旅立ちの日の殺意⑵
ミーシャが僕に話したことは全て真実だった。
つまり、僕が起床する1時間ほど前に、僕の父親である勇者アレックスは、自宅から200mほど離れた空き地で、変わり果てた姿で発見されていた。
そして、それは明らかに他殺体であった。
致命傷となった心臓まで届いた一突きのほかに、両腕に明らかな防御創が認められたのである。また、これは言うまでもないが、魔物は、殺人にナイフなど要しない。
客観的状況が、何者か人間が、故意にアレックスを死に至らしめたことを如実に物語っていた。
勇者が殺された、となれば、常識的に考えて、「旅立ちの日」は中止になる。
しかし、この街は、ミーシャ同様にイカれており、さも何事もなかったかのように、遺族である僕を新たな勇者として、予定通り「旅立ちの日」を決行しようとしていた。
アレックスの遺体があった空き地で立ち尽くしていた僕を取り囲んだのは、王家の護衛兵だった。彼らは慰めの言葉の一つすらかけることなく、無言で僕を王城まで拉致した。
お城での謁見→市井でのパレード→冒険への出発というのが「旅立ちの日」の行程である。
僕は回るお寿司のような扱いで、淡々とレールの上に乗せられたのである。
複数の大男によって城内を引き摺られ、僕が謁見室へと到着したのは、ちょうど8時半であった。
僕と目を合わせるやいなや、玉座にどっしりと構えた王様が話し始める。
「それでは定刻になったので始めよう。勇者レオン、私は、君のような立派な勇者を、この街から送り出せることを大変誇りに思う」
「王様、待ってください。それ、本気で言ってますか? 僕のことを本当に『立派な勇者』だと思ってますか? 僕、まだ勇者になって数時間しか経ってませんよ?」
「街中の人々が、今日という日を心待ちにしていた。もちろん、私もそうだ。今日、この謁見室で君と会えることを楽しみにしていた。君自身も、今日を迎えるために、日々努力を継続し、並ではない準備をしてきたことだろう」
「いいえ。父親を送り出すスピーチを除いて、一切何も準備をしてません。それに僕、まだ14歳ですよ? バリバリの未成年に何を期待してるんですか?」
「これからの冒険の日々は決して楽なものではないだろう。過酷な土地や強力な魔物が君を待ち構えている。しかし、これだけでは忘れないで欲しい。私が、そしてこの街の者すべてが君の味方だ」
「……あの、僕の話を無視して勝手に進めないでもらっていいですか? 僕、特殊な訓練なんて何も受けてないですから、冒険に出たら即死ですよ? というか、僕の立場分かってます? つい数時間前に父親が殺されたんですよ? なぜ僕の父親は殺されたんですか? 犯人は誰なのか、ちゃんと捜査してるんですか?」
「おい!! レオン、王様に対してその口の利き方はなんだ!? 無礼だぞ!!」
王様と正対する僕の左隣から、まさに横から口を出してきたのは、クラヴァだった。
彼の家は僕の家の3軒先にあり、年齢は僕より1歳年上、ミーシャほどではないが、僕とはそれなりに近しい距離感でこれまで育ってきた「腐れ縁」である。
彼がなぜ謁見室にいるのかというと、彼の母親であるメアリーが、勇者パーティーの一員だからだ。
今から18年前、魔法の才能があったメアリーは、アレックスとともにこの街を出発し、途中でパーティーの仲間を増やしつつ、3年後、見事魔王を討伐した。
そして、その15年後の現在においても、メアリーの魔力は衰えておらず、今回の「旅立ちの日」においても、勇者を支える強力な魔女として、勇者パーティーに同行することになっている。
勇者がアレックスから僕に急遽すげ変わったものの、そこの方針は変わらないらしい。
謁見室には漆黒のローブを身に纏い、王様に向かってひざまづくメアリーの姿がある。クラヴァはその付き添いだ。
仮に僕が本当に旅立たなければならないとすれば、メアリーが一緒に旅立ってくれることは唯一の救いであった。
戦力的な意味でもそうだが、それ以上に、メアリーはすでに四十路を超えているのだが、かなりの別嬪さんである。メアリーは偉大な魔女であると同時に、「美魔女」でもあるのだ。
息子のクラヴァはいけ好かないやつだが、僕はメアリーに対して秘めたる想いを持っていた。
「レオン、男だったらもっと潔くいろ。たしかにお前の父さんは今日何者かに殺された。それはとてもショッキングな出来事だ。ただな、レオン、それはもう過去の話だ。数時間前といえども、過去の話だ。今更そのことをグチグチ言っても仕方ないだろ? 前を向けよ」
「クラヴァ、お前は楽な身分だよな。親族が殺されたわけでもないし、お前自身は冒険に出かける必要もなく、この街に残れるんだから。立場を変わって欲しいよ。僕も外野の立場から野次を飛ばす役がやりたい」
クラヴァは気の短い男だ。いつもならば僕に飛びかかって襟元を掴みにくるところだが、さすがに王様の手前ではできず、僕を睨みつけると、僕の耳にかろうじて届く音量の舌打ちをした。
そして、
「俺だって、大事な母親を危険な旅へと送り出すんだ。決して楽な身分じゃないぜ」
と捨て台詞を吐いた。
王様は、僕とクラヴァのやりとりに関しては静観していたが、言い合いが終わったと見ると、間髪入れずに先ほどの「ありがたいお言葉」の続きを披露した。
所要時間は約30分。
その内容は、間違いなく、今日のために用意した台本の「アレックス」の部分を「レオン」に読み替えただけのものであり、空虚そのものだった。
本来冒険に旅立つはずのアレックスが急にこの世を去ってしまったことのショックは、さすがに市井の人々には広まっているかと思っていたが、その期待も甘かった。
お城を一歩出ると、外はまさにお祭りモード一色だった。
お城の出入り口からまっすぐ伸びるこの街のメインストリートの沿道は人だかりで埋め尽くされており、僕の姿が目に入るやいなや、ワッと轟くような歓声が上がった。天候も「旅立ちの日」に誂え向きな雲ひとつない晴天である。
渋々と歩を進めた僕だったが、これだけの歓待を受けると、次第にその気になってくるのは不思議である。
実力も才能もない僕なのに、なんかの弾みで魔王を倒せるのではないか、という気分になり、声援に対して笑顔で手を振り返すことなどもしてしまう。
最初に目に入ったときにはあまりにも急拵えで白々しいなと思った「レオン様頑張って」「レオン様大好き」「レオン様しか勝たん」うちわも、パレードの中ほどに至る頃には満更でもなかった。
しかし、行進の終盤に差し掛かり、街の出口まで残り50メートルを切ったところで、僕は我に返った。僕が今向かおうとしているのは栄光への道ではない。
三途の川である。
良血なのかもしれないが、戦いに関してド素人の僕が冒険になど出たら、最初に出会った魔物に蹂躙され、命を奪われるのが鉄板だ。
僕は、地面に横たわると、駄々をこねる幼児のように、そのままゴロゴロと身体を左右に揺さぶった。
「嫌だ嫌だ!! 僕、行きたくないよ!! この街に残りたいよ!!」
そのあまりにもみっともない姿に、ノー天気な群衆の声も、さすがに一瞬で静まった。
よし。この調子だ。この調子で「旅立ちの日」を中止に追い込むのだ。
僕はさらに激しくゴロゴロする。
「嫌だよ!! 僕はこの街が大好きなんだ!! この街で、大人になってもその先もずっと暮らしたいんだ!!」
「甘えんなよ!!」
ここでまた横槍を入れてきたのは、案の定、クラヴァだった。人だかりをかき分けて僕の元に駆け寄ってくると、襟元を掴む形で、無理矢理僕を立たせた。
「レオン、もう観念するんだ!! アレックスの息子として生を受けた以上、これは運命なんだ!! お前はその運命から、勇者の血から逃れることはできないんだ!!」
多分クラヴァの言っていることは正論なのだとは思うが、少しも血が通ってない。あまりにも他人事過ぎる。
しかし、同じく「他人」である群衆は、皆クラヴァの味方についた。
「そうだ諦めろ!!」「早くこの街を出てけ!!」「魔物の恐ろしさを思い知れ!!」などと、本来と趣旨が違う気がする中身の罵声を僕に浴びせてくる。
僕はようやく気付く。
これは壮行会ではない。
公開処刑だ。
市井の民はギロチンを取り囲む烏合の衆だ。このままではこいつらに殺される。生贄にされる。
僕の「運命を分けた」のは、クラヴァに少し遅れる形で、僕の元に駆けてきた一人の護衛兵だった。
彼の手には、一枚の羊皮紙が握られていた。
「伝令!! 『旅立ちの日』は一旦中断!! 遺書が見つかりました!!」