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第16話 彼らの身に降りかかるは悲劇

 隊長であるギースは先頭に立ち、一見実用性があるようには見えない鉄塊――のような大剣を振り回す。

 その姿はまさに――


 ――――鬼。


 ギースにとって戦場での(・・・・)殺人とは、この世のすべてを足しても届かぬほどの至福であった。


 クーディアット村西門付近には血の匂いが充満する。

 この季節、普段であれば肌寒い乾いた風が吹いているが、生と死の境界線上となった今――ここでは万物が熱い(・・)


 音を立てながら太い首を回すギースの後方では、すぅっと鼻で息を吸う人物が2人。


「――マネすんじゃねーよ」


「――それはこちらのセリフだ」


 アルムとハンス……銀髪の双子だ。

 村人の命によって熱しられた空気を深く吸い、

 アルムはその場で弓を構え、

 ハンスは槍を持って前線へと走る。


 誰の耳にも届かない声量であったが、全く同じタイミングで2人は呟いた。


「「――美味い空気だ――」」


 目にもとまらぬ速さでアルムが放った複数の矢は、そのどれもが外れることなく朱の華を咲かせた。


 全身の筋肉から熱を発したハンスが槍を回転させると、次々と骨の折れる鈍い音が奏でられた。


「……強すぎる」


 戦闘職でない村人たちも次々に駆け付け必死に抵抗していたが、彼らは次第に帝国軍の強さを理解しだす。

 勢いはなくなり、じりじりと後退し始め…………その時だった。



「――――待たせたなァ」



 ドスンと剣が地面に突き立てられる。


 体の大きさも、手に持つ剣の大きさも。

 そして身に纏う強者の風格(・・・・・)も。


 クーディアット村で唯一人、ギースに対抗でき得る――A級冒険者が現れた。


「お前ら気合入れろッ! 一歩たりとも下がんじゃねぇぞ――ッ!!」


 男はそう叫ぶと駆け出す。

 成人男性でも持つだけで精一杯の大剣を、軽々しく片手(・・)で振る。



 ――ブゥンッ



 一瞬のことだった。


 風と共に。

 帝国軍隊員3人の腹部が一線に切られ……男たちの上半身が空中で回転する。


 今まで一滴たりとも見ることのできなかった敵の血。

 それが再び村人たちの胸に火をつける。


「俺たちもいくぞッ! 続けぇええええ!!」


 守りたい人はみな違う。


 ある者は――世界で一番大切な妻と子供。

 ある者は――未だ想いを告げられていない片思いの相手。

 ある者は――捨て子だった自分を育ててくれた孤児院の面々。


 しかし、その根底にある想いは同じだった。



 ――――大切な村を護る。



 一度灯った勇気は二度と消えない。

 湧き始めた力は途絶えることを知らない。


 村人たちは武器を握り、敵に向かって走る。

 その中には細剣(レイピア)を持つ女冒険者の姿もあった。


 A級冒険者の男はギースを目掛けて大剣を振る。

 全身を使い、すべてを乗せた一撃。

 多くの魔物を断ち切ったその剣技は……軽々しくギースに跳ね返される。


「――チッ」


 後ろに飛ばされた男が舌打ちをし、その隙さえも見逃さないギースが追撃を仕掛ける。

 村人たちの盛り上がりを気にすることもなく、ギースの口角は上がっている。


 それはまるで――『楽しませてくれよ』と挑発しているようでもあった。


 2振りの大剣が轟音を鳴らしながらぶつかり合い、空気が震える。


 その横では細剣使い――ニィナがアルムの放った矢を躱し、時には剣を使ってはらっていた。


「ちょこまかとあの女ぁ」


 苛立ったアルムは重点的にニィナを狙うが、すんでのところですべて躱される。

 近寄ってくるニィナを前にアルムは周囲を見渡した。

 しかし他の隊員たちも戦闘中である。


 仕方なくアルムは腰から短剣を抜き、ニィナを迎え撃つ。


 ――フェイトさんの支援魔術があれば……


 全身全霊の高速剣技を決められず、ニィナは歯痒く思う。


 緊急事態を知らされ駆け付けた彼女は、フェイトの不在に驚かされた。

 ギルドにいた同業者によると、フェイトは危機に陥った駆け出し冒険者に助けを求められ、村を出ているらしい。


 初めは最悪だ……と思ったニィナだが、今となってはフェイトが駆けつけて来てくれるのを願って全力を尽くそうと心を決めている。


 ニゲルは村人たちに避難の誘導、ならびに近郊の都市・ルジェクトに応援要請を求める使いを送っている。

 もしもクーディアット村が敗れたとしても、王国に被害を出さないようにしなければならないからだ。


 ニィナはアルムにトドメの一撃を決めることができず、一対一の戦いは長引く。


 周りではハンスに向かう村人たちが多い。

 圧倒的な力を持つハンスでさえ、C級やD級の冒険者たちを含む数の暴力を前にはジリ貧である。


 初めは軽々しく村人たちに対処していたが、今ハンスの表情には苛立ちが見える。


「次から次に湧いて出やがって……雑魚どもがッ!」


 いけるかもしれない。

 クーディアット村の人々にそんな思いが芽生えた。


 大人数の戦いでは流れ(・・)が顕著に表れる。

 心持の変化が、やがて待つ結果を変えるのだ。


 ――勝てるぞ!


 村人たちは神が自分たちに微笑んだような気がした……が。


 ふと誰かが気が付いた。

 そこに何か明確な理由があったわけではない。


 それは一人であったか。

 それともその場にいる全員であったか。


 何か(・・)を感じ取った人々は皆同じ場所に目を向けた。


 この場で最強の男は……ギースであった。

 大剣を振る2者のうち最後まで立っていたのは……ギースであった。


 すなわち―――― 一度は戦況を変えた男が……死んだ。



 クーディアット村で長年活動し、数々の武勇伝を持つA級冒険者が。

 人付き合いは悪いが、多くの者が憧れを抱いていた男が。


 既に新鮮味を失ってしまった『死』を与えられた瞬間だった。


 呆然と立ち尽くす人が多いが……一部の者たちはそうではない。


 ニィナとアルムの戦闘は絶え間なく続き。

 ハンスは槍を使い周囲にいた村人を一掃した。


 ニィナは視界に映った悲劇に顔を歪め。

 アルムとハンスは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「ふぅ――――」


 ギースは深く息をつき……





「……弱すぎる」


 満足いかぬと飢えた目をする。


 そして……










 ……死んだ。





 ――黒炎の矢が降り注ぐ。

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