石化した村の殺意⑶
「……これが石化した人々……なんですね……」
想像はしていたが、実際に目の当たりにすると、想像だにしなかった怖さがあった。
死体を見たときの怖さとはまた違う。
むしろ、生きているからこその恐怖である。
たしかにそれは石である。しかし、それは生きた人間なのだ。
表情や仕草の1つ1つがいちいち生々しい。
町に戻って聞いてみたところ、石化した村は全部で2つあった。1つは私が最初に訪れたアオシ村であり、やはりそこはすでに廃村となっていた。
そして、もう1つが、今私の到着したヒデノ村である。
2つの村はすぐ近くに存在していた。
ここはアオシ村とは違い、村としてまだ生きている。
それどころか、メデゥーサに襲われた当時のままの姿を保っているのである。
ワタルはこの村のどこかに、もしくはこの村の周辺にいるはずだ。早くワタルを探さなければ。
その前に――
私は、杖を取り出すと、目の前の、両手を広げた格好のまま固まっている男性へと向けた。
おそらくまだ30代前半くらいだろう。とはいえ、私と比べると100年近く人生の先輩である。
メデゥーサの魔法がどのようなメカニズムのものなのかは分からない。ただ、呪いやその類なのだとすれば、状態異常全般を治癒する呪文である「トリート」が効くはずである。
止まってしまった時間から、彼を解き放つ。
「トリート!!」
私は詠唱した。
杖から青い光が放たれ、石になった男性の身体に包み込む……はずだった。
しかし、何も起きなかった。
呪文が効かなかったのではない。
そもそも呪文が発動されなかったのである。
「どうして……」
もしかすると、この空間では何らかの結界が張られていて、呪文が封じ込められているのかもしれない。
そう思い、私は、素早さを上げる呪文を自分自身にかけてみた。
「スピードアップ!!」
詠唱とともに緑色の光が杖から放出され、私の身体に吸い込まれていった。
試しに腕を動かしてみると、やはり速く動かせる。
呪文自体は封じられているわけではない。
とすると、考えられる可能性は1つ。
発動条件を満たさない、ということだ。
「トリート」は主に人間に対して用いる呪文であるが、魔物や動物などの人間以外の生き物に対して広く用いることができる。生き物であれば、効力の有無はとにかく、死亡していても対象となる。
しかし、最初から生命を持たない非生物に対しては使えない。
客体が生物であることが「トリート」の発動条件なのである。
発動条件を満たさなければ、詠唱をしたところで、呪文が発動されることはない。
ということはつまり――
「生き物じゃないということですか……?」
石になった村人は、生き物ではなく、非生物。最初から生命を持っていなかった。
要するに――
「ただの石像……?」
そんなことありえるだろうか。
「石化した村人」の正体は、人間ではなく、本物の石だなんて。
「石化した村」の伝承は全てでっち上げだとでもいうのか。
コツ、コツ、コツ……
遠くの方で、何か音が聞こえる。
その音は、この村に唯一そびえる煉瓦造りの建物の方から発せられていた。
……
わしの故郷であるアオシ村は、メデゥーサに襲われた。
洋服棚に隠れていたわし以外の村人は、みな、石になった。
わしの母親も石になった。
そのことが悲しくなかったはずはない。
わしは、今までわしを育ててくれた人々と環境を一気に失ったのである。
まさに絶望以外の何ものでもない。
メデゥーサが去った後、わしは、外の光景を見るのを躊躇した。
それを見てしまえば、決して受け入れたくない現実を受け入れざるを得なくなってしまう、と思ったからである。
とはいえ、ずっと家の中に閉じ籠れるわけではない。
それに、わしが見たって見なくたって、結末は変わらないのだ。
わしはついに覚悟を決め、恐る恐る家のドアを開けた。
「!!?」
わしは驚愕した。
予想外のことが起きていた、というわけではない。
覚悟した通り、村人は、わしを除き、1人残らず石になっていた。
わしが驚いたのは、外で起きていた事態についてではない。
その美しさに、である。
それは芸術そのものであった。
夕日を浴びる見慣れた村。
躍動感を持ったまま石になった人々。
日常をそのまま切り取った絵画のようだ。
それはどこまでも写実的であり、どこまでも非現実的である。
村人は、そして、村は、決して死んでいない。
むしろ永遠の生を手に入れ、その一瞬を謳歌しているのである。
なんて美しいのだろうか。
わしは、日が沈むまで、村を隅々まで歩き回り、その立体的な芸術を鑑賞した。
一番お気に入りの「作品」は、言うまでもなく、わしの母親だった。
彼女は、家の方に向かって何かを叫んでいる状態のまま、石になっている。おそらくわしに対して何かを叫んでいたのだ。彼女は、わしのことを想いながら最期を迎えたのである。
これはわしのために作られた「作品」だ。
なんて感動的なのだろうか。
この村で生き残ったのはわしだけである。
ゆえに、この「芸術作品」は、わしだけのものなのだ。
わしは、過去のすべてを失い、新たにこの「芸術作品」を手に入れたのである。
わしは、この、世界一美しいアオシ村の虜となってしまっていた。この村で一生を過ごしたいと思っていた。
しかし、その願いは、大人達によって邪魔された。
アオシ村がメデゥーサの襲撃を受けたことが隣村の知るところになり、幸運にも生き残った、しかし哀れな少年を「救う」べく、隣村の大人達がアオシ村まで乗り込んできたのである。
そして、当時13歳のわしの抵抗も虚しく、わしはアオシ村から強引に隣村に移住させられた。
その後、程なく、アオシ村は廃村となり、石になった村人も含め、跡形もなく撤去された。
審美感の欠片もない連中によって、「見るだけで悲痛な気持ちになる」などという他人事な理由で、世界一の「芸術作品」がいとも容易く壊されてしまったのである。
私からすべてを奪ったのは、メデゥーサではない。
隣村――ヒデノ村の連中なのである。
わしは、ヒデノ村で一番お金持ちである夫婦に引き取られた。
貧しい農村において、その夫婦だけは、唯一、藁葺きではなく、煉瓦作りの建物に住んでいた。
年齢はともに50歳を超えていたが、子どもはいなかった。
わしが養子代わりだったのだ。
夫婦は、故郷を失い、心に大きな傷を負った少年をどのように扱えばよいのかについて苦慮しているように見えた。
笑顔を一切見せなかったわしの様子を見て、彼らは、事件のトラウマのせいに違いないと勘違いしていたのである。実際には、「芸術作品」を奪われた怒りのせいだったのに。
しかし、彼らの悩みの種はそれだけではなかった。
わしには、生来、脳に障害があったようである。
言葉が出てきたのは10歳になってからだった。
アオシ村が襲われた当時、わしは13歳になっていたにもかかわらず、字をあまり理解せず、文庫本ではなく絵本ばかりを読んでいたし、同年代とはあまり遊ばず、母親と押し花などをして遊んでいた。
わしの知能の発達の遅れは、アオシ村で暮らしていたことには周りからはそこまで意識されていなかった。
しかし、わしを引き取った夫婦は、とりわけ夫が教育熱心だったこともあり、何とかしなければと思ったらしい。
もっとも、わしは、わしに勉学を身に付けさせたいという夫婦の期待に応えることはできず、その代わり、違うところで才能を見出した。
彫刻である。
わしには、ズバ抜けた芸術の才があったのである。
わしが彫るのは、もっぱら石像だった。
夫婦はそれを不気味がったものの、わしが他のことは何もできなかったこともあり、ノミを取り上げることまではしなかった。
わしが、村の人物をモチーフにした作品を次々と作っていたことについても、決して快くは思っていなかったはずだが、黙認していた。
夫婦の懸念はあながち間違いではなかった。
創作における私の理想は、あの、石化したアオシ村なのである。
13歳の時に見たあの光景は、ずっと脳裏に焼きついており、わしはそれに取り憑かれたまま、ひたすらに石を削っていたのである。
ヒデノ村にいるすべての村人を石像で再現したのは、夫婦に引き取られてから7年後、わしが20歳の頃だった。
夫婦は、地下の1室をわしの個人の部屋として用意していたが、その部屋は、村人の石像でびっしり埋まっており、ベッドと出入り口を行き来する通路を確保するのがやっとだった。
わしは、別に何か最終的な目的があって村人の石像を作ったわけではなく、ただそのときそのときで情熱に取り憑かれていただけだったのだが、全員分が揃ったとき、ふと思った。
この村人をディスプレイする場所が欲しい、と。
この作品を飾るのにふさわしい場所は、決してショーケースの中ではない。
村の中である。
「芸術作品」となったアオシ村のように、わしは、わしが作った石像をヒデノ村にディスプレイしたいという思いに駆られたのである。
生み出した作品を綺麗に飾りたいという芸術家としての執念と、わしから「芸術作品」を奪ったヒデノ村に対して抱き続けている怨念とが結びつき、明確な殺意となった。
わしには、あの世界一美しいアオシ村を取り返す権利がある。
とはいえ、アオシ村は既に廃村となり、荒地となってしまっている。
それならば、ヒデノ村に新たにアオシ村になってもらうしかない。
生身の人間には全員死んでもらい、展示スペースを空けてもらうしかないのである。
その夜、わしは、まず、わしを引き取った夫婦を殺害した。
ベッドで寝ている2人の首筋を、彫刻で使う小刀で切り裂いたのである。
普段力を込めて石を削っているためか、人間の身体はあまりにも脆く感じた。人を殺すのはなんて簡単なんだろうか。
そして、なるべく集落から離れたところにある民家から順に回っていき、同じように寝首を掻いていった。
人口30人の村では、用心をして家に鍵をかける習慣などなかったから、家に忍び込むのはいとも容易かった。
また、わしは長年人間の石像を作っていたから、人体の構造はよく分かっている。悲鳴を上げる前に絶命させることができる急所の位置も的確に把握していた。
こうしてわしは、一夜のうちに、「ヒデノ村30人殺し」を実現したのである。
死体は、石像と入れ替える形で、一旦わしの部屋へと移動させ、その後、ノコギリでバラバラにした後、焚き火で燃やした。
わし以外の村人が全員死んでいるため、わしを邪魔する者は誰もいなかった。
死体の処理作業も、石像のディスプレイ作業も、誰の目も気にすることなく、時間も気にすることなくできた。
そして、わしは、「石化した村」を完成させた。
アオシ村に負けず劣らずの、かなり美しい「芸術作品」となった。
今度こそわしは、「芸術作品」を誰にも奪われるわけにはいかなかった。
やがて第2の「石化した村」の存在が世間に知れ渡るようになった。
わしは、アオシ村同様、ヒデノ村もメデューサに襲われたと証言した。
その上で、わしは、今回こそは、襲われた村に居続けることを断固として主張した。
ありがたいことに、この時私はすでに20歳で立派な成人となっていたし、1度ならず2度も住んでいた村が石化された「呪われた青年」を引き取りたいと思う家族はなかった。
わしは、「石化した村」の生き残りとして、自らが作成した「芸術作品」を管理しつつ、それを愛でながら一生を暮らすという最高の生活を手にしたのである。
わしは60年もの間、愛する「芸術作品」とともに生きることができたのだ。
もちろん、60年間、ずっと順風満帆だったわけではない。
「石化した村」の謎を暴こうとし、もしくは、村人を元に戻そうと試みる冒険者が数年に1度のタイミングで訪れた。
大した能力がない冒険者であれば、勝手にやらせておいても問題はない。
しかし、真相に辿り着きそうな冒険者については、排除する必要がある。
その度、わしは、「アマテラスの涙」という聖水の存在をでっち上げ、冒険者を「天岩戸」へと導いた。
そして、彼らが「天岩戸」に入ったところで、外から猛毒のガスを注入し、死に至らしめていたのである。
今日訪れたワタルとソウヤという冒険者についても、わしは、放置をしていては危険だと判断した。
ゆえに、いつもの方法で、彼ら2人を殺害した。
もっとも、わしが彼ら2人の死を欲したのは、彼らに真相を暴かれるのを恐れたから、というだけではない。
彼ら、とりわけワタルはなかなかハンサムであり、わしの創作意欲を刺激したのである。
わしは、地下室に2人の死体を寝かせると、彼らをモデルとして、石像を彫り始めていた。
コツ、コツ、コツ……
彫刻に夢中になり、全神経を集中させてしまっていたわしは、地下室に侵入してきた者の存在にすぐに気付くことができなかった。
その侵入者は、ちょうどワタルとソウヤくらいの若さの女性であり、気づいて振り向いた時には、すでにわしの方に向かって、杖を向けていた。
「リバイバル!!」
わしは呪文によって攻撃されることを予見し、杖から放たれた白い光を躱そうとしたが、彼女の狙いはわしではなかった。
白い雷はワタルの死体に直撃した。
直後、ワタルが立ち上がる。
彼女が唱えたのは、復活呪文だったのである。
「ワタル様、そのおじいさんをやっつけてください!」
「了解」
1対2の状況で抵抗できるほど、わしはもう若くはなかった。
この村で死ねるならば本望だ――
わしは、ワタルの一刃を正面から受け、散った。
……
〜エピローグ〜
「ワタル様のことを裏切ってしまい、本当にごめんなさい」
「いや、もういいよ。今回、こうしてカレンに絶体絶命の危機を救ってもらったわけだし」
「ワタル様、私のこと、許してくれるのですか?」
「ああ。あのことはもう水に流すよ」
「じゃあ、私をパーティーに戻してくださるんですか!?」
「もちろん。僕にはカレンが必要だから」
「私もワタル様じゃないとダメです」
(しばらくXOXO)
「……よし、じゃあ、次の村に出発しようか」
「はい! ただ、ワタル様、ちょっと待ってください。今、『リバイバル』でソウヤ様のことを復活させますから」
「やめろ」
「……え?」
「カレン、やっぱり君はソウヤのことが好きなのか? ソウヤと一緒じゃなきゃダメなのか?」
「いいえ。そんなことはありません。でも、パーティーの戦力的に……」
「そんな言い訳は聞きたくない。君にソウヤを断ち切る覚悟がないならば、僕は君とは金輪際一緒に旅をしない」
「ごめんなさい。私が間違っていました。ソウヤさんには死んだままでいてもらいましょう」
「そうするしかないな。大丈夫。僕と君の2人だったらどんな壁でも乗り越えられるさ」
ミステリーっぽい題材ですが、あえてミステリーっぽくなく仕上げてみました。
この連作短編は、ファンタジーチックなミステリーによって成り立っているものですが、今作は、よりファンタジー要素を強めにして、どちらかというとミステリーチックなファンタジーにしてみました。どんでん返し!!というよりは、時系列に沿って物語を進め、徐々に事実を明らかにし、最終的には主人公パーティーに活躍の場を与えるという構成です。普段使わない構成なので、書くのになかなか時間を要しました。なんとなく読んでて楽しい作品になっていればなと思います。
最後の「エピローグ」は余計ですかね(苦笑)?
次回作ですが、正直、アイデアもままならないので、すぐ明日とかには投稿できないかもしれません。
ただ、多分、あらすじのところで予告していた「メダル貴族」になると思います。ぼんやりと考えていることが形にできれば結構面白いかなとは思います。
今週は仕事で作らなければいけない書面が多いので、執筆どころではないのですが、それでも執筆します!