第9話 A級冒険者
「はぁ……鳳凰の次は一角猿か。本当に彼一人で倒してしまうとはな」
受付嬢に呼び出されたギルド長はニィナさんに事実確認をし、驚き……次に呆れた様子でそう言った。
会話中のニィナさんの表情がいつもとは違って冷たい感じだったが……何か気に障ることでもあったのだろうか。
俺は不思議に思いつつ、すぐに金を受け取れるということで、討伐依頼の報酬と買取金を受け取った。
さて今日の仕事は終わりだ……と帰ろうとしたとき、ギルド長がこんなことを言ってきた。
「実績は十分だ。この実力でD級はさすがにまずいからな……どうだ、A級にでもなってみるか?」
「え、A級ですか……」
3体のB級魔物、そして1体のA級魔物を一人で倒したのだから、別におかしなことはない。
しかし、より上位の階級になると昇格の壁は厚くなると聞くが……
「3階級昇格なんて、いいんですか?」
「まぁうちでは初めてのことだが、たまにあるんだよ――こういう常識破りなことは。……さぁどうする、A級になるか?」
そういえばニックはS級、ジョンとアルバートはA級冒険者だった。
パーティーの階級が上がる指標は達成した依頼の難易度と数、個人は倒した魔物の強さや頭数だ。
S級とA級の間にはかなりの差があるのだが……冒険者をしている以上S級になるのは一つの目標である。
まずはその一歩として、ありがたくいただくことにしよう。
「はい、よろしくお願いします」
「よし……この村で2人目のA級の誕生だ! 皆に知らせろ、今日の酒はギルドの奢りだっ!!」
ギルド長が職員にそう伝え、俺はA級のギルド章を貰うことになった。
「フェイトさんなら当然です」とニィナさんが誇らしそうに言ってくれ、少しこそばゆかった。
職員たちが俺のA級昇格をギルドにいた冒険者たちに伝える。
「A級とか凄すぎんだろ!」
「なぁ聞いたか、あいつが鳳凰を倒したらしいぜ」
「今日はソロで一角猿を倒したんだってよ」
「「「まぁそんなことは置いといて―――乾杯ッ!」」」
帰還してくる冒険者たちも次々と混ざり、皆で楽しく酒を飲む。
たくさんの人に喋りかけられ、俺もようやくこの村の冒険者になれた気がした。
が……中には俺のことをあまり快く思っていない人もいるみたいだ。
隅のほうでちょびちょびと酒を飲んでいる大男が、
「ふん、若造が。本当に相応しいのかね」
と呟いているのが聞こえた。
「も~う、お父さんったら。そんな辛気臭い顔しないでよね!」
そこに現れたのは赤髪の受付嬢。
俺が見ているのに気が付いた彼女が、こちらに寄って来る。
口からは酒の香り、頬はほのかに赤くて……って、職員も飲んで良いものなのか?
「あの方って……」
「うちの父です。今まで村唯一のA級冒険者だったので少し寂しいのかな、なんて。すみません……あんなので」
ギルド長が俺を村で2人目のA級冒険者と言っていた理由が判明した。
まさか受付嬢の父親がそうだったのは。
言われてみれば確かに似てる気が……しないな。
髪色は同じだが、顔も雰囲気も全くの正反対だ。
「気になさらないでください。俺はぜんぜん大丈夫なので」
「ありがとうございます、お優しいんですね。あ、そうだ! 一緒に飲みませ――」
「……ん? どうされました?」
「……あっ、いえ。そ、それでは……」
受付嬢は会話の途中で固まったと思うと、顔を青くしてどこかに行ってしまった。
体調でも悪いのだろうか、そう思ってふと後ろを向く。
「あ、ニィナさん」
「フェイトさん、あの人は危険です! 絶対にフェイトさんのこと狙ってますよ!」
ニィナさんが頬を膨らませて立っていた。
「いや、そんなわけないですよ」
「 …… ……」
「ちょっ、ニィナさん!?」
彼女はだらんと俺の方に倒れてきた。
支えてあげると、耳元から寝息が聞こえてくる。
「めちゃくちゃ飲んだんだな……」
俺は皆よりも一足先に、ニィナさんをおんぶして帰ることにした。
外に出ると夜風が冷たく、とても気持ち良い。
◆
「先輩、勝手にお酒飲んじゃだめですよ! ……って、どうかされましたか?」
「え、いや、なんでもないの」
「そんなわけないじゃないですか、体震えてますよ! 体調でも悪いんですか?」
「……ごめん、ちょっと一人にして。私は大丈夫だから」
受付嬢は一人、震えていた。
一緒に飲まないかとフェイトを誘おうとしたとき、見てしまったのだ。
彼の後ろで――鬼の形相で睨んでくるニィナの姿を。
このあともしばらく、受付嬢の震えは止まらなかった……。