第1章 プロローグ『始まりの物語』★
「<アル・イグニート>」
心臓のすぐ側、アルフォレスから流れる魔力を今ならしっかりと感じ取れる。身体中を流れる魔力は一点、右腕に集中し、生身の腕に炎を燃え上がらせた。
「魔法を得たところで人間に変わりはないでしょう? それに何百年もの経験の差。たとえあなたが神に選ばれていようとも私に勝つことはかないませんとも。悪いことは言いません。私と共に神の墓標へ行きましょう」
俺に選ばれしものだと、そう宣った魔族に諦める兆しは見られない。
「断る。最悪の未来は俺が潰す。俺を、仲間を害するものは全て排除してやるよ。この脳内に焼き付いた光景は絶対に忘れない。お前らの言う神は俺がしっかりぶん殴ってお終いだ。だが俺がお前たちの元に行くのはしばらく先になりそうだからな。今はここでお前を止める。お前の企ては全て無駄になるわけだ」
身体中の感覚が研ぎ澄まされ、思考が冴え渡ってゆく。唯一、「最悪の未来」が脳内を渦巻いているが、今は無視を決め込もう。考える時間はこれから作る。今は眼前の敵を食い止めるのみだ。
「愚かな考えだ人間。神の愛に選ばれ、いずれ全生命の頂点となる力を、権力を、全てに預かる機会を自ら否定し、その恩恵に預からずあまつさえ神を殴るなどと。その愚かさ、後悔するでしょう。私と来ないのであれば、力尽くで」
空中より剣を一振り取り出し、こちらへ向かって手を差し向ける。主人の命令を聞き、鉄剣は宙を飛んでこちら目掛けて突き進む。
魔族の放った鉄剣はやけに鈍く見えた。熱は感じなくとも、炎が燃え盛る右腕でしっかりと刀身を捉える。魔力が絶えず流れ込む右腕は、容易に鉄剣を溶かしてその機能を失わせ、魔族の表情を変えた。
「俺は今日を忘れない。そのために、今日から俺はーー」
目の前の敵を渾身の殺気を込めて睨みつける。全ての元凶を絶つ。俺にとって、仲間にとって最悪の未来は全て覆してみせる。だから今は、この名を、炎城雅久ではない、もうひとつの名を名乗ろう。
「ーー今日から俺は、ヴェガ・アステリュートだ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺は今、ギルドというものに入ろうとしている。ギルド、つまりヨーロッパ中世における同業者組合とよく似たものである。石工や紡績など、ギルドを作る職業は数多い。そして今、自分が入ろうとしているのはーー
ーー冒険者ギルドである。
「こちらがギルドマスター、ダイン・ガドラン様のお部屋です」
「あ、どうも」
スタッフによって指し示された扉を開くと、随分と図体の大きな大男が座っていた。呑気に酒を飲んでいる。こいつがギルドマスターだろうか。グラスを机に置いて、少しだけ座り直す。
「よお。お前さんがクレシオンから来たっていうガキか? 面白そうじゃねえか」
「こういうのってマスター自ら出て来ないんじゃないのか? そこんとこどうですかギルマスさん」
そもそも組合のトップが直々に話すなんてあるわけがないと思っていた、というか、あるわけがない。だいたい世の中に出回るラノベやらゲームのギルドってのはありゃあギルドじゃないな。ギルドを知らんのだろうか。教会と結びついて権利を主張する場所で、馴れ合って遊べる場所ではない。
「そうか、そうかもしれん。いやな、クレシオンから来たなんてぇ言うやつは初めてだからな。話し相手にでもってな。そういや2人だと聞いたが?」
「ああ、そっちは下で色々やってますよ。手続きとか? 面倒なやつ」
ギルドマスター、もといダインは昼間から酒を飲んでいるようだ。
「お前も飲むか?」
「いらんです。ダメ人間になりますよ」
それじゃあ、と椅子を勧められて素直に座る。部屋の調度品はなかなか高級なものが揃っている。武器なんかが飾られている所は、やはり冒険者ということか。
「それじゃ自己紹介からしてもらおうか。俺の暇つぶしになってくれや」
「はあ。俺は……ヴェガ・アステリュート、クレシオンからです。年齢は20で最近までその、なんだ、クレシオンにすらいなかったというか。なんて言えばいいんだ。別空間的な?」
途端に頭に刺すような痛みが走る。
「ーーっ、いや、忘れてください」
そう。説明がしづらいことこの上ないが、俺は日本人だ。所謂異世界転移というやつである。迷惑な話ではあるが、不満はそこまでない。難儀なのはその話をしようとすると頭に走る激痛で話せなくなることだ。
ガチャリと音を立てて扉が開き、連れが入ってくる。ギルマスはチラリとそちらを見て、感心したように息を吐いた。
「あんたがもう1人か! 美人だなこりゃ。ヴェガとやら、果報者だな」
「あ、そうですね」
「そんじゃあお嬢さんも自己紹介を頼む」
静かに隣に座り自己紹介をする。
「フィオナ・エルフォティアです。出身はクレシオンで、年齢は……うーん、何歳だろ。17かな? ちょっと分かりませんけど17ってことで」
曖昧な返答に、ギルマスは少し眉を上げつつも、そこに関しては何も言わない。
「よぉし、じゃあお二人さん、クレシオンから来たってのはどういうことか、詳しく説明してもらおうか。冒険話は酒の肴にゃあ持ってこいだからな」
正直全てを話すのに俺では役不足だが、フィオナをチラッと見ると同意を示してくれる。
「ここのギルドは信用できるってお父さんが言ってたし話すしかないかな。話はヴェガに任せるね。喋るの得意だし」
「おーけーおーけー。どっから行こうかね。グダるかも知れんが許してくださいね。あと何か飲ませてくれ。喉死ぬ」
出された水を飲んで、話し始める。ギルマスは今度はしっかりと座り直し、若干乗り出し気味で話を聞く姿勢をとっていた。
「まあまあ、落ち着いて話してくれりゃあいいさ。ゆっくり行こうや」
「それじゃあ始めますか。長くなりますよ。俺は、そうですね、まあ記憶喪失みたいなもんですよ。気がついた時には、どうしてだかクレシオンの図書館にーー」
これは日本のある男『炎城 雅久』が『ヴェガ・アステリュート』を名乗り、少女『フィオナ・エルフォティア』と共に、『最悪の未来』を回避するべく奔走するお話である。
長編の連載を始めました。1年以上前から構想は練っていて、ようやっとここまで来れました。これからよろしくお願いします!
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よろしくお願いします!