S-10-2『夢幻、疾駆、海戦』
クトゥルフ邸
「ほれほれ」
テルミドールの首筋をわっしゃわっしゃする
生後1年未満であろう三毛猫は、気持ち良さそうに鳴き始めた
「クトゥルフさん」
「何だ?」
「ついこの間まで野良猫だったって事は、ノミとか繁殖し放題ですよね?」
お手洗い中につき少々お待ちください
「……それでだ」
「…?」
椅子に腰掛け、出てきた料理すべてを胃に納めたテルノアを見る
いかにも満足そうだ
「食事も終わった所で、少し話をしようか」
エレンは、いない
昼食の材料が無いと言って、クトゥルフが洗面所にいる間に出ていった
「何の?」
「いや、他愛ない世間話だ。無銭で今までどうやって生きてきたか、とかな」
「バーベキューとお食事会」
「狩りと物乞いの間違いじゃないか?」
テーブルに片肘をつき、手の平で顔を支える
そうしてから、悪い言い方にむすっとしているテルノアに、嘲笑い気味の不敵な笑みで返した
「だろう?『生ける炎』」
ピクリと反応
面食らった顔はしたものの、さして驚いてはいない
少しくらいは予測していたのだろう
「人違いとは言わせんぞ?つい先日、自分で名乗ったのだからな」
はっきり、『クトゥグア』と
分類的にはネアや自分と同じ、本来なら"召喚師としかるべき契約を結んでようやく現世に留まれる"はずの存在だ
なぜ無契約でも留まれるか、というのは、万物の王が子供を3人作る所から話す羽目になって長くなるので、後に回すとする
「…………なぜ?」
「む?」
返ってきたのは、まず質問
「予定上ではネタバラシはまだ先のはず」
「……ああいやまぁ…隠し通せる算段が立たなかったんだ、すまん」
まずそれかよ、とか思いつつ、謝っておく
気を取り直し、話を続けよう
「それでだ。お前がどこで何をするかは勝手だが、"どこかのご老体"に手を貸されるとこちらとしては困るのだよ」
「……そのご老体が誰かはわからないけど、大丈夫。気分的には私はあなたの味方。少なくとも、今は」
テルノアは座っていた椅子から離れ、完食済のツナ缶と格闘中のテルミドールを抱き上げる
どうもまだ食い足りないらしい、『馬鹿な、これが俺の最後というか!』みたいな感じだ
「…………」
クトゥルフを見てきた
「……油はちゃんと絞れよ?」
ツナ缶をひとつ投げる
「ごちそうさま」
受け取りながら言い、赤髪のサイドテールを揺らして反転、玄関方向へ
「じゃあね、『海に眠る太古の王』」
それを最後に、テルノアの姿は見えなくなった
「……海に眠る…ねぇ…」
もう起きているだろうに
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ノーフォークの沖合10kmまで近付いたら、敵陣から不吉な煙が上がった
「んー?」
何か撃ったのかもしれないが、それだけでは断定できず
何しろ、こちらの艦砲射撃が生み出す爆煙でほぼ真っ黒なのだ、少し形状が違っただけで、火薬庫に直撃弾が入って爆発しただけかもしれない
20秒後、アムルタート右舷に巨大な水柱が立ち上がった
「ほらフラグ回収した!!」
「嬉しそうに言うなアホ!!!!」
ハシャいでいるシズを黙らせる間にもう1発、今度は左舷
照準は正確、当たるか当たらないかは運次第だ
「全艦砲撃中止!!」
轟音が一斉に止む
そうすると、敵陣を覆っていた煙が消え、犯人が姿を現した
細長かった
ゴツかった
線路に乗っていた
「列車砲wwwwww」
「いい加減シメるぞてめえ……」
なるほど、昨日今日のうちにヴァラキア本国から走ってきたのなら、報告に無いのも頷ける
見た感じではかなり巨大。ナチスドイツの80cm列車砲には及ばないとしても、50か60cmはいってそうだ
比較対象としては、軍艦が搭載した最大の砲、戦艦大和の46cm砲が、『戦艦を一撃で葬り去る威力を持つ』という
ちなみにアムルタートの主砲は40.6cmで、装甲も同レベルのものだ
「分の悪い勝負だが……」
砲は列車の前後に1門ずつ
発砲体勢を取っているため静止。簡単に移動体勢に移行できるものでもないだろう、固定砲台と考えてよし
プラス、基本的に口径がでかい砲は装填に時間がかかる
結論、やれる
「陸軍の作戦開始時間までは?」
「あと49分」
航空部隊を展開している暇は無し
「オーケー、なら一騎打ちだ、他の連中は下がらせろ」
豆鉄砲をパカスカ撃たれても照準の阻害となる煙を大量生産するだけだ
艦隊は沖へ離れ、アムルタートが孤立していく
「面舵!艦首を奴に向けろ!それと主砲照準!」
被弾する可能性のある面積を限界まで減らす
後部砲塔が使用不可になったが、向こうは止まっているのだし、よく狙えば当たるだろう
「1番よーし2番よーし」
体勢完了
「撃てぇ-ッ!!」
鉄の塊が4つ飛翔する
応じるように向こうも発砲
「…………艦長」
「何だ」
「発砲から着弾までが馬鹿長い件についてなんとかできませんかね」
「……考えておこう」
もう少しリアルから逸脱しようかと思った矢先に、衝撃
「づッ…!?」
轟音が鳴り、次いで爆煙。発生箇所は左舷前方
「掠った…!?」
不幸中の幸いというか、装甲を削られるだけに留まったようだ
直撃していたら、今頃この艦は2つに割れている
「こっちの弾は?」
「後部砲塔に命中、木っ端微塵になったかな、あれは」
確かに、後ろの列車は爆煙に包まれていた
あと1両
「右舷注水」
とにかく、左舷の大穴から大量の海水が侵入中だ
連続攻撃も大事だが、艦が傾いていては当たるものも当たらない
対処方は簡単、同じ量の海水を右舷にも招いてやればいい
ほどなくして、アムルタートは水平を取り戻した
「主砲照準」
かなり遠くで水柱が上がった
慌てているらしい、精度が落ちている
「ま、これが軍艦と固定砲の違いって事で」
発砲
数十秒後、列車砲は完全に沈黙した
「よーし、艦隊に戻るぞ。……おい?」
副艦長、シズは伝声管に耳を押し付けていた
伝声管ってのはラピュタでオバーサンが使ってた連絡用のパイプで……
「何かあったか?」
「何か?…うん、あったというかこれから起こるというか…」
バズン!!と
艦橋の照明が消えた
「あ…?」
更に追い打ち
先程の被弾箇所、ドゴンという音と共に再び煙が上がる
「……レオハルト艦長、悪いお知らせと悪いお知らせがあります」
「…………そうだな…じゃあ悪いお知らせの方から頼む」
暗い艦橋で、半ば諦めつつ言う
「さっきの浸水なんですが、隔壁閉鎖が間に合わず発電室が水浸しになって爆発、電力供給が半分になりました」
「ああ、それはなんとなく予想できたよ。それで、悪いお知らせの方は?」
「あれ」
シズが左の方を指差す
窓の向こうの水平線上
黒い物体がいくつかあった
「この状態で艦隊戦突入」
「……はぁ…」
できれば御免被りたかった
港町ノーフォーク
の、10km東
滑走路でも何でもない4輪車用道路に着陸し荷物を下ろして帰っていった爆撃機を見送り、サンセットグロウ第666小隊3名と1丁は目的地方向を見る
「どうする?走る?」
「体重と体脂肪率に困ってたら走ったかもしれませんけどね」
時刻確認
陸軍突入予定はとうに過ぎ去り、微かに爆音が耳まで届いていた
「せっかく持ってきたんですから、使いましょうよ、これ」
ジェラルドが緑色の鉄を指差す
4輪オープンカー
世間一般的に『ジープ』と呼ばれる代物だ
直線で構成されたボディ、確か馬力は200ほどで、7.7mm機銃1丁を装備している
運搬方法
バラす→積む→運ぶ→組み立てる
「……車の運転経験ある人手ぇ上げー」
「…………」
1人もいなかった
持ってこようと思った時点でこの破綻に気付くべきだったが、今更なのでそれはいいとする
「ここは年長者がどうぞ」
「年長者っても1、2年の違いだろうが」
シグルト18歳、ジェラルド17歳、フィリーネ16歳。大した差は無いが、適任と言えなくもない、免許も取れる年齢であるし
仕方なく、シグルトは運転席に落ち着いた
助手席にジェラルドが座り、ネアは後部席へ
フィリーネは座らず、立ったまま機銃を引っつかむ
「よし、行くぞー」
「おー」
バスンっ……
「あれ…?」
要因
ギヤを入れたままクラッチを踏まずにスタートした事によるエンスト
「何やってんのあんた」
「いやこんなはずでは……」
何回か試し、エンジンをかける
一番左のペダルでエンジンパワーの伝導管理をする事はニュアンスで感じ取り、踏んだままギヤを確認し、サイドレバーを外す
「よっし!」
言った瞬間、またガコンと振動
要因
いきなりクラッチを離した事によるエンスト
「…………」
「……僕を…見るな…!!」
「その目は誰のものでも無いので安心して、次はゆっくり離したって下さい。そう何度もやったらエンジン傷むんで」
穴があったら入りたい感じになっていると、後部席のライフルから声が上がった
「軽くアクセル踏みながらの方が楽っすよ」
「……お前、運転できんの?」
「できないけどできます」
よくわからない
まぁしかし手足の無いライフルに運転しろというのも無理があるので、言われた通りに動かしてみる
ゆっくりとジープが前に進み出した
「こいつ…動くぞ!」
「当たり前ですからほらクラッチ踏んでギヤ変えて、左上から左下に。……あ"っ!ちょま…!!」
要因
操作中にエンジンブレーキが効き、極低速域でギヤを上げた事によるエンスト
「…………」
「…どうする?走る?」
「タイヤを走らせて下さい」
「…………暇だな」
「そうですか?」
デスクの上でぐでんとしているクトゥルフである
特にやる事が無い。だったら前線行って仕事しろとか言いたくなるが、それはそれでめんどくさいらしいので仕方ない(?)
「クロスワードパズルならありますけど」
「ふむ……」
エレンから新聞を受け取り、目を通す
1ページをまるまる使った巨大なクロスワードパズルだ。こんなものを用意するとは、新聞社は情報が足りていないのだろうか
第1問
ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの第二次大戦中の戦車撃破数をひらがなで答えなさい
「一般人にわかるかーーーッ!!!!!!!!」
真っ二つに破り捨てた
「そうですか?」
エレンが残骸を拾って繋ぎ、問題を見る
ひたすらマニアックな問題が50個
ちなみにルーデルはナチスドイツのスツーカ爆撃機パイロットだ
「……519」
「!?」
第2問
読みを答えなさい
『刺し穿つ死翔の槍』
「ゲイボルク」
「!!!?」
まさか一般常識だったんだろうか
いやそんなはずはない。『約束された勝利の剣』と書いて誰が『エクスカリバー』と読めるというのだ
「雑誌に載ってただけですよ」
「どんな雑誌…?」
第3問
中に誰かいますか?
「いませんよ」
「それも雑誌か!?雑誌なのか!?」
もはや問題として成り立っていない
にも関わらずパズルは埋まっていく
「ちょっと前にジルくんが呟いてたので」
「お前完全記憶能力でもあるんじゃないか?」
第4問
シクヴァル家所在市を答えよ
「川越っと」
「その新聞こっちに寄越せ、シュレッダーにかける」
ギヤをフルトップまで上げてしまえば後はアクセルを踏むだけなので、発進時のようなエンストは発生しなかった
「行け行け行け行けーーーッ!!!!」
「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
現在、時速150kmでジープはかっ飛んでいる
既にノーフォークは見えているが、止まらない
いや、止まれない
「止まれないじゃなくてブレーキ踏みなさいってーの!!!!」
後ろでネアが叫んでいる
目的地まであと3km
150÷60=分速2.5km
3÷2.5=1.2
結論
1分12秒後に到着
「止まるにゃまだ早い!!!!」
「減速ーーーーーーッ!!!!!!!!」
ちなみにジェラルドは意識を手放している
さっき石踏んで片輪走行かましたのがまずかったかもしれない
「11時方向!!敵兵発見!!」
「撃ち方始め!!」
妙にテンションが高くなっていた
フィリーネが7.7mm機銃を旋回させ、前方500メートルのヴァラキラ兵に向けて引き金を引く
「レッツパーリィィィー!!!!」
ドガガガガガガ!!という発砲音と鉄の弾がマズルフラッシュから毎秒10発程度で飛び出し、数秒たらずで敵小隊は崩れ落ちた
足元に撃ち込んだし弾も小さいので死んではいないだろう、早めに救助される事を祈る
その後すぐにノーフォークへ到着
「ヒャッハーーーッ!!!!」
「だからブレーキ踏んでーーーッ!!!!!!!!」
相変わらず150km/hで小さい町中を疾走する
敵味方問わず、進行方向の人間は蜘蛛の子散らすように飛び退いた
「ほっ」
機銃を旋回して撃ちまくる
排出されたアッツアツの薬莢がジェラルドを直撃し出した
「ぉ……痛い熱い痛い!!!!」
ジェラルド起床
が、現状に気付き、ジープのシートに引っ付く
「なななななななななななな!!!?」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!……」
バゴォン!!
「おや?」
ギヤチェンジレバーが吹っ飛んでエンジンに大穴が開いた
ジープは急速に減速していく
「はぁ…はぁ…はぁ……」
後ろを見る
横にしてあったはずのネアが先端をこっちに向け、マズルブレーキから薄く煙を吐いていた
「…………俺は今まで何を?」
「イメージダウン回避しようったってそうはいかねーっすよ」
程なくして完全に停止
機銃も弾切れを起こした
「はい降りて、ジルさんは私持って、戦闘開始して」
なんかライフルに仕切られている、異様な光景だ
「あー…じゃあ俺の暴走癖が晒された所で真面目な話に移るが」
シグルトは周囲を見回す
敵、敵敵、敵敵敵敵敵敵
「まずこの四面楚歌状態をどうにかしようか」
まず剣兵が10人ばかし斬りかかってきた
シグルトの後方から3人、そっちに視線は向けていないが、アトラクナクアの発砲音がして、次に人が倒れる音3回
目の前には5人いた
「だぁらッ!!」
前回は役立たずに終わった大剣ヨグソトホートだが、現状において行動を阻害するものは何もない
遠心力で重みの付いた刃は1人の腹に直撃し、脊椎で引っ掛かって真横に吹っ飛ばした
痛そうだが、シグルトも死ぬ訳にはいかないので気にしない事にする
「対音響防御!!」
ネアが叫んで、そっちに背を向ける
直後、車の衝突音にも似た感じの爆発が発生した
視界外だったため、ネアの発砲で敵兵がどうなったかはわからないが、擬音で表すのも気が引けるような生々しい着弾音で察する事にする
威力が高すぎるのも考えものだ
ヨグソトホートを切り返して2人目を薙ぎ倒し、3人目の武器へそのまま振り下ろす
その間にもアトラクナクアの発砲音は続き、少し遠くにいた銃兵、弓兵が雪崩るように倒れていく
雪崩るようにって何だろう
「4。5!!」
目の前のノルマを片付け終え、シグルトは周囲を確認する
剣兵は全滅、フィリーネがジープの上から反撃する暇も無い程の猛烈射撃を続けているため、銃弾も無し。ジェラルドの戦果は脳内削除した
「それじゃどうする?」
「どうするって言っても、攻める以外に無いんじゃないですか?」
「どこに攻める?」
「え…敵指揮所…?」
「どう攻める?」
「その装甲悪鬼みたいな選択肢やめてくれませんかね」
フィリーネが射撃を止める。射程内に敵がいなくなったらしい
「ま、とにかく、狙うは頭だ、指揮所行くぞ」
「指揮所?」
具体的な内容も書いていない可燃ごみ(作戦書)と交換で、爆撃機乗組員に貰った地図を広げる
ちなみに腹を抱えて笑っていた
ここから南へ600メートル、港の近くに指揮所があるはず
「艦砲射撃で木っ端微塵になったみたいだけど?」
訂正、指揮所があったはず
となると、臨時で場所を移したか、既に指揮系統は壊滅しているか
「町外れでテント設営中に1票」
「マイカーで逃走中に1票」
「お亡くなり中に1票」
多数決では決まりそうにない
さて本当にどうするか
と
「その前にさー」
「んー?」
「あれ片付けない?」
フィリーネが言い、指差した先
いたのは、なんか鉄の塊
「なんだ?あれ」
「敵戦車2個中隊」
「戦車?」
「現実逃避もいい加減にしなさい」
戦車2個中隊=8両
参考までに言っておくと、第二次大戦時、歩兵が戦車(1両)と遭遇した場合、死亡率は90%を超えている
「バッッッカじゃねえのお前!!!?」
「バカじゃない!!」
「バカだよな!?」
「バカですよ!!」
「バーカバーカ!!」
「バカバカ言うなーーーッ!!!!!!!!」