メダル女王の殺意⑵
「それでは本題に入りましょう」
シュピーは、事件関係者4人の顔を順に確認する。
イメルは、まだ納得がいっていないと言わんばかりのしかめっつらをしているが、他のスライム3人は、いずれも怯えたような不安げな表情だ。
「先ほどもチラリと言いましたが、今回の事件における最大の謎は『動機』です。なぜやったのか――ワイダニットが今回の主題です。そして、これも2つに分けることができる。1つは、犯人はなぜキアラを殺したのか。もう1つは、犯人はなぜ小さなメダルを盗んだのか。このうち、重要なのはどちらか分かりますか? スライムAさん」
「……どうして女王様を殺したのか、じゃないですか? 窃盗より殺人の方が罪は重いですから」
シュピーは、チッチと舌を鳴らす。
「違います。犯罪の軽重ではないんです。今問題にしているのは『動機』なんです。僕がしようとしているのは、『動機』を明らかにして、そこから犯人像を明らかにしようという試みなんです。『動機』を考える上で大切なのは、どう考えても後者。犯人はなぜ小さなメダルを盗んだのか、です」
「……どうしてですか?」
「そちらの方が不可解だからです。小さなメダルは単なるガラクタですから、そんな物を欲しがる人なんていないんです。盗んだって、荷物が増えるだけで、なんのメリットもないんです。それにも関わらず、犯人は小さなメダルを盗んでいます。この理由が分かれば、犯人が誰かは自ずと明らかになるでしょう」
イメルがフッと鼻で笑う。
「たしかにどう考えても異常ですよね。あんなガラクタを欲しがるだなんて。きっと犯人は気が触れてるに違いありません」
シュピーは、あなたが集めてるバッジも同じようにガラクタなんですが……と喉まで出かかったが、先ほどのように口論になると面倒なので、踏みとどまった。
「気が触れているかどうかはさておき、まあ、普通の強盗の仕業ではないでしょうね」
あのぉ、とスライムAが口を挟む。
「探偵さん、怪盗ルヴァンはご存知ですか?」
「ええ。もちろん」
怪盗ルヴァンとは、最近、世間を騒がしている大泥棒である。予告状こそ寄越さないが、大胆かつ華麗な手口で「狙った獲物は逃さない」をモットーに、世界中の金持ちや蒐集家を恐怖に陥れている。
怪盗ルヴァンの最大の特徴は、その盗む物である。
金目の物だったら何でもいいというわけではない。
珍品・希少品だけを狙う。
ゆえに、彼の又の名は「秘宝コレクター」。
「僕は、今回の犯行は、怪盗ルヴァンによるものだと思うんです」
「ルヴァンが小さなメダルを狙った、と?」
「……ええ」
スライムAの深刻そうな表情を見て、シュピーは思わず吹き出してしまう。
「それはあり得ません。いくら怪盗ルヴァンが珍品コレクターだからといって、小さなメダルには手を出しません。だって、単なるガラクタですよ?」
「でも、例えば一旦溶かして、整形し直したら価値が出るかもしれないですよね……?」
「それもあり得ません。小さなメダルは、この世界においてありふれた金属によってできています」
小さなメダルは、全ての意味においてガラクタなのである。
「それに、もっといえば、怪盗ルヴァンは、人を殺して物を奪うなどという野蛮なことはしません。これまでも、彼は一度も人を殺めたことなく、むしろ、誰からも気付かれることなく、お宝だけをピンポイントで盗んでいるのです。その意味でも、今回の犯行が怪盗ルヴァンによるではないことは明らかです」
「……探偵さんの言う通りですね……」
スライムAが引き下がるやいなや、今度はスライムBがシュピーに詰め寄ってきた。
「探偵さん、犯人は、小さなメダルを『人質』にするために盗んだんじゃないですか?」
「『人質』?」
「はい。犯人は、小さなメダルを『攫い』、女王様を脅して、別のお宝をせしめようとしたんじゃないですか?」
「ほお」
なかなか面白い推理である。
小さなメダルはただのガラクタであるが、メダル城には、小さなメダルを持ってきた冒険者に「ご褒美」として与えるためのお宝が保管されている。
そのお宝を狙ったのだとすると、「動機」として十分成立しうる。
「犯人は、女王様が命よりも大切にしている小さなメダルを手に入れることによって、小さなメダルを命より大切にしている女王様に対して、トレードを提案しようとしたんです。『小さなメダルを返して欲しければ、お宝を渡せ』と」
面白い視点だが、この推理には明らかな欠陥がある。
「でも、スライムBさん、そうだとすると、なぜ犯人はキアラさんを殺してしまったんですか?」
キアラを殺してしまえば、トレードの相手がいなくなってしまうため、犯人は目的を達することができない。
「それは……」
スライムBは、しばらく口籠もった後、
「別の人と間違えて殺しちゃったんじゃないですか?」
と、さも自信なさげに言った。
「別人とキアラさんを間違えた? 一体誰と間違えたんですか?」
「いやあ……えーっと……」
「スライムBさんも分かっていると思いますが、メダル城には、キアラさん以外に、キアラさんのような人は誰もいません」
メダル城は、孤島に存在している。その島には、メダル城以外の建築物はなく、メダル城の居住者を除けば、「無人島」なのである。
生前のキアラを除けば、メダル城にいるのは、今シュピーの目の前にいるスライム達だけなのである。無論、犯人が、スライムとキアラを見間違えるはずはない。
「小さなメダルを交換しに来た冒険者の誰かと見間違えたとか……」
「それも考えにくいです。殺されたキアラさんは、貴族であることを露骨にアピールするような華美なドレスを着ていました。このドレスは、キアラさんがいつも着ている物であり、いわば『メダル女王のトレードマーク』です。仮に冒険者の中に女性がいたとしても、キアラさんと混同されることはありません」
シュピーは、イメルに目を遣る。
イメルも高級そうなドレスを着ているが、キアラのドレスとは趣味が真逆である。
キアラのドレスは白を基調とし、その中に金をあしらったシンプルなデザインのものであるのに対し、イメルの黒を基調としたドレスには禍々しい模様が大きく描かれている。
「ゆえに、犯人は、キアラさんのことを、キアラさんだと分かって殺しているはずなんです。そのことは推理の前提としなければなりません」
スライムBの推理を論駁し、ようやく自分の番だ、と気合いを入れたシュピーだったが、今度はスライムCが自分の推理を披露し始めた。
「探偵さん、犯人は、女王様に粘着していた冒険者だと思います」
「……つまり、ストーカーということですか?」
「はい。そうです。女王様はお綺麗ですから、小さなメダルをお城に持ち込む冒険者の中には、女王様のファンも少なからずいました」
たしかに、キアラは細身で美人である。
「スライムCさんの言う通り、キアラさんにはファンがいたかもしれませんね。しかし、そのことと、その冒険者が小さなメダルを盗むこととの間にはどのような関連性があるんですか?」
「犯人は、証拠隠滅のために小さなメダルを盗んだんです」
「ほお」
「犯人は、女王様に会うためにせっせと小さなメダルを集めていたとすると、女王様が保管する小さなメダルの中に、犯人の指紋が多く残っていることになります。犯人は、たとえば、女王様に性的な暴行を加えようとしたところ抵抗されたなど、何かの弾みで女王様を殺してしまいました。その後、犯人は、自分が女王様に好意を持って付きまとっていたことを隠すために、保管されていた小さなメダルを盗んだのです」
なるほど。なかなか悪くない推理である。
しかし――
「スライムCさん、実は僕も、犯人がキアラさんに対して好意を持った人物であり、指紋なのか、「小さなメダル型盗聴器」なのか、いずれにせよ何らかの証拠を隠滅するために小さなメダルを箱ごと盗んだ可能性は検討していたんです。そこで、最近このお城を訪れた冒険者のことを色々調べ、何人かとは直接会って話を聞きました。その中で、実に興味深いことが分かったんです」
「……何ですか?」
「実は、殺される直前の2ヶ月ほど、キアラさんはメダル城を不在にしていたんです」
スライム達の表情が一斉に青ざめる(元々青いが)。
彼らは、メダル城に常駐しているのであるから、キアラがメダル城にいないことに当然気付いていたはずである。
それにも関わらず、シュピーが指摘するまで、誰もそのことを指摘しなかった。スライム達の反応を見ても、そのことに、何か「裏の事情」があることは明らかだった。
「キアラさんが殺される2ヶ月ほど前から、冒険者が訪れても、キアラさんの椅子は空っぽであり、誰もキアラさんに会うことはできなかったです。ゆえに、性的暴行を加えようにも、加える相手がいないんです。そして、不思議なことに、キアラさんは、2ヶ月経って、突然死体になって現れたんです。キアラさんがそれまで不在にしていた事実と、今回の事件とは無関係ではないでしょう」
シュピーはあえてしばらく沈黙し、事件関係者の誰かが発言するのを待ってみた。
しかし、スライム達もイメルも黙ったままであり、誰も探偵の仕事を邪魔しようとはしなかった。
ついにシュピーの番が回ってきたのである。
「これで必要な情報は全て出揃いましたので、プロの推理を披露しましょう。キアラさんを殺害し、小さなメダルを盗んだ犯人は――」
シュピーは、改めて、事件関係者全員の顔を見渡す。
そして、言う。
「犯人は、あなた方全員です」