第1章 5『新しい捕虜、もとい仲間に乾杯』
第1章 5『新しい捕虜、もとい仲間に乾杯』
とにかく付いて行くしかない。あまりにも異世界転移とは思えないスタートダッシュだ。チートもスキルもギフトもない。ないない尽くしのスタートダッシュだ。というかスタートウォーク?スタートストップかもしれない。
「どうした? そんな不思議そうな顔して。いつも通りの街だろ。なんか変なことでもあるかい?」
「いや知らないけど」
キョロキョロと見回していると心配された。知らない街だから。活気に溢れていたであろう街は見る影もない。見たことはないけれど。酷い有様だからな。
「君のその手のそれは?」
何か付いているのかと手を見るが、何もない。
「何もないけど」
「そうか。いや、悪いな」
「なぁ、俺アンタらのこと知らないんだけど。初対面の俺をどうしようってんだ?」
「はぁ? ちょっと何言ってんのか分かんない。君も僕もこの街から出られないんだから。初対面なわけない。きっと僕が忘れてーー」
「いや分かれよ。こんな酷い状態の街に俺が住んでるなんて面白くねえ冗談だ。何があったらこうなるのか知りたいわ」
初対面なわけがないわけない。今来たんだぞ。ここのことも何も知る由もない。
「戦争だろ。僕らの親より前だけどな」
戦争って、マジか。そんな面倒なこと巻き込まれたく無いんだが。それよりもこんなに荒んでるのに気に止めていなさそうなことに驚きを隠せない。
何度目か、街を見渡せばやはりつい最近まで争っていたように荒れ果て、妙な静けさに包まれている。
「なんで片付けないんだよ。親より前ならこんな状態な訳ねえだろ?」
これだけ荒れていたら偉い人間がなんとかしそうなもんだが。足元の悪さを気にしながらついて行く。なんか地面から突き出してーー
「ーーっうわ危ねえ! 剣の先踏み抜きそうになったんだけど!? 」
「片しても片しても、直ぐに荒らす人たちがいるから。だから片す意味がないの」
逮捕してもいいんじゃないか、そいつ。ゴミ自体を全部燃やすとか埋めるとかやらないとダメだろ。危うく足が駄目になるところだった。
よく考えりゃ初対面の意味不明なやつに付いて行ってる俺も俺だけど。というか。さっき初対面じゃないなんてことを言っていたような。
「なあ、俺の事なんだと思ってる? 知らない奴にこんなこと聞いてる自分が怖いけども」
「知らない奴って言うなよ。覚えているも何も街の住人はみんな会ったことあるからね」
もし街の人々全員覚えているのなら、知らないと答えるはずなのだがーー
「街のやつはみんな見たことある、けど……確かにおかしいね、君に見覚えが無い」
「私もない。ここへは絶対に入り込めないはずなのに。もしかして空飛べたりする? あ、それだけじゃダメね。空を飛んで来て、私たちにも破れない強力な結界を壊してまでわざわざ野宿してた?」
「なんだそれ。空飛べたら人間じゃねえだろーー」
先程の光景を思い出す。実際に飛んで、いたのだ。空から降りてきた人間が目の前にいた。
「ーーあ、いや、すまん」
「別に。でも飛べないし結界も破れないならここには来れない。だってここは空の上だから」
「はい?」
今聞き捨てならないセリフが聞こえたのだが。この少女は今空の上と言ったのか?
「え、いや、ここクレシオンは空の上だよ? 空に浮かんでゆっくりと向きや方向を変えながらどこへとも無く漂う空の島」
「ま、マジ?」
「まじ」
俺の驚きように不思議そうに首をかしげる。まさか空中だったとは思いもよらなかった。太陽の方角が定まっていないことに、そしてあの凍えるような寒さに納得する。
「それにしてもおかしいな、名前も出てこない」
「いやさっき来たからな」
「何言ってんの。もしかしたら君反対側とか壁の近くに住んでる? そっちは行けないから忘れてるのかも。すまないね」
謝られても、覚えてる訳が無いのである。それ以上は何も目新しい回答が見込めなかったので、しばらく無言で歩き続けた。
荒れた家々を縫うように歩き、路地を抜けた先には、いかにもな酒場があった。路地の奥という事もあるが、一見潰れて人通りも無いように見える。表の扉の取手には蜘蛛の巣さえ掛かっているが2人は扉に目もくれず、裏手に回った。裏口も似たようなものだったが、扉は使われているのだろう。扉の前の地面には開かれた形跡がある。
「おーい、親父さん? 僕だよ、開けて!」
すると奥から何やら物音が。
「僕だじゃわかんねぇな、ベイル」
と言う声と共に軋んで扉が開く。どうやらこの男の名前はベイルと言うらしい。自己紹介すらしていなかったので、ベイルと言う名前をしっかり記憶する。
「分かってるじゃないか」
「全く、ベイルには解除の鍵渡してあるだろ。俺も店の準備が忙しいんだ」
「どうせ誰も来ないじゃないですか」
「ちょ、それを言っちゃあお終いよ。まあ客足はとっくにお終いだけどな」
出てきたのは厳つい顔の男だ。筋骨隆々と言っても過言じゃないと言うレベル。喧嘩強そう。
ベイルが右手を出すと指先が淡く光る。よく見ると小さな光る鎖が輪になって回っているような。ぞわりと鳥肌が立つ。変な感覚だ。
「頭の中で鍵を"描く"のはあまり得意じゃないのさ。ほら、僕の魔法は規模がね」
「とは言え それで済むんだからいちいち呼ぶなよ。今は誰もいないな。下であの子は寝てるし、アルトはどっか出かけてるし。それとベイル、そこのアンちゃんはどうした? 見かけねえな」
唐突に話が振られて2人がこっちを向く。
「なんだ」
「彼は城の前で会ったんだ。あの本を持っていたからきっと矛盾に気がついたんだ」
矛盾だの何だのと最初からずっと、意味がわからないことを聞かされている俺の身にもなってくれ。取り敢えず、初めましてと挨拶をする。
「初めましてたぁ、他人行儀な。この街の」
「親父さん、彼をよく見てみて」
体格の良い身体をずいっと倒し、顔を覗き込んでくる。かなり身長のある俺より頭ひとつ高いって身長2メートルくらいあるんじゃないか。
「ん、ん? 誰だアンちゃん。見ねえ顔だな。街の住人だってことに変わりは無いはずだが」
「何でだし」
ここの人らはどうしても俺を街の住人にしたいらしい。明らかに服装のテイストも違うし人種も違うだろうに。
「あの、俺、さっきこの街に来たんですけど」
一応発した否定の言葉虚しく、
「何言ってんだ? 街に入ったり街から出れたりしたら苦労しないだろ。まぁ良い、中に入れ」
俺の話を聞け。
大体会ったことない奴が見覚えあったら怖いんだが。顔面コピーの別人でもいるのか?それはそれでホラーだけども。
酒場に入ると、中は普通に綺麗だった。先ほど客は来ないと言っていたが、自分がここの住人だったら通いたくなるかもしれない。壁には地図類や武器が掲げられ、天井は思ったよりも高い。屋根裏部分まで解放してあるからだろうな。適度に薄暗く、温かい色の光で照らされている。ケルトチックな音楽がよく似合いそうでかなり通いたい。
「すげえなここ。雰囲気が好きだわ」
「そりゃありがとな。まあ座ってくれ」
辺りを見渡すと、先程の少女が見当たらない。
「え、さっきの子は?」
「ああ、さっきのはただの思念体だから。あの子は下で眠ってるよ。起きると同時に記憶が共有される。だから初めましてだけど記憶はあるよね」
なんとも不思議な話である。思念体なのに実体があった。剣を持って俺に突きつけて、その剣の感触は確かに首が直接味わったのだ。
「思念体なのに触れんの?」
「それは触っているように見える、ってだけだね。さっきの剣のことでしょ? あれは手に重なるように剣を操作してるだけ。思念でも簡単な魔法くらいは使えるからね」
よく分からないが思念体でも俺を襲うことは出来たらしいな。先ほどからちょくちょく出てくる魔法に俺の脳内センサーが反応している。異世界、つまり魔法! 使えたら最高じゃねえか。
取り敢えず示されたカウンターに座る。すると酒場の親父が飲み物を持ってくる。木製らしきジョッキに何やら黄金色の液体を注いで、目の前にどんと置く。そして2人はジョッキを取り、それはもう唐突に、本当に唐突に言い放った。
「新しい捕虜ーーいや」
「「新しい仲間に乾杯!」」
5話目です。まだまだ最初の触りなので、もう少ししたら展開が変わって参ります。ともかく雅久くんは捕虜から仲間へと進化を遂げたようです。
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それでは引き続き【狂炎のヴェガ】をよろしくです!