第1章 6『手の上で踊らされる、まるで絡繰のように』
いやいや。ちょっと待て。
新しい仲間に乾杯?
「ん、ん? 誰の話してるんでしょうか?」
「そりゃもちろんアンちゃんの事だよ。よろしくな!」
「僕も嬉しいよ、仲間が増えるのはね。かなり大変だけど頑張ろう。協力してくれるのは正直本当に助かる。ありがとう」
ちょっと待てちょっと待て。まずその断り辛くする感じやめろ。そしてなんだ、その話。
「協力って何の話?」
「どうしたアンちゃん?」
心底不思議そうに呟く男。
「いやいや、協力って何だよ? 何も言ってないし言われてないけど」
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
はぁ。よく分からん勢いのまま知らない奴らに囲まれてここにいる時点で、相当だと思いますが、なんか俺したっけ。なんか言ったっけ。いや、俺は何も悪くないはずだ。説明不足は時に大きな勘違いを生むのだ。ベイルとやら、お前が悪い。酒場の親父はまだ分かるが、アンタは違うだろうに。
「な、協力してくれる助っ人じゃ無いのか?」
「そういや言ってないか。そもそも僕たちってお互いよく知らないよね」
微妙な空気が流れる。実に嫌な数秒の間ののち、ようやっと酒場の親父が声を発した。
「しっかりしてくれよ、ベイル」
酒場の親父が呆れたように首を振る。
「まだ話していないのは問題だとしても、店に入れちまったんだから」
勿論協力してもらうぞ、と威圧してくる。俺に選択権は与えられないのか。もしかしてこういう入ったから、飲んだからっていう悪徳商売的なやつなのかっ!?飲み物の氷をアイス1つ5000円みたいな。ぼったくりバーかなにか?
「まあ説明しようか」
ベイルは語り出した。唐突に語り出した話は、色々な意味で耳を疑うような物だった。
『ーこのクレシオンでは人間が死なない。遥か昔、魔法実験、特に古代マギル文字の人体構造付加魔法実験とその副作用から、魔素隔壁の分裂が極端に速い人間が生まれた。その人間は全てにおいて最も不老不死に近しい者だった。どんな怪我も病も立ち所に治るのである。しかし、その者は20にもならないうちに死んでしまった。魔素隔壁が分裂の速さとマギル文字にかかる負担に耐えきれず構造を崩壊させたのではと推測される。そこで、その人間と、魔力の質が高く、魂力もしっかりとした生命力の強い人間の遺伝子を掛け合わせ、何代にも渡る実験を経て生まれたのが今を生きる私たちだーー』
昨日図書館で見た内容と似ている。意味の全くわからない用語がいくつか出てきた。自分にはさっぱりだ。何のことか見当もつかない。魔素隔壁、分裂、崩壊。見当はつかないが、穏やかじゃ無いことは確かだ。
「人が、死なない?」
一体何を言っているのか。不死などというものが実在するわけがない。生物であるならば不死なはずが無いのだ。生きているのだから。それにこの街。技術進歩の著しい地球でさえ、不死になるのはまだ不可能だった。果たしてこの街の人が死なないほどの技術力が……と、そこは魔法か。魔法がどの程度のことまで出来るのかが分からない。
「みんなこの本を読んで、自分たちが不老不死だと信じ込んでいたんだ。だけど、どうも街の上層部が何か隠している様で。本当に不老不死なら飲まず食わずで、怪我なんかをしたって平気だろ? まあ食べなかった奴は別に死ぬこともなかったから飲まず食わずは省いてもだ」
何の話を聞かされているのだろうか。話の方向が全く理解できない。不死の話をしているのはわかる、だがみんな信じ込んでいた?なんの冗談だ。
「ところがだ。何故か食料を配給して来る。しかも大勢の前で喧嘩が起こって、1人がもう1人に斬りつけたとき、監視者が止めに入ったんだ。止めが入ったから怪我はしなかった。だけどその2人は行方不明になった。しばらくして帰って来たが、まともに話もできやしない」
しかし斬りつける程の喧嘩なら、もし、本当にもし、仮にだが、不死だったとしても止めるんじゃ無いのか。というか止めるべきだろう。治安維持ってやつだ。
「止めるのは普通だろ?」
「まあ止めるまではいいさ。連れ去るのはおかしいだろ? 因みに何故怪我を止めるのか知りたくて針とかを指に刺そうとしたけど刺さらなかった」
どんだけ皮膚丈夫なんだよ。針刺さらないとか医者も泣いて逃げ出すぞ。怪我を止めた挙句連れ去るか。話だけ聞けば確かに怪しいが。
「警察署に行ったんじゃ?」
「はぁ? けーさつしょ? なんだいそれ。」
ここには警察も無いのか。そうだよな、なんたって異世界だからな。じゃあ監視者とやらがその代わりをしているというので間違いは無いんだろう。
「それで連れ去られた人は?」
「街の広場で踊り狂ってる奴らに混じってるよ」
何かの物語で死ぬまで踊り続ける話があったっけ。それが死なないのか。絶対に嫌だ。さっき聞こえてきた音楽の正体はそれだ。楽しそうな雰囲気だと思っていたが、これは地獄だ。
「あの連中ときたら朝から晩まで音楽に変な足踏みで五月蝿いったらありゃしねえ」
極め付けに!と叫ぶ。
「街の連中はどんどん気力を無くしたり、喧嘩沙汰はすぐ止められて気が触れて帰って来る。まともな奴は殆ど残ってないのさ」
芝居掛かって聞こえなくも無いその叫びは、ますます不老不死ということへの不信感を煽る。
「なんか大変そうだな」
「なっ!」
「何だ? 何だってー! とか言って欲しかったのか?」
「人ごとじゃ無いだろ。君もここに住んでたらおかしいと思わないのか? それともーー」
俺がここの住人では無いと言うのは置いておいて、確かにおかしい。不老不死ならばなんでここの人は年齢層がバラバラなんだろうか。そもそも不老って生まれたら歳取るのか?一生幼児なんて不憫だが。
「いや、君は違うな。街のみんなとは違う……まあいい、それで僕たちは調査しながら街の外の立ち入り禁止の塔に入ろうとしてるわけよ。実際はなかなか上手くは行かねえよな」
「塔に何かあるのか? とまあ、それは置いといて、何で俺な訳?」
「そりゃもちろん矛盾に気づいてたみたいだからさ。気づかないやつの方が圧倒的に多いからな。だってあの本がおかしいって思ったよな!?」
「えー、まあ。そりゃおかしいでしょ。不死がなんだとか」
「とにかく協力してくれ」
ベイルが人手が無いんだ!と叫んでくる。話が噛み合っていない。そもそも俺はここの住民ということになっているし、矛盾に気が付いたもなにもこの本の内容がおかしいことは一目瞭然では無いのか。
そしてなぜ俺。そうか、この世界は人手不足で悩んでいるんだ。自分は知らんが。是非とも頑張ってほしいものだ。
「実は、監視者に話をしに行った奴がいるんだけど、数日後、姿が見えなくなって。きっと奴らに連れ去られたんだと思う。それで仲間は少数で、戦えるのが僕を含めてほんのちょっと。な? 絶望的だろ」
怪しげな宗教か何かに思えてきた。何だか首を突っ込まない方が良さそうだ。ここまでの話だと、不死なのに食料の配給があってトラブルを起こすと連れ去られる……まるで誰かの手の上で踊らされているような、誰かの思惑に操られる傀儡か絡繰のような、そんな感覚だ。
そう、手の上で踊らされる、まるで絡繰のように。
ここでの最良の選択はーー
「まあ、頑張れ」
逃げる!席を立って扉に駆ける、たった2歩で動けなくなった。辛うじて首を動かすと足元には魔法陣。
「このおっ! 解放しろっ!!!!」
叫んでみた。
「それは無理な話だな。アンちゃんが協力すると言うまで離さんぞ」
「ああ、するする!」
足元の魔法陣が光る。
「嘘だな、その魔法陣の中で嘘をついたら紫に光るんだ」
なっ!そんなものがあるのかっ!そもそもなぜ協力しないといけないんだ。
「協力する気になるまで出られないぞ?」
「嘘だぁー!!!!!!」
どこぞで聞いたセリフ、こういうタイミングで使うのか。
ー30分後ー
「いい加減諦めろ」
協力するしかないのか?全くメリットが見つからない。
「いやさ、予定思い出したわ」
また光る。
「また嘘か。このままじゃずっと出られないぞ。堪忍して協力してくれや」
「そうそう、離してくれなかったら通報しようかな!」
「出られないのにどうやって通報するんだ。しかも通報する相手いないだろ」
「あ。えーと、そのー、病気の母さんがっ!」
またまた光る魔法陣。
「はぁ。潔くねえなぁ。俺ら死なないんだから病気になんないだろ、全く。何言ってんだ」
なんて奴らだ。これは恐喝だろ!そもそも自分にそんな義務はない。残念ながら俺はそんなに勇者気質じゃないからな。
「死にたくないぞ?」
「いや俺らは死なないだろ。大丈夫か?」
何処からそんな自信が出てくるのやら。何かをやらないといけなかった。ん?何をやらないといけないんだ?思い出せない。しかしそれを思い出すまで路頭に迷う位ならば、協力するしか無いか。
しかしその前に一番大切なことを確認しなければならない。コイツらは一体何故ーー
「街が大変なのは分かった。だがおかしいと思っただけで、わざわざ法を犯してまで調べようと思う?連れ去って行く様な連中を相手に何故戦う?仲間も1人やられてるんだろ。それをして自分たちに利はあるのか?それで何か変わるのか?塔を調べたら解決する保証は何処にある。解決したとして」
この街を取り巻くこの環境がもし、もし本当なのだとしたら。何か変わるとは思えない。不死なのだったらこの現状、支配される毎日が変わったところで何か新しいことがあるとは思えない。
「何がしたい?」
沈黙。
気まずい沈黙が続き、しばらくの後、ベイルが答えを出す。
「このままじゃ俺たちも他の連中みたいになっちまう気がする。そうなったら街は御仕舞いだ、屍人となんら変わらない。監視者に怯え、踊りに逃げるのが怖い。正気を失うのが怖い。人間をやめる、それが怖い。このまま何も無いのが怖い。だからだ」
不死と言う、もし仮に本当であれば人間を逸脱している男は、とても人間らしい答えを出した。監視者に怯え、踊りに逃げるのが怖い。正気を失うのが怖い。人間をやめる、それが怖い。このまま何も無いのが怖い。実に人間らしい。不死なんて言う何も怖く無い絶対的な存在で、それなのに一人前に恐怖を感じる。自分たちが生物の頂点に立ったとしてもまだ上がある、そう言うのが人間だ。
今の自分について考える。突然放り出されて残された食料はほんの少しのカロリーメイト。サバイバルグッズと呼べるようなものはほとんど持ち合わせていない。衣食住はほぼ全てが揃っていないし、夜は凍えるレベルに寒い。いつ死ぬか分からないし餓死するかもしれない。今こうしてある程度まともな人間たちに出会って、もし逃げて食事に困ったら盗みをする羽目になるかもしれない。
迷いに迷って数十分。遂に決着がつく。命と今後の自分を守るため。そしてほんの少し、ほんの少しだけの同情から。
「分かった分かった、協力するから解放してくれ。俺の負けだ」
足元の魔法陣は光らない。
「やっとその気になったか」
「よぉし! よろしくなアンちゃん」
酷い目に遭った。日本の自宅から唐突に飛ばされて、気が付けば魔法陣の中で脅迫。レポート残ってるんだけど。家の電気付けっ放しなんだけど。
決めた。絶対に日本に帰ってやる。異世界は作品の中で充分だ。安全に暮らすのが1番だし、残してきたものもある。
少しだけ楽しいけど。
捕虜から協力者へとジョブチェンジしましたね。
周りは雅久を未だ街の住人だと信じています。それゆえによく会話が噛み合っていないのです。
ただの日本人プラスアルファの雅久になぜ協力を求めるのでしょうか。
それでは引き続きお楽しみください!
したの評価を入れていただけると励みになります!感想も……まだ感想が書けるほど連載してないですね。
狂炎のヴェガ、よろしくです!