「死の呪文」の殺意⑴
久々に出会った強力なモンスターに、パーティーは苦戦していた。
青黒い色をした巨大なドラゴンは、動きこそ緩慢であったが、一撃の破壊力が大きい。
パーティーの回復・補助役である私は、隊列の一番後ろにいて、傷ついた仲間のHP回復に努めていた。
回復すれども回復すれども間に合わず、戦いが続くにつれ、私のMPは削られていく。
他方、ドラゴンの方はエンカウントした時と大して様子は変わっておらず、弱っているようには見えない。
厳しい戦いだ。
気持ちとしては私も前線で体を張る攻撃陣に加勢したかったが、このパーティーにおいて攻撃呪文を担当しているのは私ではない。
コハルである。
パーティーの紅二点である私とコハルとの役割はハッキリと分かれていて、コハルが攻撃で、私が回復補助。
それぞれがスペシャリストであるが、逆を言えば、コハルは回復呪文を一つも使えないし、私は攻撃呪文を一つも使えない。
コハルは、近接戦闘のスペシャリストである男性陣2人と並び、果敢に魔物に挑んでいる。
そのような前がかりの隊列を組めるのは、私の後方支援があってこそなのだが、私は、戦闘中、時々疎外感を覚える。
まるで私だけ一人ぼっちでパーティーから取り残されているかのように錯覚することがある。
「カレン!! ドラゴンの炎でソウヤが火傷した!! 状態異常を回復する呪文を早く!!」
パーティーのリーダーであるワタルの指示を受け、私はふと我に返る。
雑魚との戦闘中ならまだしも、今は一瞬たりとも気を抜いてはいけない場面である。
「トリート!!」
私が呪文を唱えると、樫の杖から青い光が流れ出て、ソウヤの体を包む。
爛れた肌が、みるみるうちに綺麗な状態へと戻る。
「カレン、サンキュー!」
後ろを振り向くことなく、ソウヤが私にお礼を言う。
そして、斧を振り上げると、長く伸びたドラゴンの首目掛けて突進していった。
彼は生粋のファイターである。
「カレン、余力があったら、ドラゴンの防御力を下げてくれないか?」
「はい! ワタル様!!」
決して余力があるわけではなかったが、私は、普段からワタルの指示には逆らわないようにしていた。
コハルは、そのことを指して、「思考放棄だ」と私のことを揶揄するが、前衛のニーズに的確に応えるためには仕方ないことだと私は考える。
「ディフェンスダウン!!」
樫の杖から今度は赤い光がほとばしる。
それがドラゴンの方へと向かって――
――あれ?
晴天の野外のはずなのに、突然、黒い雨雲に覆われたように、私の視界が真っ暗になった。
巨大な影である。
ドラゴンが翼を広げて飛び上がり、後方の私へと襲いかかってきていたのである。
これまで見せていた緩慢な動きからは予想できないドラゴンの素早い動きに、私は焦る。
しかし、呪文を発動している間は無防備であり、自分の身を守ることはできない。
――やられた。もう終わりだ。
「カレン!!」
絶体絶命の窮地から私を救ってくれたのは、ワタルだった。
ドラゴンが飛び上がると同時に私の方へと駆けていたワタルは、私を抱え、ヘッドスライディングのように倒れ込むことによって、すんでのところでドラゴンの爪から救ってくれたのだ。
「ワタル様……」
こんな緊迫の場面だというのに、私の頬は真っ赤に染め上がっていた。
ワタルの腕の中で、彼を抱き返したいという衝動に駆られる。
私は、パーティー加入当初から、ワタルへの一方的な想いを募らせていたのである。
「バカレン、ちゃんと戦闘に集中して!! 今のはワタルのファインプレーだったけど、前衛は基本的に後衛の面倒までは見切れないんだから!!」
コハルが私に向かって怒鳴り声を上げる。
「分かってます……」
「本当にしっかりしてよね。あんたにだけは死なれちゃ困るんだから」
コハルが吐き捨てるように言った台詞は、決して私の身を案じたものではない。
単に、回復役がいないとパーティーが回らない、という戦闘中の役割分担について話しているだけである。
むしろ、内心、コハルは、私に死んで欲しいと思っているのだ。
彼女は、パーティー内のもう一人の女性である私のことを、かなり疎ましく思っている。
そのことを彼女は隠そうとせず、私のいる場で、ワタルに対し、私をパーティーから外し、別のメンバーと入れ替えることを提案することすらある。
もっとも、私だって同様である。
内心、コハルには死んで欲しいと思っている。
それは日頃嫌がらせを受けているから、ということもあるが、そのこととは比較ならないくらいにのっぴきならない事情があった。
コハルは、ワタルとデキているのである。
女性としての魅力は、私は、決してコハルに劣っていないと思っている。
しかし、私にはない積極性をコハルは持っている。
コハルは、ワタルを無理矢理ベッドに押し倒したのだ。
コハルは、私が長らくワタルに片思いをしていることを知りつつ、ワタルと繋がったのである。
むしろ、知っていたからこそ、あえてワタルを選んだのだ。
彼女の人生の最大の喜びは、私の心を傷付けることである。
旅の最中にワタルとイチャイチャして私にマウンティングを取ることこそが、コハルの生きがいなのである。
どこまでも性根が曲がったクソ女である。
ワタルは、私とコハルをワンセットと考えている節がある。
ゆえに、それぞれに覚えさせる呪文を特化させたのだ。どちらが欠けることもワタルは想定していない。
しかし、実際には、私とコハルは水と油の関係であり、共存は不可能だ。
私は、目の前のドラゴンよりも、コハルを殺したい。
しかし、パーティーの戦力面以外にも、私にはコハルを殺すことができない理由があった。
正確に言うと、殺せないのではない。
殺しても意味がないのである。
「コハル!! 逃げろ!!」
「ぐっ……」
あっという間に、ドラゴンの標的はコハルに移っており、ワタルが声を上げた時には、すでにもうコハルはドラゴンの牙の餌食になっていた。
鋭い牙は彼女の胴体を貫通し、コハルの手足は人形のようにだらりと垂れていた。
彼女が事切れてしまったことは、一目見て明白だった。
「カレン、コハルがやられた!! 早くなんとかしてくれ!!」
「……ワタル様、了解です!!」
私は、ドラゴンがコハルから牙を抜き、ドサっと死体を地面に置いたのを確認してから、その呪文を唱える。
「リバイバル!!」
杖から放たれた真っ白い光が、まるで雷が落ちるかのように、コハルの死体へと降りかかる。
すると、まるで時間が巻き戻ったかのように、コハルの負った致命傷が修復されていった。
白い光の中で、ゆっくりとコハルが立ち上がる。
私が詠唱したのは、死亡した人を復活させる呪文である。
復活呪文「リバイバル」。
私は、この最強の回復呪文を使える、この世界でも指折りの名手なのである。
しかも、ただ使えるだけではない。復活確率は限りなく100パーセントに近いし、負った傷も完全に元通りになる。
ここまで高いクオリティで「リバイバル」を使えるのは、世界でも私だけだろう。
ゆえに、私はコハルを殺しても意味がないのだ。
私がコハルを殺しても、私自身で彼女を復活させてしまうのだから。
ゆえに、私は、私が「死の呪文」と命名したあの呪文を極める必要があった。
人目を忍んで練習している「死の呪文」さえ極めることができれば、コハルをこの世から葬ることができる。
完成までもう少し。
ワタルを取り戻せるまで、あと少しの辛抱である。