Frag-S-1『Ring of Yog-Sothoth』
身内の評価をまとめてみた
妻「その内気な性格どうにかならない?」
長女「鬼嫁が輪をかけて鬼に見えるな」
長男「むしろなんでお前ら結婚したんだよ」
次女「SとMで区別するなら最高の組み合わせだと思うけど」
従者「とりあえず副王には見えねーですな」
「で、いつまでそこでそうしてるつもりだ」
明るい紫色の髪が壁にかかった松明に照らされ怪しく光っている
はるばるこんな僻地の祠まで何度も来なくていいのに、心の底からそう思う。しかもなぜか今回は武装済みだ、意味がわからない
「なあ、屈辱じゃないか?娘に引きこもり対策されるとか」
「べ、別に…君のこと嫌いじゃないし……」
「……そういう意味では無いのだがな…」
呆れた顔で溜息。それ自体は別段珍しくはない、というかむしろいつも通りだ。親らしくないというのは自覚している、が、性格だけはどうしようもないのだ
ひとしきり呆れた後帰っていくのがいつも通り
だが今回は少し違っていた
「まぁ、出て来たくないのならそれでもいいと思っていたが、残念な事に状況が変わってな」
ジャラリ、と、鎖が2本垂れ下がった
娘の小さい両手からぶら下がるそれは先端に金属の杭が付いており、長さ30cm、直径5cm。ダゴン、及びハイドラだ、水を司る
「知っているか?一定量以上のエネルギーを反対方向に打ち出せば反動で流れに逆らう事ができるのだよ」
「え…」
「わざわざこんな非効率的な対処法持ってくるとか、引きこもり相手にニャルラトホテプから供給受けるとか、そういうのはひとまず捨て置こう。今日は外に出て運動といこうじゃないか」
呆れ顔はどこへやら、笑っていた、とにかく笑っていた、女王様もびっくりだ
「き、君のそういうSっ気たっぷりなと、ところは…母さん譲りだと思う……」
「そうか、それは何よりだ」
地面が湿り出した
「つぅッ!!」
ドッボォォォン!!と、地盤ごと上方向に吹っ飛ばされる
住み処にしていた洞窟は入口から末端まですべて崩落し、もはや跡形すら残っていない。隠れる場所を失ってしまった、いい立地条件だったのだが
2本の鎖が激しい金属音を立てて空中にいるこちらに対し追撃にかかる。殺傷能力十分の杭付きだ、殺す気か
空間直結、跳躍開始
耕されていない場所の地表まで瞬間移動を敢行する
「ふぅ……」
着地し、魔力を体の外に放出、形成された大剣を両手で握りしめた
全長165cm、幅8cm、異様に細長い。最低限の腕力で大きな破壊力を得るためのものだ、体育会系レベルに気張る必要がないので好んで使っている
「は…派手にやるね……」
溢れ出る地下水、洞窟のあった場所を中心に大量の水が足場を満たし、向こうにとって有利な環境が整っていく
「説明すべき事は色々あるが、とりあえず要点だけ言おう、こんな僻地で隠れているより遥かに安全な場所まで移動してくれないか?」
「え……」
「旧神どもが何か動き始めてな、単独でいるのは危険だ」
水の跳ねる音が足音として聞こえ、蜂起した大地の頂上に紫色の少女が現れた
旧支配者、海に眠る太古の王、司祭の役を担っているともされる
水神、クトゥルフ
「何のた、ために…?」
「何を思ってそんな馬鹿げた事を実行しようと思ったかは知らんがな、根底から世界を再生する、だと」
水が引き上がって彼女の手元へ、杭を柄とする水の剣が2本完成した
「奴ら、自分達が何故『旧神』などと呼ばれているか忘れている風だ、世代は終わったと言うのになぁ」
「さ…再生するって…」
「ああ、まぁそういう事だ。それを実行するに当たってどうしても必要なものは核部分だ、それはお前ら夫婦か、性質の酷似しているクトゥグア、いずれかひとつで達成できる」
夫婦
それを聞いて心拍数が上がった
「だっ大丈夫なっ…無事…!?」
「暴走状態にあったのを無理矢理封じ込めた後人間に寄生しているのを無事と言うなら無事だな」
「っ……」
「お前らのような気違いレベルの暴走を完全に止めるなどそれ以外の有象無象に求めないで欲しいのだよ。まぁ、何が言いたいかというとだな」
飛んだ
「さっさと戻ってこんかバカ親がぁぁぁ!!!!」
到達地点予測、真上
大剣を防御位置へ
「ッ!!」
金属同士が衝突するよりも鈍い音がして水剣が停止する。止められたと見るや否やエモノを引き戻して着地、もう一方を下から突き上げてきた
瞬時に諸々の対処法からひとつを選び出し、空間跳躍を開始、後ろに10m移動した
「バックアップからなら……」
「この期に及んでその言い分か!!」
ウォーターカッターが10本ほど飛んでくる
それらの進路を変えるために空間干渉をし、失敗、与えたエネルギーを同量のエネルギーで相殺された。ニャルラトホテプの支援があるならあれこれやっても無駄だろう、千単位の個体を同時に動かしてなお黒字を出し続ける魔力タンクなのだ
回避に専念、クトゥルフ自身の息切れを待つ
「自分の意思でついて来て欲しかったが…まぁ仕方ない、事後承諾という事にしよう」
「え……」
地面を満たす地下水が、まるごと持ち上がった
「しばらく眠っていろ」
膨大な量の水が球状に形取り、内部へと閉じ込めようとしてくる。逃げようとしたものの、例の魔力防御にぶち当たる、空間が直結できない
「目覚める頃にはすべて終わっているさ、それまで利用させてもらうがな」
外側からそんな声が微かに聞こえ
数秒後、水の檻が閉じた
補足
クトゥルフ神話における神格の『Cthulhu』が水を象徴しているというのはダーレス氏の付け加えた二次設定、後付けであり、ラブクラフト氏の書いた真のクトゥルー(カトゥルー)は大量の海水により行動を制限されているものであって、水が大の苦手です。