S-6-1『じゃれ合う連中の末路』
「ぎゃああああああっ!!!!」
「いきなり何ぃーーー!!!?」
シグルトは迎えの爆撃機に乗り、帰路についていた
ついさっきまで戦闘行動を取っていたらしい。床いっぱいに真鍮製の空薬莢が散乱していて、機体に所々穴が空いている
『バランスがあまり良くない』とか、『左エンジンが怪しい』とか、操縦席から聞こえてきた
機銃座の窓から左翼のプロペラを見ると、確かに回転がぶれている
とまあ状況確認はこのくらいにしておいて
驚くジェラルドを無視し、横腹に走った激痛の元凶を探し出す
いた
弾薬箱の影に隠れている
「てめえかゴム弾撃ちやがったのは!!!!」
「だってあったから…!!」
「触るな!!撃つな!!」
ゴム弾でも火薬の量次第で凶器と化すのだが、減装弾で本当によかった
「狙い撃つぜ!!」
「撃つなっつってんだろうがーーーーッ!!!!!!」
バゴン!!ジャラジャラジャラ……
ゴム弾と空薬莢が飛び散る
格闘を始めたシグルトとフィリーネを見、ジェラルドが溜息をひとつ
爆撃機本来の乗組員は、その光景を苦笑いしながら眺めていた
戦争中で心が荒んでいるので、若者のちちくりあいでも見て和みたいのかもしれない
決してちちくっている訳ではなく、本気で格闘していたのだが
「……お…?」
バスバスバス…と、左エンジンが停止した
急に機体が傾く
「ぬおっ!?」
弾薬箱の向こう側で何か悲鳴が聞こえて、ぶん殴られたシグルトが薬莢の海に沈んだ
「片肺に切り換えろ!!」
指示が飛び、右のエンジンが狂ったように回り始める
機体は傾いたまま、しかし速度も維持
「大丈夫ですか?」
「いや駄目だね」
「駄目なの!?」
機長に尋ねたら、そう即答された
現在、右エンジン1基でこの大型爆撃機を支えているため、かなりの負荷がエンジンにかかることになる
状況と運にもよるが、片肺になった機体が飛んでいられるのは5分が相場だ
シグルトを薬莢の海に沈めたフィリーネはその状況を見て、ジェラルドと機長に寄ってくる
「近くに滑り込めそうな飛行場は?」
「いやー無いと思いますよ、このへんだと……って、何か顔赤いですけど」
「うるさい」
フィリーネが機銃座に乗り、あたりを見回す
さっきまでどうにでもなるような荒野と砂漠が続いていたのだが、よりにもよって真下はジャングルだ
東に行くにつれて緑が多くなるのだから当然といえば当然か
パラシュートは、爆撃機本来の人数分しかないだろう。奪い取る訳にもいかない
「墜落直前に飛び降りる」
「そんな神業できたら日本軍のパイロットは苦労しませんでしたよ」
とはいえ、そんな非現実的なことをしなければまずいことになるだろう
時空と次元を司る大剣を見る
薬莢に埋もれて気絶している少年に、人間3人をテレポートさせるほどの甲斐性は無いだろう
「仕方ない。パイロット以外は飛び降りて機体を軽くするから、後はなんとかしてくれ」
見た目優しかったが、よく考えたらひでえ
「パイロットもどうぞ、操縦桿握るくらいできるから」
「え…」
「ジェラルドが」
「えええええ…!?」
「そうか、すまない」
「いや疑問持って!?本人が蚊帳の外だよ!?」
ドアを開け放つ
一気に突風が吹き込み、人間と空薬莢がぶちまけられていった
「つべこべ言わずにコクピット行け!!」
「横暴だーーー!!!!」
仕方ない
椅子に座って棒を持つ
左に傾こうとする機体を必死こいて直していると、後ろから爆音が聞こえてきた
「……ちょっとなにやってんの!?」
「軽くしてんのよ!!」
無駄な荷物と弾薬を機外へ追い出したフィリーネは、アトラクナクアのスライドレバーを動かしまくりながら乱射し、機銃座を破壊していた
ばごん!!
今吹っ飛んだ
「どうよ!!」
「いやどうって……」
確かに相場の5分は過ぎたが
右エンジンを見る
ぶすぶすと黒い煙を吐きつつあった
「んお…………なんじゃこりゃあ!!!?」
シグルト起床
「後はなるべく高度維持して、エンジン止まっても5キロくらい滑空できるはず」
だったら機銃座壊して空気抵抗増やしたのは間違いなんじゃないか
とか思ってるうちに、プロペラの回転が弱まってきた
「じょ…状況説明を……」
「黙ってろ」
「…ハイ……」
数秒で完全に停止
急に静かになり、バランスが取れて機体が水平になる
「よし後は運任せで……」
ビキリという音がした
上を見る
さっき壊した機銃座周辺から、機体全体に亀裂が走っていく
「…………神よ、あなたは性格が悪すぎます」
言った直後、爆撃機は空中分解した
クトゥルフ邸
「帰ったぞー!」
家主が200万片手に凱旋してきた
「お……」
「はっ!」
そうした所、エレンがクトゥルフの椅子(社長席)に座ってるのに出くわした
「あの…ちょっと座ってみたくて……」
「そうか……」
いつか乗っ取られるんだろうか、この会社(部隊)
「あ、お茶入れますね」
「おう、ちゃんと茶葉を使えよ」
入れ代わりで椅子にボスンと座る
そのまま、今日の収穫をデスクに置いた
厚さ1センチの札束が2つ
「ふふ…」
扇子のように広げてみる
昭和初期の成金の気持ちがよくわかった
更に、にやにやしながら扇いでみる
「はっ…!!」
「ッ!!!?」
家政婦は見た
わざとらしく咳払いしながら札束をしまう
「い…言い忘れたことが…」
「何かね……?」
目の前のデスクに紅茶が置かれた
そうしてから、エレンが一言
「シグくんたちを乗せた飛行機が消息不明です」
「それを早く言えぇ!!!!!!!!」
目が覚めたら、腹の上をヘビが這っていた
「ひぃぃぃ!?」
ジェラルドは飛び起きる
場所、ジャングルの中
夕日が眩しい
近くを確認する
自分のアンチマテリアルライフルが落ちていた
他には何も無し
「絶望したッ!!!!」
などと叫んでいても始まらない
状況は限りなくデッドエンドルートだ
しかも一人
面白みも何もない
「どうしようどうしよう……」
「どーしましょーどーしましょー!」
「ホーチキ付けてーーーッ!!!!!!!!」
つられて叫んだ
「誰だ!」
「誰だ!!」
「誰だ~♪」
振られたら乗ってしまう自分に自己嫌悪した
「歌じゃなくて本当に誰…?」
「ここっすよここ」
誰もいない
周囲にはやはり対物ライフルのみ
「こーこー!!」
ライフル
から、声が出ていた
「ふぅ…なんだ夢か」
「爽やかに現実逃避しますねあなた」
仕方なく、ライフルを手に取る
全長1.4メートル、重量10キログラム
「無線機ついてるのかな?おーい!」
「どうしても現実を認めないんですね」
トリガーの上あたりに『NEA』と彫ってある
仮にこのライフルが喋ってるとしてだ
「いいですか?私はニャル…」
「これ名前?」
ジェラルドは空気が読めなかった
「……ニャル?」
「…違いますよ私はネアですよ……」
声だけで器用に落ち込んでみせる
やはり名前だったようだ
「いたずらで彫られただけなのに…………」
何か聞こえたが、いちいち拾うのも面倒なので聞き流す
本題
「なんで僕は生きてるのかな」
「遅いですよ本題に入るの」
高度2000メートルはあっただろうか
人間が生身で放り出されて生きて帰れる道理もない
「私がちょっと"非現実的な力"を使いまして」
「"非現実的な力"って?」
「"なまら非現実的な力"です」
「……そう」
説明する気はないようなので早々に切り上げる
他の2人は…
「勝手に助かってたんで無視しました」
「うぇっ!?…と、とりあえず生きてるんだよね…?」
思考を読まれた
「さあ、こんなむさっ苦しい場所とっとこ脱出しましょうや」
「ああうん…」
同時刻、勝手に助かって無視された人達
「体痛いーーー!!!!」
「だぁぁちょっと黙ってろ!!!!」
落着寸前にヨグソトホートを発動して瞬間移動できたまではよかったが、移動距離は5メートルで、しかも上に5メートルだった
運動エネルギーをゼロにする事には成功したが、結果的に5メートル+残りの何メートルか落下し、この有様
フィリーネを背負って移動を始めてから1時間ほど経過しただろうか
空はオレンジに染まりつつある
日が沈むまで歩いても、今日中にこのジャングルの脱出は不可能だ
「今日はここで一泊だな」
「うへぇ……」
夜の移動は危険だし、何よりコンパスが無い。星見なんて素敵能力など持っていないシグルトは太陽と腕時計が無ければ方角がわからない
「嫌か?」
「…そういう訳じゃないけどさ……」
呟きながら、顎をシグルトのうなじあたりに乗せる
体勢そのまま、腕を巻き付けてきた
『近い!!近い!!顔近いって!!!!』
シグルト・チェンバース18歳心の叫び
「…………足は?」
「動かないけど大丈夫…」
ポーカーフェイスな男だった
頭でそんなこと考えながら口からそんなセリフが出てくる
フィリーネとは、知り合って半年ほどだろうか
ぶっきらぼうかつ毒舌なこのお嬢様の思考回路及び行動を知り尽くしているという訳ではないが、急に気弱な感じになる事は何回かあった
大体、不安感に苛まれている時だ
先の見通しは立たないが、自分くらいは平常心でいなければ
俺いま主人公っぽいな、とか思った
と、色々考えながら歩いていたら、小さな川に突き当たった
「少し休憩するか」
「ん……」
木の根元あたりにフィリーネを降ろす
水場は確保
火は、火器がいろいろあるのでなんとかなるとして
なにか食えるもの
「…フィー」
「ん…?」
「ヘビとかって食え…」
「無理」
「だよな」
シグルトもそれはできればごめん被りたかった
食用の植物でも探してこよう