第11話 ――進軍す。
<side:……
クーディアット村から南西に僅か80キロメートル。
現在の王国と帝国の国境に位置するこの場所に、50名ほどの一団がいた。
一様にたくましい肉体を持ち、武器を装備した男たちだ。
その中でも一人、ひときわ強者の風格を漂わせる者がいる。
年齢は30代半ば。スキンヘッドに鋭い輝きを宿した黒の瞳。
特に目を引くのは左頬から首にかけて入った獣の爪痕だ。
そんな男のもとに、2人の人物が近づいてきた。
「隊長、報告いたします」
「様子はどうであった」
「……全員が死んでおりました」
ルシアング帝国特殊作戦部隊隊長、ギース・ターザインは部下の報告に驚く様子も見せず、「やはりか」と呟く。
「ご苦労だったな。何者の仕業かわかったか?」
「傷跡から推測するに、人ではなく魔物かと。ですが……娘の姿はなく、ご命令通り村に潜入したところ、若い男と行動を共にしておりました」
ギースはその言葉に興味を持ち、少々身を乗り出した。
「ほう、どんな男であった?」
「――村の冒険者に話を聞いたんすけど、単独で一角猿を殺ったらしいですね。A級冒険者だとか」
先ほどまでとは違う、もう一人の部下が答える。
その崩れた口調を咎めるようとした部下の片割れを手で制し、ギースはにやりと笑った。
「そうか……少しは楽しめそうだな」
自分が武者震いをしていることにギースは気が付かない。
やがて来る戦が己を満足させられるだろうか、頭の中はそればかりであった。
ギースたちが皇帝より与えられた任務は『王国侵攻の足掛かりのため、クーディアット村を制圧する』ことだった。
数年前に両国で不可侵条約を結んでから、王国の警戒が薄まってきた。
ならば、今しかないだろう。
周辺国家を吸収し、残すところは王国のみ。
戦いに勝ってしまえば条約違反など意味をなさない、それが帝国のやり方だった。
クーディアット村はその地形上、接近する途中で部隊を発見される可能性が極めて低い。
また、近隣の街まで距離があるため、王国の応援部隊が駆け付けるまで時間がかかる。
それまでに村を制圧し帝国軍の基地にすれば……帝国は勝利に一歩近づくことができる。
村長の娘を人質にし降伏させようかとも考えたが、その作戦は失敗に終わった。
……一つ一つの偶然が、クーディアット村に戦をもたらす。
「隊長。村にはA級冒険者が2人おりますが、我々ならば問題はないでしょう。移動速度は下がりますが、夜間に進行するのですか?」
「……本当はこんな面倒くさいことはしたくないんだがな。上からの命令だ、仕方がない」
「これが軍で生きるということだ」と苦笑交じりにギースは続けた。
「あぁー早く戦いてぇー。隊長、もっと早く進みましょうよ! 他の奴らも待ちきれねぇーよな?」
一人の部下が周囲にいる他の隊員にそう問いかけたが、返事はなく、皆気まずそうに眼を逸らした。
それも仕方がない……ギースは『帝国の鬼』として知られる恐怖の対象だ。
緊張のきの字も見せないこの人物が異常なだけである。
しかしそれも――彼ら3人が師弟関係であることを知れば少しは理解できるかもしれない。
報告をしている2人のうち、丁寧な口調で話す男は『銀槍のハンス』。
齢20にして帝国最強と言われている槍使いだ。
そしてもう一人……軽い口調の女は『銀弓のアルム』。
こちらも齢20にして帝国最強と言われている弓使いだ。
2人は同じ銀色の髪を持つ、双子である。
幼い時に捨て子だった彼らを、ギースが拾ってから早15年が経った。
彼ら以外が気軽に話すことができないギースは、それでも隊員たちの思いをひしひしと肌で感じていた。
――――俺らが負けることなどない。
積み重ねられた単純な強さ。
それがもたらす自信は、隊全体に広がっている。
「……あ」
誰の声だったか。
皆が空を見上げると、雨雲がこちらに流れてきていた。
それは、この後起きる戦いが……相手にとって最悪のものになることを予感させるようであった。
ギースは太い声で命令を下す。
「総員、雨が降る前に進むぞ。デザートはすぐそこだ、せいぜい楽しみにしておくんだな」
<side:帝国軍>
――クーディアット村に進軍す。