魔王城の殺意⑷
「ねえ、オズワルド、やっぱりよろいを脱いでもいい? 重くて仕方ないんだけど」
シェリルがわがままを言う。
彼女は優秀な魔法使いであるが、口うるさいのが玉に瑕である。
能力は買っていたとはいえ、その煩わしさからパーティーを追放しようか悩んだことは数知れない。
「重いだけじゃなくて、超ダサいし」
「シェリル、我慢しろ。よろいを脱いだら、モンスターに襲われるからな」
俺とシェリルが、ガシャンガシャンと激しい金属音を立てながら小走りで進んでいるのは、魔王城の中である。
俺が吸血鬼の王を殺したことから、この城のモンスター達は、いつ俺が現れるのかと戦々恐々としている。
うろつくよろいの変装をしていなければ、寄ってたかって襲ってくるだろう。
「別にいいじゃない。襲ってきたら迎え撃つまでよ。『最強の勇者』の実力を見せつけてやりましょう」
「そう簡単に言うなよ。魔王との戦いを控えてるんだ。体力は温存しておいた方がいい」
「堅苦しいことばっかり言わないでよ。それに、大切な戦いの前にストレスを発散しておくのも大事じゃない?」
シェリルが言う「ストレス」とは、守衛室のメタルスライムとゴーストとやりとりをしていた際に喋れなかったことのストレスに違いない。
うろつくよろいが女性の声で話すと言うのは不自然であるため、シェリルには一言も発しないでいてもらっていた。
口から先に生まれてきた魔法使いにとって、無言を貫くことは拷問に等しかったものと推察する。
「ストレスは魔王相手に発散してくれ」
「……それもそうね。待ちに待った魔王戦だもんね。誰かさんが大事なカギを無くしたせいでね」
「うるさいな……」
「だって、事実でしょ。オズワルドがあくまのカギを無くしたせいで、こんな面倒くさい芝居を打たなきゃいけなくなったのよ」
事実ゆえに耳が痛い話である。
破竹の勢いでモンスターの根城を制圧し、魔王城へと迫っていった俺とシェリル。
今から3ヶ月前、海底洞窟においてあくまのカギを入手した。このあくまのカギを使えば、絶望の洞窟の扉を開き、吸血鬼の王を倒し、さいごのカギを入手できる。さいごのカギさえ手に入れれば、魔王と戦える。
しかし、絶望の洞窟の深緑色の扉の前に立ち、ポケットの中をまさぐった俺は、あることに気付いた。
あくまのカギをなくしてしまったのである。おそらく、前日に深酒した際に、どこかに落としてしまったのだろう。
冒険の旅に出て以来、最初にして最大の失態であった。
魔王を倒す自信はあるのに、あくまのカギがなければさいごのカギを手に入れることができない。
思わぬところで立ち往生を強いられたのである。
「でも、いいだろ。結果として作戦成功。無事にさいごのカギを手に入れられたんだから」
尻拭い、というわけではないが、さいごのカギを手に入れるためのアイデアは俺が考えた。
魔王城の守衛ならばさいごのカギの合鍵を持っているはずだと考え、護衛のうろつくよろいを倒し、よろいを奪い、それを着て、うろつくよろいに変装して守衛室に駆け込むことにしたのである。
魔王の間で戦いの音が聞こえた、という下りは、メタルスライムから合鍵をもらうためのでっち上げだった。
密室である魔王の間に何者かが侵入するということは冷静に考えたらあり得ない話であるが、切羽詰まった状況下であれば、深く考えずに合鍵を渡してくれるだろうと思ったのだ。
「結果としては作戦成功かもしれないけど、あくまでも結果オーライよ。そもそもさいごのカギの合鍵なんて存在しなかったし」
シェリルがまた突っかかってくる。
なんて面倒臭い女なのだ。魔王を倒した暁には、この女とは絶対に縁を切りたい。
たしかにさいごのカギの合鍵は存在しておらず、結局、俺はメタルスライムとともに絶望の洞窟にまで行く羽目になった。
それは想定外の手間だったが、メタルスライムがあくまのカギになってくれたことにより、深緑の扉を開けることができた。その「障害」さえクリアできれば、あとは俺らで何とかすることができる。
「それに、魔王の間の中に入ることができるモンスターがいるなんて聞いてないわ。危うく作戦がバレるところだったじゃない」
「それは俺も知らなかった」
さいごのカギを入手し、絶望の洞窟から魔王城に帰ってきた俺に、シェリルは、半ば愚痴のようにして、ゴーストの特殊能力について報告した。
ゴーストが壁をすり抜け、魔王の間の中を覗いたとのことである。
そんなことをされてしまえば、魔王の間に侵入者が入ったという話がでっち上げであることがバレてしまう。
「まあ、魔王の間から出るやいなや、私が光の呪文で殺めておいたんだけどね」
「それはグッジョブだよ。さすがシェリルだ」
「褒めたって何もさせてあげないからね」
全くもって可愛くない女である。
俺の狙い通り、うろつくよろいの変装のおかげで、モンスターから襲われることなく魔王の間の前まで辿り着くことができた。
荘厳な扉を前にして、シェリルがまた嫌みったらしく言う。
「またカギをなくしてないでしょうね?」
「そんなわけないだろ」
今回は万が一にもなくさないように、紐をつけ、道具袋にくくりつけておいた。
俺はカギを紐から外すと、扉の鍵穴にそれを差し込む。
そして、時計回り方向にそれを回そうとする。
「……あれ?」
「どうしたの? まさか開かないの?」
「そんなはずは……」
今度は逆時計回り方向を試す。
しかし、カギは回らなかった。
「クソ!! どうなってるんだ!?」
「それ、本当にさいごのカギなの?」
「そのはずなんだが……」
ちゃんと絶望の洞窟の最深部でゲットしたものである。さいごのカギで間違いはないはずだ。
俺はカギを抜いたり差したり、押したり引いたりしながらなんとかして扉を開けようと試みたが、カギは回らず、扉はビクともしなかった。
痺れを切らしたシェリルにも代わりにやってもらったが、状況は変わらない。
「オズワルド、一体どういうことなの!? 話が違うじゃない!!」
「クソ!! なんでだ!?」
この時、さいごのカギが使えないというピンチにさらに追い討ちをかけるピンチが、俺とシェリルに迫っていた。
しかし、鍵穴に夢中になっていた俺とシェリルは、背後から近づく気配を感じることができなかった。
ようやく気付いて振り返った時には、すでに2人はそいつにロックオンされていた。
2人の命を狙っていたのは、巨大なモンスターであるメタルスライムキングだった。
「……メタルスライムキングじゃないか。そんなに怖い顔をしてどうしたんだ?」
ただならぬ空気を感じながらも、俺は、平静を保ちつつそいつに話しかけた。
俺とシェリルは今、モンスターの格好をしているため、そいつに襲われるはずはない――はずだった。
「殺す……殺す……」
「……何言ってるんだ? 俺らは仲間だろ?」
「大事な一人息子の仇……」
俺はようやく気が付いた。
俺は、絶望の洞窟で、よろいを着たまま、メタルスライムを殺めている。
メタルスライムキングは、勇者である俺ではなく、うろつくよろいに復讐をしようとしているのである。
メタルスライムキングは、ピューッと高く飛び上がった。全体重をもって、俺とシェリルを押しつぶそうとしているのである。メタルスライムキングの重さは1トン以上ある。のしかかられたら命はない。
普段の俺らならその攻撃を避けることができたはずだったが、今は重いよろいを着ている。
回避できる状態ではなかった。
――終わった。
こうして「最強の勇者」である俺の冒険譚は、魔王の間を前にして幕を閉じた。




