S-11『さんざん宣伝した挙句にこれだよ!』
『現実的な話をしよう、大破した戦艦は修理に半年かかる』
「かのヨークタウンは3日で戦闘可能まで復帰したと聞くが?」
『駆動系を応急処置して装甲と飛行甲板に鉄板を張っただけだ、あんなものは修理と呼べない』
「つぎはぎ戦艦、立派じゃないか、それで行こう」
『1戦程度ならそれでなんとかなるだろうが、今回は強襲戦なんだ、常に戦火に晒される事になる。戦艦1隻がいくらするか知らない訳でもないだろう』
「それではどうするつもりだ?中途半端な戦力ではそちらとしても本末転倒だろうに。そもそもだ、昨日はBB2、CV2を最低条件に合意したのであって……」
『いやだから空母は最新鋭を予定しているから1隻で十分と言っただろう。補助に軽空母も付ける』
「空母が良くても搭載機があれでは、本国強襲などできんぞ」
『大丈夫だ、F4ではなく後継のF6を積む。鹵獲タイプゼロとの模擬戦では勝率80%をマークした、防御力も高い』
「ふむ……そこまで言うのならCVは1隻でいいとしよう。それで本題に戻るが」
『戦艦は2隻用意できない』
「できないのなら666小隊は不参加とさせて貰う」
『しかしだな……』
「左舷に大穴がひとつ開いているだけなのだろう?穴を塞いで天然ゴムとスポンジを詰めておけ、1週間で終わる」
『なんだそれは』
「衝撃吸収と水分吸収だ、知らんのか」
『……よくわからないが海軍に打診してみよう、とにかくまだ結論は出せない』
「ああ、では私はもう寝るぞ」
『待て、投入人数をまだ聞いていな』
ガチャン!
「面倒だ……」
電話線を引き抜いた後で、クトゥルフは溜息をひとつ
要するに、海路から奇襲をかけて敵軍の勢いを削ぎたいのだ
何が楽しくて大陸の裏側まで赴いてドンパチせねばならないのか。しかも成功確率が低いとなると、好き好んで死ににいくアホはいない
まぁ死ぬ気は無いのだが
時計の針を確認すると、短い方が1時を示していた。よい子は熟睡している時間である
「……」
テーブルに置いてあった無線機を取る。周波数を調整し、口元へ
「首尾はどうだ?」
『はぃ…?あー、今しがた片付いた所ですね。今日はナイトゴーントが30匹ほど』
「やけに多いな」
『そろそろ向こうも本気ですね、少ししたら本人が出てくるんじゃねーですか?』
「ふはっ」
本当に来たら返り討ちにしてやればいい、純粋な戦闘能力ではこちらの圧勝なのだから
しかし、牽制は必要だろう。となるとさっきの話に乗らなければならない訳で
『それじゃ、今日はもう帰っていいですか?』
「ああ。近いうちにこちらから乗り込むから、周囲を整えておけ」
『え、あ、はい』
無線を切る
「さて…寝るか」
さっきも言ったがよい子が熟睡中の時間で、クトゥルフは思考回路と戦闘能力以外はよい子なのだ。ぶっちゃけもう目開けてるのも辛い
方針は決まった、後は明日でいいだろう。このままベッドダイブするべく廊下を歩いていく
「……む…?」
ふらふらと
向こうからエレンが歩いてきた
「どうした、トイレか?」
とりあえず話し掛けてみたものの反応は無く、目が虚ろ。重度の寝ぼけ状態、と見えなくもない
「ちが……私は何も……」
洗脳されたように同じ事を呟き続けていなければだが
「…………」
パン!と、猫騙しをかけた
「ぇ…………あれ…?」
それで正気に戻ったらしい、目の焦点が合う
「……私、今何してました?」
「トイレではないか?」
「そう…ですか……すみません」
「おう、気をつけろよ」
準混乱状態のエレンを残して自室へ滑り込む。そして2秒でベッドにダイブした
「……ふむ…」
仰向けになり、窓へ視線を合わせたが、雲に隠れて星は見えなかった
もっとも工業都市から星を見てもあまり綺麗ではないが
「どちらにせよ…あまり時間は無いか…」
目が覚めてしまった
何故か、といっても理由は無い。よくあるだろう、いきなり目が覚める事
「……」
喉が渇いてもいなければトイレに行きたくもないジェラルドであるが、なんとなくそのまま寝付く事もできず、上体を起こしてかけ布団を剥がした
「歳かな……」
他人に聞かれたらぶん殴られそうな17歳の呟きである
とにかく水分補給してお手洗い行って寝直そうと思い立ち上がる。時刻は午前2時、起きるには早過ぎた
目指すはバスルーム、洗面所で水飲んでユニットバスに直行する流れだ。ちゃんと台所行けよって話ではあるが、それを許してしまうのが男の一人暮らし
「WAWAWA忘れ物〜っと」
なんとなく歌いながら洗面所の扉を開く
「俺の忘れ物〜…………」
「…………」
な ん か い た
まず目に入ったのはオレンジ色。夏の夕日みたいな鮮やかな橙髪で、長さは1メートルを軽く超える。一目見ただけで判断できるほどサラサラだ
推定身長165センチ
膨らんだ胸、くびれた腰、対出産用大型骨盤を保護する尻。身体的特徴は女性のそれ。Tシャツとハーフパンツというラフな格好で、口に突っ込んでいるのは歯ブラシだろう、もちろんジェラルドのものではない
その女性(仮定)は洗面台に片手をついて歯磨きしながら、キョトン顔で闖入者に視線を合わせていた
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
10秒見つめ合う
「……あの日あの時、置き去りにした、記憶のカケラ〜…」
ぱたりと、扉を閉めてみた
同時にガタンと音がして、それからカランと歯ブラシの落下音
「消えちまったのさ、あの子と共に〜」
扉を開ける
落ちた歯ブラシと、点灯中の蛍光灯と、アンチマテリアルライフルが残っていた
「…………………………」
「………………………………」
「…………いつそこまで移動したの?」
「え?私は最初からここにいましたよ?」
「なんか女の人がいなかった?」
「独身男性が何を寝ぼけてるんですか」
「嘘 を つ く なぁぁぁぁッ!!!!」
「いだだだだだだだだだだだ!!!!折れる折れる折れるーーーーっ!!!!!!!!」
ネアの長い銃身を握って思いっきりひん曲げてやった
「え!?今の何!?何が起きたん!?」
「いやちょっと調べて頂ければすぐにわかった事なんですがぁぁぁぁ…!!」
「そんな質量無視が許されるの!?それが世界の選択なの!?」
「ちょ…とにかくジルさんおちついてぇぇ…!!」
「引っ張るだけ引っ張っといた結果がこれって本当にいいんですかーーーー!!!?」
「痛い!!痛い!!!!マジやめて!!目覚める!!目覚めちゃうーーっ!!!!」
「そりゃあね…私だって衝動的に歯磨きしたくなる時もありますよ……」
「……」
眠気が吹き飛んでしまったため、現在部屋の明かりを点けてコーヒー抽出中
一応、カップは2個。客用など無かったため、食器棚の奥底で眠っていたのを発掘してきた
「意味の無い行為に名状しがたい何かを求めるのが人間じゃないですか……」
「…人間なの?」
「人間ではねーです」
それでこの状況はどうするべきなのか
長い橙髪の女性(推定)が床で正座している。ここはシグルト家のような東洋建築ではないため実質的な地べた正座だが、別に望んでやらせた訳では無いという事だけ言っておく
やっている間にコーヒーが溜まったため、液体をカップに注ぎ入れる
「人外の生物が歯磨きしたっていいでしょう…」
「いやそれは一向に構わないけど……」
ブラックのままで大丈夫だろうか、というかあの元ライフルさんにコーヒーなんて刺激物を飲ませて大丈夫なんだろうか。駄目なら拒否するだろうが
改めて見ると、どう見ても人間だ。魔力形成弾で破壊をふりまく装甲車の天敵と同じものとはとうてい考えられない
「…はい」
「あ、すみません頂きます」
テーブルにカップを置くと、立ち上がって椅子についた。自己反省タイムは終わったらしい
こちらの心配をよそにカップを持ち上げて一口。動作に違和感は無い、やはり人間にしか見えなかった
「……ネア?」
「はい?」
反応されてしまった
無反応ならこんなに悩まず済んだのだが
観察はこのあたりでいいだろう
「君は何なんだ?」
「明日に向かって触手を伸ばす、少なくとも世界には必要とされない存在です」
伸ばすな
「本当なら図書館行けばそれで済んだんですがあのロリババアが先手を打ってしまったので口頭で説明します」
「ロリババwww」
「あ、もしかして大好物な人ですか?」
「そりゃもち……いや違う!!もうババアなんて必要無い!!ロリだけでごはん10杯いける!!」
「…………」
「…なんで引かれたし……」
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「ニャルラトホテプ。ちなみにスペルは『Nyarlathotep』で、これに当てはまるならナイアルラトホテップでもナイアーラソテップでも何でも構いません」
「…ない…?」
「人間の声帯では発音不可能です、適当に呼びやすいのを選んでください」
少し頑張った後に喉痛めそうだったため断念、コーヒーを一口飲んで一息つく
紅茶にしようか迷ったが、こっちにしておいてよかった。ある程度のトンデモ話くらいなら落ち着かせてくれるし、長話になってもカフェインが戦ってくれる
「ジルさんはこの土地で生まれた方ですか?」
「え?いや出身はアルメリアだけど」
「では根底の話から」
ネアはカップを置いて指を一歩立てる
「"其は永久に横たわる死者にあらねど、計り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの"」
呪文を唱えるように言い、残りの指も開く。黒い物体が出てきた
多面体の結晶である、どす黒く気持ち悪い色で、直径2センチほど。例えるなら不純物の混じったクリスタル
「く…………」
「…く?」
「狂っとるー神話というものがあります」
「え、大丈夫なのそんなふざけた名前で」
「これに出てくる神は神聖なものではありません、全員が邪神です。ニャルラトホテプはその内の1柱」
「神様?」
目の前にいる橙髪の女性がだろうか
どうひいき目に見ても都会のOLか大学生くらいにしか見えない
いや、さっきまではライフルだった訳だが
「昔の人間がそう呼んだだけです、人を救いもしなければ管理もしません。私は宇宙人の方が似合うと思いますけど」
「宇宙人って、火星からでも来たの?」
「どこから来たかはわかりません。気付いたら私は生まれてましたし、ぶっちゃけ、私が本物のニャルラトホテプかどうかも不確定です」
黒い結晶をテーブルに転がす。黒光りしたそれは宝石とは呼べそうに無い
「私達は顔がありません」
「普通にあるけど」
「『無貌』という隠喩です、決まった形が定まっていない故に様々な形態を取る事ができる。2つに分裂する事もできる。そうやってねずみ算式に増えてったら、誰がオリジナルかわからなくなりました」
「増えるの?」
「実践しましょうか?」
「いやいい」
「生物本来の増え方もできますよ?」
「勘弁してください」
「邪神と呼ばれるくらいに昔ははっちゃけてたんですけどね、唐突に普通のライフル生活を送りたくなりまして」
「何その斜め225度な生活」
「他の顕現体もほとんどが人の形に固定化して記憶を消しました。現在でもニャルラトホテプとして活動してるのは私を含む数体のみです。ですので1人ハーレムは形成できません」
「しなくていいよ…」
疲れてきたのでコーヒーを飲む、既にぬるかった
話をまとめると、この橙髪は神話に登場するほど有名な存在で、今まではライフルに化けていただけだと言う
倉庫で眠っていたのを引っ張り出され、必要に迫られて目を覚ましたと
「それが何でいきなり歯磨きなんかを?」
「あー…、ちょっと夜鬼狩りを少々…」
「狩り?」
「奴らも顔が無くてですねぇ、射殺刺殺毒殺撲殺その他すべて無効化しやがるんですよ。たいていは魔力無くなるまでボッコボコにするんですが、時たま普通の人間が混じってくるから識別が面倒で気が付いたら肉塊……」
「いや…詳しくはいいや…聞きたくない…」
「そうですか?」
ぬるいコーヒーを飲み干して新しいのを注ぐ。ネアはどうかと振り向いたが、ジェスチャーでお断りされた
「……その殺しても死なないっていうのは君にも適用されるの?」
「はい、致命傷を負った瞬間に変化、修復できるので」
「回数は?」
「そのへんは魔力の保有量に左右されますね。惨殺具合にもよりますけど、体全部吹っ飛んだとしたら10回から15回」
「何そのチート能力」
「実践回数だと…邪神狩り連中に捕まった時に438回ほど刺殺されましたね。発狂しそうだったんでギブって逃げましたが。いやこれが痛いのなんのって奴ら飛び出た内臓をソーセージみたいに…」
「あ゛ーーっ!!グロい話禁止!!」
コーヒーを飲む。そろそろ供給過多だ、喉がヒリヒリしてきた
「ま、概要はこんなもんです。時間も時間ですし、続きは寝てからにしましょう」
「え…ああうん……。ってそのまま寝るの?」
「基本的に睡眠は不必要ですけど、せっかくなので寝てみようかなと。ああ、ソファ貸してくれれば結構ですよ」
「そうではなく…性別的な問題が…」
「性別ねーですけど」
「見た目の問題」
「ふむ……」
自分の体を見た。不定形といっても、今は人間の女性を形成している。この状態で老化現象を再現しながら記憶喪失にでもなれば完全な人間になる訳だが
「あっ!!ベランダにシスターさんが!!」
「何ぃ!!!?」
勢い良く窓を見る。しかしそこには何も無く
「いないじゃ…!!…ん……」
振り返ると、女性が男性になっていた
黄色い短髪で、身長はさっきよりも少し低い。中性的だが、どちらかといえば男。呼ぶなら少年だろう
「では、このへんで失礼します」
「え…あ…え…?……こ…これはどうすんの!?」
黒い結晶を指差す
何か重要なアイテムかと思ったが、結局使わなかった
「持っててください、いつか役立ちます」
言って、奥の部屋に消えていった
「…………」
激しい時間だった
神様だと?冗談も大概に言えと
「あのぅ……」
と
扉の隙間から顔だけ出してきた
「やっぱこういうの気持ち悪いですかね……」
「へ…?いや別段これといって…」
「……左様で…」
戻っていく
「…………何今の」
火星が出ている
同じ系列内の惑星としてはここから最も近い位置にあり、将来的に人類が到達する可能性の最も高い惑星と言われている。惑星表面には液体の流れた痕跡が確認されており、かつては生物の住める環境が整っていたとか。そのために火星人という存在がほのめかされた
しかし夜空で光っている星として見る分にはただの赤い点だ。他と比べてもかなり明るい部類に入るが、天体観察でもしていなければさして気にしない
その火星をじっと見つめているのが1人
草原に横たわる滑走路。空港のような施設もなければ基地としての使用にも耐えそうにない、アスファルトを敷き詰めて簡単な格納庫と居住施設を作っただけの発着場だ。一応権利書はクトゥルフが握っているが、奴はここに来た事が一度も無い。その気になれば首都の基幹空港を軽く超える規模のものが建ったのだろうが、奴はクロスフロント国内において小さく纏まろうとする傾向があった。アルメリアでは私設軍すらあるというのに
名前は確か『星の智慧派』とか『銀の黄昏』とか
まあそれはいいとする
滑走路脇にある駐機スペースで1機の爆撃機が翼を休めている。大型機にも関わらず機体下部から後退翼が伸びた戦闘機スタイル、左右1基ずつのプロペラ付きエンジンと、機体末尾に補助エンジンを載せた合計3発。特に補助エンジンは特徴的で、ボディから尾翼3枚を生やした姿はそこだけ分離して飛べそうだ
側面の塗装を見ると書いてあるのは『almeria AirForth』と『666』の文字。アルメリア空軍製で、第666小隊所属であることを示していた
機体名『ニーズヘッグ』、開発者が言うには拠点強襲用高速爆撃機とやら。無理矢理速度性能を追求したらこうなりました、みたいな感じである
その爆撃機の上に乗り、メイは夜空を見上げていた
「…………」
薄く透明な緑の羽が見える
淡い光で作られたような、飛ぶ目的ではない象徴的なもの。イメージは妖精だろうか。夜の暗闇に浮かび上がって美しい
「……故郷の事でも考えてんのか?」
「ん…?…ああ。いや特に意味は無いんだけどね」
こちらの存在に気付いて振り返る頃には、その羽はメイの背中から消失していた
「今日はいつもよりよく見えたからなんとなく、ね。来るかい?」
「いや…まだ仕事残ってっからそろそろ行くわ」
言って、ハスターは軽く手を振る。1泊させて貰ったし、声だけはかけておこうと思っただけだ
「そう、じゃあまた今度」
「おう。……ところで…」
「うん?」
「今の羽どうやれば出るんだ?」
まずは自分のプロフィールを確認してみよう
シグルト・チェンバース、18歳、身長…最近計っていない、体重…そこまで増減はしていないはず。アルメリア山間部の農村生まれで、親はいない、村ごと消滅した。原因は不明で、事件自体が公表されなかった、何の為の情報規制だったのだろう
それから半年、今はクロスフロントで傭兵をやっている。担保は命だが、そこまで環境は悪くない、実働部隊のバランスは破綻しているにも関わらず後方支援は充実していた
うん、プロフィールはこのへんでいいだろう、状況の確認に移る
時刻は午前3時を回った所、俗に言う深夜だ、いや俗でなくともいいが
まずカラリと音がした
それで睡眠中のシグルトは脳を再起動させ、半分ほど覚醒。仕事が仕事なせいか、敏感になってしまって困る
しかしここではまだ目を開けていない、特に原因究明もせず寝直そうとした
10秒ほどそうしていたら、今度は肩を叩かれた訳で
いよいよもっておかしいと思い目を開ける。そうしたら、まず視認したのは青眼。下手な色がまったく混ざっていない純粋な青である、この眼はひそかに気に入っていたりする。それがなぜか涙混じりでシグルトを見つめていた
それから鼻、唇と続き、垂れ下がる銀色の髪。これも嫌いではない、些か目立ちすぎる感があるとしても、普通に綺麗だし髪質もいい
視線を下に移すとタンクトップが見え……いややめよう、理性が崩壊する
結論を出すと、シグルトの上に女性が1人
「…………」
「………………」
プランF、所謂フィリーネですね
「いや…そんな無理してどっかのバラエティイベントの真似する意味は無いと思うんだ……。いくら付き合いが長くなってきたって言ってもそれがベッドを統合する理由にはならないと信じて僕は18年間生きてきた訳で……」
「バカな事言ってないでちょっと起きて」
「あ…はい…」
掛け布団を払って上体を起こし、ついでに電灯を点ける。いたのはやはりフィリーネで、なぜか半泣き
タンクトップに短パンなのはあれでしょうか、誘惑してるんでしょうか
「ど…どうした…?」
「あの…部屋にいたくなくなって…いやそうじゃなくて!ただ単純に怖くなったというか1人が嫌になったというか!」
「ちょちょちょ待って落ち着け妙な事を口走るなそれ以上近付くな、鼻血出る、鼻血出るから」
「へ…?」
触らずに押し戻して、とりあえず立ち上がる
部屋を見回すとベランダへの窓が解放されていた。さっきの音はこれだったか
「こんな時間にどうしたんだ?遊びに来た訳でもないだろう」
「シグ、それ冷蔵庫」
「ノースリーブは卑怯だ」
「?」
直視できる訳がない、睡眠状態から一気に覚醒できる程の破壊力があるのだ、少なくともシグルトにとっては
しかも半泣きとか狙ってるとしか思えない
「どうした、顔色が悪いぞ」
「シグ、それフライパン」
「すまんが正気を保てそうにない、そのまま話してくれ」
「……えと…襲われた…」
「そうかそうか襲われたかー」
腕と、腹と、足の筋肉すべてを使って下方向への運動エネルギーを発生させる
「んだとごらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
ガッゴォォン!!
フライパンがひしゃげた
「ちょ…近所迷惑…」
「そんなこたどうでもよろしい!!!!」
音速で振り向いて詰め寄って肩を掴む。さっきの気まずさはどこへやら
今なら1人で機甲師団を相手取れる気がした
「誰に!!!?」
「え……頭にGの付く黒い台所昆虫…」
「GKBRかよ!!!!!!!!」
ガァン!!
フライパンが窓から飛んでいった
「疲れた、寝る」
「ちょ待って!どうにかして!」
「末永く幸せにな〜」
「昆虫は嫌だーーーーっ!!!!」
って、深夜に何を漫才やっているのか
「駆除なら日が出てからにしてくれ、今からやるのはさすがにきついぞ」
「じゃあどうしろっての……」
どうと言われても
一晩こっちで寝かせるしかなかろう
…………
この破壊力の塊を?
「よし、とりあえず布団をかぶろう」
「え?え?」
ベッドに寝かせて布団をかける。これで肌色成分はほとんど無くなるはず
「……?」
鼻あたりまで顔を出して、不安げな表情でこっちを見てきた
「orzッ…!!」
「しししシグ…?」
「何でもない…そのまま寝てくれ…俺は床で寝る……」
「いやでも…」
「大丈夫だ、大丈夫、耐えられる、GJ俺の理性」
後ろ手にヒモを引っ張って電気を消す。照明は月明かりのみとなり、満月ほどではないもののまぁまぁ明るい。目が慣れれば文字も読めるだろう
ぱすぱす
そういえば久しぶりに夜空を見た気がするな、こないだの遭難時もジャングルで一泊だったし。あいにく雲が多かったが
ぱすぱす
北極星、ポルックス、レグルス、デネボラ、コル・カロリ、スピカ、アルクトゥルス、プロキオン、ペテルギウス、カペラ、リゲル、シリウス、アルデバラン。うん、落ち着いてきた、今ならいい夢が見れそうだ
ぱすぱす
ところでさっきからなんだろうこの音は、真後ろから聞こえる気がする
振り返ってみよう
フィリーネがこっち来いとばかりにベッドを叩いていた
おう、行く行くー
「……って行けるかーーーーッ!!!!!!!!」
次の日寝坊した