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morning moon/evening sun  作者: 希望の魚雷
10/35

S-5-2『↓』

「クトゥルフさーん」


「今度は何だ」


白いラムネの粒を白米だとか言って食わされるのだろうか


が、近付いてきたエレンは別段何か持っている訳でもなく


「お電話です、お得意さんから」


「ほう…?」


顔に嘲笑を張り付けながら、廊下へ向かうべく立ち上がる


事務所(的な部屋)を出てすぐの所に受話器はあった


「何か用か?大佐殿」


『ああ…作戦中に悪いが、実は例のアレが出てきてだな……』


ガチャン!


受話器が勢いよく本体に収められる


ジリリリリリリリ!


カチャ


「ゴキブリなど自力で駆除しろ」


『ちっ違う!!確かにそのような事を頼んだ覚えもあるがそっちではない!!』


「では何だというのだ」


壁に背を預ける


さっさと終わらせて頂きたい


作戦依頼ならいつも書面で送ってくるだろうに


「エリアWに"あの馬鹿"が出た」


ガチャン!


ジリリリリリリリ!


カチャ


「あの阿呆のお守りはもう沢山だ」


『そう言うな!並の戦力では対処しきれないのだ!』


「ここのところ撤退続きだろう、予備戦力があるだろうが」


『兵士を将棋の駒か何かと勘違いしていないか?』


「貴様も傭兵を便利屋か何かと勘違いしているのではないか?」


埒があかない


クトゥルフは溜息をひとつ


「……仕方ないな」


『む、では対応に向かってくれ…』


「ただし現金で200万だ」


『は……』


受話器を落とす


その後電話線を引き抜いた


「少し出るぞ、輸送機を呼べ」


「はーい」


自身の服装を確認


Tシャツとハーフパンツ


共に子供用のコットン生地である


「…………うむ」


何の疑問も持たなかったようだ


次いで、武装を手に入れる


色々と置いてあるであろう倉庫へ


入ってすぐ、緑色の肩掛けバッグを手に取った


その際、中身がジャラリと鳴る


「これでいいな」


ついでにL字バールを掴んでバッグに突っ込んだ


なかなかにリアルな武器である


「さて…」


馬鹿退治に行くとしよう















最前線、ヴァラキア軍サイビア防御陣地


侵入に成功したシグルトとフィリーネは、とりあえず廊下を走っていた


「右!!」


フィリーネが叫び、シグルトはヨグソトホートを構える


直後、通路から敵兵が飛び出してきた


「ご退場願います!!」


それを切り伏せ、さらに奥へ


再び敵兵、今度は正面


それは、飛んできた高威力エネルギー弾が、壁ごと吹き飛ばした


「透視能力でもあるんじゃないのアイツ…」


弾の威力がセメント壁を粉砕して有り余る程だからと、窓から見えた敵を位置予測して撃っているのだろうが


今のところ、ミスは出していない


しかも、射手のジェラルドは1km先の彼方だ


ターミネーター?


「っと…?」


正面入口あたりで銃撃戦が始まった


違う部隊が馬鹿正直に突っ込んだのだろう


こちらとしては動きやすくなるので願ったりだが


「どうする?」


指揮所は2階だ


目の前に階段がある


他に出入口は無いようなので、ここからじりじり攻めてもいいかもしれない


「……おい?」


「じゃ、よろしく」


ガラスの割れた窓から、フィリーネは外へ出ていった



つまり、時間を稼げと



「あんのお嬢は……」


正面入口では銃撃戦が続いている


上では、出番の無い剣兵が立て篭もっているのだろう


階段という閉所で大剣を振り回せと言うのか


「ま、嫌いじゃないけど?」















前線に沿って北に移動すること約50km


エリアWと決められた区画


化け物が飛び交っていた


蝙蝠の翼で、モグラのような頭で、体はアリで、四肢は腐乱した人間のもの、しかし指先からは鷹の爪が生えている


そんな『どこのキメラですか?』と言いたくなる化け物が、約30匹


対し、交戦しているクロスフロント防衛部隊は、1個中隊100人


が、戦況は芳しくなかった


まず銃弾が効かない


問答無用で突っ込んでくるそれに剣士が対応したが、大低は爪で引き裂かれるか、喉元を食いちぎられた


その化け物は『ビヤーキー』と呼ばれる


宇宙を飛べるらしい


空気が無いのに、翼で


まぁ、そんな事はどうでもいい


「まったく、面倒だ」


組み合った連中は例外無く解体され、残りの兵士は60人ほど


そこに1人加わった


ライトパープルの髪を腰まで伸ばした、140センチ台の少女だ


右手で鉄製の杭を持ち、そこから伸びる鎖を左手に巻き付けている


肩から提げたままのバッグには、L字バールが突っ込んであった


「ん…?」


兵士の1人が、それの存在に気付き、駆け寄ってくる


「おい危ないから子供は……」


「サンセットグロウ第666小隊代表クトゥルフ・L・リトルだ、指揮官に伝えてこい」


「は……」


言った直後、クトゥルフはその兵士の視界からいなくなった


いや、ビヤーキーの群れへ突っ込んだ


「早急に終わらせる!!」















セメント製の掘っ建て小屋風情が、排気ダクトを備えていた


格子を吹き飛ばし、フィリーネは内部へ侵入する


「なかなか……」


当たり前だが狭い


この時ばかりは、自分の中途半端に小さい体に感謝した


音を立てないよう、ゆっくりと進んでいく


5、6メートル進んで、下が網になった


排気ファンは、付いていない


贅沢なんだか手抜きなんだかはっきりしろと言いたくなる


部屋には、敵兵が2人


「ちっ……」


面倒だ、強行突破しよう


そう思い、網を外し始めた所で


「…こないだこの辺りで天使を見たらしい」


「は…?」


妙な単語が聞こえた


「…えー……」



周囲をよく見回す


うん、ここはmorning moonだ、long dreamではない



「お前の友人、ヤク中だったのか」


「いやそんなはずは無いんだがな」



とか意味不明な事をやっている間に、下の2人は会話を続ける



「でも光ってて翼生えてて、傷を癒してもらったらしい」


「ん?天使は知らないけど、その手の話なら俺も知ってるぜ」



正面入口あたりで、何かが爆発した


轟音が鳴っている間に、網を固定していたネジを切る



「斬られて気失って、気が付いたらバイオリン持った若いのがいたってよ」


「三途の川にはオーケストラがいるのか?」



うまい事を言った


網をこじ開け、ダクトから滑り出る


空中で半回転して着地し、持っている獲物の矛先を敵兵へ


「座布団無いけど、コレでいい?」


サボり兵士2人が振り向く頃には、フィリーネの指はアトラクナクアのトリガーを押し込んでいた











「ちくしょう…!!」


やはり、大剣で閉所戦などするべきではない


シグルトは全長165センチのヨグソトホートを前に突き出し、槍のように扱う


敵剣兵、残り20人


よくもまあこんなに残ってたことだ


通路の幅、約2メートル


どう考えても、刃渡り90センチのロングソードの方がなんぼか適している


「づ…!!」


突き出しっぱなしのヨグソトホートが弾かれた


構え直す暇も無く、刃が迫ってくる


「だぁぁぁッ!!」


少し物理法則を無視することにした


次元と時空を司るそれに力を込める



モーション無しで、ヨグソトホートが引き戻された



刃を無視し、そのまま振り払う



目の前にいる10人ほどが一気に消失



「ッ!?」


残り10人


一気に片付けてしまおう


驚いているそいつらにヨグソトホートを向ける



「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!!」



「へ…?」


別次元に吹っ飛ばす直前、お嬢様の叫び声が上がった


が、フィリーネの姿は見えず




代わりに、パイナップルがコロコロと転がってきた




シグルトは音速で後ろを向く


しかし一瞬だけ見てしまった


ドッゴォォォン!!、と、手榴弾が爆発する音がして、直後に"戦場での最終手段としてのみ食用とできる肉がぶちまけられる"のと"何らかの液体が噴水のように飛び散る"のを




「あれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだあれはトマトジュースだ…………」




「ふう…殲滅完了……何やってんのあんた」


何回も丹念に自己暗示を繰り返した後、後ろ手にヨグソトホートを振る


戦場の非常食とトマトジュースは消し去られた


「目標達成、帰るわよ」


「……フィー」


「何…」


思いっきり頬を引っ張ってやった


「冒頭で言ってた事と違くねぇか?なぁ…ッ!?」


「ははははひはいひはひ!!!!!!」


奥にはあと部屋が3つほど


あまり見たくなかった


「何?ちょっと待ったって、ウケ狙い?ブラックジョーク?」


「ひはい…っへ…言ってんでしょうが!!!!」


ああ、SAN値が一気に下がったから手加減できなかった


頬を真っ赤にして涙ぐむフィリーネは後退しつつシグルトを睨み付ける


「今のは黒歴史ということにしておく」


でないと精神が持ちそうにない


遺体は即刻処理したからよかったものを


「何をこの程度……正面入口のほーが凄まじいってのに……」


「いやまあそうなんだがな」


銃声は止んでいた


にも関わらず誰も来ない


「すいませーん」


いや、来た


ジェラルドが


「おう、どうした」


「いや、途中から防御陣地周辺の味方を支援してたんですが、どうも共倒れで全滅したみたいで」


「…………」


まともな精神持ってるのは自分だけか


「最近のグロゲーってすごいんですよ?」


「この世界にグロゲーねぇよ……」


つまりだ


ここの攻防戦に参加して無傷なのは自分らだけと


「まぁ…いい…。いやよくないんだけどこの際それは置いとこう。他の作戦地帯は?」


「6対4で辛勝って所でしょうか。出だしの爆撃があんま効果無かったらしくて」


ともかく戦闘は終わった


シグルトは床にへたりこむ


やはり、2、3回が限界のようだ、次元干渉など本当なら人間の手には余るのだから


「迎え来たら教えてくれ、少し休む」


「了解です」


目を閉じる


ふに


「んぁ…?」


頬に何かが触れてきた


閉じたばかりの目を開く


視界いっぱいに、フィリーネの顔



「…………♪」



にやりと笑った


嫌な予感がした



「どっせぇーーーーい!!!!!!!!」


「痛でででででででででででで!!!!!!!!」















ウボァー!!


鳴き声を擬音で表すならそれだろう


気色悪いビヤーキーはクトゥルフへと突っ込み、例外無く串刺しにされていく


「ふッ!!」


ぶちん


うち1匹はL字バールをフルスイングされ、"頭ひとつ分"身長が低くなった


「ザコばかりけしかけて来おって……!!」


盛大に金属音を立てながら鎖が飛ぶ


最初は30ほどだったビヤーキーを、軽く50は潰した


確実に増え続けている


「私は早急に帰りたいんだ!!さっさと出てこい!!ハスター!!」


前方のビヤーキーを貫いた杭を思い切り引っ張り、そのまま反対側へ飛ばす


もう1匹、胸を突いて絶命させた


さらに、接近してきた奴の首をバールでちょん切る


「っ!!!!」


背後に気配


1秒足らずで杭を引き戻し、力を込めた


杭の名前は『ハイドラ』


青白い光をともし始める


「へ…?」


何か聞こえたが無視して、魔力を開放



ドッパァァァン!!と




乾ききっているはずの不毛な大地から大量の水が噴き出してきた


「今日こそはくたばれ!!」


水はハイドラの杭と鎖に吸着し、先端を背後の気配へ向ける



ウォーターカッターというものを知っているだろうか


水をとんでもない勢いで発射して、摩擦で大低の物体は切断してしまう代物だ



「ちょ…待っ…!!!!」



背後にいたのは男性だった


白に近いクリーム色のロン毛で、ヴァラキアの軍服を軽く崩して着ている


いわゆるビジュアル系という奴だろうか


その男は、『ちょっと待って!!』と全身で表現している



完全無視して、ハイドラに攻撃を指示した



杭の先端から鎖の末端まで目一杯吸い込んだ水分を、一気に前方へ射出する


バシュン!!という音がして、すぐにブシュッ!!と鳴った



「…ふん……」


腹に大穴を開けていたのはビヤーキーだけだった


男は死に物狂いという感じで回避に成功している


「おまおまおまいきなり何すんじゃあ!!!!」


敵を攻撃して何が悪いというのか


再びハイドラに水を吸い上げさせ、余分な鎖を腕に巻き付けた


今度は射出せず、停滞


水の剣が出来上がる


「死ねハスター!!!!」


「ぎゃぁぁぁぁっ!!!!」


自己紹介する暇も与えられず猛攻を受けたハスターさんは、ビヤーキーを盾にして後ろへ飛びのいた


気色悪い怪物を両断すると、ロン毛はすでに30メートルほど後退している


軽く舌打ち


また逃げられた


「何度も何度も手間をかけさせるな。無駄な抵抗をしてから惨殺されるか、大人しく惨殺されるか、それとも惨殺されるか。そろそろ男らしく決めたらどうだ」


「1択だよなそれ!!!?」


話しながら、おもむろに左手のバールを振る


ごしゃり


ビヤーキーの顔が潰れた


その動作にハスターは恐怖を覚えたらしく、さらに後ずさっていく


「Dead or Dead!!」


「やっぱ1択じゃんかぁぁぁぁぁぁ!!!!」


クトゥルフが地面を蹴り上げた


右手には水剣、左手には、そろそろビヤーキーの体液で"あの色"に染まりつつあるL字バール


ライトパープルの髪を舞わせながら、1回転してバールを叩きつける


「ひぃ!!!!」


それは乾燥した大地を削って終わった


代わりに、水剣が回避直後のハスターへ突き上げられていく


「オマ丸腰の相手に…!!!!」


「貴様が何も持ってこないのが悪いんだろうがぁ!!!!!!」


容赦無し


水剣は止めない


が、直撃寸前で、見えない壁に衝突し停止した


見えない壁というのは比喩ではない


そこには風の壁があった


「は…はは……」


ハスターは引き攣った笑いを浮かべている



しかし喜ぶのはまだ早い



「ふはっ!!」


対抗するかのように嘲笑を顔に張り付けたクトゥルフは、ハイドラへの指示を停滞から射出へ切り換える


腕に巻き付いていた鎖から水が杭へ吸い上げられ、ウォーターカッターが発射された


轟音を立てて壁が崩壊


水剣は消えたが、ただの杭でも殺傷能力は十分に持っている


「はぁーーーッ!!!!」


それも避けられた


最後の1発


杭をぶん回して鎖を解き、ハスターへ投げつける



ドスッ



が、貫いたのはビヤーキーだった


その後ろにいるはずのハスターは、消えている


「ちっ……」


逃げられた


ハイドラを引き戻し、体液を払ってバッグに収める


左手のバールは、あまり物に執着がないのか、投げ捨てた


辺りを見回す


クロスフロントの残存部隊が、呆気にとられながらクトゥルフを見つめていた


「ふむ……」


面倒な事になる前に帰ってしまおう


南へと歩き出す


「金を受け取りにいかねばな」



現金で200万



妥協を許す気は無かった

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