メダル女王の殺意⑶
探偵が犯人を指摘するシーンということで、ビシッと指差しをしたかったものの、犯人が4人いるため、シュピーは仕方なく両腕を広げた。
もっとも、スライム達は、いずれも俯き、そんなシュピーの動作を見る余裕すらなさそうである。
シュピーは、まずスライム達が犯人であると疑われる理由について説明する。
「スライムAさん、スライムBさん、スライムCさん、あなた方の言動はあまりにも怪しいんです。あなた方は、素人であるにも関わらず、探偵が推理を披露する場で、自己流の推理を披露しました。僕が真相に辿りつけないように誤導しようとしたのでしょう」
あまりにも探偵をナメている。こんな失礼極まりないことをされたのは、生まれてはじめてである。
「それだけでなく、あなた方は、キアラさんが約2ヶ月にわたって行方をくらましていたことをずっと黙っていました。普通だったら真っ先に探偵に申告すべき事象です。やはりあなた方には僕の推理を妨害したいという思惑があったのでしょう」
スライム達は俯いて下を向いたまま、しばらく黙っていたが、ようやくスライムAがゆっくりと口を開いた。
「『動機』はあるんですか……? 僕達が女王様を殺す『動機』が」
「スライムAさん、スライムBさん、スライムCさん、あなた方の『動機』は極めて単純です。あなた方は、メダル城でキアラさんと長年生活していました。そして、キアラさんは結婚もしておらず、あなた方以外に身寄りはありませんでした。つまり、キアラさんが死亡した場合に、あなた方は『特別縁故者』として、メダル城を含むキアラさんの財産全てを相続する立場にあるんです」
「特別縁故者」とは、死亡した者に血縁関係のある相続人がいない場合に、財産を国庫に帰属させずに、生前その者と家族同然の生活をしていた者に対して相続をさせる制度である。
キアラには血の繋がった者はいないとされている。
キアラと同居し、日常生活の世話を全て行っていたスライム達は、この「特別縁故者」に当たるのだ。
「小さなメダルはただのガラクタですが、キアラさんの所有しているメダル城や、景品用のお宝にはかなりの価値があります。腐っても女王様、腐っても貴族なんです」
オホホホホホホとイメルが高らかに笑う。
「結局、金に目が眩んだスライム達の犯行だったのですね。自分の家来に裏切られ、殺されるだなんてあまりにも無様ですわ。オホホホホホ」
一頻り笑うと、イメルはドレスを踏まないように裾を持ち上げながら、踵を返した。
「イメルさん、どこに行かれるんですか?」
「私の部屋に帰ります。だって、探偵さんの推理はおしまいですよね? 犯人はスライム達、動機はお城と財産の相続。事件は無事解決ですわ」
「犯人が小さなメダルを盗んだのはなぜか、という最大の謎がまだ残されていますが……」
「それは単なる偽装工作でしょう。スライム達は、犯行が内部の者によるものではなく、外部の者であると見せかけるために、わざわざ不要な小さなメダルを外に運び出したんです」
「それはとてもツマラナイ推理ですね」
「現実の犯罪なんてそんなものですわ」
「ちょっと待ってください」
シュピーの制止も意に介さず、イメルは部屋の出口の方へと歩を進める。
「待ってください。言っておきますが、この事件の犯人は、あなた方全員です。イメルさん、あなたもスライム達と共犯です。いや、それどころじゃない。あなたが首謀者なんです」
「馬鹿おっしゃい」
イメルは歩を速める。
彼女がドアノブに手を掛けたところで、探偵はついにその名を呼ぶ。
「待ってください。キアラさん。この事件の首謀者はあなたです」
「キアラ」と呼ばれたイメルがついに立ち止まり、振り返る。
「探偵さん、その言い間違いはあまりにも不快ですわ。私とその女が犬猿の仲であることはよくご存知でしょう?」
まだ演技を続けるのか。なかなかしつこい。
「言い間違いではありません。あなたはキアラさんなんです。そして、メダル城で殺されたのはイメルさんです」
キアラは、シュピーを睨みつつも、ドアノブから手を離す。
「探偵さん、あなたの推理を聞かせてもらおうかしら」
「ええ。もちろん」
シュピーは、ついに「動機」の謎を解き明かす。
「先ほどから何度も繰り返し言っていますが、今回の事件で最も大事なのは、犯人はなぜ小さなメダルを外に持ち出したのか、という『動機』です。小さなメダルを欲しがる人なんて、キアラさんを除いて、世界中に誰もいないのです。ですから、答えは一つしかありません。小さなメダルを外に持ち出したのはキアラさんなんです」
小さなメダルは、単なるガラクタである。
しかし、キアラからすると、それは命より大切なお宝なのである。
「キアラさんはあることに悩んでいました。それは、怪盗ルヴァンの暗躍です。怪盗ルヴァンの盗みのニュースを見聞するたびに、キアラさんは、小さなメダルが怪盗ルヴァンの標的にされやしないかと気が気でなかったのです」
シュピーも先ほど述べた通り、怪盗ルヴァンが小さなメダルに興味を持つことは現実にあり得ない。
しかし、小さなメダルは貴重なお宝であると盲信していたキアラは、決してそうは考えなかった。
むしろ、「秘宝コレクター」である怪盗ルヴァンは、小さなメダルを真っ先に狙うだろうと確信していたのである。
「小さなメダルがメダル城に保管されていることはあまりにも有名な話です。ですから、キアラさんは、怪盗ルヴァンの魔の手を避けるため、一刻も早く、小さなメダルをメダル城の外に出し、怪盗ルヴァンに狙われることのない安全な場所に保管する必要があると考えていました」
客観的に見ればあまりにも滑稽である。
単なる被害妄想。
しかし、キアラは真剣だった。
それは強迫観念に近いものだったと思う。
「安全な場所に保管するだけでは足りません。メダル城の存在同様、メダル女王であるキアラさんも有名です。小さなメダル=キアラさんなんです。ですから、メダル城の外に小さなメダルを持ち出そうとも、キアラさんの居場所を突き止めることによって、怪盗ルヴァンは小さなメダルの在処を特定することができてしまいます。小さなメダルを隠すだけじゃダメなんです。同時にキアラさん自身も隠す必要があったんです」
もちろん、小さなメダルの隠し場所と別の場所でキアラが生活するのであれば、そのような必要はない。しかし、キアラは、この世の何よりも愛おしい小さなメダルから離れて暮らすことなど想像できなかったのである。
ゆえに、キアラは、小さなメダルとともに「駆け落ち」し、共に消える必要があった。
「要するに、キアラさんは、①怪盗ルヴァンに決して狙われない場所、かつ、②キアラさんが存在を消せる場所という2つの条件を満たす場所を探していたんです。そんな都合の良い場所があるのかと思うかもしれませんが、この世界に一箇所だけありました」
シュピーは、今自分が立っている床を指差す。
「それがここ――バッジ城なんです」
少し間を置いてから、シュピーは説明を続ける。
「①怪盗ルヴァンに決して狙われない場所という点については、あまり説明を要しないかと思います。バッジ城に保管されている『お宝』は大きなバッジです。これも単なるガラクタですから、怪盗ルヴァンがバッジ城に盗みに入るわけがないんです。さらにいえば、キアラさんは大きなバッジを目の敵にしていましたから、キアラさん的にも、もっとも怪盗ルヴァンが来なそうな場所こそがバッジ城だったんです」
第三者の目から見れば、小さなメダルも大きなバッジも目くそ鼻くそなのだが、キアラの中では月とすっぽんだった。
この事件の真相は、キアラの視点に立って考えない限り、見えてこない。
「そして、②キアラさんが存在を消せる場所なんですが、このことを説明するためには、ある事実について紹介しなければなりません」
探偵のルールである『ノックスの十戒』によれば、もっと早く紹介しなければならなかったのだが、今回の事件については、説明の順序的にこのタイミングしかなかった。どうかご容赦いただきたい。
「ある事実――それは、キアラさんとイメルさんが双子である、という事実です」
互いに反発し合っていたメダル女王とバッジ女王は、実は双子だった。
あまりにも皮肉な真相である。
似たもの同士だからこそ仲が悪い、ということはよくある話であり、親族同士ゆえに骨肉の争いを巻き起こすことも珍しくはないが、キアラとイメルに関してもまさにその例だったのである。
「しかも、ただの双子ではありません。キアラさんとイメルさんは一卵性双生児で、そっくりさんなんです。しかし、仲が悪かった2人は、2人にとっては何よりも恥辱であったその事実を隠していました。そして、周りに勘付かれないように、お互いに見た目を似せないようにしていたんです」
一方はメダル女王で、もう一方はバッジ女王。
趣味は極めて似通ってしまっていた彼女達だったが、見た目には相当こだわっていたのである。
「2人はお互いの見た目を遠ざけようとしていた。着ている服のセンスもそうですし、化粧の仕方もそうなのですが、その最たるものは体型です。キアラさんは細身であり続けようとし、イメルさんは決して痩せないようにしていた。そのため、2人は、『似ている』と言われ、『姉妹かもしれない』と噂をされることはあっても、誰も2人が双子だとは気付きませんでした。キアラさんはこのことを利用したんです」
お互いにルックスが似ないための努力をしていた双子。
それこそが、今回のイレギュラーな双子入れ替えトリックのミソだ。
「キアラさんは、まず、自分の見た目をイメルさんに近付けるための努力を始めました。要するに、太るための『デブ活』を始めたんです。運動を一切せず、朝昼晩間隙なくカロリーの高い食事を摂り続けた。徐々に太りゆく自分を見られないために、その間、キアラさんは冒険者の前には姿を表さず、対外的には不在にしていました。これがキアラさんの『空白の2ヶ月間』のうちの最初の1ヶ月なのです」
キアラは1ヶ月かけて見た目をイメルに近付けた。
元々一卵性双生児なのだから、体型を近付け、あとはメイクを真似しさえすれば、キアラはイメルになる。
「そして、体型がイメルさん同様となったところで、キアラさんは、スライム達に協力してもらい、バッジ城からイメルさんを拉致し、メダル城に監禁しました。そのようなことをすれば、当然、バッジ女王は不在となり、バッジ城の家来達が黙っていません。しかし、そうならないように、キアラさんはイメルさんになりすましてバッジ城で生活をし始めました。太ったキアラさんはイメルさんと同様のルックスですから、イメルさんの格好をし、イメルさんの化粧をすれば、誰も入れ替わりがあったことに気付かなかったのです」
シュピーは、今もなおイメルになりすましているキアラに視線を遣る。
写真で見た痩身の美人とはまるで別人である。
「そして、『空白の2ヶ月間』のうちの後半1ヶ月は、イメルさんをキアラさんにするための期間でした。イメルさんを監禁し、ロクな食べ物を与えずに痩せさせることによって、イメルさんをキアラさんにしたんです。そして、イメルさんがすっかり痩せ細り、キアラさん同様のルックスになったところで、スライム達はイメルさんにキアラさんの格好をさせ、キアラさんのメイクをし、イメルさんを殺害しました。もちろん、スライム達がイメルさんを監禁したのも、イメルさんを殺したのも、全てキアラさんの指示に基づくものです」
こうして、キアラとスライム達は、キアラの死体を作り上げたのである。
「キアラさんに見せかけてイメルさんを殺害し、自身はイメルさんとして生活を始めることによって、バッジ城は、②キアラさんが存在を消せる場所、という条件も満たすんです。イメルさんになりすましたキアラさんは、バッジ城という安全な場所で、『バッジ女王』として正体を隠しながら、小さなメダルと共に生活し続けることができます。これこそが今回の事件の『動機』なんです」
ちなみに、スライム達の「動機」は先ほど説明した通りである。
キアラの命令に従い、キアラを死んだことにすることによって、お城とお宝を相続するのだ。
本来の相続人は双子であるイメルであるが、キアラとイメルが双子であることは世間にバレていない。
最後に、シュピーは事件関係者の顔を見渡す。いずれも生気がなく、まさにお手上げという表情である。
探偵の勝利は明らかだった。
「僕は先ほどから小さなメダルのことをガラクタ呼ばわりしていましたが、実際には、魔性の魅力を持った『お宝』でしたね。このような殺人まで引き起こしてしまったのですから。そして、その『お宝』ですが、今僕達がいるバッジ城に保管されているはずです。今からみんなで見に行きましょう。小さなメダルとのご対面によって、僕の推理は完結です」
この話も、短編にするべきアイデアじゃなかったのですかね(苦笑)
あらすじに「メダル貴族」と書いてしまったので、小さなメダルの話は書かざるを得なかったのですが、なかなか思い付かず苦戦しました……なんでいつもこう見切り発車なんですかね。
ただ、具体的には思い付かないものの、小さなメダルという価値のないものを巡って殺人が起こる、という大枠は早い段階から決まっており、ワイダニットをメインにしようと考えていました。
なので、この作品の醍醐味は、とにかくワイダニットです。双子の入れ替えは後付けです。
「石化した村」があまりミステリーっぽくなかったので、本作はあえてミステリー色全開にしました。
ちなみに気付いた方はほとんどいないかと思いますが、シュピーは、僕が3作目に書いた「宇宙人が企てた無差別殺人」という作品に出てくる探偵役です。何年も前の作品になりますが、なかなかぶっ飛んだ作品なので、ご関心がある方がいましたら是非。
次話ですが、この話が長かったので、短めにしようと思っています。
タイトルは「カジノ依存症勇者の殺意」の予定です。
ワンアイデアで、頭を使わないで読める作品になるかと思います。