第1話 裏切り
人はみな、最低1つ以上のスキルを持ってこの世に生まれる。
それは日々の生活に役立つものだったり、大軍を一瞬にして壊滅させられるものだったり……千差万別だ。
俺のスキルは【魔術ガチャ】——という聞いたことのないものだった。
ガチャ、という言葉をつぶやくと画面が現れ、そこには『所有ポイント』と書かれた欄と『回す』と書かれたボタン。ボタンの下には100万ポイント消費と記載されている。
ポイントを貯め、ガチャを回すことで魔術関連のスキルが手に入る……のだろう。確信は持てない。
なんせ俺はこの18年、一度だけしかガチャを回したことがないのだ。
ポイントが貯まらないから? いいや違う。
——ポイントが手に入らないんだ!
5歳の時、初めてガチャ画面を出現させた。
『初回サービス』で無料で回せるらしく、興奮した俺は消してしまった。最初に出てきた説明文を、全く読まずに。
【支援魔術】という最上位スキルが出て喜んだ俺だったが、次第にこんな疑問が浮かんできた。
——これ、どうやって使うんだ?
使用方法を二度と表示できない不親切さにイラつきながらも、初めはいろんなことを試してみた。
しかしいつまで経ってもポイントは0のままで……。
結局、俺は後天的にスキル数を増やせるという規格外のアドバンテージを失い、ただの支援術士として生きていくことになった。
だが何も悪いことばかりではない。
俺は親友3人とパーティーを組み、冒険者として活動を開始。
日々努力を怠らず、鍛錬を積むことで支援術士としてトップクラスの実力にまで成長した。
それに俺たちのパーティーは僅か3年でS級にまで上り詰め、国内最強と言われるまでになっている。
順風満帆な生活に、気が置けない仲間たち。
これからも4人で冒険を続けていくのだ。そう信じていたのだが……。
「フェイト……君はパーティーを抜けてくれ」
新たな冒険に向け、準備を進めている時のことだった。
パーティーリーダーのニックに呼び出され、そう告げられたのは。
「……え? 変な冗談はやめてくれよ」
「いや、僕は至って真剣だ。君ならわかるだろ?」
あまりに突然のことだ。俺は、冗談だと信じたかった。
でも、数多の死地を共に抜けた仲間であり、心を許せる親友が本気であるかだなんて、簡単にわかってしまう。ニックは、本気だった。
「な、なんでなんだ!? 俺の仕事に不満があるなら教えてくれ……すぐに改善する」
理解が追いつかず、非現実感に包まれたまま俺はみんなに質問した。
前回の冒険で目的であった古代竜を討伐する際、俺はいつも通りに仕事を遂行できていたはずだ。
それに帰還後、みんなで酒を飲んだ時も何か言いたげな様子は誰からも感じられなかったが……。
「お前はよくやってくれた。オレたちぁ、不満なんてこれっぽっちもねぇ」
縋るような思いの俺に答えたのは、椅子にどかりと腰を下ろしたジャン。
腕を組み目を閉じたジャンは、はっきりとそう言い切った。
「じゃあ……どうしてだよ?」
「そ、それはだな……」
「——フェイトさんよりも相応しい支援術士がいる、それだけです」
言い淀むジャンの言葉を継いだのはもう一人のパーティーメンバー、アルバート。
理知的な瞳でまっすぐと俺を見たアルバートは微笑む。
いつもなら優しく見えるその表情が、なんだかとても嫌な予感を感じさせる。
「……っ。その人に会わせてくれないか? とにかく……自分の目で見ないことには納得できない」
「もちろん、そう言うと思って彼女を呼んでいるよ。エリン、来てくれ!」
ニックが呼びかけると現れたのは、およそ冒険者とは思えない、派手な格好をした一人の少女。
俺は、その名に聞き覚えがあった。
エリンという少女が、支援術士の間ではかなりの有名人だったから。それも、悪い方向に。
——おいおい嘘だろ。
まさか自分の仲間に限ってそんなことはないだろうと安心していたのに。
彼女……エリンは、男を誑かしパーティーの財産を搾り取る極悪人だ。
計算し尽くされたその仕草に騙された男は数知れず、パーティークラッシャーと呼ばれている。
要するに関わったら不幸になる、そんな人物。
「はーい。どーもっ、エリンで〜す」
甘くて高い声音が耳に刺さる。
ぴょんぴょんと跳ねるようにこちらに来る少女。それを見る仲間たちは、馬鹿みたいに鼻の下を伸ばしていた。
「彼女がうちに入りたいと言ってくれてね。だけどパーティーに支援術士は2人もいらない。僕たちで話し合って、君に抜けてもらうことに……」
「待ってくれ! みんな、彼女に騙されてるんじゃないのか!? 彼女は支援術士の間で……」
俺はなんとか話を聞いて欲しかった。
ニックの言葉を遮り、エリンがどんな人物なのか説明しようとした。
だが——
「うぇ〜ん、ひどいよぉ。アタシが騙すとか、なんでそんなひどいこと言えるのぉ〜」
エリンがわざとらしく泣き崩れた。
どうみても嘘泣きだ。
だが、どうやら『恋は盲目』というのは本当らしい。
慌てふためいた3人が俺をキッと睨む。
「よくそんなことが言えるね!? 情けないっ。君がそんなやつだとは思わなかったよ!」
「お前、なんてこと言うんだ! いくらパーティーを追放されるっつっても、男としてそりゃねぇだろ!?」
「こんな人間とは一緒にやってはいけません。私たちの前から姿を消しなさい!」
親友たちの人が変わったような姿を見て、俺はわかってしまった。
名声を手に入れ、すでに彼らはかつての向上心など失っているのだと。
下心たっぷりに、自分の気になる異性を近くに置くため、俺を追い出すのだと。
つまりは俺が思っているほど、みんなは俺のことを重要に思っていなかったのだと。
頑張ればなんとか改心させることができたのかもしれない。
しかしながら、その気になれなかった。
今までに大切にしてきていたものが、崩れ去るのに気がついたから。
「わかった。もう、俺はいくよ……今までありがとう」
ただ一点を見つめ、何も考えられない頭をよそに……足が動いていた。
俺だけに見えた、エリンのしたり顔が脳裏に焼きついて消えない。
————悔しい。
あれから街の宿屋で部屋を借り、ベッドの上でずっとぼうっとしていた。
腹が立つくらいに溢れ出た涙が枯れたころ、部屋の中は真っ暗だった。
「……これから、どうしたらいいんだ」
暗闇の中、ふいにそんな言葉が出る。
これからの計画を立てなければいけない。でも、まだそんな気にはなれない……。
気分転換がしたかったのだろうか。
なんの意味もなく、俺は呟いた。
「——『ガチャ』」
目の前に現れる画面。
そこには見慣れた0が無慈悲に表記されてい……
「え?」
『パーティー解消により、報酬を支払います
期間:3年2ヶ月
魔物討伐数:2
獲得ポイント:103万』