カジノ中毒勇者の殺意
(インタビュアー)
偉大な功績を収めた有名人に取材をし、成功の秘訣を教わる今回の企画。
記念すべき第1回目の有名人は、世界を救った勇者であるブレイブさん。
ブレイブさんは、魔王の勢力拡大により絶望の真っ只中にあった世界を救った唯一無二の成功者です。
彼が、このような比類なき成功を収め、世界的スターになるに至った裏側に迫ります。
まずは、彼の生い立ちを調査するため、彼の生家を訪ね、彼の母親であるマリエルさんに取材をしました。
(マリエル)
息子に「ブレイブ」という名前をつけたのは、将来勇敢に育ち、あわよくば勇者になって欲しいという想いからでした。
彼が生まれたのは今から30年前ですが、当時は空前の勇者ブームでした。ちょうど魔王が復活し、平和が脅かされ始めた頃でしたからね。同年代の親は、男の子が生まれたら勇者に、女の子が生まれたら魔法使いか僧侶にさせようとしていました。
たしか、その年に生まれた男の子の名前で一番多かったのが「ブレイブ」だったと思います。
(インタビュアー)
私の手元に資料があります。
20××年の統計によると、男の子の名前ランキング1位が「ブレイブ」、2位が「ブレイド」、3位が「ユシャマル」です。いずれも勇者を意識した名前ですね。
(マリエル)
そうですね。当時は猫も杓子もといった感じでしたから。
(インタビュアー)
やはりブレイブさんは、小さい頃から勇敢な子どもだったのですか?
(マリエル)
いいえ。むしろ真逆で、身体も心も弱い子でした。
小学校低学年の頃にいじめられて、不登校になり、それ以降、中学校を卒業するまで、一切学校には行っていませんでした。
(インタビュアー)
それは意外な過去ですね。
(マリエル)
「世界を救った勇者」としてはあるまじき過去かもしれません。
しかも、それだけではないんです。ブレイブは、大人になってからも私達夫婦の期待を裏切り続けました。
「俺は将来ビッグになるんだ」と言ってこの家を出て行った彼は、都会で出会ったあるものに魅了されてしまうんです。
(インタビュアー)
あるもの、といいますと?
(マリエル)
カジノです。都会にはアミューズメント施設のような大きなカジノがあったんです。
彼は毎日朝から晩までカジノに入り浸り、ギャンブル漬けの毎日を過ごしました。
その頃には、私達夫婦は、ブレイブに対して、勇者になって欲しいなどという期待は微塵も抱かなくなり、せめて人様に迷惑を掛けない大人になって欲しいとだけ願っていました。
まあ、その頃には、勇者ブームも冷めており、子どもを勇者にすることが名誉ではなくなってしまっていたという事情もあるのですが。
(インタビュアー)
とはいえ、結果として、ブレイブさんは勇者になったわけですね。
彼が勇者になりたいと言い出した時は、どのような心境だったんですか。
(マリエル)
とても驚きました。当時のブレイブは、とにかくカジノ三昧で。たまに会っても、どのスロット台が一番出やすいのか、とか、あのディーラーは可愛いくせに手加減してくれない、とかそういう話しかしませんでしたので、「俺が世界を救う」だなんて言い出した時には、ついに気が狂ったかと思いましたね。
(インタビュアー)
マリエルさんは、彼の親として、そんなブレイブさんの決意を応援したんですか。
(マリエル)
いいえ。彼の親として、猛反対しました。
学校にもロクに行かず、毎日カジノに通い詰めているような「廃人」に世界は救えるはずがありません。魔王城に辿り着く前に死んでしまうのがオチでしょう。
しかし、ブレイブは、「大丈夫。俺は運が強いんだ」の一点張りでした。
そして、私がゴーサインを出す前に、勝手に旅立ってしまったのです。
(インタビュー)
それはまた意外な過去ですね。
とはいえ、結果として、今から10年前に、ブレイブさんは魔王を倒し、世界を救ってしまったわけです。
その嬉しい報告を聞いた時のお気持ちはどうでしたか。
(マリエル)
とにかくビックリしました。
彼は本当に運が強かったんだなと思いました。
……
(インタビュアー)
ブレイブさんのお母さんであるマリエルさんから、彼の意外な過去を聞いた私は、ついにブレイブさんとの接触を試みました。
長時間の取材に最初は難色を示していたブレイブさんでしたが、それなりの額の謝礼が出ることを伝えたところ、快く取材に応じてくれました。
(ブレイブ)
成功の秘訣ですか。
運ですよ。
とにかく俺は運が強いんです。
(インタビュアー)
成功の秘訣は「運」。
世界を救った勇者がそのように断言したのを、私ははじめは単なる謙遜だと思っていたのですが、話を聞くにつれて、その真の意味を知ることになります。
(ブレイブ)
カジノに通っていた俺を見て、お母さんは「堕落だ」と嘲りましたが、俺はそうは思いません。俺はカジノで運を鍛えてたんです。負けて諦めるのではなく、負けても勝つまで賭け続ける。そうやって、俺は土壇場で勝ち切る運を身につけたんです。
(インタビュアー)
運とは鍛えられるものなんですか。
(ブレイブ)
もちろんです。「運も実力のうち」って言うじゃないですか。
(インタビュアー)
そういう意味の言葉ですっけ。
(ブレイブ)
まあ、そのあたりはどうでもいいんです。俺は学校に通ってないんで、そういうのは苦手ですし。
それより、今日俺は何を話せばいいんですか。
(インタビュアー)
ブレイブさんが魔王を倒した時のお話をお聞かせ願えますか。
(ブレイブ)
もちろんいいですよ。
魔王城に向けて旅立った俺に立ちはだかった最初の難関は、「三叉の分かれ道」でした。
(インタビュアー)
「三叉の分かれ道」……ですか。
(ブレイブ)
ええ。魔王城に辿り着くためには必ずその分かれ道を通らなければならないのです。
三つに分かれた道のうち、1つだけが魔王城に繋がる「正解の道」です。
残り2つは、「ハズレの道」です。
(インタビュアー)
「ハズレの道」を選んでしまうとどうなるんですか。
(ブレイブ)
死にます。
(インタビュアー)
死ぬんですか。
(ブレイブ)
ええ。確実に死にます。「ハズレの道」の先には落とし穴があり、奈落の底に突き落とされてしまうんです。
(インタビュアー)
ブレイブさんは、その「三叉の分かれ道」において、無事に「正解の道」を選んだということですね。
(ブレイブ)
その通りです。俺は運が強いんで。
(インタビュアー)
魔王城に辿り着くまでに、そのような罠が張られているとは知りませんでした。
「三叉の分かれ道」で3分の1の確率の賭けに勝ったブレイブさんは、ついに魔王城に辿り着くわけですか。
(ブレイブ)
いいえ。魔王城に辿り着く前に、第二の難関がありました。
「八隻の船」です。
(インタビュアー)
「八隻の船」……と言いますと。
(ブレイブ)
魔王城の前には大きな川があり、その川を渡らないと魔王城には辿り着けないんです。
そして、その川を渡るための船が八隻用意されています。
このうち一隻のみがちゃんと川を渡ることができる「正解の船」です。
残り七隻は「ハズレの船」です。
(インタビュアー)
「ハズレの船」を選んでしまうとどうなるんですか。
(ブレイブ)
死にます。
(インタビュアー)
死ぬんですか。
(ブレイブ)
ええ。確実に死にます。「ハズレの船」は沈没船であり、すぐに沈みます。そして、川の中には人喰い魚が待ち構えていますので、骨ごと全て持っていかれます。
(インタビュアー)
ブレイブさんは、その「八隻の船」において、無事に「正解の船」を選んだということですね。
(ブレイブ)
その通りです。そうでなければ、今この場にいませんからね。
(インタビュアー)
「正解の船」を選べる確率は8分の1ですね。
先ほどの「三叉の道」と掛け合わせると、3分の1×8分の1=24分の1の確率ですね。
(ブレイブ)
ですから、俺は運が強いんです。
(インタビュアー)
魔王城に辿り着くためにはそのような残酷な篩があるんですね。
それでようやく魔王城に辿り着いたブレイブさんは、魔王と対決するわけですね。
(ブレイブ)
いいえ。魔王と戦うためには、第三の難関を乗り越える必要がありました。
「透明な道」です。
(インタビュアー)
「透明な道」……なんてものがあるんですか。
(ブレイブ)
あるんです。ちょうど魔王の間に辿り着く直前に。
魔王の間は、まるで宙に浮いているかのように存在しているのですが、実際には、「START」と「GOAL」を最短ルートで結ぶ一本道によって繋がっているんです。
もっとも、その一本道は透明で見えませんので、踏み外さないように、上手く渡っていく必要があります。
(インタビュアー)
踏み外してしまうとどうなるんですか。
(ブレイブ)
死にます。
(インタビュアー)
死ぬんですか。
(ブレイブ)
ええ。確実に死にます。底は見えませんからね。どう考えても死にます。
(インタビュアー)
この図を見ると、「START」のマスから移動するとして、縦に3マス、横に4マスありますね。
とすると、最短距離である7マスを進む間に、縦に3マス移動するわけですから、7つから3つを選ぶ組み合わせで、7×6×5÷3÷2÷1=35通りありますから、無事透明な道を渡れる確率は35分の1ですね。
「三叉の分かれ道」「八隻の船」の生存確率である24分の1と掛け合わせると、24分の1×35分の1=840分の1の確率ですか。
(ブレイブ)
計算は苦手なのでよく分かりませんが、とにかく俺は無事に「透明な道」も突破しました。
(インタビュアー)
魔王に辿り着くまでの試練の厳しさは、私の想像を超えていました。
そして、ブレイブさんの運の強さも私の想像を遥かに超えています。
(ブレイブ)
ですから、最初から言ってるじゃないですか(笑)
(インタビュアー)
そうでしたね。「透明の道」をクリアして、ようやく魔王との対決になるんですよね。
(ブレイブ)
ええ。その通りです。
(インタビュアー)
ここでようやく力と力の競い合い、意地と意地のぶつかり合いになったわけですね。
(ブレイブ)
いいえ。違います。「魔王との戦い」も運試しでした。
(インタビュアー)
どういうことですか。
(ブレイブ)
戦闘開始と同時に、魔王は分身の術を使って、100体に分身したんです。
(インタビュアー)
100体……ですか。
(ブレイブ)
はい。100体です。
そのうち1体のみが「本物の魔王」ですが、残りの99体は「偽物の魔王」です。
俺は、最初の一撃で確実に「本物の魔王」を捉える必要があったんです。
(インタビュアー)
間違えて「偽物の魔王」を攻撃してしまうとどうなるんですか。
(ブレイブ)
死にます。
(インタビュアー)
死ぬんですか。
(ブレイブ)
ええ。確実に死にます。「偽物の魔王」を攻撃しているうちに、「本物の魔王」の攻撃を受けてしまいますからね。「本物の魔王」は確実に急所を突いてきますから、死にます。
(インタビュアー)
ブレイブさんは、最初の一撃をちゃんと「本物の魔王」に当てたわけですか。
(ブレイブ)
ええ。もちろんそうです。
(インタビュアー)
「偽物の魔王」と「本物の魔王」を見分けることができたということですか。
(ブレイブ)
見分けたというか、単なる運です。
(インタビュアー)
魔王は100体に分身しているわけですから、100分の1の確率ですよ。
(ブレイブ)
俺は運が強いですから。
(インタビュアー)
「三叉の分かれ道」「八隻の船」「透明な道」をクリアする確率は840分の1ですから、そこからさらに「魔王との戦い」を制する確率は、なんと、840分の1×100分の1=8万4000分の1ですよ。そんな偶然ありますか。
(ブレイブ)
ですから、俺は運が強いんです。
(インタビュアー)
いくら強運であるといえども、限界があるんじゃないですか。一体どれだけの確率なんですか。
(ブレイブ)
8万4000分の1です。先ほどご自身で言ってましたよね。
(インタビュアー)
運が強いのにも程があります。何か裏があるんじゃないですか。ヤラセなんじゃないですか。
(ブレイブ)
そんなわけないじゃないですか。全て俺の実力です。運も実力のうちなんです。
……
(インタビュアー)
今回のブレイブさんの言葉の用法は正しかったのですが、どうしても腑に落ちなかった私は、勇者を育成する世界機関である「勇者省」に問い合わせ、ブレイブさんが語ったことの真偽を確かめてみました。
そうしたところ、担当した勇者省の職員は、ブレイブさんが語ったことが真実であることを認めました。
他方で、ブレイブさんの英雄譚の背景にある衝撃の事実についても語ってくれました。
(勇者省の職員)
ブレイブさんの言う通り、ブレイブさんは、自らの強運によって、「三叉の分かれ道」「八隻の船」「透明な道」「魔王との戦い」を勝ち抜き、世界に平和をもたらしました。ブレイブさんの功績には本当に頭が上がらないです。
今から30年前、いわゆる勇者ブームが巻き起こり、自分の子どもを勇者にしたいという親御さんがたくさん現れました。
しかし、魔王討伐のための道程が「単なる運ゲー」であることが判明するに至り、そのような親御さんも、自らの子どもにハズレばかりのくじを引かせたくないと考えるようになり、勇者ブームはあっという間に下火になりました。
ですから、勇者省としては、魔王に挑む勇者の成り手を探すことが急務でした。
とはいえ、「単なる運ゲー」ですから、自らの意思で勇者になりたいという者はほとんど現れませんでした。自らの努力ではどうしようもないことに命を賭けたいと思う者はいませんからね。
そこで、勇者の成り手を確保するためのプロジェクトとして、勇者省が陣頭指揮をとる形で、世界中の都市にカジノを設立したのです。
人々をギャンブル中毒にすることにより、その人に多額の借金をさせることがその目的です。
勇者となり、無事に魔王を討伐すれば、多額の懸賞金が出ます。
借金地獄に陥った者が勇者に名乗り出てくれることを狙ったのです。
カジノの目的はそれだけではありません。
ギャンブル中毒者は、根拠もなく、「自分には運がある」と思い込むのです。そうでなければ、そもそもギャンブルなんかにお金を注ぎ込みません。
その意味でも、ギャンブル中毒者は、勇者の成り手として最適だったのです。「自分に運がある」と思い込んでくれなければ、いくら高額懸賞金のためとはいえ、命を賭けた「単なる運ゲー」には挑んでくれませんからね。
ブレイブさんも、勇者省の思惑通り、カジノにハマり、ギャンブル中毒になり、多額の借金を抱えていました。
役所に借金相談に来たブレイブさんを、勇者省に繋いでもらい、勇者にならないかと勧誘したところ、快く引き受けてくださったんです。魔王を倒せる確率はわずか8万4000分の1ですよ。8万4000分の8万3999の確率で死ぬんですよ。それに挑もうなんてまともな神経じゃないです。まさしく「勇者」ですよね。
そして、ブレイブさんは、勇者となり、結果として、魔王を討伐しました。
まさに勇者省の思惑通りとなったわけです。
ブレイブさんの活躍は大変素晴らしいものでした。
とはいえ、その陰には暗い歴史があります。
ブレイブさんが魔王を倒す前に、11万6827人もの「勇者」が魔王に挑む過程で犠牲になってしまいました。そのうちの9割以上がブレイブさん同様にカジノ中毒者でした。彼らの勇気に敬意を表するとともに、心からご冥福をお祈りしたいと思います。
……
(インタビュアー)
ブレイブさんは、なんと11万6828人目の挑戦者だったのです。11万6828回もガチャを回せば、8万4000分の1の確率の当たりが出るのも不思議ではないですね。
栄光の裏側には多数の犠牲があったのです。
ブレイブさんのインタビューを終えた私は、ブレイブさんに謝礼金を渡しました。
札束の枚数を確かめると、彼は飛び跳ねて喜びました。
私は、最後の質問として、魔王討伐によってもらった多額の懸賞金は一体どうしたのかを彼に訊いてみました。
(ブレイブ)
懸賞金ですか。そんなものカジノであっという間にすりましたよ。
俺が強運の持ち主だったのは、魔王討伐のときだけだったみたいです(笑)
連作短編の終盤になってくると疲れて絵に逃げるのはいつものパターンですね(苦笑)
この話が面白いのかツマラナイのかは、正直僕にはよく分からないです……みなさまの率直なご判断に委ねます。
ほぼコメディなのですが、メッセージとしては、「ギャンブルで勝つなんてありえない」ということで、競馬狂いの作者自身に捧げたいです。
さて、そろそろ目標の10万字に達しそうなので、また、連載期間も1ヶ月超えてしまいましたので、次回で最後の短編とします。
タイトルはずっと前から決めていました。
「魔王城の殺意」です(シンプル)。
一応アイデアはあるのですが、今のままだとまだパンチが足りないので、もう少し練らせてください。
【助けてください】
本作の確率って8万4000分ので合ってますか?
主に透明な道のところが自信ないです。
誰か有識者の方、助けてください(苦笑)