S-13-1『SサイドのSは射撃のSだ!』
「違げぇ」
「え?」
敵首都奇襲作戦が間近に迫ったので、各自荷物をまとめて長期外出に備える現在。同行する艦隊はクロスフロント首都に集結しているが、少々訳ありな艦が1隻、ここスーデントールのドッグに押し込まれていたりもする
それについて説明すると、ドッグ入りしているのは今回の旗艦である戦艦アムルタートで、その巨体を陸揚げする際に少々トラブルがあったようだ、ここまで届く音量でバキャッ!!と鳴り、それ以降1番ドッグは閉鎖されている。200m超えの船は想定していなかったのか、それとも406mm砲8門が重すぎたのか
「違げぇ」
「何が」
フィリーネの部屋はだいぶ片付いたと思う。壁一面を占領する巨大なラックを用いてすべての火器を壁掛けにし、これまた巨大な棚を積み上げてパーツと弾薬を収納、それ以外にはクローゼットがあるのみで、女子の部屋には見えないがゴミ屋敷にも見えなくなった
「今から乗るのは戦艦だ、火薬臭い戦う船だ」
「それがどうしたの」
「お前の荷物はどう考えても豪華客船で世界一周する用だ」
「サバイバル用だから」
「サバイバルするのにトランプはいらん」
「え……」
「なんだその心底驚いた顔は」
「いやカードは武器になるし!!」
「なるか!!」
「私を殺すならカードで殺せ!!」
「社長ー!?」
とりあえず無駄な荷重となるものは排除
「別に無補給で長距離偵察する訳じゃないんだ、必要最低限でいいだろ」
「わかった」
「とか言いながらアーモ缶詰めようとする奴がいるんだよな」
アトラクナクア用魔力カートリッジ弾が100発ほど入ったそれを取り上げる。特注品だから正規軍の補給線からでは入手できないだろうが、だからといって常時持ち歩く必要は無い
その後のフィリーネは何を入れればいいか悩んだ揚句、とりあえずティッシュとハンカチを投入、シグルトは全力で笑いを堪えた
「……いいか、サバイバルというものは敵地で遭難した場合を想定するんだ、それ以外の物資は逐次軍から支給される」
「じゃあ何」
「これ」
紙箱をひとつ取り出して見せる。エマージェンシーレーション、この間の墜落時にも役立った代物だ
「カロリー、これさえあれば人間は生きてられる。だが大量の食料持ってくんじゃ効率が悪すぎる」
実際、この箱の中身をすべて広げてみてもエネルギー源となるものはチョコレートとシリアルブロックとキャンディだけだ、後はインスタントコーヒーやら着火剤やら浄水錠やら
となるとエネルギーの補給源は
「偉い人は言いました、『雑草でさえ一片の熱量を持っている』」
「…………」
「スネークがネイキッドと呼ばれる由縁を知っているか」
「………………」
「お前も持ってるだろ、小型動物狩猟用の拳銃用散弾」
「…………いや…あれって色々と無理してる弾だから連射できないし、薬莢の破片が銃身に残るし、暴発するし……」
何か嫌な過去があるらしい
「まぁ、いい、要するに持ってくべきはメシじゃない、鍋だ」
前回の大掃除でどこに何が入っているかは把握している。サバイバルナイフ、ステンレス製カップ、ライター等、定番なものをリュックに詰めていく。ごく普通の女物リュックサックだが、これをアリスパックとして持って行くらしい、確かに軍の制式品じゃ大きすぎるだろうが
生命の維持に最低限必要なものを入れ終えて、それから救難信号発信機、これは敵味方関係なくHelp meを発信するので使うには捕虜になる覚悟が必要になる
「後は自衛するための武器」
言った途端、大型自動拳銃が放り込まれた。常時携帯しているものとは違い、携行性は度外視されている。それから弾倉数本と、バラの弾薬をいくらか。その弾倉がやけに長い、グリップにきっちり収まるはずのケースが下方向に清々しいくらい飛び出していた。あれなら20発は入ると思われる
「その銃、何?」
「M1911の改造モデル」
「あ、自作ですか」
「並列弾倉にできればもっと短くて済むんだけどそうなるとフレームからいじる羽目になるからこんなんになっちゃったの。あと見えない所だとスライド機構をいい物に交換したり撃針を研いだりトリガーを軽くしたり、でも一番重要なのは連射速度を限界まで上げてる事で……」
等々、ガラになくべらべら語り出すお嬢様である。料理も掃除もできないがガンスミスとしての技能はあったらしい、確かに銃は放置しても炭化しないからな
しかし、英語のペラペーラと同じものを感じる
「……じゃま、持ち歩くのはそれでいいだろ。後は船に積んどくかさばるもん…」
「待てい」
玄関のドアがガチャリと開きクトゥルフが現れた
「…………」
立ち上がって玄関まで向かうのに3秒、シグルトがドアを閉める
「待てい」
再びドア開放
「忘れ物だぞ息子よ」
「何かな母さん」
「一番重要だ、これの有無だけで人生を棒に振る事になる」
「そこまで重要なものとは?」
紙箱を渡された
12個入り合成ゴム製、厚さ0.1mm
「コンドーム」
ゴッシャア!!!!
「伏せ字にするかどうかの境界線を軽々しく超えてくるんじゃねええええええええええええええ!!!!」
「お…ま……鳩尾は…さすがに……」
右アッパーでクトゥルフを沈め、勢い余って握り潰した紙箱を遠くに投げ捨てる。子供の教育によろしくないものは排除しなければ
「いや困るだろ…2人で遭難なんかしたら…」
「遭難した程度で困ってたらとうの昔にできちゃってるっつーの」
「なるほど…たいした精神力だ」
ま、それはいい、とクトゥルフが立ち上がり、親指で外を示す
「お前ら、射的行くぞ」
ベランダに美少年が降り立って室内に入ってきた
「疲れた……」
「ああ、おかえり」
ここ2、3日姿の見えなかったネアが帰ってきたのを見てジェラルドは言う。ぱっといなくなったのでどうしようかと思ったが、既にただのライフルではないと知っていたので放置していたのだが
「どこ行ってたの?」
「そうですね…まず北部の防衛線でヴァラキア軍を蹴散らしました…」
「うん」
「その後西海岸まで行って暗号解読機関の入ったビルを爆破解体し…」
「うん」
「ついさっきまでナイトゴーント100人斬りやってました……」
「お疲れ様」
「はぁぁーっ…」
とりあえず大陸中に混沌を振り撒いてきたという理解をしておく
ソファに倒れ込んだネアは落ちないように半回転して仰向けに。それから今回の戦果について呟きながら指折り計算を始めた
「合計魔力消費がだいたい200として…うわーお完全な赤字だーい」
報酬は魔力を受け取るのか
あの人型をした生物が疲れているという事は魔力残量僅か=生命の危機であるはずだったが、何を理由にそこまで頑張ってしまったんだろう
「ちょっとサービスが強すぎたか…あの女神様がケチだったのか…まぁ両立でしょうねぇ……」
かなりテキトーに結論を出し、上体を持ち上げる。そしてその赤字分を少しでも取り戻そうと思ったらしい、ソファの背もたれに寄り掛かりながらジェラルドを見
「ごはん」
「いや、食べ物キャラは間に合ってるから」
「ごーはーんー!」
ゴリ押ししてくるあたりテルノアよりタチが悪い
仕方無し、頭をかきながら冷蔵庫を開け、貯蔵されていた食材を漁る。数日前まではほとんど何も入っていなかったのだが、ネアが擬人化(?)して以来、魔力補給を目的にある程度の用は足せる内容となっていた。何故そんなことせねばならんのかとも思ったが、「まぁ一番手っ取り早いのはジルさんをおいしくいただく事なんですが」という色んな意味で危険極まりないセリフにより自炊能力を整える次第となった
普段は勝手に料理して食っているのだが
「適当に肉焼けばいいかな」
「男くせー」
男だよ悪いか
厚くスライスされたステーキ肉を火にかけたフライパンへ放り込み、塩とコショウをぱらぱらとふりかける、焦げ目がついたら調理完了
「Heyジェラルド、まさかそれで料理したと言い張るつもりかい?君の実家には素晴らしい家族がいたようだな」
「口を慎めよファッキンネア、居候という立場を忘れるなクソ野郎」
Bang!Bang!Bang!
「おいおいなんてこった、この家には肉と弾しか無いのか?」
壁に銃痕を作りながらステーキを皿に移しテーブルへ、正直自信は無いが、この前隊長に食わされた黒焦げの何かよりはマシだと思う
「人間が生きるのに必要なものは3つある、肉、肉、肉だ!」
「なるほど、じゃあ僕は今のうちに君を入院させる病院を探しておく事にするよ」
やけに高いテンションでステーキにかぶりつく。うまくもなくまずくもなくという所だろう、何も言わず完食を目指し始めた
「それで、準備は済ませたんですか?」
「ああうん、一応言われた通り仕入れといたけど」
クローゼットに対爆処理を施した簡易武器庫を開け、中からライフルを1丁取り出す。全長はネアよりやや長い150cm、ボルトアクション式で弾薬は20mm徹甲炸裂弾を使用。特注品で、『最高の射程と破壊力を』という思想のもと製造された
「けったいなモノ持ってきましたねぇ」
構成自体は簡単だ、雷管を作動させる激発機構と、排莢、装填のためのレバー、長大な銃身、5発込めチューブ弾倉、ストックのみ。しかし、馬鹿らしいほどの反動を吸収するためにショックアブソーバが銃全体を取り囲み、銃身が20cm以上後退するというイカれた設計となっている。それでもネアの足元にも及ばない性能であるが
なお、口径20mmを超えているため、分類上は銃ではなく大砲
「人間が撃てるもんなんですか?」
「なんとかね、1人で持ち運ぶ量の弾数だったら撃ち切れるよ」
使用弾薬も見せる。20mm×140(全長14cm)なので摘むのではなく握る必要があるほどでかい。この中に詰め込まれた火薬が一気に爆発するのだ、直で反動を受けたら粉砕骨折する
「んー、まぁいいでしょう、私の不在中はそれで頑張るように」
言って、ステーキを完食。当面の魔力は確保できたらしい、さっきまでの疲れた顔を吹き飛ばしていつも通りの笑顔となった。食器を自分で片付け、新聞握ってソファに舞い戻る
と
「うぉーい」
玄関のドアがノックされた
声からして、シグルト
「はいはいはい」
小走りにドアへ駆け寄り、途中でガシャンという落下音。見れば特注狙撃砲の横で対物ライフルが新聞と共に転がっていた
「なんですか?」
ドアを開ける、いたのは予想通りシグルト
「いやなんか射的行くって」
「射的?」