえ、それぞれ独立性が強く、かつ、創作性が強いものでしたので、書くのはそれなりにハードでした。
ミステリー書きとしての最低限の引き出しの多さは見せたかったので、10作とも異なった種類のトリックを用いたつもりですが、大括りで言うと、入れ替え系のトリックが多くなってしまったと反省しています。
なろう作家歴は約6年なのですが、ファンタジーに疎く、未だに「悪役令嬢」の意味がサッパリわかっていません。
そのため、ファンタジーを書くことはこれまで避けていたのですが、去年末に書いた「雑用ばかりさせられてた魔剣士、パーティーを追放された翌日、パーティー全員毒死。追放ざまぁ? いいえ、容疑者はあなたです」という作品が意外と好評でしたので、調子に乗り、今回の連作短編に挑戦しました。
その結果が勝利なのか敗北なのかは読者の皆様の判断に任せますが、個人的には、決して6年前の自分には書けなかった作品だと思うので、そこは評価したいと思っています。
実は、本作の姉妹作である「殺意の論理パズル」が、第9回ネット小説大賞の2次選考を通過しました。
本作の連載を開始した段階では、まさかそのようなことになるとは思わず、姉妹作である本作の意味合いも大きくなってしまったので、若干戸惑いました。最終話がなかなかアップできなかったのも、このことのプレッシャーとは無関係ではないと思います。
もっとも、現状においては、僕の宣伝が甘かったこともあるのですが、本作は、(一見するとなろうウケしそうな題材を扱っているにもかかわらず、)「殺意の論理パズル」ほどPVも読者数もなく、なろうの大海に沈もうとしています。
そこで、本作に関しては今まで一度もこうしたアピールは行ってこなかったのですが、やはりブクマと評価が欲しいです。
若干のなろう媚びは含んでいるものの、不人気ジャンルの作品であるため、普通に読み飛ばされてしまうと、普通に沈みます。逆に一人の方が評価を入れてくださるだけで、PV数がグッと上がってきます。
本作に少しでも魅力を見出してくださった方がいましたら、ぜひともお気軽にブクマと評価をお願いします。
また、このような連作短編においてはどうしても気になるのが「どの話が一番面白かったか」です。
本当はアンケート機能でも使いたいところなのですが、そういうわけにもいかないので、お手間ですが、感想欄に「3話目」とか「カジノ」とか簡単な一言でいいので、面白いと感じた作品を教えてくださるとありがたいです。今後の創作活動においてめちゃくちゃ参考にします
最後に、本作のために時間を割いてくださったことに、心より感謝を申し上げます。
今後ともよろしくお願いいたします。
あ、あと「なろうのミステリーを盛り上げたい!」が僕の口癖で、なろうの名作ミステリーを紹介するエッセイを書いており、好評をいただいております。「このなろうミステリーがすごい!と僕が思う作品」というタイトルです。ぜひご覧ください!