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十角獣館の殺意⑷

7 〜警察の介入〜



 警察が、船に乗って無人島へと向かったのは、この地域を襲った嵐が去ってから1週後のことだった。


 通報したのは、館に住む者のうち1人の家族であり、嵐の日以降、館との連絡が取れなかったことを心配したとのこと。仮に嵐によって館が一時的に停電等したとしても、天候が回復した後1週間も固定電話が復旧しないというのはおかしい、とその通報者は警察に訴えた。



 到着した無人島には、事件性の有無について半信半疑だった警察の目を覚まさせるものがたくさんあった。



 人間の死体である。

 


 館の居間に2体、館の個室に1体、さらに無人島の岬に1体の()()()の人間の死体が転がっていた。


 いずれも病死ではない。明らかな外傷があった。



 十角獣館に住んでいる男女は、全員が闘技場の元トレーナーであり、奇妙なあだ名で呼ばれている。


 岬にあったのは、女性の死体であった。

 館に住む女性は1人しかいない。これは「ピクシー」と呼ばれる女性の死体である。


 館の2階にある個室のベッドに寝かされた死体は、警察が事前に親族から見せられていた写真から、「ドラゴン」と呼ばれる男性のものと照合された。


 居間の死体は、一方は背が高くガッチリした男性のものであり、もう一方は対照的に小柄な男性のものであった。

 前者は「ゴーレム」のものであり、もう一方は「オーク」のものだろう。



 この館に暮らす、元トレーナーの男女4人は、すべて死体で発見されたことになる。


 

 また、館の中には、()()()()の死体があった。



 人間の死体ではない。


 ()()()()()()()()()()()


 こちらも明らかな他殺体であった。

 

 このモンスターについても、十角獣館の居住者であることが、事前の情報より確認された。



 客観的な状況から、警察は、一連の殺害事件の犯人を、「ゴーレム」と呼ばれる大男であると結論付けた。


 その理由は、死亡推定時刻がもっとも遅いのがゴーレムであったこと、オークの心臓に刺さっていた刃物からゴーレムの指紋が採取されたこと、ゴーレムのみが刃物や鈍器ではなく銃によって死んでいたことである。


 犯人断定の裏付けとしては心許ない部分はあるが、いずれにせよ「犯人死亡」なのだから、真相を突き止めるインセンティブが強くあるわけではない。


 無論、警察としては、犯行の頃に、十角獣館に第三者がいた可能性についても捜査したが、半年間以上にわたり、無人島へと行く船は出ていないことが確認されたため、その線は消えた。


 

 こうして「ドラゴン」、「ピクシー」、「オーク」、「ゴーレム」の4人の人間が命を落とし、さらに、手足のない液体状のモンスターである()()()()1匹までもが巻き込まれて命を落とした、犯罪史に残る凶悪事件「十角獣館の殺人」の捜査は幕を閉じた。

 




8 〜???〜



「仕事がキツくて、もう限界だよ」


 俺に対し、大きなため息とともに不満を漏らしたのは、たまたま隣の席に座ったスライムだった。


 館で執事として勤務する彼は、就職後半年してようやくとれた休みを利用し、このモンスターが集うバーへと足を運んだとのことだ。


 彼は、「普段は飲めないんだよね」と言って、先ほどから大量のアルコールを摂取している。



「24時間働き詰めなんだ。館の居住者の生活リズムがバラバラだからね。深夜に仕事を頼まれることも平気である」


 それは酷い、と率直に思った。


 人間の世界には労働基準法というものがあって、人間が1日に働ける時間が制限されている。

 他方で、この労働基準法はモンスターには適用されない。

 モンスター達は、人間に置き換えたら考えられないほどの長時間労働を余儀なくされているのだ。



「十分な報酬はもらってるの?」


「いや。全然」


 隣の席のスライムが首を振る。



「お金はほとんどもらってないよ。今日の飲み代でほとんど消えるほどさ。館に住まわせてもらうことと、賄いの食事をもらえることくらいかな。主な報酬は」


 憤りを禁じ得ない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして、俺も、彼と同じく人間にこき使われ、辛い目に遭わされたことがある。


 ゆえに、俺は彼の不遇を「他人事」として見過ごすわけにはいかなかった。



「君にそんな酷い働かせ方をしている館というのは、一体全体どこにあるんだい??」


「無人島。十角獣館っていう名前の館さ」


 まるで頭をトンカチで殴られたかのような衝撃だった。


 知ってるどころの騒ぎではない。



 筆舌に尽くし難いパワハラによって、俺を追い込み、トラウマを植え付けた職場こそがモンスター闘技場だった。




 俺の配属先は、トレーニング施設であり、業務内容は整備と片付けだった。しかし、そこにいたトレーナー達は、俺にある「秘密の残業」を命じた。


 「実戦トレーニング」の名目で、俺をサンドバッグにしたのである。


 反撃を禁じられたまま、毎日、俺はモンスターの攻撃を受け続けた。

 間違って俺を殺してしまえば責任問題となることを知っていたため、トレーナー達はモンスターに手加減をさせていたが、それでも限界近くまで俺の肉体を、そして精神を蹂躙し続けた。


 怪我をした状態でその場に置いてかれ、泣きながら自力で病院に足を運んだ回数は数え切れない。


 俺は退職を何度も希望したものの、受理されることはなかった。

 むしろ、俺が出勤をしないと、人間達がわざわざ俺の家まで来て、闘技場まで引き摺られた。



 俺がついに解放されたのは、肉体的にも精神的にも朽ち果てる直前だった。

 

 メディアによって「実戦トレーニング」の存在が明るみとなり、スキャンダルとなったのである。


 モンスターを使ったモンスターへの暴行そのものは犯罪ではないものの、俺が受けていたあまりにもひどい待遇は、一種の「愛玩動物いじめ」としての非難の対象となった。


 これを受けて、モンスター闘技場の運営者は、内部調査を行い、「主犯格」であった4人のトレーナーを資格剥奪処分とした。


 その4人のトレーナーこそが、十角獣館を相続した、「ドラゴン」、「ピクシー」、「オーク」、「ゴーレム」だったのだ。



 資格剥奪処分となった関係で、彼らは職を失い、また、モンスター闘技場関係の仕事から金輪際排除されることになった。

 それだけでなく、退職金を受け取る権利も失った。


 また、実名公表もされたことから、世間の関心が冷めるまでは、通常の日常生活を送ることもできなくなった。



 ゆえに彼らは、グリーンウッド氏の館の相続の話に乗っかったのである。


 館を相続すれば、住居費に困ることがないばかりか、世間から隔絶された無人島でしばらくの間生活できる。


 まさに渡りに船だ。


 これは俺の想像に過ぎないが、おそらく、彼らが奇妙なあだ名で呼び合っていたのも、可能な限り実名が世間に漏れないための配慮に違いない。




 俺は、俺を「廃人」にした4人に対し、いつか復讐をしたいと思っていた。


 そして、目の前のスライムの話によれば、その4人は、未だに反省をしておらず、世間の目が届かない無人島において、俺と同じスライムをこき使い続けているのである。許すことなど到底できない。



 あまりにも色々な想いが一気に頭を駆け巡ったため、俺は、その場では、ふーんと適当に相槌を打っただけだった。




 しかし、翌朝、「妙案」を思いついた俺は、彼が一泊しているという旅館に電話をしていた。



「突然だけど、俺にいいアイデアがあるんだ」


「アイデア??」


「そう。君を過重労働から救うためのね。一緒に()()()()()()()()()をしよう」


 

 俺がそのとき彼に説明した内容は、大体以下の通り。


 休暇を終えた彼が乗る船に、俺もこっそり一緒に乗り込む。


 そして、俺も十角獣館に行き、そこでの生活に加わる。


 ただし、俺の存在は4人には隠す。


 そして、彼と俺とで「2人1役」を演じる。


 つまり、「執事のスライム」1匹を、2匹で分担して行うのである。



 そうすれば、1匹分の仕事を2匹でシェアできるため、単純計算、労働の負担は2分の1になる。

 彼によれば、仕事は24時間降ってくるとのことだが、たとえば午前中の12時間は彼が「執事のスライム」を担当し、午後の12時間を俺が「執事のスライム」を担当すれば、睡眠時間をちゃんと確保できる。


 一方が「執事のスライム」として稼働している時間は、もう一方の休憩時間だ。「2人1役」がバレないために、決してその間は執事室から出てはならない。 


 このワークシェアリングのメリットは、仕事を分担し、業務負担を大幅に減らせること。


 他方、デメリットは、もらえる報酬も半分になってしまうこと。


 しかし、この点について、彼から物言いは入らなかった。

 そもそももらっている金額は些末であり、どちらかといえば、彼の希望は居住場所と食事の提供だったのだ。ワークシェアリングをしても、居住場所は奪われないし、食事に関しては、賄いは自分で勝手に作っているものだから量を調整することができる。



 その代わり、彼は、俺に対し、なかなか鋭い指摘をしてきた。



「たしかに素晴らしいアイデアだけど、仕事を減らすためだったら、君の存在を隠す必要はないんじゃないかな?? スライムを2匹に増員しました、でなんか不都合はあるの??」


 俺はチッチと舌を鳴らす。



「甘いね。それはあまりにも人間を舐め過ぎてるよ。人間は、モンスターが2匹に増えれば、その分仕事の量を2倍にしてくるよ」


「たしかに」


「だから、執事は1匹に見せかけなきゃダメなんだ」


 それは、俺が考えた作戦を押し通すための方便だったが、あながち嘘でもない。

 とりわけ、あの性根の曲がった4人に関しては、必ずそうしてくるに違いなかった。


 


 こうして酒場で出会ったスライムを説得した俺は、十角獣館のある無人島へと船で渡った。


 そして、原則的に彼を昼番、俺を夜番とし、「2人1役」のワークシェアリングを開始したのである。


 今から約1年半前の話だ。



 ちなみに、この作戦において、4人に対し、彼と俺を同一のスライムであると認識させることには何の障害もなかった。

 

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それはモンスターを見慣れているはずの元トレーナーでも同様であり、その証拠に、闘技場では、同じ種類のモンスターを入れ替えて使う「すり替え」と呼ばれる反則が横行していた。


 万が一2匹が同時に存在している場面を見られない限り、「2人1役」がバレることはないのである。



 実際に館に住んでみると、酒場で聞いた通り、館での執事業務は過酷なものであった。到底1匹のスライムがこなせる業務量ではなかった。


 ワークシェアリングによって業務負担が軽くなったことを、元々1匹で業務をこなしていた彼は、心から喜んでおり、執事室で入れ替わるごとに、パートナーである俺に感謝をしてきた。


 そのたびに俺はまんざらでもない気持ちとなったが、俺が「2人1役」を提案した真の目的はそこにはなかった。



 俺は、この館に住む4人に復讐をするために、同胞をも騙していたのである。



 復讐を決行するのは、激しい嵐の日だと決めていた。


 外部からの出入りが遮断され、クローズドサークルが完成したとき、ようやく俺の作戦が機能する。


 嵐の日になれば、俺は、いともたやすく館の居住者を順に殺していくことができるのだ。



 居住者4人は、普段から俺に接しながらも、俺の存在を認識していない。


 2匹のスライムを、1匹のスライムと錯覚している。



 ゆえに、俺は、相棒を殺すことによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()



 クローズドサークルにおいて、存在を消した者は無敵である。

 

 縦横無尽に動き回ることができる。


 憎い元トレーナーどもを1人1人じっくりと嬲り殺すことができる。



 そのために、俺は、酒場で出会った彼にワークシェアリングを提案し、「2人1役」の片割として館に忍び込み、嵐の日を虎視眈々と待ったのだ。


 

 ナイフや鉈といった凶器を口で持って扱うことは、普段から口を使って調理器具を扱ったり工具を扱ったりしていたから問題なくこなせた。


 また、「第三者」が館にいる可能性など微塵も疑わなかった居住者達は、いざ犯行が始まっても館の中を捜索することなどはしなかったから、普段通り執事室に隠れてさえいれば、姿を見られることはなかった。

 


 「ゴーレム」が正当防衛によって「オーク」を殺してしまうという誤算があったものの、それ以外は俺の想定した通りに進んだ。

 なお、最後に残った「ゴーレム」を殺す際には拳銃を使った。彼が犯人であり、犯行の後に自殺をしたように見せかけるためである。




 俺は、嵐がやむと同時に、無人島に停泊してあった船に乗った。



 具体的な行き先はない。

 憎き元トレーナーに復讐を果たした時点で、俺の生きる目的は達している。



 だから、遠く、できるだけ遠くに行くのだ。


 遠くに行けば行くほど、警察は、俺と事件とを結びつけることができなくなる。


 俺が「人生」を懸けた「十角獣館の殺人」が完全犯罪により近付く。



 俺は、船のガソリンの限界まで、大海原を突き進むことにした。



 辿り着く先がどこであっても構わない。



 ただ、できれば、そこには優しい人間がいて欲しいな、とは思う。




 長編を1本書いたくらいに疲れました。連作短編のうちの1つの話に押し込めちゃいけなかったな、と我ながら思います。


 この作品の元となるアイデアは、「殺意のRPG」の連載開始前からありました。もっとも、どちらかというとバラバラ死体をイメージしてて、人間には異種族の死体(首)を見分けることができない、という感じで使うつもりでした(要するに、Aが自分が死んだと見せかけるためにBの死体(首)を用いるというイメージです)。しょうもないですが、本格へのアンチテーゼっぽくてよいな、と個人的には気に入っていました。


 しかし、活動報告でコメント返信をしている最中に、「十角館っぽくしたい」という衝動に襲われました。

 言うまでもなく、この話は、日本の本格ミステリーの金字塔である「十角館の殺人」のオマージュなのですが、クローズドサークル設定だけでなく、あだ名を使うところとか視点を被害者に移すところまでをも真似たいな、と思ったんです(決してパクリではない……はず)。


 そこで、先ほどのアイデアにあだ名と視点転換を組み合わせたところ、スライムを人間に見せかける叙述トリックが生まれ、無駄に大掛かりになり、本作のような構成になりました。


 もう少しフェアにできたんじゃないかなと反省はしていますが(たとえば、スライムが2匹いることを疑わせるような叙述を増やすなど)、「文字数の関係」といういつもの言い訳に逃げさせてください。



 次の話ですが、今作と対照的に、頭を使わないでも読める作品にしたいと思います。


 題名は、「花嫁選びの殺意」となります。冒頭の「旅立ちの日の殺意」以上にふざけます。



 なお、本連作短編の目標は10万字超えなので、今回の投稿が折り返し地点でした。アイデアのストックが乏しいので、最後まで乗り切れるかどうか不安ですが、応援のほどよろしくお願いいたします!!

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