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石化した村の殺意⑵

「これ、一体どうなってるんだよ……」


「……噂通りの凄惨な光景だな……」


 ヒデノ村に到着して早々、僕とソウヤは目を見開く。


 村としては何の変哲もない村である。

 赤土の道に沿うようにして草や低木、そして藁葺きの民家がある。広場と思われるまとまったスペースもある。



 しかし、そこに()()人はみな異常である。



 みな灰色の石となり、固まってしまっているのだ。



 まるで時間が止まってしまったかのように、ある者は駆け出すポーズのまま、ある者はしゃがみ込んだ格好のまま、石になっている。


 そのような()が20()以上、集落の至るところに()()のである。



 僕は、村人のうち、1人の頭にそっと触れる。

 ひんやりと冷たい。


 質感も石そのものである。


 もっとも、かなり年季は入っている。艶はなく、ところどころくすんでいる。ひび割れがある「村人」もいる。



「聞いた話によると、メデゥーサという魔物の仕業らしいね。目を合わせた者を魔法で石に変えてしまうんだ」

 

「ワタル、魔法のせい、ということは、もしかすると、カレンの呪文で何とかなるんじゃないか? 彼女はかなり高度な回復呪文を使えて、呪いとかも解けるらしいから」


「ソウヤ、もう彼女の名前を出すのはやめてくれないか。思い出すだけで虫唾が走って、この村人1人1人を砕いて回りたくなってくるから」


「それは単なる八つ当た……分かったよ」



 僕とソウヤは、自然と、村の奥のとある建物に向かって歩を進めていた。


 その建物はこの集落で唯一の煉瓦造りであり、巨大であったため、かなり目立っていたのである。



 その建物の敷地内にちょうど足を踏み入れたところで、ドアが開き、中から白い髪と白髭の老人が出てきた。



「おお、この村に冒険者が訪れるのは久しぶりじゃ」


 この老人の存在については事前に情報として入っている。


 このヒデノ村の唯一の生き残りである。



「わしの名はヒロという。お前らは何という名前なんじゃ?」


「僕はワタルといいます。隣にいるのはソウヤです」


「男2人で冒険しとるのか?」


「ええ。パーティーに女性がいると気が散るので」


「それは立派な心構えじゃな。ワタルさん、ソウヤさん、もしよければここに座るといい」


 ヒロが2人を案内したのは、庭にあるテラス席だった。

 建物だけでなく、庭もかなり広い。


 僕とソウヤはお言葉に甘えて白いプラスチックの椅子に腰掛けた。



「ここはヒロさんのご自宅なんですか?」


「ああ、そうじゃ」


「立派なご自宅ですね。手入れも大変なんじゃないですか?」


「そうじゃな。ただ、手入れが大変なのはこの建物だけじゃない。わしはこの村全体の手入れもしとるからな」


 この村が廃墟になっていないことはたしかに疑問だった。


 ヒデノ村がメデゥーサに襲われたのは、もう数十年も前なのである。


 人がみな石になってしまっているのだから、普通に考えれば、草木は伸び放題伸び、家は風雨に晒されてボロボロになっているはずなのである。


 そうなっていないのは、目の前の老人のおかげなのだ。


 彼の管理のおかげで、この村はメデゥーサに襲われた当時のまま、時間が止まったままなのである。



「それにしてもすごいですよね。なんというか……その……」


「遠慮せんで言ってもらって大丈夫じゃよ。石になった村人のことじゃろ?」


「ええ。そうです。ずっとあのままなんですよね……?」


「ああ。そうじゃな。石になってもう60年になるな」


「60年!?」


「そうじゃ。その間、村人達は当時のままの姿を留めておるが、ワシは見ての通りすっかりジジイとなってしまったよ」


 そう言って目の前の老人はカッカと笑った。



「ヒロさんは、60年間ずっとこの村で生活しているんですか?」


「ああ。そうじゃ」


「1人きりで?」


「ああ」


「村を出て行こうとは思わなかったんですか?」


「1度も思ったことはないのう。ここはわしの村なんじゃ。唯一の生き残りとしてわしにできる唯一のことは、この村に残り、この村を管理し続けることくらいじゃろう。それがわしに残された使命なんじゃ」


 ヒロの言ってることが全く分からない、というわけではなかったが、早々に生まれ故郷を捨てて冒険の旅に出掛けた自分にはイマイチ理解できない感覚だった。

 古風な考え、とでもいうのだろうか。



「ジイさん、この村の人々を元に戻すことはできないのかい?」


 核心的な質問をしたのはソウヤだった。


 僕達はこのヒデノ村に社会科見学に来たわけでもなければ、取材に来たわけでもない。

 世界を救う活動の一環として、この石化した村を救いに来たのである。



 ヒロは、しばらく僕とヒロの顔をじっと見ていた。信頼できる相手かどうかを値踏みしているのかもしれない、と僕は感じた。


 そして、大きく頷いた後、重々しい声で言った。



「実は、1つだけ方法があるんじゃ」




……




 たしかに私は、追放されて当然のことをした。


 最初に誘ってきたのはソウヤの方である。

 コハルが去り、私は正式にワタルとお付き合いをしていたので、ソウヤからの誘いは今まで断り続けていた。


 しかし、昨夜、つい魔が差してしまった。

 


 正直、ワタルに不満はあった。


 付き合い始めて分かったことなのだが、彼にはDV気質があり、直接手を上げられることこそ週に1回程度だったが、恋人ゆえに大事にされていると感じることはほとんどなかった。

 むしろ、日頃のストレスの捌け口として恋人を使っており、機嫌が悪くなると、私に難癖をつけて罵倒してきた。



 とはいえ、そういう部分も含めて、私はワタルのことが好きであり、彼と別れたいと思っていたわけでは決してない。


 むしろ、私が、彼の弱い面を支えてあげなければならないと思っていた。



 ゆえに、一度きりの過ちが早速露見してしまうという不幸はあったものの、悪いのはすべて私なのである。



 私は、パーティーから追放されて然るべき女である。



 しかし、私は、どうしてもワタルのことが諦められなかった。


 私ほどの回復・補助能力があれば、新しいパーティーからの誘いは引く手数多に違いないが、私が所属したいのはワタルのパーティーだけだ。


 時間が経てば経つほど戻りにくくなるだろう。



 自分を奮い立たせると、私は、彼に置き去りにされた町から、彼を追う旅に出掛けた。




「……おかしい。ここのはずなんですが……」


 私は、目の前の光景と手に持った地図とを交互に見比べる。


 たしかに地図が示している「目的地」はここで間違いがないはずだ。



 私を追放する前、ワタルは、次の目的地は「石化した村」だと言っていた。


 随分昔に魔物によって村人が石にされてしまった村だという。


 そこで、私は、彼に置き去りにされた宿屋で、店主に、「石化した村」について心当たりを尋ねたところ、それは「アオシ村」だと教えてくれた。



 しかし、私の目の前にある「アオシ村」は、ただの荒地であり、民家の一つもないのである。


 もっとも、地図の指し示すあたりには、灌漑された跡がある。

 過去に集落が存在していた名残だろう。


 おそらく「アオシ村」はだいぶ前に廃村になったのである。



 思い返してみると、宿屋の店主は、「ここから近い石化した村はアオシ村」だと言っていた。

 もしかすると、過去に魔物によって石化された村はこの近辺に複数あって、ワタルが向かったのは、アオシ村ではない別の村ということなのかもしれない。



「急がないと……」


 私は、再度の情報収集をするため、彼に置き去りにされた町へとUターンをした。




……




「そんなに大きなダンジョンじゃなさそうだな」


「ああ、そうだな」


 石化した人間を元に戻す方法として、ヒロが教えてくれたのは、「アマテラスの涙」という特殊な聖水を振りかける方法であった。


 そして、その「アマテラスの涙」を入手できるのは、「天岩戸」と呼ばれるダンジョンのみであるということである。



 僕とソウヤは、ヒロに教わった通り、ヒデノ村から徒歩15分ほどの場所に位置していた「天岩戸」へと向かったのである。


 ヒロ曰く、「未だかつて誰も攻略したことのないダンジョン」とのことで、一体どれほど険しいダンジョンなのかと思えば、外から見た感じ、奥行きはほとんどなかった。



「よし、行くぞ」


 ダンジョンの狭さを不審に思った僕だったが、考えていても埒が明かないので、ダンジョンの中へと立ち入った。ソウヤも僕に続く。



「ワタル、真面目な話、戦闘はどうするんだ?」


「どうするって?」


「しつこいようだが、回復役のカレンがいないんだぜ」


「たしかにしつこいね。別に彼女がいなくたって大丈夫だよ。そもそもダメージを受けなければいいんだから。先手必勝で、一撃で仕留めればいい」


「一撃で仕留められないモンスターが出てきたらどうするんだ? 攻撃してくるぜ?」


「全部避ければいい」


「そう簡単な話じゃないだろ……。未だかつて誰も攻略したことのないダンジョンなんだから、おそらく最深部には強敵が待ち構えてるんだぜ」


 それは僕だって分かっている。

 とはいえ、浮気をしたカレンをパーティーに戻すわけにはいかないのだから、議論したところで堂々巡りなのである。覚悟を決めるしかない。




 しばらくダンジョンを突き進んでも、モンスターとエンカウントすることはなかった。



 その代わり、僕とソウヤはほぼ同時に異変を感じ取った。



「ワタル、このダンジョン、空気が悪くないか? 息がしにくいというか……」


「……そうだね。ついさっきから息を吸っても吸えないというか……あれ、意識が朦朧と……」


 命の危機を感じた時には、時は既に遅しだった。



 目の前でソウヤの巨体が倒れる。



 そして、間も無く僕の意識も途絶えた。




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