花嫁選びの殺意⑴
「ルイン、私のことがずっと好きなんだよね? もちろん私と結婚するよね?」
「ルイン様、私と結婚してください。不束者ですが、一生尽くします」
目の前で、金髪のショートカットの女性と、青い長髪を毛先でふわりと巻いた女性とが、同時に手を差し出し、頭を下げる。
勇者である僕には、フィアンセが2人いた。
一方は、幼馴染のディアンナであり、もう一方は、社長令嬢のローラである。
同時に2人の女性と婚約するだなんて、あまりにも不誠実だと思われるかもしれないが、これは僕のせいではない。
ディアンナが婚約と主張するのは、僕と彼女が6歳の時のやりとりであり、最近彼女から指摘されるまで忘却の彼方だった。しかも、「ずっと仲良しでいようね」とかその程度のやりとりだった。
そして、ローラに関しては、僕は一切意思表示をしていない。金に目が眩んだ僕の親が、ローラの親との間で勝手に「婚約」を結んでしまったのである。
ゆえに、僕は、いずれの求婚を受けても構わない立場だった。
もっといえば、両方の求婚を断っても構わない立場なのである。
しかし、ここに大きな問題があった。
僕は、ディアンナのことも、ローラのことも、世界一大好きだったのである。
ディアンナは僕のことを誰よりも知っており、僕の好きな食べ物も好きな漫画も、嫌いな季節も嫌いな俳優も全部全部知っている。その上で、優柔不断な僕を常に引っ張ってくれる。気が強そうに見えて、ふとした瞬間に見せる弱い部分が堪らなく愛おしい。顔も超可愛い。
そして、ローラは、出会った時期こそ最近であったが、文句なしのハイスペックガールである。料理も掃除も何から何まで完璧にこなし、バイオリンを弾くことも、お花を生けることもできる。真面目で大人しい性格だが、僕への想いは情熱的で、会えない日は毎日僕に手紙を書いてくれる。顔も超可愛い。
人生の伴侶を、いずれか1人に絞るなどということは僕にはできなかった。
とはいえ、「Wフィアンセ」状態を続けるのももう限界である。
今日を迎えるにあたって、僕は毎晩悩み続けた。
そして、今朝、ようやく決意をした。
僕は、数歩前に歩を進めると、2人のうち一方の目の前に立った。
金髪の幼馴染である。
そして、両手で包み込むよう、彼女の差し出した手を握った。
「やったあああ!! ルイン、私を選んでくれたんだね!!」
「当たり前じゃないか。20年近く一緒にいるんだから。君を選ばないはずがない。」
「嬉しい!! 私、表面上は強がってたけど、内心すごく不安だったの。ルイン、ローラにも気があるみたいだったから」
「何言ってるんだ? 僕がそんなポッと出の女に靡くわけがないだろ」
「ルイン、大好き!!」
ディアンナが僕に飛びつくようにして抱きつく。
胸のふんわりとした感触が洋服越しでも伝わってくる。彼女の巨乳がもたらす最高の感触を、僕は完全に手中に収めたのである。
僕は、ふと気になり、もう一方の女性の方へと目を遣る。
長い髪を垂れ、その場にうずくまっている。髪に隠れて表情までは見えないが、咽び泣きのような声が聞こえる。
――そう。これでいいのだ。
僕は、ディアンナの求めに応じ、唇と唇がいつまでも離れない長いキスをした。
――その2時間後。
「ルイン、私のことがずっと好きなんだよね? もちろん私と結婚するよね?」
「ルイン様、私と結婚してください。私、ルイン様がいないとダメなんです」
ローラのセリフは少し違っているが、シチュエーションは2時間前と全く同じである。
2人の女性が、僕に対して、頭を下げて、手を差し伸べている。
今回、僕が選ぶべき相手は――
僕は、青髪の少女の手を、ギュッと握った。
「ローラ、結婚しよう」
「……ルイン様」
涙を目に溜めるローラの頭を、僕は優しく撫でる。
彼女の髪は細く真っ直ぐなので、指がスーッと気持ちよく通る。
「ルイン様、本当に私でいいんですか??」
「当たり前だろ。君みたいなハイスペックな女性はなかなかいないから」
「でも、ルイン様にとって、ディアンナ様は特別な人なんですよね……??」
「たまたま生まれた時期と地域が似通ってただけさ。僕の運命の相手は、ローラ、君しかいない」
「ルイン様……」
その場で泣き崩れそうになったローラの身体を支えるように抱くと、僕は、彼女の薄い唇に、僕の唇を押し当てた。
「ルイン様、こんなところで……」と拒絶したのは最初だけで、ローラはすぐに乱れ、2人だけの世界へと突入した。抱きしめた時により近くに感じられるのが貧乳の魅力である。
このままホテルへと雪崩れ込む前に、僕はもう一方の金髪の女性の様子を確認する。
彼女は、「クソ!!」と連呼しながら、地面をバシバシと叩いている。
――よし。これでいい。
僕は、ローラの手を引っ張り、情事の続きをしに行った。
「ありがとう!! 作戦成功だよ!! 君のおかげだ!!」
その日の夜、僕は、馬車の中で、この日のMVPと盃を交わした。
「ルイン様のお役に立てたならば何よりです」
「お役に立てたどころじゃないよ。君がいなかったら上手くいかなかったんだ。君のおかげで、ディアンナとローラの両方と結婚することができたんだ」
僕がお酒を注ぐ相手は、猿である。
ただの猿ではない。
マネザルというモンスターである。
彼とは長らく一緒にパーティーを組み、冒険を続けている。
彼の特技は変身である。
彼は、魔法の力によって、今まで見たことのある誰かに変身し、姿形と声をそっくりコピーすることができる。
ディアンナとローラ、いずれか一方を選ぶことができなかった僕は、マネザルの助けを借りることにした。
今日、僕はまず、ローラに化けてもらうようにマネザルに頼んだ。
そして、ローラの姿形をした彼に、ディアンナからのプロポーズを受ける場に参加してもらった。
そして、その2時間後、僕は、マネザルに、ディアンナに化けてもらうよう頼んだ。
そして、今度は、彼に、ローラからのプロポーズを受ける場に参加してもらったのである。
ディアンナもローラも、僕にフィアンセが2人いることは知っていたから、僕が2人と同時に結婚するためには、一方のプロポーズを受けるだけでなく、そうでない方のプロポーズを拒絶するシーンを見せる必要があった。
ゆえに僕は、マネザルにフラれる方の役を頼んだのである。
彼の名演技によって、ディアンナにもローラにも、「アイツではなく自分が選ばれた」と思わせることができた。「私だけが選ばれた」と錯覚させることができた。
作戦は大成功である。
僕は、この作戦によって、誰も傷つけることなく、2人の素晴らしい花嫁を同時に手に入れたのである。