S-10-1『夢幻、疾駆、海戦』
少し前までは、崇められていたはずだった
豊穣の神。大地に実りを与え、作物を育てるものを、人間はそう呼称する
彼女はそんな事をした覚えは無かったし、他に何かした訳でも無かった
黒山羊を人間が食べている、と、後になって夫から聞いた。貴重な栄養源であるらしい
黒山羊がいなければ人間は生きていけず、そして黒山羊を産んでいるのは彼女だから豊穣神と、そういう理屈のようだ
自分の子が食べられているというのは、いい気のしない話ではあったが、"そういう目的で産んだものではない"し、役に立っているのならそれもいいかと思った
と、それが十数世紀前の話
高度化していく文明の中で、"奇怪な植物から蹄の付いた足が生え無数の口がある化け物"を食べ続けるというのは無理があったのだろう
それを食べる人間が1人もいなくなった頃、彼女は邪神と呼ばれ始めた
『何もしていない』
理由もなく忌み嫌われ、物好きなカルト教団から崇拝される
『なんで嫌われるんだろう』
怪物の母親と、意思の疎通が取れた黒魔術師から言われた
『違う』
黒山羊、海に眠る太古の王、名状しがたきもの、沈黙の支配者、ン・カイに眠るもの。すべてが怪物だと
『違う』
邪悪、罪の権化、敵対者、暗黒神、狂気、混沌、旧支配者
『違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違
カーテンから漏れた光で、エレンは目を覚ました
「………………」
まず時計に目をやる
午前6時25分
少し急がないとまずいかもしれない
上体を起こし、両手を持ち上げて広げる
どう見ても人間のそれだ
胴体、両足、藍色の髪、すべて健在
自分は怪物ではない
「…………変な夢……」
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「ッ!!!!!?」
どこの町にも路地裏はある
多くの店が集まって商店街を形成するという性質上仕方のない事で、人気が少なく、不良がたまってたりするのであまり入りたくない場所である
が、路地裏にいるのは不良だけではない
例えばホームレスとか
「…………おっはー」
「微妙に古いなその挨拶……」
ここで一泊したらしい、三毛の子猫を膝に乗せ櫛で赤い髪を整えながら、テルノアは言う
「え…?ホテルという選択肢は…?」
「お金がない」
「……所持金は…」
「プライスレス」
買えるものはマスターカードで
ちなみに今のは『値が付けられない』ではなく『値が失われた』という意味だ
つまり無銭
「と、いう訳で、朝ごはん」
「んぁ…?」
髪をサイドテールにし終えた手がこちらへ伸び、指が開かれる
膝の子猫(以下テルミドール)も心なしか「準備できているな貴様」とでも言いたそうだ
「…………まぁ、1人くらい増えても大丈夫…か?」
『戦術作戦下令書』
差出、クロスフロント軍部
宛先、SG第666小隊代表クトゥルフ・L・リトル
本文
2個中隊、及び海軍第1艦隊を以って下記地点を強襲、占領すること
作戦時間
今から日付変わるまで
投入戦力
第8師団第144中隊
SG第24中隊
第1艦隊
目標
エリアZ『ノーフォーク』
戦闘予定
未定
「貴様の上司は女子大生か」
『いや今回は仕方なくだな……海軍からの急な要請というか……』
コンパに人呼ぶ感覚で命令を下さないで欲しい
今から?発行されてからか届いてからかどっちだ
『新造艦の性能を確かめたいらしい。ので進出してかつ沿岸部の町を襲い、敵艦隊をおびき出すと、そういう理由のようだ』
「艦砲射撃で十分だろう」
『まぁそうなのだがついでに占領しておこうという陸軍の便乗というか……もしかすると艦砲射撃の中強襲する羽目になる可能性も……』
ガチャン!!
………………………………………………。
ジリリリリリ!
カチャ
『確認したそれは無い、ごく普通の占領作戦だ』
「……ふん、まぁこちらとしては金さえ貰えれば文句は無いがな」
『ついでに言うと艦砲射撃が30分後、進攻が2時間30分後だ』
「具体的な内容は?」
『ノリでブワーっと』
ガチャン!!
「………………」
電話線を引き抜きながら、クトゥルフは額に手を当てる
そろそろクライアントを変えた方がいいかもしれない
「どうでした?」
「ああ…すぐに出なければ間に合いそうに無いな……」
「そうですか。よかった、今朝寝坊して食パンしか無いんです」
「…………」
台所を見る
トースト2枚ではカロリーが心許なかったのだろう、自前のチョコレートバー(カロリーメイト的な)を咀嚼するジェラルドがいた
「惨めですな」
なんか言っているライフルを無視し、早足でジェラルドへ
そして、両頬を掴む
「あだだだだだだだだだ!!!!何何何何!!!?」
「無性に腹が立った!!!!」
「何故!?」
手入れされていない庭を横目に、建物内へ入る
木造の二階建て、居住者が2人という事を考えれば、一応豪邸と呼んでも差し支えないだろうか
「レストラン?」
「いや内部を見てからその結論に達するのはおかしいと思う」
「ホテル?」
「個人経営ならあるかもしれないがカウンターが無いな」
「……ラブホテル?」
「こんな朝っぱらから変態か俺は」
「…………ぽっ///」
「今君が期待してるような事は一切起きないから頬を赤らめる必要はないしわざわざ口でぽっとか言う必要もない」
適当にスルーツッコミしながら、シグルトはテルノアを連れ台所へ
「ほれほれここか!?ここが弱いのか!?」
「ひはははっ!!ちょっ…やめ…らめぇぇぇぇぇ!!!!」
「誤解を招く前に言っときますがこちょがしてるだけでーす」
扉を開け放つ
「おうようやく来たか、残念だが時間が無い、さっさと食え」
クトゥルフは椅子に座って食パンを振っていた
その後ろでエレンがフライパンに油を落とし、"どこかの子供舌"が残したものだろう、パンの耳を揚げている
床で悶絶しているジェラルドは無視するとして
壁に立てかけてあるライフルは、本来の姿を思い出したかのように沈黙
「む?」
「……朝飯くれって言うから連れて来たんだが」
後ろの赤髪ニートに視線が行ったのを確認して、とりあえずそれだけ言っておく
「白いご飯おしんこ付きで」
「やけに低い要望だなおい……ん…?」
カツンと、ネアの先端に付いていたマズルブレーキが落っこちた
台形に近い五角形のそれは自ら回転しているかのように転がり、台所の外へ出ていく
「……」
追って台所を出、拾い上げた
「あなた私を殺す気ですか?」
「どうでもいいがお前の本体はこれなのか?」
「本体などありません、私に付属するものすべては私であり例え私から離れてもそれは私なのです」
「意味がわからん」
「ってそうでなく、なぜわざわざあんな危険物を連れてくるんですか」
「腹減ってるらしいから」
「あんなニート餓死すりゃいいんですよ働かざるもの食うべからずの方向性で」
「そういう訳にもいかんだろ。つか何でそんな嫌うんだよ」
「……あんた図書館行かなかったでしょ」
「行ったぞ」
「じゃあ…」
「だがそれっぽい本が盗難に遭ったらしく外国語訳しか無かった」
「…あんクソババア……」
台所に戻り、再度沈黙したマズルブレーキを元に戻す
「フィリーネはどうした」
「起こしはしたぞ、ドア越しに」
出されたトーストをシグルトは1枚掴んで口へ運ぶ、小麦の味だ
「なぜドア越し?」
「…………」
回想
「おい起きろー」
「あ゛ー……?」
「入るぞー」
「…んなっがっ…いやいい!!入るな!!」
「いやでもな……」
「いいから先に行け!!!!」
回想終了
「……ゴミ屋敷っぷりを見られたくなかったか何かすごい状態で寝てたかだな」
「ゴミ屋敷じゃねえすごくもねえ」
「そうかわかった、とりあえずその拳銃は下ろそう」
いつからいたんだろう
ふんと鼻を鳴らしたフィリーネは、拳銃をしまってトーストにかぶりつく
「…よし、全員揃った所で本題だ」
揚げたパン耳をつまむテルノアにエレンが少し待ってくれればちゃんとしたの作るよーとか言ってるのはいいとして
クトゥルフの視線が壁の時計へ
作戦開始まであと2時間6分
「朝っぱらから漫才やってないで早く行ってこいッ!!!!!!!!」
「りんご」
「ゴリラ」
「ラッパ」
「パイルバンカー」
「亀」
「めかぶ」
「豚」
「タヌキ」
「きなこ」
「コショウ」
「ウナギ」
「ギブアンドテイク」
「クジラ」
「落下」
「カバ」
「バナナ」
「なぜ我々はしりとりなんぞをやっているのですか」
「かなりヒマだったからだ」
「駄目だこの上司」
「シメるぞゴルァ」
「予定時刻1分前です」
「あいよ」
クロスフロント海軍第1艦隊
旗艦『アムルタート』
第1艦隊の旗艦なんだからなんかあってもよさそうだが、海軍司令部は既に陸へ上がっているし、いつ沈んでもおかしくない軍艦に過度の指揮機能を付けても何の得も無いので、指揮下は空母1、重巡2、軽巡1、駆逐11と、第1艦隊の傘下のみだ
「主砲全門装填、弾種通常、目標、ノーフォーク」
「の横の敵トーチカ他もろもろ」
「うぉい」
艦長、レオハルト・アルバレスタ、大佐
副艦長、シズ・フィート、少佐
「人のセリフを取るなよ」
「まぁまぁいつもの事いつもの事」
「いつもの事にするんじゃねえ!!」
「30秒前ー!」
「駄目なんですよ艦長、とにかくネタに特化してやれる事全部やらないと。巷で僕達なんて言われてるか知ってます?」
「いや……」
「初登場した瞬間に『将来空気化しそうなキャラランキング』1、2フィニッシュした男達」
「どこの巷だよ作者の脳内じゃねえか!!!!」
「……15秒前ー…」
「という訳でとにかく頑張らないといけないのです」
「…はっ、無理だな。陸戦主体の小説で海軍に割り当てられた人間がどうなるかわかり切ってんだろ」
「それをどうにかするんですよ」
「5、4、3……」
「大体男ってだけで既に空気化の対象だ」
「わぁー変態さんだー」
「2、1…」
「撃てぇ―――ッ!!!!」
406mm砲8門
斉射すれば総火薬量は何トンになるだろうか
地上建造物へ向けアムルタートが咆哮する
艦橋は黒煙で覆い隠され、何も見えなくなった
「着弾予測、34秒後」
「次発装填、面舵」
視界が回復してから、進路が右に傾き始める
やがて着弾
まず爆炎、2~3拍遅れて轟音
「重巡の射程まで近付け、そのために来たんだ」
情報通りなら対艦兵器は存在しないはず
目一杯近付いても問題なかろう
「今フラグ立ったね」
「何のだよ」
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メイの輸送機で最寄りの陸軍基地まで飛んだ
そこで戦場行きの爆撃機をヒッチハイクした
ノーフォークまで直行した
敵戦闘機に捕まった
状況確認、終了
「嫌だ-ッ!!2回連続で墜落とか嫌だーーーッ!!!!」
「俺に言うなーーー!!!!!!!!」
ハシャいでる2名を無視し、搭乗員は戦闘準備を調える
エンジンをフル回転させ、左右及び上の機銃に射手が張り付いた
友軍
戦闘機3
爆撃機2
敵軍
戦闘機6
かなり厳しいような気がする
味方に坂井三郎でもいるってんなら話は別だが
「2人共!そこ危ないです!」
「へ…?」
「薬莢が!!」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!
「熱っ!!!!痛でででででででででででで!!!!」
金色の焼けた空薬莢がシグルトとフィリーネを襲っていく
速度は毎秒6発×3
2秒も喰らってれば軽く死ねる
「っつぅ~…!!」
急いでそこから脱出し、操縦席の後ろから外を見た
まず左前方に遼機、こちらと同じく機銃を乱射している
味方戦闘機、F4-Aは爆撃機2機の周りをぐるぐる旋回しながら、護衛を最優先の様子
敵機は2個小隊、アルメリア製のアイビス3機と、東矮製のタイプゼロ3機。相変わらず節操が無い
変態国家のアイビスは速度重視で一撃離脱仕様、逆にタイプゼロは軽快性重視の格闘戦仕様。併用することで隙間を埋める魂胆だろう
対してこちら、大量生産の申し子
駄目だ、勝てる気が微塵もしない
「大丈夫大丈夫、落ちても私がなんとかしますから」
「落ちる前提で話進めるのは嫌だッ!!!!」
「てかお前はまず落ち着け!!」
シグルトがフィリーネを押さえ付けている間に、空戦が始まった
後上方からアイビスが突っ込み、機銃を乱射しつつ爆撃機へ
それにF4-Aが合わせ、追い払う。被弾は無し
「……射程外での発射…?」
呟くジェラルドをよそに、またアイビス、今度は右下方から
「いやいやそんな……」
同じようにF4-Aの迎撃、綺麗な流線型の機体に何発か弾を喰らい、攻撃無しで反対側へ抜けていった
僚機を見る
こちらと同じくタイプゼロの攻撃を受けているが、致命打を受けた様子は無い。もっとも、F4-Aともどもてんてこ舞いだが
「うーん……」
当たるはずの無い弾を撃つ、戦法的に有り得ない角度から突っ込んでくる
この超絶有利な状況でこの有様
考えている間に、アイビス1機が12.7ミリ弾をしこたま喰らい、錐揉みになって落ちていった
粗製に撃墜されるアルメリアの高性能機
結論
「ド素人?」
そう決定するや否や、ジェラルドはネアを引っ掴んで機体側面のドアへ
「やりますか?」
「やるよ」
最大射程2km、弾丸初速マッハ2.5、破壊力ダイナマイト3本分
対空兵器としては申し分ない性能だ
安全装置を解除しつつ、ドアを開け放つ
「ぬおぉぉ!?」
機体内を突風が吹き荒れ、散乱していた空薬莢が大空にぶちまけられた
「おいちょっとお前何やって…!!」
戦闘中につき興奮状態の搭乗員が怒鳴り込んでくる前に、シグルトが近付いてくる
「方位118度、上方24度!」
それを無視してネアが敵機を捕捉し、矛先を向けた
ご丁寧にまっすぐ突っ込んできてくれてありがとう
「有効射程内!」
トリガー
爆音でシグルトが吹っ飛び、音速の2.5倍で飛び出した魔力形成弾は、アイビスのプロペラシャフトに命中してその先のエンジンを停止まで追い込んだ
「敵残数4!方位280から100度!真下!」
間髪入れずにネアを下へ
左側から攻撃して右へ抜けたアイビスが現れ、軽く偏差予測をしてから発砲
右翼に命中、燃料タンクを直撃したらしく、爆散した
「……うっそぉ…」
3対6が3対3になった所でフィリーネがぽつりと漏らし、スコープ越しに残りのタイプゼロを睨み付ける
猪突猛進のアイビスとは違い、軽い機体を駆使して僚機にまとわりついていた。狙いづらい
「方位19度水平!目標こちら!」
味方小隊全滅の要因がジェラルドであると理解したのか、1機が突っ込んでくる
この状況は、なんというか
願ったりだ
「やっぱ素人かな」
回り込んで反対側を狙えばいいものを
敵機が装備する20ミリ機関砲、それの有効射程の遥か手前で、ネアは発砲を開始
ラダーを左右に踏みまくって蛇行するタイプゼロに弾丸が襲い掛かり、1発、2発、3発目で命中、左翼がちぎれて落ちていった
「友軍機到着!!」
操縦席あたりで誰かが叫び、それを確認してからドアを閉める
兵器を開発するにあたって、まず必要なのは何を目玉性能とするかだ
それがアイビスの場合は『速度』、タイプゼロは『旋回能力』
F4-Aは『数』
「うっは…」
中南米の害虫大発生でも見ている気分だった
ラスト2機の敵機に10機単位の味方が群がり、一瞬で血祭りに上げる
もはや脅威は存在しない
「うん、この調子で本番行きましょー!」
「「お…おー…」」