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「死の呪文」の殺意⑵

「み、みんな来てくれ!! コ……コハルが!!」


 テントの外から聞こえたのは、「想定通り」のワタルの叫び声だった。


 異様な雰囲気を察し、つい今しがたまで大きないびきをかいていたソウヤが立ち上がる。


 そのすぐ隣で横になっていた私も、本当はずっと覚醒していたのだが、あたかもワタルの声に起こされたかのように、目を擦りながら、ゆっくりと身体を起こす。



「コハル!! どうしたんだ!! 大丈夫か!?」


 私より一足先にテントから飛び出たソウヤが、ワタルに負けないくらいの大声を出す。


 私はにやつきそうになるのを我慢しながら、燃え盛る太陽の下へと繰り出す。


 私たちが張ったテント以外には視界を遮るものは何もない広大な砂漠に、ワタルとソウヤに囲まれて、まるでパレオのついた水着のような露出度の高い服を着た女性が、うつ伏せで倒れている。


 コハルである。



「どうして……どうして……」


 普段から何度も修羅場をくぐり抜け、つい先日も、強敵のドラゴンを危機一髪で倒したばかりの男性2人が、コハルの様子を見て、いつになく取り乱している。


 その理由は明白である。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 傷が残っていれば、コハルを襲ったであろうモンスターの種類をある程度特定できる。

 しかし、傷が残されていないため、彼らには、コハルが倒れている理由がサッパリ分からない。ゆえに混乱しているのだ。



 ワタルは、コハルのすぐ近くでしゃがみこむと、彼女の首の方へと手を伸ばし、そこにかかっている彼女の髪をかき分ける。そのまま首筋にでもキスをしようというものならば、私は全力で阻止をしたところだったが、ワタルはしばらく首に手を当てたまま、じっとしていた。


 脈を測っているのである。



「……ダメだ。脈がない……。死んでる……」


 ワタルは大きなため息をついた後に、3人から少し離れた位置に立っていた私の方を振り向く。



 彼の次の言葉は分かっていた。



「カレン、復活呪文を頼む」





 鈍感なワタルには気付きようもないが、コハルをこのような目に遭わせたのは、紛れもない私である。


 夜中に、こっそりコハルをテントの外に呼び出した私は、彼女に対し、例の「死の呪文」を唱えたのである。


 効果はてき面であり、私の呪文を受けたコハルは、一切動かなくなった。


 この時のために、日々私は術を磨き、最良の条件が揃うタイミングを待っていたのである。


 ついに私はやってのけた。念願を叶えた。





「復活呪文ですね!! 了解です!!」


 私は、私が犯人であることを悟られぬよう、なるべくいつも通りの態度をとるように努めた。



「リバイバル!!」


 私が力を込めて呪文を唱えると、白い落雷がコハルの身体を襲った。

 いつも通りの「リバイバル」のモーションである。


 私の「リバイバル」の復活確率はほぼ100パーセントである。当然、ワタルもソウヤもそのことを知っているから、彼らは、次の瞬間には、何事もなかったかのようにコハルがムクッと起き上がることを期待していたと思う。

 


――しかし、()()()()()そうはならない。



 コハルは「リバイバル」を受けても、砂地に倒れたまま、ピクリとも動かなかった。



「……なぜ……なぜ生き返らないんだ? 呪文が失敗したのか……?」


「そんなはずはありません。復活確率は99.8パーセントですから……」


「じゃあ、運悪く、残りの0.02パーセントの目が出たということか。カレン、もう一度呪文を頼む」


「了解です!! リバイバル!!」


 再度白い雷が落ちたが、コハルの身体が動き出すことはなかった。



「なぜだ!!? なぜなんだ!!??」


 ワタルは目の焦点が合わず、今にも発狂しそうだった。


 もちろん、私は、コハルに「リバイバル」が効かない理由を知っている。その理由は、いくらワタルの様子が気の毒だといえども、教えてあげるわけにはいかない。



「……まさか、カレン、手を抜いているなんてことはないよな?」


「……ないです。手を抜いていたら、モーションも変わるはずです。白い光はもっと小さくなります」


「実は復活呪文ではない違う呪文を唱えているとか……」


「……それもないです。モーションがまるっきり違います。白い落雷は『リバイバル』だけです」


 それに、と私は続ける。



「ワタル様も呪文を使ったことがあるのでよくご存知かと思いますが、この世界では、呪文を使うためには必ず正しい詠唱が必要です。『リバイバル』と声に出しながら、別の呪文を発動することはできません」


「それもそうだな……」


 今の説明に、一切の嘘は含まれていない。

 私は、効果がないことを百も承知で、全力で「リバイバル」を唱えていた。

 仮にコハルを教会に連れて行ったとしても、コハルを「生き返らせる」ことはできないのである。


 それが私が会得した「死の呪文」の効力なのだ。



「ワタル、もしかすると、コハルは何らかの病気にかかってるんじゃないか?」


 そう進言したのは、しばらく事態を黙って見守っていたソウヤだった。



「コハルは、魔物のせいなのか、別の理由があるのか分からないが、何らかの病気、もしくは状態異常に侵されている。それでこんな状態になってしまったんじゃないのか?」


 なかなか良い線を突いている――とはいえ、それも的外れな指摘である。



「カレン、病気を治す呪文はあるか?」


「ソウヤ様、この世界では、病気は状態異常に含まれます。火傷や麻痺、毒、眠りなどと同じカテゴリーです」


「たしかにそうだったな。とすると、状態異常を治す呪文を唱えればいいのか。たしか、えーっと……」


「トリートです。今唱えます。……トリート!!」


 これも私は手を抜かずに全力で唱えた。


 杖から青い光がほとばしる。


 いつも通りのモーションによって、コハルの身体は青い光で包まれたが、その光が消えても、コハルが動き出すことはなかった。


 動き出すはずがない。


 コハルは状態異常でもない。



「もしかして、コハルは何らかの呪いに……」


「ソウヤ様、この世界では、呪いも状態異常の一種です。トリートで取り除けます」


「とすると……うーん……」


 ソウヤは頭を抱えたまま固まってしまった。これ以上のアイデアは出ないようだ。


 これも口が裂けても言えないが、実は、私が使える呪文で、()ハル()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 もっとも、ワタルもソウヤもそこまでは絶対に辿り着けない。



 よし。これで終わった、と安堵していたところ、ワタルが恐ろしいことを言った。



「カレン、実は、俺、昨夜は暑くてよく眠れなくて、テントで横になりながら寝たり覚めたりを繰り返してたんだ。そのとき、深夜に、カレンがコハルをテントの外に連れ出すのを見たんだよ。そして、その後、カレンだけが帰ってきて、コハルはずっと帰って来なかった。心配になって翌朝見に行ったら、コハルがこんな状態になっていたわけさ」


 まさかワタルにテントの外に出るところを目撃されていただなんて。迂闊だった。



「カレン、俺が何が言いたいか分かるよね。君がやったんだろ? 君が故意にコハルを殺したんだ」


 ワタルの指摘は図星である。暑さとは違う理由で汗が湧き出てくるが、私には、とっておきの言い逃れがあった。



「ワタル様!! 違います!! 私にはこんなことできません!! だって、私には回復呪文と補助呪文しか使えないですから!!」


 これも紛れもない事実である。

 パーティー内でも明確な役割分担により、私が使用することができるのは回復呪文と補助呪文のみである。それ以外は素人であり、たとえば、私は杖から火花を散らすことすらできない。



 回復呪文とは、HPを回復したり、死亡状態から復活させたり、状態異常から回復させたりするものである。



 補助呪文は、状態変化(ステータスの変動)を引き起こすものだが、大別すると、正の状態変化と負の状態変化に分けられる。前者には、たとえば味方の攻撃力を上げるものや防御力を上げるものがある。後者は、反対に、敵の素早さを下げたり賢さを下げたりというものがある。



 普通に考えれば、回復呪文も、補助呪文も、人を死なせることはできない。



 ゆえに、私は、犯人と疑われうる立場にはないのである。これは、いわゆる完全犯罪なのである。



「それもそうだな……カレン、疑って悪かった。コハルが突然こんなことになって、かなり精神的にきてるんだ」


「ワタル様、気持ちは分かります。私も同じ気持ちです」


 これは嘘だ。

 今、私の心はすでに小躍りを始めている。



「でも、もう諦めなきゃいけないんだよな。できるだけのことは全てしたけど、コハルを生き返らせることはできなかった。俺たちにはもうどうすることもできないんだ……」


「残念ですけど、そうみたいですね……」


 これも嘘。

 本当は、コハルを救う呪文が存在している。



「ワタル様、コハルの()()はどうしますか?」


 ワタルはグッと唇を噛み締めたまま、何も答えることができなかった。

 彼の中では答えは出ているが、恋人を()()()にする覚悟はまだできていないのだ。


 ワタルの代わりに、ソウヤが応える。



「無論連れて帰りたいところだが、この暑い砂漠の中で死体を持ち運ぶのは現実的じゃない。無理をすれば、砂漠から抜け出せないまま、パーティー全滅となりかねない。苦渋の決断だが、ここに置いていくしかない。ワタル、そうだよな?」


 ワタルは俯いたままで、ゆっくりと頷いた。



 よし!! これで私の完全勝利である。


 この決断を誘発するために、私は、わざわざ作戦決行の場所を砂漠のド真ん中に選んだのだ。



「狂ったみたいに暑いな。早くテントをしまって、移動開始しようぜ」


 ソウヤがテントの方へと踵を返す。私も、ソウヤについて行く。



「ちょっと待ってくれ!!」


 ワタルだけが、テントではなく、倒れているコハルの方へと駆け出した。



「もう一度だけ確認させてくれ。彼女に脈があるかどうかを」


 「死の呪文」の効果により、コハルの脈動を確認できるはずはない。2回確認しようが3回確認しようが同じである。


 「あんまり時間かけんなよ。暑いから」とソウヤ。


 私も、勝手にやってくれ、と思っていた。



 しかし、私の認識が甘かった。

 私は、重大なことを見落としていたのである。



 ワタルの指が、コハルの首筋へと伸びる。



「……あれ?」


 ワタルは1回目の脈拍の確認では見落としていた何かに気付いたようだ。



「コハルの身体がまだ熱を持っている。彼女が死んでいるとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()




 ワタルの言う通り、コハルはまだ死んでいない。


 それどころか、放っておいてもしばらく死ぬことはない。



 なぜなら、コハルの身に起きているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()



 私が、コハルにかけた「死の呪文」の正体は、私が練習により、その効力を最大限に高めた「スロウダウン」――すなわち、素早さを下げる呪文だった。



 私は、コハルの素早さを限りなく0近くまで下げたのである。


 この呪文によって、コハルは、超スローモーションの世界に落ちてしまった。


 コハルは動けないのではない。あまりに動きが緩慢であるため、動いていないように見えるだけなのである。

 じっと観察していれば、コハルが立ち上がる様子だって見えるはずなのだ。もしかすると、それまでに数日か数ヶ月を要するかもしれないが。

 もはやほぼ「死」に等しい状態である。



 仮にコハルを救いたいのであれば、「リバイバル」を唱えても意味はない。

 なぜなら、彼女は生きているから。


 また、「トリート」もダメだ。

 彼女の身に起きている状態変化であって、状態異常ではないからだ。

 

 他方、素早さを上げる呪文である「スピードアップ」を唱えれば、彼女は元通りとなる。

 極めて簡単な救済方法だが、砂漠に置いてかれた彼女の状態を適切に把握できる第三者がいるだろうか。

 そのような第三者が現れて、「スピードアップ」を唱えてくれるまでは、彼女は一生「死んだ」ままなのである。



 さて、素早さが下がることにより超スローペースとなったのは、彼女の動きだけではなかった。


 彼女の生体現象も超スローペースとなり、脈拍も超スローペースとなった。


 そのため、脈を確認しても、脈動を感じ取ることができなかったのである。

 余談だが、亀はとても動きの鈍い生き物であるが、心拍数もとても低い。



 他方で、体内の恒常性が崩れるペースも超スローペースであるため、体温が下がることもなかった。


 私は、そのことを完全に見落としていたのだ。


 最後の最後で、ワタルに、コハルが死んでいないことに勘づかれてしまったのである。




「死んでるのに体温があるなんて、おかしい!! コハルはまだ生きてるんだ!!」


 どう誤魔化していいのか分からない。


 私には適切な言い訳が咄嗟に浮かばなかった。



 しかし、先ほどから砂漠の暑さでイライラしているソウヤが、ワタルを一喝してくれた。



「ワタル!! いつまで昔の女を引きずってるんだよ!? 体温がある!? は!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!? 俺はもう限界なんだ!! 早く移動するぞ!!」


「……そ、そうだな……移動しよう」


 ソウヤもなかなかカッコいいところあるじゃないか。

 不覚にもドキドキしてしまった。


 紅一点となったパーティーのこれからの旅が、より一層楽しみになった。




 なろう以外では書けない作品ですね(苦笑)

 呪文というのは論理的ではありませんので、ミステリーにとって大敵です。まさに水と油です。

 じゃあ、題材にするな、と言われそうですが、なろう受けしそうかな、とか思って安易に手を出してしまいました。

 

 次の話ですが、内容は浮かんでいるのですが、しっくりくるタイトルがまだ浮かんでいません。。めっちゃ本格寄りで、館で連続殺人起こします。乞うご期待。

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