第1章 8『不死の街クレシオン』
「大丈夫?」
「あ、あぁ、ありがとう」
「この辺には人が近づかないように人避けの魔法がかけてあるの。だから内側からしか出れない」
便利だな、魔法。異世界なのだから是非とも使ってみたい。ここは異世界なのだ。帰る前に一先ず珍しい経験として楽しもうじゃ無いか。
しかしよくある異世界ものと違うのは街がボロボロでオマケに住人が不老不死だとかなんとか。普通召喚されたり転生したり、そこそこ活気のある街に出てなんだかんだ上手くいって勇者に、みたいな流れだろ。廃墟の街に、貰えたのは意思疎通能力と知りもしない黒幕退治直行のチケットだ。
「なあフィオナさん、じゃなかったフィオナ、この街はなんでこんなに荒れてるわけ? 一応ベイルに話は聞いたけどよくわからない」
「みんなは難しいこと言ってるけど、私が思うに結局は戦争とかがあって、そのままなんじゃないかと思ってる。この程度、って言うのは流石に変だよね。まだ街の機能が完全になくなってないのは、多分修復魔法か、中途半端に綺麗にされて、放置されたんじゃないかな。それに街を掃除してもすぐに瓦礫が増えるんだよね……私は掃除しないけど」
ベイルに聞いた通り、片そうともしなくなったみたいだ。それに戦争か。穏やかじゃないな。荒廃ぶりは凄まじいが、経済はどうなっているのか。
気になった事は全部、フィオナに聞いてみることにした。
「じゃあさ? 店とかの商売はどうなってんの?」
「ご覧の通りまともに機能してる店はほぼ無いね。正直店とも言えないけど。うちは一応酒場だけど、ほとんど人は来ない。街の人は全員と言っても過言じゃ無いくらいおかしくなっちゃったし。そもそも儲けたところでお金を何に使うの? って話なんだけどね。しかも、そもそも商品をこの街の外から買えないのよ? 全部配給されるんだから」
なかなかヤバいことを聞いた。資本主義がそもそも成立していない、と言うかそもそも経済になっていない。金が回ることもないし、店の品も店が仕入れるのではなく配給。店ですらない。
「酒場は酒代とかどうなってんの?」
「無料。しょうがないよね。お金をもらっても使う機会が無いんじゃ。でも昔は使ってたよ。何年前か忘れたけど、確かにお店があってお金と交換で物を買った記憶がある。何十年かも……どのくらいなんだろうな。とにかく昔はもっとちゃんとしてた気がする……思い出せない、ごめん」
「悪いことを聞いた。すまん。それじゃ、この街について教えてくれるか?」
「ええ。この街の名前はクレシオン。今が陽輪暦何年なのかは分からないけど、とにかくずっと昔からーー」
この不死の街クレシオンについてフィオナが話し始める。俺はフィオナの驚愕の話にじっと耳を傾けた。
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「親父さん、あいつのこと、どう思う? この街に入ることは絶対に出来ないはずだ。転移魔法なんかも使えないし。でも、顔に見覚えが無いし、名前も聞いたこともない。服装も知らないし」
「それは、そうだなぁ、俺も不思議だよ。何か、何か別の方法でこの街に入ることが出来るのかもしれないな」
2人してカウンターに向かって座っている。酒瓶が一本開けられている。
普通クレシオンに出入りすることは絶対に不可能であるはずだが、あのヴェガはここに来て、しかも別の場所から来たと言っている。
「フィオナが今まで言い続けてた、知らない人間が来るってのも本当の可能性が出て来ましたからね。僕は彼女の事ですから、魔法に没頭するあまり忘れているだけかも知れないと、かなり本気で思っていたんですが」
フィオナは常日頃、知らない人が来たと言っていたのだ。これには他の人間は、見覚えのある人間だったので、あまりきちんと取り上げていなかった。
「フィオナは少し特殊だからな。母親がいなくなってもうどの位経ったのか分からない、どこか寂しそうでな。父親としても1人の人間としてもなんとかしてやりたいんだ」
「親父さん、俺らもみんな同じですよ。長く生きすぎてる。大切な、忘れちゃいけない事まで忘れて過ごしてる」
「そうだなぁ、昔が懐かしいな。街の人間はみんな仲良く、楽しい街だった。祭りなんかもやって、人ももっともっと多かった」
エイドはグラスの酒を煽って、話し続ける。
「しかしなぁ。その後の記憶がねぇ。気づいたらこんなに荒れはてて何もない。知り合いもかなりいなくなってる。誰がいなくなったかも覚えてないが。街のみんなも変になっちまった。街の広場で眠らずに踊り続ける連中もいるし、商売をやる気がなくなっちまった奴らもいるしな。外にすら出ない連中もいるし、この酒場も殆ど誰も来やしない」
「やっぱり怖いですよ、自分が変わっちゃうのは。街の連中みたいになりたくは無いなぁ」
何年生きているか分からないと言うのは恐ろしい事だ。古い記憶は薄れて行く。忘れずともいつか消えることは確実である。それにこの街がここまで荒廃した理由は、誰も思い出すことができなかった。
「フィオナの今まで言っていたことがもし正しければ、俺たちは大きな見落としをしていたことになる」
「ですね。だって外から定期的に人が来るなら、この街から逃げ出すことも出来るかもしれないし、上の奴らが連れてきているなら止めなくちゃならないですよ」
「ああ。それに俺たちが後から来た人間と分からず、嘘の分かるフィオナが正しいとすればーー」
「ええ、恐らく奴らは」
そう、嘘を見抜けると言う魔法にも頼らない本人の能力、そのフィオナが余所者だと言って、他の人間が知り合いだと認識している、この現状は。
カラン、とグラスの氷が崩れた。
「俺たちを洗脳している、ってことか」
「気を付けてことに当たらなければ。それにあのヴェガと名乗る青年。悪い奴ではないのは分かりましたけど、あの手、気が付きましたか?」
「ああ。魔力で隠されているようだが」
「本人は気が付いていません。何かあるでしょうね」
そこで、酒場の扉が開く。ベイルとエイドが振り返る。そこに仲間の姿を認めて迎え入れた。
「おう、帰ったか」
「おかえり」
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「一度聞いたけどなかなかだな」
街の人たちはやる気をなくし、毎日徘徊しているだけか、座り込んでいるだけ、人によっては眠らずに踊り狂っているそうだ。やはりベイルの言った様に屍人と同然の有様だ。
「だから私たちはなんとか今を変えようとしてる。それでみんな変わるかもしれないし、怖いって思いをどうにか出来るかもしれない」
でもね?と彼女は続ける。
「何か特別なことをしたいってわけじゃないの。ただ普通の暮らしがしたいだけ。忘れてしまった昔のように、きっと活気あふれる街だったこの場所を、元に戻したいだけ。だから私たちは城壁の外側、真実を目指す。他に出来ることがないから、賭けるしかない……」
普通に暮らしたいだけ、たぶん俺が思うより大きなことなんだろう。余所者から見てもここはおかしい。暮らしていれば尚更だ。
「いや。やっぱり違うかも。もう私、このまま消えちゃってもいい、と思う。もう覚えていない時間だけ重ねて何も生み出さない毎日はうんざり。計画が向こうに見つかって私がもし死ねるんだとしたら、私はそっちを選ぶかもね。だってこんな暮らしに何の意味があるの? 何も、無いんだよ。本当に、何も」
言葉に詰まっていると、フィオナは首を傾けて城を見て呟いた。
「あの城ね、きっと昔はとても綺麗だったと思うんだ」
「あ、ああ、あの城か。確かに昨日内装を見たけど、タペストリーなんかがあって綺麗だったから昔は凄かっただろうね。実際そのタペストリーは不気味だったんだけども」
街を抱えるようにそびえ立つ城は廃城と化していた。壮大なゴシック建築の様な尖塔がかつての栄華を想わせる。
ぐるりと囲む城壁の外には大きな塔が建っている。趣があって結構好きだ。
「なあフィオナ、あの塔はーー」
「あぁ、あれはね」
遠くを仰ぎ見る。その建物だけは城壁の外で異彩を放っている。他よりも新しいその塔はーー
「立ち入り禁止なの。というか城壁の外は出ちゃいけないって。だから出たらきっと厳罰。そもそも出れた人がいないはずなんだけど」
「ベイルが調べるって言ってた塔か。闇を感じるな。街の人は魔法使えるんだろ? それならみんなで戦えばいいじゃん、って、それは無理なんだっけか」
「それがね、戦いに重要な士気も情報も全然無い。分かるでしょ? だから、こんな状態じゃ無理。勿論少数で抵抗しようとした私たちみたいな集団はいたよ? けどその人たちは気づいたらいなくなってた」
どうやら相当深い闇に足を踏み入れたみたいだ。魔法も通じない、士気はない、おまけに何か隠してる上層部、立ち入り禁止エリア。
「なんだかんだ言って統制された生活は楽だって思ってる人が多い。生活に必要なものも配られるからね」
「ガチの社会主義だな」
「社会主義?」
これはいよいよ黒いな。社会主義なのか。そりゃ働く気も起きないか。そもそも社会主義の異世界はあまり聞いたことがない。国の上層部や有権者は私服を肥やすために資本主義が大好きな筈だ。
例外もあるという事か。
通常物語の異世界は、中世のヨーロッパ辺りの建築や文化が色濃い。まあ衛生環境なんかは日本かよ、ってくらいだが。だがしかし、この街は衛生面も悪く、頭の狂った人間もいるとのこと。ヨーロッパに似ている、と言う事はもちろん資本主義である。ならば、この街は何故社会主義的思考なのだろうか。
いや、いい加減ヨーロッパというのを基準にしない方がいい。ここは異世界。何も分からない危険な土地なのだから。
「しっかり考えなくちゃなあ」
それから暫く街の話を教わりながら2人で歩いた。
店にも行ったが確かにひどい。酒場の親父のように店を大切にしてる人は殆どいない。思ったよりはぼろぼろではなかったけど。
数少ない協力者の店は比較的綺麗だった。
「新しい協力者さんかい? 何かご用の際にはこの店に来ておくれ。応援してるよ。って言っても基本配給品を各々の店が勝手にまとめて取ってるだけなんだけどねえ」
挨拶を済ませて外に出て、ほんの出来心で路地をのぞいて後悔した。それはそれは歪んだ表情をした人間たちがこちらを向いて座っていたのだ。慌てて路地から離れる。
「ヤバいもの見た。フィオナ、ここでおかしくなってない人は数人しかいないのか?」
「数人ってこともないけど、やっぱり少ないよね。その中でも戦えるのは少ないし、みんなだから私たちが成功するのを祈ってる」
そういえば、と話を振ってくる。
「ヴェガの住んでたところはどんなところなの?」
「あー、そうだな、一言で言うとだなぁ、魔法が一般的でなくて、機械……なんて言うの、カラクリ? とかの文明だよ」
「カラクリかぁ。何それその国面白そう。魔法もないの?」
「うーん、まあ、恐らくな。少なくとも一般人は扱えないね」
「うわ。暮らしにくそう……」
「便利は便利だぜ。携帯ってのがあるんだよ、これこれ」
持って来てしまったなんの役にも立たないスマホを見せる。フィオナは興味深そうに摘み上げて眺めている。
「まあなんだ、俺の国じゃカラクリが魔導具みたいなもんだ。それはな、精巧な絵を作ったり声を切り取ったり出来るんだ」
カメラアプリと録音アプリだ。
今度詳しく調べさせてとお願いされ、問題はないので快諾した。
太陽が南中して、街全体が暖かい。フィオナが空中に、文字通り空中に手を突っ込んで、何かを取り出す。その包みを渡され開けてみれば、包まれたバケットサンドらしきもの。と言うかバケットサンド。
「う、美味そう」
「まともなもの食べてないんでしょ。魔法の研究と料理くらいしかやる事ないからね。味は保証します」
ローストした肉が入っている。カロリーメイトしか食べていない自分にはそのバケットサンドは何かとてつもなく素晴らしいものに見えた。
大口を開けてかぶりつけば、ローストされた肉の味が口いっぱいに広がる。何の肉だろうか、食べたこともない何か不思議な感覚だ。絶品と言っても過言ではない。感覚は鶏肉の柔らかさに牛肉の味と脂を足したような。
「ようやくちゃんとした食事にありつけたよ……正直最近食べたもので1番絶品だった。これは何の肉?」
「フィアルラケル」
「え?」
何やら全く知らない固有名詞が出てくる。
「フィアルラケルってあなたの国にいなかったの?」
「しらん」
「いないの!?」
それはそれは驚かれたが、フィアルラケルとは一体なんぞや。
「なにそれ」
フィオナまだ驚きつつ、説明してくれる。どうやら爬虫類らしい。
「言ってしまえばトカゲだよね。翼が4枚あるんだけど。分類的には鳥竜に入るのかな。全然鳥の羽じゃないけどね。前の翼と手が一体化してて、後ろは翼が独立してるの。割と美味しいんだよね」
「と、トカゲか」
さすが異世界というべきか、全く知らない生き物がいる。トカゲなんて初めて食べたのだが。オオトカゲの味は割と鶏肉に近いと聞いたことがあるが、それに比べるとこの肉、フィアなんとかは牛肉に近い。厳密に言えば遠くにハーブのような、何か別の香りを感じられるのだが。
バケットサンドをあっという間に平らげて、丸一日の空腹を満たした。
「いや本当に美味かった。ご馳走様です」
それから空が茜に染まるまで、暖かい岩の天辺に座って、この街や動物、色々なことを聞いた。何度も思っているがさすがの異世界。見たこともない動植物の話や、魔法について興味深い話をいくつも聞けた。
そして、魔法を教えてもらう約束をした。正直魔法が使えるのならこれほど嬉しいことはない。
2日目の今日は、あっという間に過ぎていった。きっと何もかも目新しく、ひとりではなく喋れる相手もいて、ちゃんと食事も取れたからだ。案外あっという間に時間が経った。野宿の後なので疲労感は溜まっているが。
しばらくすると、辺りは薄暗くなって元から少ない人も見なくなる。静寂の足音が聞こえ、やって来る夜を歓迎するように、日が落ちてゆくと共に沈黙が広がる。
「そろそろ帰ろうか」
「おう。何をしたらいいかわからないけど、明日から忙しそうだからな」
酒場の方に戻ろうとした時だ。金属が擦れる、キィーという嫌な音と共に、後ろから声をかけられた。
「オイ……オマエ……顔ヲ見セロ」
ーー!?
突然のことに思わず振り向くと、身の丈2メートル半はあるか、長身に極端に長い袖、腕の異様なマント姿が立っていた。異様とは、体が細すぎる。仮に2メートル半の人間でももっとマシな体型だろう。こいつは悍ましい程に体が細い。骨かと思うほどだ。
「監視者……!」
「監視者!?」
フィオナが監視者と呼んだ異様な姿の奴が口を開いた。実際に開いているのは見えないが。
「オマエ、見ナイ顔ダナ?」
全身の毛が逆立ったような寒気を覚える。ぞわりと背中を撫でるような気持ちの悪い感覚。本能が関わってはいけないと言っている。
「彼はここの住民ですよ。何を言ってるかわかりません」
「フィオナ!?」
いいからとフィオナが耳元で囁く。
「じゃあ私たちはこれで」
フィオナが腕を掴み、立ち去ろうとする。それを見咎め、すかさず
「オイ、オ前タチ、待テ。何ヲアセッテイル? 確認スルアイダ、動カズニマテ」
聞き取りづらい。人間らしくない変な話し方だ。その長身を覆うフードの中からは一筋の淡い光が覗く。その異様な腕をゆっくりと持ち上げ、掌をこちらに近づけてくる。驚きと恐怖で動けずにいると、
「監視者! その2人は何も怪しく無いはずだが。なぜ干渉している?」
唐突に誰かの声が響いた。
通りの向こうからフードを目深にかぶった男が歩いて来る。監視者とやらはそっちに顔を向け、垂直に腰を落としてーー本当に真っ直ぐに腰を落としたのだーーまじまじと男を見た。
「ーー!!」
驚くようにカタカタと震えた監視者に、一陣の風が通り過ぎて、フードを頭から引き剥がす。思わぬ風に目を細め、監視者に一瞥をくれると、
監視者は人間ではなかった。
その顔は機械のような造り、眼窩には一つ、水晶玉の様な物が嵌っている。
「きっ、機械なのか?」
監視者はじっとフードの男を見つめた後、一度だけ不思議そうに首を傾げ、踵を返し反対側へ歩いて行った。
一体なんだったんだ。明らかに機械の様相を呈していたぞ。少なくとも人間ではない。機械とは言ってもデザインは古い。感覚としてはオートマタか。眼窩にはまった球が目の働きをしていたとすれば、その視覚情報は誰かのところへと送られている?
しかし先程のこの状況を回避しようとするフィオナから察するに、この街の上層部とやらと関係がありそうだ。
「だれだか知らないが助かった、のか? あれって有害なのやっぱり?」
「アルト!」
アルトと呼ばれたその男はフードを外し、顔を上げる。
「よろしくな、ヴェガとやら」
8話目です。挿絵がなかなか描けませんw
後キャラクタープロフを入れる場所も考えております。多分ラストがいいですよね。読みやすさ的にも。
☆☆☆☆☆の評価を是非よろしくです!乾燥なんかもお待ちしておりますよ!
それでは【狂炎のヴェガ】をよろしくお願いします!