S-2『morning moon』
「狭い」
確かに狭かった
そして暗かった
「言い出したのはお前だろうよ」
「そりゃそうだけどさ」
暗いというか、光量はゼロだ
縦1.5メートル、直径80センチほどの、ドラム缶ほどの空間で、人間二人分の声が飛び交っていた
感じからして、男女の二人組だ
「つーか、何でこんな所で埋まってないとならないんだ?」
「奇襲っつってんでしょ。奇襲の第一条件は『視界外から』よ」
「後ろからで十分だろ、なんで下なんだよ」
「地雷踏んだら誰だってパニクるでしょ?」
「じゃあ火薬式のやつでいいだろ…」
つまり、穴を掘って埋まっているのだ
何故か
「っ……来た…」
複数人数の足音が、振動として伝わってきた
目的は一つ
今真上を通っている連中の撃退だ
「行くわよ」
「おー………痛でででででで!!」
どうやら男の方が下にいるらしい
ぎゅむっと靴が食い込む音がする
「ちょ…動くなバカ!!」
「お前は踏むのをやめろ!!!!」
入るのもやっとな空間で、若い声の二人が暴れ始めた
それに夢中で、上の足音が止んだのに気付かない
「安定しないでしょうが!!!!」
「だからって全体重かける奴があるか!!!!」
ばっさばっさと、蓋代わりの枝が揺れる
「うるっせえボケ!!!!!!」
「ぼっっ○×@♂!!!??」
鈍い音がして、それきり男の方は静かになった
「さーて………ぇ…」
蓋が取り払われる
速攻で掘られたであろう縦穴には、やはり男女が一人ずつ
うち男は、股間を押さえて痙攣していた
女の方は、全長80センチほどの銃の形状をした何かを持って、ポカンと上を見上げている
ついでに、馬鹿長い大剣が半分ほどを土に埋めて直立
「………」
武装した50人ほどの兵士たちは、その光景をじっと見つめ
隊長らしき偉そうなのが、拳銃を向けてきた
「は…はは…」
ガシャッコンと音がする
拳銃ではない
銀髪を背中あたりまで伸ばした、150センチと少しくらいの少女が、銃らしきもののスライドレバーを往復させた音だ
ショットガンのような装填方式で弾が薬室へ送られたが、銃の先端に銃口は見当たらず
代わりに、銃全体を奇怪な文字が包み込む
「殺す!!!!」
「づぼぉっ!!!!!!」
男の鳩尾に第二撃を入れると同時に、トリガーを押し込んだ
「ッ!?」
爆発
一人で携行できるレベルの規模を超えた
拳銃を向けていた隊長格は後方へ大きく吹っ飛び、周囲十数メートルに渡って衝撃波が舞う
「こうなりゃ強行突破よ!!なんでもいいから撃退し……悶えてないで働け!!!!!!」
「貴様…ッ!!」
壮絶に苛立ったが、そんなこと言っている場合ではない
やられる前にやらなくては
見た目18〜9歳の少年は、突き刺さっていた大剣を一気に引き抜いた
全長165センチ、幅8センチと、異様に細長い
グレートソードと呼ばれる類の、遠距離から突いてくる敵槍兵を"叩き斬る"ためのものだ。重量は5キログラム程度と、見かけによらず軽い剣である
「ふぉっ!?」
情けない声を上げながら、飛んできた鉛弾を避ける
「頭捻れ!!」
言われた通りに頭を動かす
反対側から、何らかのエネルギー体がまったく同じルートを逆走していった
僅かに発光するそれは先程鉛弾を発射した自動小銃へ直撃し、派手な爆発を起こして破片を飛び散らさせる
「5分以内に無力化しなさい!!」
「どん○衛完成前に50人屈服させろと。影分身でもしろって意味っすかねハイ」
大剣を体に沿わせるように構える
いわゆる脇構えと呼ばれる体勢だ
そのまま、少年は駆けた
「まさか」
その後方、銀髪の少女が、後ろへ向けていた自動小銃を引き戻し、構え直す
銃といっても、やはり発射口は見当たらない
「ちょっと圧倒したらすぐ逃げんでしょこの程度!!」
が、その先端からは弾が発射された
金属ではなく光の弾だったが
ドババババ!!と、SF映画に出てくるパルスレーザーの如く、光弾が乱射される
その弾は、まず危険性の高い銃兵、弓兵から、肩や足を狙って貫いていった
「どうだか!!」
少年は大剣を薙ぎ払う
目標は、先程の敵兵
だが、使われたのは先端だけだ
切っ先は兵士の右腕を掠め、深めの断裂を残すに留まる
今のところ死者は出ていない
慈悲とかではなく、夜にうなされるからだった
名前を挙げていこう
大剣を振り回して踊るように戦っているのが『シグルト・チェンバース』。18歳男性だ
身長は170ほどだろうか、髪は黒い短髪で、しかし光加減で茶色にも見える
構える大剣は全長165センチ、鍔は無く、細長い刃の末端から40センチほど柄が伸びていた
『ヨグソトホート』と名付けられている
そして、自動小銃を乱射する銀髪の少女
『フィリーネ・エルク・イェルネフェルト』、16歳
長いからか言いにくいからか、普段は省略されて『フィリーネ・イェネフェルト』と呼ばれる
持っているのは全長84センチ、高さ22センチのアサルトライフル、『アトラクナクア』
鉛ではなく、使用者の魔力を弾丸状に形成して射出できる
事実、弾数無限だ
「総員突撃ーッ!!」
吹っ飛ばされた隊長らしき男は、臆することなく下令した
勇敢である
だが、その理由は『こんなふざけた連中には絶対に負けられない』だった
考えてもみてほしい、このままあの二人によって部隊が壊滅的打撃を被ったとする
上官に何と説明すればいいのだろう
『未成年らしき男女二人にやられました』
殴り飛ばされる
『雑魚敵の宿命です』
蹴り飛ばされる
『地底人が現れて理解不能な怪力で叩き潰されました』
殴られて蹴られた上で首を飛ばされる
結論、絶対に負けられない
「おいなんか撤退する気皆無だぞ!!」
5人ほど斬り伏せたあたりで、剣兵が一斉に襲ってきた
シグルトの持つデカブツでは捌ききれない
対処法は、あるにはある
だが手加減ができないし疲れるのでやりたくなかった
「でぇい!!頭潰しゃいいんでしょうが!!」
フィリーネがアトラクナクアのスライドを往復させる
魔力を撃ち出すこの銃には、銃身の下に沿って本来必要無いはずの弾倉が伸びている
弾数は6、装填されたのはショットガンのような、大きめの弾だ
もちろん中身は鉄の粒などではない
魔術的な媒体による魔力の外部供給
「吹っ飛ばす!!」
それが隊長に向け発射された
実体は無い、空気の塊のようなものが先端から飛び出てくる
「ひでぶぅ!!!!」
ご丁寧に叫びながら、隊長は空を飛翔
部隊は指揮を失った
が、振り抜かれた剣はすぐには戻せず
「づッ…!!」
直撃コースを取った一つを、大剣で振り払う
敵兵は押し切れると思ったのか、第二撃を放ってきた
「シグ!!」
後ろからフィリーネの声
躊躇うな、と言いたいらしい
確かに、出し惜しみで死にたくはない
「ったく……!!」
大剣ヨグソトホートを握りしめる
その名が意味するものは『門にして鍵』
次元と時空を司る神性だ
目の前にいる敵兵は5人ほど
それが一斉に襲ってくる
対してシグルトは防御もせず
ただ剣を薙ぎ払った
「はい終了」
所要時間は約5分、ぴったりだ
敗残兵は自国領まで逃げていった
負傷者多数、気絶が1。死者はいないが、別次元まで飛ばされたのが5人
どこに飛ばされるのかは知らない
「ギャラ貰いに行くわよ、ほらさっさと立つ」
「待て……そんなすぐ動けないって知ってるだろ……」
使用エネルギーが半端ないことをしたのだ、少しは休息が欲しい
「却下」
のだが、どうも休ませてくれなさそうだ
「本当に……スパルタ人かお前は」
かくして地獄の帰り道は始まった