花嫁選びの殺意⑵
「ルイン様、どうするんですか?」
マネザルが僕に問う。
「どうするって何を?」
「ディアンナ様とローラ様を、です。ルイン様は2人と同時に結婚したんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「でも、ルイン様は1人しかいないですよね」
「もちろん」
「じゃあ、どうするんですか? どうやって同時にお二人と婚姻生活を送るんですか?」
マネザルの疑問はごもっともである。
現に、僕もそのことには真剣に悩んでいた。
ローラは分からないが、少なくともディアンナに関しては、一夫多妻制などは容認してくれるはずがない。
僕は、ディアンナとの家庭と、ローラとの家庭を別々に築く必要がある。そんなこと、普通に考えれば不可能である。
しかし、僕にはとっておきのアイデアがあった。
「たしかに僕は1人しかいない。でも、僕にはマネザル、君がいる。君がもう1人の僕になるんだ」
僕は、マネザルに対して、その天才的なアイデアについて説明する。
「僕は明日から、1年間のハネムーン休暇に入る。その間は、僕は決まった町に留まって、他のことには苛まれずに、ひたすら妻と愛を育むんだ」
「ルイン様、冒険はどうするんですか? 魔王討伐はどうするんですか?」
「一旦ストップだね。まあ、この世界はこれまで20年間も魔王に悩まされているから、今更もう1年くらい魔王がのさばる期間が延びたところで誰も文句は言わないでしょ」
マネザルは何かを言いたそうにしていたが、そんなことは気にせずに僕は続ける。
「ハネムーン休暇中は、僕は妻とずっと一緒にいる。一瞬たりとも離れたくない」
「でも、奥様は2人いますよね? ルイン様は1人しかいないから、2人の間を行ったり来たりしなきゃいけないですよね?」
「だから、君にも僕になってもらうんだよ。君は得意の変身魔法を使って、ハネムーン休暇中はずっと僕に化けてもらう。そして、本物の僕が一緒にいられない方と、君に一緒にいてもらいたいんだ」
「つまり、たとえば、ルイン様がディアンナ様と一緒に生活し、ルイン様に化けた私がローラ様と一緒に生活するということですか?」
「そうそう。ただし、1日交代のローテーションでね」
僕は、ディアンナのこともローラのことも両方同じくらい大好きなので、本当は毎日ディアンナともローラとも一緒にいたい。
それが叶わないならば、せめて、1日おきで一緒にいたいのである。
「たとえば、1日目に僕がディアンナ、君がローラと一緒に過ごすとすれば、2日目は僕がローラ、君がディアンナと一緒に過ごす。そして、3日目には、僕がディアンナ、君がローラ、4日目には僕がローラ……といった具合だ。そうすれば、毎日『僕』と一緒にいられる2人の花嫁は幸せだし、1日おきの交互で2人と一緒にいられる僕も十分に幸せだ。マネザル、そう思わないかい?」
マネザルは「そうですかね……」と言って口籠る。
仕方がない。このような難しい恋愛をした経験が彼にはないだろうから、イマイチ理解できていないのである。
「でも、ルイン様、ルイン様と私の切り替えはどうするんですか? ルイン様と私は毎日入れ替わらなきゃいけないんですよね?」
「左様。それについてもちゃんと考えてあるよ。ディアンナとの愛の巣と、ローラとの愛の巣とは、近からず遠からずの絶妙な場所、たとえば徒歩30分くらいの距離の場所に設定する。そして、毎晩、彼女たちが寝ている間に、僕と君とはほぼ同時にベッドを抜け出し、彼女たちにバレないように入れ替わるんだ」
「……上手くいきますかね?」
「ああ、大丈夫だ。ディアンナもローラも比較的眠りが深いから。加えて、僕が寝る前にベッドの中でしっかり疲れさせてあげれば……あ、マネザル、君は2人に断じて手を出しちゃダメだからね! 僕に化けている間、君は2人に指一本触れちゃダメだから! 万が一誘われたら、『今日は眠いから、明日にしよう』と断ってくれ!」
「それは分かってます」
「頼むよ! これ、1番大事なことだから!」
こうして、マネザルの協力によって、僕と2人の花嫁とのハネムーン休暇がスタートした。
マネザルはやはり優秀な相方であり、僕の指示したことを完璧に守ってくれていた。
僕のフリをして、僕が一緒にいられない方の妻と一緒にいてくれて、かつ、毎晩0時ちょうどに、スムーズに僕と入れ替わってくれた。
つまり、僕がディアンナのベッドから抜け出し、宿の窓から脱出をした後、ローラのベッドに向かう頃には、ローラのベッドの隣は空の状態であり、部屋の窓は開いた状態となっていた。
そして、僕がローラのベッドに潜り込む頃には、僕に代わり、ディアンナのベッドにいてくれていた。
ディアンナとの新婚生活を送っていたA町と、ローラとの新婚生活を送っていたB町との間の距離は2.5km。
徒歩にして30分程度の時間がかかる距離だが、僕はダッシュをして15分くらいでその間を移動した。
マネザルは秀でた身体能力でさらに素早く移動していたらしいが、移動中のマネザルと鉢合わせることはなかった。マネザルは如何にも猿らしく木の枝を伝って移動していて、地上と樹上とで移動ルートが違ったからである。
そのため、最初の打ち合わせをして以降、マネザルとは顔を合わせることはなかった。
それでも、ディアンナもローラも「二重生活」に気付いているような素振りは見せなかったし、エッチは2日に1回だとちゃんと認識できていたため、マネザルがよくやってくれていたことには疑いがなかった。
ハネムーン期間が始まって3ヶ月もしないうちに、ディアンナもローラも妊娠をした。
2人の妊娠が判明したのはほぼ同時期だった。
僕は、金髪の子どもも青髪の子どもも両方欲しかったから、2人の懐妊をとても喜んだ。
日に日にどんどん大きくなる2人のお腹を1日おきに見るたびに、僕の2人への愛情もどんどん大きくなっていた。
ディアンナもローラも、子どもの誕生を心待ちにしていた。
ディアンナ「ほら、今、赤ちゃんがお腹を蹴飛ばしたよ。母親を蹴飛ばすなんて、将来ロクな奴にならないね」
ローラ「今、赤ちゃんがお腹の中で暴れられています。私のお腹、少し狭すぎますかね?」
という感じ。
妊娠をした時期がほぼ同時だったため、出産予定時期も一緒であった。
万が一2人が同じ日に破水した場合には、どちらに立ち会うべきか悩ましかったため、ちょうど僕が「担当」している日に、ローラが先に破水してくれたことに、僕は内心ホッとした。
僕は、辛そうに息をするローラを背負い、町で一番評判の良い産婆がいる家へと向かった。
そして、夕方より、ローラの出産が始まり、約4時間後、ついに運命の瞬間を迎えた。
「ヒーヒーフーフー」
「大丈夫。いいよ。その調子」
「ヒーヒー……赤ちゃん、出てきてます?」
「ああ。もう頭が出かかってるよ。あとちょっと……。頑張って」
「ヒーヒー……んんん……ハア」
「よし!! お姉ちゃん、よくやった!!」
ついに、産婆が、僕とローラの子を取り上げた。
僕は、はやる気持ちを抑えられないまま、早速2人の愛の結晶を覗き込む。
――!!?
――な、なんだこれは……?
生湯に浸かっていたのは、人間の子どもではなかった。
それは全身毛むくじゃらの、猿のような生き物だったのである。
「……ど、どうして……」
僕は床に崩れる。これは悪夢に違いない。こんなことは現実にありえないはずがない。
「……ルイン様、どうしましたか?」
分娩台の上のローラが僕に声を掛ける。
いや、違う。
それはたしかに分娩台から聞こえてきた声なのだが、ローラの声ではない。
それはマネザルの声だった。
「ルイン様、赤ちゃんは可愛いですよね? だって、私とルイン様の愛の結晶ですもんね」
「どういうことだ!! マネザル、ローラをどこにやった!?」
「ローラ様は、とっくのとうに死んでいます。私が殺したんです。ローラ様だけじゃありません。ディアンナ様も、私が殺しました」
「ふざけるな!! 何のつもりなんだ!!」
「ふざけてなんていませんよ。全て私の作戦通りなんです。ルイン様はお気付きになられてませんでしたが、ハネムーンの初日にローラ様を、その翌日にディアンナ様を殺しました。そして、私は、ルイン様ではなく、毎日交互にディアンナ様とローラ様に変身していたのです」
僕はこの「二重生活」の期間、1日おきにディアンナとローラに会っていた。
まさかその正体はいずれもマネザルだったというのか。
「ルイン様はこう思っていたはずです。ルイン様がA町でディアンナ様と一緒にいる時、ルイン様に化けた私がB町でローラ様と一緒にいると。しかし、実際には、ディアンナ様もローラ様もこの世を去っていて、存在していないのです。ルイン様がA町で過ごしていたのは、ディアンナ様に化けた私であり、その時、B町には誰もいなかったのです」
そして、とマネザルは続ける。
「その日の夜に、ルイン様はA町を抜け出し、B町へ移動します。ルイン様がベッドを抜け出してすぐ、ディアンナ様に化けた私もベッドを抜け出し、素早く木を伝って、ルイン様より先にB町に到着し、今度はローラ様に化けて、ベッドの中でルイン様の到着を待っていたのです。その逆も然りです。ルイン様がB町からA町に移動する際も、ローラ様に化けた私はルイン様に遅れてベッドを抜け出し、急いでA町に移動し、ディアンナ様に変身して、ルイン様をベッドの中で待っていたのです」
なんということだ。僕は、この1年間、場所を変えて毎日マネザルと会い続けていただけだったのか。
「なぜだ!? お前はなんでそんなことをしたんだ!? 僕に恨みでもあるのか!?」
「いいえ。恨みなんてこれっぽっちもありません。私はただ、ルイン様のことが好きなんです。ルイン様を独り占めしたかっただけなんです」
「意味分からないよ!! 男同士で好きだとか独り占めしたいだとか……」
「ルイン様、まだ気付いてないんですか? 私は女ですよ」
――そんなまさか。
「ルイン様はモンスターの性別に一切関心がなかったのかもしれません」
たしかにマネザルの股間にアレが付いてるかどうかなど一度も確認したことはない。
「しかし、私は正真正銘の女です。今、あなたの子を産んだのが何よりの証拠です」
この毛むくじゃらの赤ちゃんは、マネザルが産んだ、僕との間の子だというのか。
「ディアンナ様とローラ様に化けていた私を、ルイン様は毎晩情熱的に抱いてくださりました。毎日子種を注いでくだされば、そりゃあっという間に妊娠します。ルイン様に毎晩抱かれて、そして、ルイン様との間の子を授かれて、私は本当に幸せ者です」
全てを理解した僕は、もう立ち上がることができなくなっていた。
これは悪夢よりもはるかにタチの悪い現実である。
「これから先、私と、そしてこの子と一緒に幸せな家庭を築いていきましょうね!! マイダーリン!!」
………
〜エピローグ〜
レストランに入ってから、金髪の女性は、キョロキョロと辺りを見渡している。
清潔感のあるチョッキ姿のボーイに案内されてテーブルにつき、青髪の女性を前にしても、それでもなお落ち着かない様子である。
「この店、えらくオシャレね?」
「三つ星レストランなので、味も格別です」
「高いんじゃない?」
「心配しないで大丈夫です。支払いは予約する時に父が済ませてますので」
「やっぱり金持ちの娘は違うわね」
金髪の女性ーーディアンナとしては若干の皮肉を込めたつもりだったが、青髪の女性ーーローラは、「ありがとうございます」と屈託のない笑顔を見せる。
ディアンナが席についてまもなく、先ほど彼女を案内してくれたボーイが、銀色のワインクーラーを抱えてやってくる。ディアンナは、氷の中から取り出されたボトルの価格はあえて訊かないことにした。気軽に飲めなくなりそうだからである。
「あのボーイ、なかなかイケメンじゃない?」
ボーイがワインを注いで席を離れるやいなや、ディアンナがうっとりしながら言う。
「カッコいいなって私も思いました」
「やっぱり私たちって好みが似てるのね」
ディアンナとローラは笑い合う。
二人は同じ男性を好きになり、数ヶ月前、二人してその男性ーールインと結婚した。
しかし、ルインとの結婚生活は、あっという間に終焉を迎えた。
ローラは結婚した翌日に、ディアンナはそのさらに翌日に、マネザルから全ての真相を聞いたのである。
あろうことか、ルインは、ディアンナとローラを騙し、二人と同時に結婚し、マネザルを使った二重生活を画策していたとのことだった。
千年の恋だって一瞬で冷めてしまうような衝撃の事実である。ディアンナもローラも、ルインと関わりを断つことを即決した。
そこで、マネザルとも相談し、ルインはマネザルに譲ることとし、二人はすでに死んだ、と説明してもらうことにしたのである。
そうすることで、マネザルはルインを、ディアンナとローラは自由を手にしたのである。
この件を機に「被害者」同士である二人の距離は縮まり、「女子会」と称し、たびたび飲みに行く仲となった。
「あの人とマネザルさんとの間にお子さんが産まれた話は聞きましたか?」
「ええ。聞いたわ。猿を孕ませるなんて、さすがよね。そんな芸当をできるのは、アイツがヤルことしか考えてない猿だからに違いないわ」
「猿同士お似合いですね」
二人はまた笑い合う。
「ディアンナさん、せっかく来たので、ワインを飲みましょう」
「そうね」
二人は柄の長いワイングラスを持ち上げ、そっと傾ける。
「稀代のクズ男の不幸せを願って、乾杯」
テーマは「2股ダメ絶対」です(笑)
一応ミステリー作家なので、プロットを考えるときはトリック(オチの部分)から逆算してストーリーを考えることが多いのですが、今作に関しては、トリックは一旦おいておいて、何か面白い「花嫁選び」のストーリーはないかなと考えるところからスタートしてて、2人とも一気に選んで二重生活をするの面白いな、そのためには化ける何かが必要だな、という感じで、演繹的にプロットを組んでいきました。
というか、書いててふと気になったんですが、この作品の元ネタ(「ド○クエV」)ってみなさん分かってるんですよね? このサイトには若い方も多いので、もしかすると分からない方もいるかもしれないと不安になりました。ちなみに、僕は、幼馴染との絆を大事にするので、ビ○ンカちゃんを必ず選んでいました。
次の話ですが、もしかすると今作より題材がマニアックかもしれません。ド○クエⅦです(たしか)。
タイトルは「石化した村の殺意」。題材がとてもミステリーっぽいですね。
プロットが完全に練れているわけではないので、少しお時間いただくかもしれません。。