K-2『evening sun』
「どんだけ急いでたのかしらねぇ、いくらなんでも国際世論が黙っちゃいないと思うけど」
大陸中央、東に平原を望み、西に延々と続く砂漠がある。踏んでいるのは砂なので、中央より西寄りという事になる。ここからもう少し西にオアシスがあり、周囲にサイビアという町が広がっている。いや、広がっていたという方が正しいかもしれない、度重なる争奪戦により町としての機能は失われ、今は補給基地と防衛施設があるのみだ
争奪戦、そう、今は戦争中だ、東のクロスフロントと、西のヴァラキア
その事実を知っていれば目の前の光景も説明がつく
「乱戦だったから、救助隊の鉢合わせが怖かったのかな。何にせよ許されない行為だけど」
クロスフロント及びヴァラキア、両軍の兵士が折り重なって倒れていた。1人や2人ではない少なく見積もっても50人、その大半がまだ息をしていて、痛みで呻くか、あるいは搾り出すように泣いている。助けを求めても両軍の残存部隊は既にいない
「どれにしろ頭おかしいのは間違いないけどね、『戦時中だから仕方ない』ってやつ? はは、消えて無くなればいいのに」
「文句は後にしよう、やるよアカリ」
おもむろに少年がバイオリン取り出す。アカリと呼ばれた少女も「はいはい」と言いながら1歩前に出た
「幻覚見ゆ天秤の皿(ホロウアウストラリス」
光で形取られた翼が3対、少女の背中に現れる
天使は大きく息を吸い、バイオリンの音色に合わせて歌い始めた。
優しくて静かなその声は、マイクやスピーカーを使わずとも戦場跡にいる全ての人にはっきりと聞こえる不思議な声だった。
戦場跡の兵士達は皆優しく響く音楽に耳を澄ましていた。
その表情も苦しみや悲しみのものから、安堵に満ちた優しいものに変わっていった。
傷だらけの身体も、ボロボロだった心も、この歌が癒していく。
数分後、歌は静かに終わりを迎え、少年はバイオリンをケースに戻した。
そしてそのまま立ち去ろうとしたがいつの間にか兵士達に囲まれていた。
少年は口を開いた。
「えっと…あった」
少年はポケットからメモを一枚とりだした。
「コホン…えー、あなた達がこれから何をしようと自由です。それぞれの軍に戻るのも、家族の元に帰るのも…」
兵士達の半数は動き始める。
「それで…もし、行き場の無い人がいたら…」
少年が天使に目を向けると天使は目の前に光の球体を作った。
「このなかに入ってください。僕の家に繋がっていますから」
光の球を覗くと中に立派なお屋敷が見える。
しかし、一人としてそこに入ろうとはしない。
『自分達を助けてくれたとはいえ、そこまでは信用しきれない』というのが兵士達の考えだった。
周りに居た兵士の数は四分の一程になっていた。
すると、一人の兵士が少年に話しかけてきた。
「……本当に信じていいんだな?」
少年は笑顔で「はい」と答えた。
兵士は少年の目を見た後、光の球に入っていった。
すると、さっきまで躊躇していた兵士達も次々と入っていった。
しばらくすると少年と天使の周りには誰もいなくなった。
「……僕等も帰ろうか」
「……フン、言われなくてもそのつもりよ」
少年は光の球の中へ入っていった。
「ま、待ちなさいよっ!私も行くんだから!!」
天使も後に続き、姿が消えると光の球も消えた。
砂漠は元の静けさを取り戻していた。