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石化した村の殺意⑴

 村に突然現れた一匹の魔物。


 その魔物の姿を見た瞬間、普段は和やかな周りの大人達の雰囲気が一変する。



「ヒロ、家に戻って!!」


 僕と一緒に花を摘んで遊んでいたお母さんは、持っていたオシロイバナを投げ捨て、その手で僕の背中を押した。


 その勢いで僕は草原に前のめりに倒れたが、お母さんからは謝罪の言葉はないばかりか、「バカ!! 早くして!!」と怒鳴られた。

 擦りむいて出血していた膝よりも、温厚なお母さんの豹変ぶりがショックだった。


 僕は泣きべそをかきながら、母親の指示に従い、家の方向に向かって走り出した。



「ヒロ、絶対に振り返らないで!!」


「うん!!」


「洋服棚の中に隠れるのよ!!」


「うん!!」


 走っている最中、背後では村人の悲鳴が聞こえてきた。

 村の人口はわずか30人しかいないから、いずれも僕がよく知っている人の声である。

 もしもこの中にお母さんの悲鳴が含まれることがあれば、僕は振り返り、立ち止まってしまっていたと思う。

 しかし、幸いなことに、お母さんは、僕が家の中に入るまでは無事でいてくれて、僕がドアを閉める直前、彼女は、


「ヒロ、愛してる」


と声を掛けてくれた。


 お母さんから毎日のように言われている言葉だったが、この時ばかりはいつもと意味合いが違うことを、僕は子どもながらに理解していた。

 僕は、心の中で、お母さんに「僕も愛してる」と伝えた。

 


 僕にできることは、お母さんのの言いつけを守り、洋服棚の中に隠れることだった。

 自宅には、13歳の僕の身体がすっぽり入るサイズの洋服棚がある。

 僕は、中に入っていたセーターやズボンを外に放り出し、作ったスペースに身を潜めた。



 僕は、昔、絵本で見たことがあったため、この村に現れた魔物の正体が何か分かっていた。



 メデゥーサである。


 

 それは、僕が今まで読んだことがある絵本の中で、一番怖い絵本だった。

 

 メデゥーサは、目を合わせるだけで、人間を石に変えてしまうのである。


 まさか、メデゥーサが実在するだなんて――

 

 外の村人の悲鳴は、くぐもっていたが、洋服棚の中にまで聞こえていた。絶えず。


 しかし、あっという間に静まった。


 村人みんなやられてしまったのである。


 もちろん、僕のお母さんも、だ。



 僕は、しばらく洋服棚から出られなかった。

 メデゥーサはとっくに村を去っているとは思うが、家の外の様子がどうなっているかを想像すると、震えが止まらず、身体を動かすことができなかったのである。



 陽も沈みかけた頃、僕はようやく現実と向き合う。



 これは――



 家のドアを開けた瞬間に飛び込んできた光景は、想像を遥かに絶するほどの衝撃だった。




……




「おい。ワタル、さすがにマズかったんじゃないか?」


「……何がだ?」


「カレンのことだよ」


 砂漠の真ん中でコハルを失った僕達のパーティーは、彼女と肩を並べるくらいの能力を持った魔法使いに出会えなかったため、僕、ソウヤ、カレンの3人で旅を続けていた。


 しかし、今朝からは、「ある事情」によりカレンはおらず、僕とソウヤの男2人での旅路を進んでいる。



「まさか、カレンが可哀想とでも言いたいのか?」


「いや、そうじゃない。ただ、追放するのはさすがにマズイだろ」


 今朝、僕は、カレンに「もうついてくるな!!」と命じた。そして、「ごめんなさい」と泣きじゃくるカレンを尻目に、滞在していた町を出て行ったのである。



「当然の報いさ。あと、ソウヤ、分かってると思うけど、僕は君にもキレてるから」


 昨夜、パーティー内で最悪な事件が起こった。

 カレンは僕と付き合っているにも関わらず、ソウヤとキスをしたのである。

 僕がお風呂に入っている隙を狙った凶行だった。

 洗面用具を忘れた僕が部屋に戻ってなければ、犯行はさらにエスカレートしていたものと思われる。


 パーティーの輪を乱した以上、カレンには追放という厳しい処分を与えるしかなかった。

 決して僕の私情ではない。

 パーティーには規律が大切なのである。



「あれは酔った勢いだったんだって。あの日はだいぶ飲んでたから」


「そんなパーティーピーポーは僕のパーティーには必要ない」


 やはりソウヤも追放すべきだったか。

 2人を一緒に町に置き去りにすると、それを奇貨としてイチャイチャされそうだったので、あえてソウヤだけ連れてきたのだが。



「まあ、ワタルが怒るのは分かるけど、少しは現実的なところも考えるべきだろ。俺らのパーティーでまともな回復呪文が使えるのはカレンだけなんだぜ。もしこれから行く先で死にかけたらどうするんだ?」


「大丈夫。この地域のモンスターは大したことないから」


 先ほどからちょくちょくモンスターと戦っているが、いずれも雑魚ばかりだった。文字通り指一本でブスッと刺して倒せそうなくらいである。



「たしかにそうだけど……あっ」


 ソウヤが進行方向のさらに先を指差す。



「ワタル、あそこに集落らしきものが見えるぜ。あれが次の目的地か?」


「……そうだね。ヒデノ村。別名『石化した村』だ」


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