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十角獣館の殺意⑵

2 〜???〜



――ついにこの日がやってきた。

 

 俺は復讐のためにこの館にやって来た。


 モンスター闘技場で、俺を散々な目に遭わせた奴ら全員に復讐することこそが俺の使命であった。


 俺は今日までそのためだけに生きてきたのである。



 今日に至るまでの道のりは、決して楽なものではなかった。


 この館にやってきてから、俺は、世界一憎いアイツらとの共同生活を強いられたのである。

 顔を見るだけで虫唾が走る奴らと、同じ屋根の下で寝起きをし、さらには談笑する()()をしなければならないことは、俺にとって、闘技場での屈辱の日々に負けず劣らず最悪な日々だった。



 それでも俺が耐え続けたのは、偏に今日のためなのである。



 待ちに待った嵐の1日。



 ラジオの天気予報を聞きながら、俺は、まさに今始まろうとしている惨劇に胸を躍らせていた。



 


3 〜ドラゴン〜



「それにしても、すげえ嵐だな」


 朝食の席についてから、俺が今日の天気の話をするのは、もうすでに4度目くらいだった。

 それくらいに、外の天気が尋常でなく荒れ狂っていたということもあるし、単に2年間も同じメンツと館に閉じ籠りっきりで、会話の種などとうに尽きていたということもある。



「ドラゴン、朝食が終わったら一緒に外の様子を見に行こうぜ」


 ゴーレムの提案に、俺は「ああ。そうだな」と返事をする。


 この館では、互いにあだ名で呼び合うというのがルールだ。最初の頃はそれぞれの本名も覚えていたが、今では思い出せない。

 自分の名前すら忘れそうになるほどである。



 早く外に出たかった俺は、お皿の上のベーコン3枚を一度にまとめてフォークに突き刺し、口に入れた。



 その時、突然、目の前が真っ暗になった。



「きゃあ」


 ピクシーが短く悲鳴を上げる。この館にいる唯一の女性である。



「……おそらく停電だろうね。これだけひどい嵐だと、送電線の一本や二本、プツンといったって少しもおかしくないよ」


 ピクシーとは対照的に、普段どおり、冷静に事態を分析したのは、オークだった。



「スライム!! そっちはどうだい?? やっぱり消えてる??」


 オークが呼び掛けたのは、この館に常駐する執事である。

 館を相続した4人が、この広い館や、その何倍も広い無人島の管理を自分たちでできないことに気付くまでは、ひと月も時間を要しなかった。

 4人は直ちに執事を雇い、この館に住まわせたのである。

 そんな経緯であるから、執事のスライムは、この館にいる者の中で、唯一、モンスター闘技場にルーツを持っていない。


 少し物忘れが多いが、基本的にはしっかりと働いてくれている良い執事だ。



「オーク様、2階の電気も消えています」


 遠くからスライムの声が返ってくる。

 ドラゴンたちが今いる朝食会場は1階であり、スライムがいる炊事場は2階である。



「じゃあ、やっぱり停電だ」


「……クソ。よりによってこんな空が暗い日に……」


「ゴーレム、よりによってこんな日だからだよ。空が暗いのも、停電をしたのも嵐のせいなんだから」


「んなこと言われなくたって分かってるよ」


 ゴーレムが舌打ちをする。この2人のソリが合わないのは今に始まった事ではない。




 館の扉を開けると、強く風が吹き付けてきた。傘を差せるような状態ではないことは明白である。


 そのことが分かった時点で、俺はもうすでに館の中に引き揚げたい気分であったが、一度はゴーレムの提案を呑んだ手前、びしょ濡れになってでも外に繰り出すしかなかった。



「これはヤバいな……」


「ああ。今までにない大時化だな」


 2人は、岸辺の一歩手前で自然と足を止めた。

 これ以上岸に近づいたら、大波が来たときに危ないと察したからである。



「ゴーレム、当たり前だが、船を出せるような状態じゃないよな」


「一瞬で転覆するだろうな」


 この無人島において船を使えないということは、すなわち、館の者は閉じ込められた、ということになる。


 もっとも、この無人島には普段から人が出入りすることはないのだから、普段と状況は変わらないとはいえる。


 とはいえ、あえて出入りをしないということと、出入りをしようと思ってもできない、ということは、精神的な意味合いがだいぶ違っていた。



「ドラゴン、こういうの何て言うんだっけ?」


「こういうの?」


「無人島から出られなくて、しかも、停電で電話も使えなくなって……」


 俺は、ゴーレムの言わんとしていることが何かを察した。



「クローズドサークル、だろ??」


「そうそう。それそれ。クローズドサークル」


 

 クローズドサークル。

 閉じられた空間。

 ミステリー小説で好んで使われる設定である。

 警察の出入りできない空間で連続殺人事件を起こし、次の獲物が自分になるかもしれないというスリルと、自分たちで事件を解決しなければならないというタスクを演出するものである。

 

 もちろん、それはフィクションの話である。


 現実には、クローズドサークルになったとしても、殺人などは起きない。



 ゆえに、俺は、


「ゴーレム、今日は一人っきりにならない方がいいぜ」


と茶化したものの、特段の警戒心を抱いたわけではなかった。




 館に戻り、シャワーを浴びた俺は、すぐに自室へと戻った。


 外が雨だろうが、晴れだろうが、日中はだいたいいつもそうして過ごしている。


 館の居住者と極力顔を合わせたくない、というのが主たる理由である。



 俺がベッドで本を読みながらウトウトしていると、ドアをノックする音が聞こえた。


 この館では、それぞれの居住者の部屋には鍵は取り付けられていない。

 そのため、俺が、「どうぞ」と声を掛けると、スーッとドアが開いた。



「何の用だい??」


 俺は、部屋に入ってきたのが誰かを確認すると、すぐに視線を本に移した。



 俺の問い掛けに対し、なぜか返事はなかった。


 そいつは、無言のまま、俺の方に近付いて来る。



「おい。何の用だよ??」


 イラついた俺は、本から視線を外し、そいつを睨みつけようとした。



 そのとき、ギラリと輝くものが見えた。



 刃物である。



 俺の部屋に入ってきたそいつは、俺に刃物を向けていたのである。



「一生おやすみ」


 事態を呑み込んだときには、もうすでに回避動作をとれるような距離ではなかった。


 俺の身体はナイフで何度も何度も繰り返し刺され、俺の意識は絶望の最中でプツンと途絶えた。





4 〜スライム〜



 私がドラゴンの悲鳴を聞いたのは、吹きつける雨風によって割れてしまわないように、館中の窓という窓に木材を打ち付けている最中だった。


 最初に聞こえたときは、風の音かとも思った。しかし、悲鳴は一度ならず二度三度と聞こえてきた。これは只事ではない、と私は悟り、咥えていたトンカチを放り出し、悲鳴の聞こえた方へと向かった。




 私がドラゴンの部屋の前に到着した頃には、この館の持ち主は全員揃っていた。


 そして、3人とも、部屋の入り口で立ち尽くしていた。


 3人の立っている隙間から、私は、部屋の中を覗き込む。


 ベッドの白いシーツが真っ赤に染まり、その中心で、ドラゴンが息絶えていた。

 彼の身体には、どれが致命傷か分からないくらいに、無数の刺し傷があった。



 誰かが言葉を発する前に、まずピクシーがその場でうずくまり、嘔吐をした。



「おい。ゴーレム、ピクシーを彼女の部屋に連れて行ってやれ」


「了解」


 オークの指示に素直に従うゴーレムは久しぶりに見た気がする。



 ゴーレムがピクシーを抱えていなくなると、今度は、オークが私に指示を出す。



「スライム、申し訳ないが、ここを見張っててくれないか。まさか犯人が部屋の中にまだいるとは思わないが、現場から目を離すのは得策じゃない。俺は別の場所を探す」


 オークが「犯人」と口にするのを聞いて、そうか、これは殺人事件なのか、とようやく認識できた。


 それくらいに、ドラゴンの死体を目撃した衝撃が、私の頭の動きを鈍らせていた。



 オークは、私が「了解です」と口にする前に、廊下の向こうへと駆けて行った。

 執事である私には、彼の指示に従わないという選択肢はないので、それで問題はない。


 私は、あまり見たくない光景だったが、ドラゴンの死体が横たわる部屋の中を監視し続けることにした。



 少しずつだが、頭が働いてくる。


 ドラゴンは何者かに殺された。刺し傷が複数あることからも、自殺とは考えにくいだろう。


 とすると、ドラゴンを殺した者が必ずいるはずだ。


 しかし、嵐によって、この無人島、そしてこの館は完全に閉ざされている。



 つまり、ドラゴンを殺したのは、この館に住む誰かなのだ。



 被害者も身近な者だったが、加害者もまた身近な者なのである。


 そのことの恐怖は、想像を絶するものがある。



 では、誰がドラゴンを殺したのか――



 私の思考はそれ以上進まなかった。

 考える材料がなかったということもあるし、考えること自体が精神的に辛かったということもある。



 それにしても、その後の私の行動はあまりにも迂闊だった。


 私は、殺人鬼のいる部屋へと、自分から飛び込んでしまったのである。




 ドラゴンの部屋の前に戻ってきたオークから、見張り役を解除された私は、ピクシーの汚物を処理すると、のこのことその部屋へと向かった。

 あろうことか、そこが一番落ち着ける場所だと思っていたのである。



「やあ」


 そいつは、その部屋で、私が現れるのを待ち構えていたである。

 重たい鉈を持って。

 


「……な、なんで……」


「ごめんね。君には恨みはないんだけど」


 そう言って、そいつは鉈を振り下ろし、私の頭を真っ二つにした。


 私の意識は、強烈な痛みの中へと紛れ込んでいき、そのままボヤけてなくなった。


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