それは突然の事につきー⑶
僕の弱点。
主人公の性格が冷静すぎること。
漸く出来ました。
「何これ美味しい。ものすごく美味しいんだけど……!」
驚愕だった。
こんなにも美味しい朝ごはんが存在するなんて……!
ライトとミオ、カイトといわゆる『仲間』になってから、僕は一歩遅れつつも三人と一緒に朝食を食べていた。
一歩遅れてと言っても、そもそも三人が起きたのもさほど前ではなかったようで、ほとんど食べ具合に差はなかったのだけれど…………。
「こんな美味しいの月隷でも食べられないって!」
もはやなりふり構わずに、これでもかという程にテンションが上がった。
「仲間うんぬんの時よりも嬉しそうだなお前……。」
カイトが呆れたように何か言っているが、お構い無しだ。
「『ゲツレイでも食べられない』ってどういう事?みんな同じじゃないの?」
ミオが違う所に食いついた。
あぁそれはね、と、相変わらず食べ物を運ぶ手を止めずに、口をもぐもぐと動かしながら僕は答えた。
「儷樺には学力や技術によって分けられる序列があって、それによって支給される食事や部屋、小遣いが違うんだよね。
説明は面倒だから省くけど。」
「ちゃんと口の中飲み込んでから話せよ。
つーかそんまま流暢に話すとか器用だな。」
「縁はみんな変わんないからなぁ。」
「はいへんはんあなぁ」
「「「ライトはなんて言ってるか分からないから!」」」
……なんて風に、みんなめいめいに好きなことを言って食事が進んだ。
もちろん、この訳の分からない異常な状態を容認していた訳では無いし、何が起こるか分からないこの状況で警戒を解いた訳でも無い。
ただ「食えるうちに食っとけ」という楽観的な持論が、この場の全員に共通していたのだ。
もし本当にこの先危険な事があるとするならば、それこそ食べておかなきゃやっていけない。
……そうやって、儷樺の序列競争もやり抜いてきたんだから。
──とは言えどもなぁ……。
カチャリ、と食器を置いた。
いくら頭で考えて食べようとしても、胃袋はあまり受け付けようとしない。
……もちろん、きちんと食べていることは食べている。
でも、いつもよりも口に入る量が少ないのだ。例えそれが、どんなに美味しい料理だったとしても。
「やっぱ、食欲出ないか?」
「うん……。」
憂鬱なため息とともに食事の手を止めた僕に真っ先に声をかけてくれたのは、濃紺の髪をした少年。
そう、カイトだ。
これは意外だった。
いくら『仲間』になったとはいえ、食事を始めるほんの少し前まで嫌味を吐いて一触即発だった僕らは、まだ今としては〝気まずい空気〟が漂うのが一般的じゃあなかろうか。
──少なくとも僕は気まずいと思っていたし、だからこそ自分からは誰にも話しかけなかったのだけど……。
「まあこんな状態だし、無理もないか。」
彼は労るように言ってくれた。
──カイトって面倒見がいい性格なのかな……?
そうだとしたら彼はとても優しいのだろうし、僕が嫌味を言うきっかけになった哀れみの視線も、その優しさ故だったのかもしれない。
……実は、カイトは一番仲良くなりやすい奴なのかも。
──でもさ、ひとつ納得が行かないな。
「……『こんな状態じゃ食欲が出ない』のが普通なら、あれはなに?」
僕がジトっとした目でカイトを見ながら指をさしたのは、ライトだ。
ライトは会話より食い物!のような感じでガツガツと食事を食べている。
……まるで緊張なんて感じさせない。
ほら、今だって。
ミオにとって多すぎる食事を貰ってるみたいだ。
「あぁ、あいつはな……」
カイトも僕と同じくジトっとした目になると、ため息混じりに言った。
「普通が通用しないのが『普通』。
それがライトなんだ。
そう思わないとこの先、頭が追いつかなくなるぞ。」
「それはまた難儀な……。
……うん、心に刻んでおくよ。」
僕らの間でそんな会話が繰り広げられているなんて露知らず、ライトは相変わらず朝食を頬張っている。
決して食べ方が汚い訳では無いし、口にパンパンになるまで詰め込んでいる訳でも無い。
それなのに、みるみるうちに皿に盛られた食材が減っていくのを見るのは、圧倒される光景だった。
「あれ?イクス君食欲無い?」
「ん?ほんとだ!だいじょぶか?」
ミオが気付いて、それに続いてライトも気がついた。
即座にかかってくるのは、心配の言葉。
「ん……。
なんかやっぱり緊張してるみたいでね……。」
……なんというか、僕が今までいた所じゃ周りを心配するなんて考えられない事だから、嬉しいとともに、少しの違和感。
──まぁ、嬉しいことに変わりはないんだけど。
やっぱり儷樺と縁は色々な所が違うんだな、と思った時……。
「緊張してるならさ、」
と、ライトが切り出した。
「イクスについて俺たちが質問して、それに答えてもらうっていうのは?」
「あ!いわゆるアイスブレイクだね!」
「妙案かもしれないな……。」
ライトの提案に、ミオとカイトも賛同。
アイスブレイクとは確か、様々なコミュニケーションでその場の空気を緩和させることだったはずだ。
それなら、いい考えかも。
「そうしてくれるなら、嬉しいけど……。」
「じゃあ、決まりだな!」
答えたのはライトだけだったけど、他のふたりも微笑みながら頷いているので、恐らく答えは同じでいいのだろう。
「さっそくひとつ聞いていいか?実は初めて顔を合わせた時から気になっていたことなんだが…………。」
そう言ってまず口を開いたのはカイトだった。
……もちろん、聞いていいに決まってる。そう意味を込めて頷いた。
「お前、髪染めてるのか?」
やっぱりそれか。
予想はしていたんだ。
……そう、僕の髪は金髪だ。
それも見事なまでの。
明らかに不良をイメージさせるような髪色なのに性格が全然不良っぽくないから不思議に思われたのかもしれない。
──いや、僕は不良じゃないけどね?
「あ、金髪……。よく聞かれるけど、これ地毛なんだよねぇ……。」
……学校でも不良扱いされてたし。
「地毛で金髪かぁ。
……にしても、ここまで綺麗なブロンドは、なかなかお目にかかれないよな。
その目の色と言い、お前日本人じゃないだろ?」
カイトがまたも質問した。
たしかに僕は目も青い。
やっぱり珍しいのかな。
……まぁそうだろうな。
ブロンドの髪にマリンブルーの瞳なんて、そうそうお目にかかれるものじゃない。
「僕、教会のチャペルの上に捨てられてたらしいんだよね……。
だから、どこの国の人間だか分からないんだ。」
「チャペルとはこれまたすごいな……」
カイトが少し驚いた様な顔をして言った。
もちろんそれは後ろのふたりの気持ちも代弁した物のようで、ライトとミオもうんうんと頷いている。
そりゃそうだよなぁ……。
僕だって不思議に思ってるもん。
「日本じゃダンボール箱に入れて『拾ってください』がセオリーだろうに……」
「それは偏見な」
僕がちょっと外れた事を言えば、すかさずカイトがツッコミを入れてくれた。
──やっぱって言うかもう絶対面倒見が良いタイプだよねカイト……。
「じゃあお前、教会で育ったの?」
僕の心のツッコミなどいざ知らず、カイトが僕に聞いた。
「うん。『イクス・レクス』の名前で、教会の牧師見習いをしてたんだよ。」
「ふぁ!?牧師!?」
「それほんとに日本!?」
「日本だよ。」
ライトとミオが驚きに溢れた声と表情で僕に問いかける中、カイトだけが何か思案げな表情をしていた。
眉をしかめて、それこそなにか気になることでもあったかのように。
「………………なぁ。」
たっぷりと間を開けてカイトが口を開いた。
「『レクス』って、苗字?孤児で?」
……あぁ、それが気になったのか。
いや確かに、捨て子なのに苗字あるの珍しいしね。
カイトは鋭いし物怖じしない性格のように感じるから、デリケートな質問をするのにも躊躇はない。
それは出会って間もない僕でも確信を持って言えることだ。
「僕の手に握らされていた手紙に、『この子はイクス・レクス』って書いてあったらしいよ。
全部ムーダンに聞いた話だから本当の事は定かではないけど。」
「ムーダン?」
「あ、拾ってくれた牧師の名前。僕は何故か敬称を付けて呼ばせてもらってなかったんだよね。」
……そうだったな。
話してみれば思い出してしまう。
あぁ、なんて懐かしいんだろう。
牧師のムーダン・レヴェルとその子供のアリィ・レヴェル、そして拾われたイクス・レクスの不思議な三人組。
その三人しか人が居ない小さな教会で、楽しくやっていた。
……今思えば、かなり奇妙奇怪な集団だったと思う。
なんせ全員が出自不詳だったから。
突然布教しに現れた家族と、その少し後に突然現れた僕。
寄せ集めのような集団──と言っても三人だが──だったけど、ムーダンとアリィにはとても感謝してるんだ。
──もう何年も会ってないんだけどね。
そう考えると湧き上がってくるのは、なんとも言えない虚無感。
と言うより、悲しさ……?
また会えるかな……。
「そういえばさ、」
カイトの一言が、僕を懐かしさの余韻から引き戻した。
「お前いつから儷樺に拾われたの?」
「確か、六歳の時かな。」
……もう、六年も前。
あのアシュピト教会が懐かしくなる訳だよ。
「儷樺は基本、六歳の時に選ばれるんだ。
もちろん例外もあるけど、僕はありきたりな六歳だったよ。」
「……やっぱ、なにか特別すぎる事情があるヤツらがこの場所に連れてこられたわけでは無いのか……?
いや、五人しかいないんじゃ確証なんて持てないけど。」
──なるほどね。
カイトは、このアイスブレイクの間にもずっと推理してたのか。
カイトはとても頭が回るらしい。……いや多分、この中で一番冷静さと推理力が高いのはカイトなんだろうなぁ……。
「あの奇術師……ハンスヴルストは、僕たちをいわゆるリアルRPGゲームに参加させたい訳なんだ?よね?意味わからないけど。」
急な話題の変化だけど、みんなもすぐに真面目な顔になって、頷いた。
──見て見ぬふりの楽観的思考も、ここまでか。
「となると、不可解な事が有るんだよ。」
僕は言った。
そう、それはあの場に居た英語圏の少年が「RPGなら得意分野」と言っていた時から少し引っかかっていたことだ。
「ゲームをするなら何においても、コマンド……というか、ステータス画面?みたいな物が必要だと思うんだ。」
ゲームアバターの行動を司り、プレイヤーの指示通りに物事を進めるのに最も必要なもの。
それがゲームステータスだと僕は思ってる。
「ヒットポイントとか所持アイテムとかパワーバランスが見れるあれか?」
「そうそれ!」
ライトはこういうのに詳しいのかな?
「さすがはゲーム厨のライトだな。」
──あ、詳しいんだな……。
「こんなの誰でも知ってると思うけど。」
「でもゲーム厨ならこの先楽にやっていけるんじゃないかな?」
それを知る者はそれを好む者に如かずって言うしね。
……と、僕が言うと、それなら尚更とカイトが言った。
「RPGと言うからにはちゃんとそっくりにして欲しいよな……。」
……その時、ザザ……と音が聞こえて机の上に奇術師の格好をした男のホログラムが現れた。
仮面で隠された顔……、ハンスヴルストだ。
「よくぞ、お気づきになられましたね。」
冷たい薄ら笑いを浮かべて、彼は不気味にそう言った。
ようやく書きたかった短編が書ける……!