魔王城の殺意⑶
バタバタバタバタ……
洞窟の天井にぶら下がっていたコウモリ達が一斉に羽ばたく。
「おや……客人かな」
絶望の洞窟の最深部に誰かが訪れるのはいつぶりだろうか。
――あの日以来だ。
2ヶ月前、私が彼と「秘密」を共有するに至ったあの日である。
オズワルトという名の勇者が魔界で猛威を振るっているという噂は、かねがね聞いている。
ついにオズワルドが、さいごのカギを求め、絶望の洞窟の最深部に到達したのかもしれない。
オズワルドが噂通りの実力の持ち主であれば、私ごときでは歯が立たないだろう。いよいよ今日が私の命日になろうか。
とはいえ、今日が来るまでには思ったよりも時間が掛かった。私は、もっと早くオズワルドがここにやってくると思っていた。彼があくまのカギを入手した、という情報は、とっくの昔から私の耳に届いていた。
一体、今日まで彼はどこで手こずっていたのだろうか。
想像よりも私の死期が遠のいたことは毒にも薬にならないとしても、彼が手こずっている間、「秘密」の取引ができたことは何よりの幸いだった。
足音はすぐそばまで来ている。
私は覚悟を決めた。
しかし、果たして私の目の前に現れたのは、勇者ではなく、モンスターだった。
「……うろつくよろいじゃないか」
2ヶ月ぶりの来訪者が勇者ではなかったことに、私はホッとしかけたものの、冷静に考えると、そうも安心していられない。
うろつくよろいは魔王城の護衛役である。彼が持ち場を離れて、こんなところに来るからには、何かしらののっぴきならない事情があるのだ。
「吸血鬼の王、さいごのカギはどこだ?」
「一体何があったんだ?」
「さいごのカギの場所を教えて欲しい。ここにあるんだろ?」
「まず事情を説明しなさい」
いくら魔王城の護衛役といえども、二つ返事でカギを渡すわけにはいかない。
それに――
事情を聞かなければ、彼にも「秘密」を共有すべきかどうかの判断ができないのである。
「緊急事態なんだ」
「もっと具体的に」
チッと舌打ちする音が聞こえた。なぜかうろつくよろいはイラついているようである。
彼は、名前のとおり、辺りをうろつき始めた。
「何しているんだ……?」
「……あった。見つけた。あの中にさいごのカギが入っているんだろ?」
うろつくよろいが、私の背後に置かれた宝箱を指差す。
彼の指摘するとおり、そこがカギの保管場所である。
うろつくよろいは、ガシャンガシャンと音を立てながら、宝箱の方に向かって歩き始める。
「おい。まずは事情を説明しなさい。魔王城で何があったんだ?」
うろつくよろいは私の問い掛けを無視し、さらに歩き続ける。
「おい。一体何のつもりなんだ。止まれ」
「……うるせえな。なんでモンスターごときに指図されなきゃならねえんだよ」
うろつくよろいは、立ち止まると、徐によろいを脱ぎ始めた。
よろいの中身は、人間だった。
うろつくよろいは、変装だったのである。
「よろいを着てると動きにくくて仕方なくてね。それに蒸れるし」
若い男は、両手でクシャクシャと金髪を掻きむしる。
「……お前は誰だ?」
「俺の名前はオズワルド。世界を救う勇者だ」
そう名乗るやいなや、オズワルドは剣で私に襲いかかってきた。
決して油断していたわけではないが、スピードがあまりにも違っていた。
回避行動を取る余裕などなかった。
私はここで死ぬ。
しかし、それで全てが終わるわけではない。
むしろ、勝者は私なのだ。
バタバタバタバタ……
凶刃で伏した私は、コウモリの羽ばたく音を聞きながら、最期にふと笑みをこぼした。