第18話 サイド・ストーリー3
〈side:帝国軍〉
少女は――混乱していた。
何故、劣勢になった?
何故、ギースが倒れている?
何故、私はここにいる?
何故、何故、何故……。
湧き上がり続ける疑問を前に、少女は――アルムは恐怖を覚える。
しかし、訓練を積んだ体は無意識に戦闘を続け。
心の中ではギースの死に涙を流していた。
少年は――苛立っていた。
どうして、コイツ等の心は折れない!
どうして、ギースが死んだ!
どうして、俺には力が足りないんだ!
どうして、どうして、どうして……。
湧き上がり続ける怒りを前に、少年は――ハンスは無力感を覚える。
しかし、訓練を積んだ体は無意識に戦闘を続け。
心の中ではギースの死に涙を流していた。
勝利を確信していた兵士たちは、クーディアット村の戦士たちを前に……敗北の匂いを感じ始める。
フェイトの【支援魔術】によって勢いを取り戻した村人たち。
護るべきものを持った正義は――侵攻軍に打ち勝つ。
「くっ……撤退だッ! 生きている者は撤退せよ!!」
隊長を失い、ハンスが叫ぶ。
それは戦力差を考えるに、正しい判断であった。
フェイトが駆け付けてからは隊員が減るばかり。
作戦は失敗だ、と諦め敗走を選ぶ。
だが、これは生き死にをかけた本物の戦。
誰も慈悲など持ち合わせていない。
例えばここに殺しは酷いことだ! と謳う者がいたら、そいつは屑だろう。
帝国軍が皇帝の命を受け、敵として村人を殺したように。
村人たちは生きるため、攻めてきた兵士たちを敵として殺す。
背中を見せた者には矢を。
一人でも多く殺せ。
深追いをすれば危険だが、戦場の熱にあてられた者どもは攻撃の手を止めない。
「おい、アルム! 逃げろ!!」
ハンスは一人戦い続けるアルムの姿を見た。
声をかけたが、反応しない。
黙々と、数人の村人を相手にしている。
「くそッ」
悪態をつき、ハンスは槍を握って駆けた。
まずはひと振り、出来るだけ警戒させるように。
アルムの周りにいた村人たちが、後ろに下がる。
その隙を狙い、ハンスはアルムの腕を掴んだ。
地面を蹴り、最高速度で撤退する。
後ろから矢が飛んできたが、運よく当たらなかった。
しかしそれは……本当に運が良かったのか?
走りながらアルムは――涙を流し、そんなことを考えていた。
滝のように流れる涙はギースに送る鎮魂歌。
「死に……たがっだっ」
強者は敗走する。
ハンスも後ろで泣く妹にバレないように、静かに涙を流した。
――絶望が、刻まれた。
◆
〈side:元パーティーメンバー(神の覗き)〉
世界を神は、眺めていた。
愚かな者どもが自分に縋る。
その瞬間がたまらなく、心地よかったのだ。
その日は4人の冒険者が危険な依頼を受注した。
焦燥にかられた人間たちは、判断が鈍る。
心を躍らせ、神は観察を始める。
男が3人に女が1人。
彼らの名前はニック、ジャン、アルバート。
彼女の名前はエリン。
「じゃあエリン、【支援魔術】を頼む」
今回の目的地である洞窟に辿り着き、ニックがそう言った。
エリンの魔術が展開され、一行は闇の中へ進む。
肌にまとわりつく湿気。僅かな悪臭が鼻を刺した。
「うっ……」
「臭いますね。ぱぱっと達成して帰りましょう」
鼻をつまみ涙を溜めたエリンと、不機嫌にそう言うアルバート。
男たちは手早く依頼を達成し、王都に帰還しようと考えている。
さほどの緊張は抱いていなかった。
手に持つ松明がパチパチと音を立てる。
その時――
ゴブリンが姿を現す。
外に出ようとしていたところだったのか、単体で現れたゴブリン。
その首をジョンが瞬時に斬る。
仲間に人間の襲撃を知らせる暇もなく、ゴブリンは死んだ。
エリンは後ろに下がり、いつでも逃げられるよう準備している。
だが、宝をかすめ取るまでは駄目だ。
相当な量の宝が在るとギルド職員は言った。
これは大金を得る良い機会。
腐っても元S級パーティーの実力を、エリンは心のどこかで信じていた。
――あくまでそれは、実力者ではない彼女の憶測にすぎなかったのだが――
受注した依頼は3つ。
難易度Aのゴブリンロードの討伐。
難易度Bのゴブリンの巣の破壊。
難易度Bのゴブリンの巣から財宝を奪還。
巣の破壊は洞窟に油を流し、火をつければ比較的簡単に達成できる。
逃げだしてきたゴブリンたちを倒せるのなら。
財宝の奪還も1点突破を試み、よほど不運でない限りは達成できるだろう。
しかし…ゴブリンロードを倒せるだけの火力がこのパーティーにあるのかは微妙なラインだった。
「じゃあ、入れるねっ!」
「こっちはオレが見とく! 出来るだけ早く頼むぞッ!」
横穴の先、ゴブリンたちが集めた財宝が山になっていた。
一行は忍び足で進み、借金をして買った収納袋の口を広げる。
それを手に持つのはエリンだ。
ジャンが敵が来ないか警備にあたり、3人が急いで全てを掻っ攫う。
ここまでは何の問題も起きず、順調だった。
奥にはゴブリンロードの姿も確認している。あとは油を流しながら洞窟の外に出て、火をつけるだけだった。
エリンはほくそ笑む。
逃げだしてきたゴブリンとの戦闘で、危険になったら逃げることは容易だと。
もう、こんな落ち目のパーティーとはおさらばだと。
彼女はバカンスの予定を頭に思い浮かべながら、洞窟を出ようとした。
ここからが戦闘の本番だ。
S級復帰も近いだろうな、とニック達も機嫌が良かった。
そして。
洞窟の入り口から――ゴブリンロードが現れた。
「な、なんでだ!?」
「ひ、ひぃっ……」
ニックが目を点にし、エリンの膝が震えだす。
ゴブリンロードが息を吸い、ゴォオオっと音がなった。
4人は目の前の光景に絶望し、願う。
――どうか、助けてください。
――神様。
ゾワッ
神は己が震えるのを。
全身に電気が走ったような感覚を。
――味わった。
口角をあげ、神が見つめる先で……
『グゥアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
ゴブリンロードが叫び。
ニック達の背後、洞窟の奥で……
『『『ウグゥアアアアアアアアアアアアアッ!!』』』
それに呼応したゴブリンたちが叫びをあげた。
洞窟内が揺れ、亀裂が走る。
憎悪の権化たちが迫って来た。
それは波になり。
抵抗すら許さず4人を飲み込む。
瞬間――ニック、ジョン、アルバートは同じ光景を見ていた。
思考が時を遡った、この結果にたどり着くまでの経緯だ。
今回の依頼を受けたこと。パーティー階級が降格したこと。エリンをパーティーに入れたこと。
そして……フェイトを追放したこと。
彼の姿を思い出し――あれが失敗だったのか? と自問する。
だが、その答えを見つける前に……肉塊に成り果てる。
ぐちゃぐちゃと音を鳴らし、人の面影は消え失せる。
最後はあまりに呆気なく、彼らは死した。
◆
その後、洞窟の最奥で。
糞と尿が巻き散らかされ、汚臭が充満した空間で。
――エリンは死ぬことも許されず。無限にも思える数のゴブリンたちに囲まれていた。
初めは涙を流し悲鳴を上げていたが、すでに人間の知性と言うものは感じられなくなっている。
それは生物とはいえないような状態だ。
死ぬことも許されず、エリンの時間は流れていく。
殺して、殺して……殺して、ください。
神はそれを半月の目で眺め、笑っている。
ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ