第1章 3『廃墟と廃墟と、あと廃墟』
「異世界なのか!? 今流行りの異世界なのか!? いや流石にないか。俺の脳内は異次元だ。この場合異世界か。夢から醒めろ俺」
いやなかなかに壮大な景色だが。見ているだけで1日過ごせそうなほどに。スマホで写真でも撮っておくか。
パシャリ。
「あれ、写真とか撮ると異世界から帰れなくなるんだっけ。まあ平気だろ。ドッキリか、寝起きドッキリか」
お約束よろしく顔面を抓る。
「痛ぁ。まさか自分の顔を抓る日が来るとは思わなかった。いやまさかな。夢なら全て解決する。つねった痛みも再現されるすごい夢なのかも!」
まさか、異世界なんて、あるわけがない。
しかしこれからどうすれば良いのだろう。明晰夢経験者曰く夢の内容を弄れるだとかどうとか。
「よし、じゃあそうだな。俺は今猛烈に腹が減ったとしよう。そこはたまたまステーキが目の前に現れた!」
何も起こらなかった。
「いやなんか起これよ恥ずかしっ」
明晰夢じゃないのか。
「そうだ、異世界といえば女神! チート能力を授けて俺の生活を楽にしてくれる。チートなら時間停止が欲しいよな。ラスボスの能力だし強いでしょ。それか俺を召喚した美少女はどこだ。か弱い日本人に何か特別な力をくれ」
辺りは静まりかえっている。鳥の声とどこからともなくたまに流れてくるフィドルらしき音のみである。
「おれの異世界スタートダッシュ大丈夫かこれ」
仕方がないのでボロボロの街を散策することにした。街は荒れ放題で、まともそうな人間は1人もいない。路地に数人が固まって動かないとか、そのくらいだ。音楽はどこから聞こえているのか分からない。
ふと目線を下げると、図書館の本を持ってきてしまっていたことに気が付いた。
「え、うそ、マジか。無意識で持ってきちゃったよ。廃墟らしいし、後で返しに行けばいいか」
石畳の道は、あちこちがひび割れて歩きづらいことこの上ない。事実何度か足を取られそうになった。
「3度目転んだら俺は自分が老人になったと本気で信じよう。足腰が立たないなんて20でそれはやばすぎる。まだガキから大人へと昇華したばかりだってのに」
朽ちた古城を遠目に見ながらぶらぶらする。何度見ても城は立派だ。旅行で見たようなヨーロッパの城よりサイズが大きい。入ってみたい気もする。
「目的地ないしあの城目指すか」
石畳みをひたすら歩いてゆく。途中途中、落ちているものに驚きながら。斧やら刃物の欠片やら、物騒なものが多く落ちていた。加えて壊れた家の多いこと多いこと。打ち捨てられただけのゴーストタウンというより、爆発でもしたのではないかという具合だ。石造りの家ですら崩壊しているものもある。街の構造はかなり立体的で、何度か階段も登って城を目指す。緩やかな山の構造になっているらしい。
「よく考えるとこれが夢じゃなかったらやばくないか? いや流石に夢だよな。夢だ、よな。はは」
心配だ。とても心配だ。チラッと壊れた家を覗いてみたが、暮らせるとはとても言い難い。このまま夜が来たらどうなる。というかさっきまで、家にいた時は早朝だったよな。南中高度的に明らかに昼前か昼過ぎなんだが。城の方向に太陽が輝いている。
心配だ。明晰夢ならと色々思い浮かべても何も起きなかった。出れない、なんてことはないと信じたい。
転がっていた石を爪先で蹴りつつ、住宅街の跡地を抜ける。恐らく中央に城があって、ぐるりと取り囲むように街が広がっているのだろう。住宅街の跡地を抜けた先は、家というより先の図書館規模の大きな建物が点在していた。ほとんど崩れて遠くまで見渡せる。城から目線を左に移していくと、
「何だあの木……この木なんの木の進化系?それにしちゃ幹が太いけど」
某、この木なんの木の幹を長くしたような、いわゆる世界樹のような大木が立っている。
「はぁー。ずいぶん立派な樹だこと。太陽を背になかなかかっこいい感じに、って、おいおい」
さっき城の方向に太陽があったはずなのだが。何故か樹の方に太陽がある。
「間違いねえ。これは夢だ! 地球の動きが変わったらそれこそ滅亡だもんな。いやぁ、心配して損した損した。夢から覚める夢も見たってことか。何だよびっくりしたわ。太陽が出鱈目なんて俺の脳内どうなってんの」
少し安心して城を目指す。夢だと分かれば怖いものなんてないのだ。
時折り冷たい風が吹き抜ける廃墟群。太陽がなかったらなかなかに寒いだろう。城を目指して歩く歩く。どれほど歩いただろうか、割と休憩を取りたくなってくる頃、城の麓に着いた。麓というのは間違っている表現ではない。事実山のように聳えているのだ。
「これはでけえな」
朽ちた城は味があってテンションが上がる。パシャリと写真を撮っておく。
これまた朽ちかけた階段を登っておよそ30段。遂には城の門に着いた。振り返れば街が一望出来た。
「うおぉ。ずいぶん歩いたらしい。てかあれさっきの図書館か!」
図書館からは高低差はあれどほぼほぼ一直線の道だったので、はるか先に一際大きな建造物が見えた。住宅街からすれば不自然なほど損傷もなく綺麗な図書館だった。なにせ周辺の目に映る建物のほとんどは廃墟である。とにかく廃墟だらけだ。廃墟しかないのかと思うほどに。
「さて、と。城にお邪魔させてもらいましょうかね。結局廃墟だけど」
重厚な門は開きそうにもなかったので、脇の城壁の裂け目から中に入る。すると噴水に出迎えられた。辺りの廃墟などから考えると、なぜ噴水だけ水が枯れていないのか不思議だ。水は枯れずとも植物は枯れ果てているのだが。灰一色の元庭園を抜け、いよいよ本命の城。
「い、一応失礼します」
木の扉はこれまた朽ちて、あちこちに穴が空いている。服を引っ掛けないように扉の穴を潜ると、大広間のような空間に出た。
「暗いなおい。不審者が住んでいたら俺は間違いなくやられる自信がある。この場合俺も不審者か。先客の皆さんお手柔らかに」
いるかもしれない先客に断りを入れつつ、奥へと進む。残念ながら上階へと上がる階段は崩落して見る影もない。横の扉も全て開かない。
「誰も見てないよね。いや多分廃墟だから。悪くはないから!」
扉を蹴ってみる。ガツンと硬い音が響くのみ。
「も、もうちょい強くいけるか?」
取手の辺りに蹴りを入れる。開く兆候はない。結果、城へ来たはいいものの、大広間から先には行くことが出来なかった。仕方がないので大広間の壁に掛かっているタペストリー的な何かを見て回ることにした。
それにしても大多数がさっぱり意味のわからないタペストリーである。樹の周りを囲む人々や、天使のような翼を広げ、城から飛び立つもの。天使が落ちているように見えるのは気のせいだろうか。そのタペストリーは見ている側を不安にさせる。
不安に駆られて下を向くと、剣が落ちていた。文字通り剣だ。少し楽しくなって剣を振ったりすること小一時間。流石に飽きたので、剣を引きずって城を出ることにした。
「はぁ。割と寒くなってきたんだが。一体ここはどこなんでしょうかね。いつ夢から覚めるのやら。何かイベントがないと夢は楽しくないぞ」
城の外に出ると、思ったより時間が経っていて、赤に染まりかけた空に出迎えられる。
夕日とはいえ、突然外に出た眩しさに目を細めつつ、現状について少し考える。
夢とはいえ覚めなければ割とまずい。そのまま死ぬなんてことないよな。いやしかしそういう系の話は聞いたことがある。植物人間の状態だろうか?俺はいつまで夢を見ているのか。それとも夢だから長く感じるのか。
「考えてもどうしようも無いか。夜が来るし、なんかめっちゃ寒くなる気がするし、ここは火を起こすべきか。サバイバルの基本だってじっちゃんが言ってた。じっちゃん会ったことないけど」
しかしどうやって火を起こしたものか。棒と木の摩擦の「アレ」はいやだ。というか出来る気がしない。
「なんか持ってたか?せめて虫眼鏡とかがあればどうにかなるんだけどな」
リュックサックの中身をゴソゴソと漁る。使えるものなどあるだろうか。パーカーは関係ないし、非常食も関係ない。ビニール袋は……ビニール袋!
「ビニール袋はレンズの代わりになるはず。ということは火を起こせる! いやぁ、冴えてるわぁ、しっかし水が……あるだと!? 噴水があるじゃねえか。これは運も俺に味方しているんじゃないだろうかっ」
太陽が沈む前にと慌てて水を袋に溜めて口を閉じる。次は燃やすものだ。ノートとペンがあるから黒い紙は作れるとして、焚き火の準備が必要か。
それからはあっという間に準備が整った。辺りは瓦礫だらけの廃墟である。カラカラに乾いた草が城の中庭にあるし、大きめの枝だってそこらじゅうに転がっていた。
夕日直前の太陽で何とか火を付ける。紙に引火した火を見て思わずガッツポーズ。じきに来る夜へ向けて着々と準備を進め、何とか焚き火を完成させた。
「キャンプしたことあってよかった。冬だよな今。夜になったらそれは寒くなるでしょうよ。夢の中でも気温って感じるんだな。新発見新発見」
なんとかこれで夜も乗り切れそうだ。夢だと言うのに俺の頭は何かを手助けしてくれることはなく、夢にしてはリアルすぎるほどの温度変化や色彩が周りを取り囲んでいた。
きっと夢だから、いつか覚めるだろ。明らかに太陽の動きがおかしかった。あんな動きをする地球があれば色々と終わる。夢のこの世界がそもそも地球かは分からないが。
焚き火は確かに暖かかった。謎の冷静沈着さに驚いている。夢だとわかると大胆に行動出来るのだろうか?
俺は静かに夜が来るのを待った。
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