【地獄編】紙袋の男
※グロテスクなシーンが出てきます。苦手な方は読まないで下さい。
次話で色々内容を端折っていきます。
どれくらい落ちただろうか?
抜かれた舌をはじめとし、頭の先から足先にかけて這うような激痛が絶えず押し寄せてくる。
キーンと頭が割れてしまいそうな耳鳴りも止むことは無い。むしろ酷くなっている。
長い間底のない空間をひたすら落下している筈なのに下に降っているのか上がっているのか分からなくなってくる。
(洗濯機の中にぶち込まれた服の気分ってこんな感じなのかな)
気の遠くなるような時を激痛と共にはしているが、落ちはじめの時と比べるとだいぶ思考する余裕が出てきた。
人間とは激しい環境の変化にも対応できる生物だと誰か言ってたような気がしたが気のせいかな。
ずっと落下してる。絶えず落下してる。
落下してるけど落下の感覚が麻痺してくる。もしかしたら上に急上昇してるのかも。はたまた前に高速で移動してるのかも。よく分からなくなる。
激痛とは常に切ってもきれぬ存在になってきている。
思考もほんの一瞬できるようになったばかりだ。すぐに痛みで頭の中がグチャグチャに掻き回される。
耳鳴りもまたうるさくなった。
うるさい。
痛い。
グチャグチャ。
エヘヘ。
――いつまでそうしてたんだろう?不意に激しい違和感が襲った。
何もかも止んだ。
痛みも、うるさいのも、落下からくる浮遊感も。
「ようこそおいで下さいました。クソ野郎。」
俺の倍はありそうな身長の赤鬼がいつの間にか目の前に立っていた。
顔は皺々の老人なのに体つきはボディービルダーのように筋肉隆々でモノクルに燕尾服と何処かの執事のような恰好をしていた。
「先ずは奈落の刑100万年お疲れ様でした。クフフ…」
悪い顔ってこんな感じ何だろうな。久しぶりの自分以外に俺は少し戸惑っていた。
「アレアレ?未だ余裕がある顔してますネェ…まあ、すぐにそんな顔は出来なくなりますよ。クフフ…」
赤鬼執事が指をパチンと鳴らすと何処からか金属を擦るような音が聞こえてくる。
「ウチの坊っちゃまは料理が好きでしてネェ…特に肉を削ぐのが上手いんですよクフフ…」
金属音がだんだん近くなってくる。逃げようとしたが身体が全く動かない。
ふと右耳に「ハアハア」と息づかいが聞こえてくる。生温かいねっとりとした空気が耳をくすぐる。
唯一動く目玉をギロリと音のする方へ向けると、紙袋のような物を被った背の低い男が肌が触れるギリギリのところで立っていた。
(近ぇよ!)
よく見たら3箇所に穴が開いている。目のところに開いている穴から充血した汚ない瞳が真っすぐ僕の耳を見ている。口の方に開いた穴からは赤く爛れた唇をあけて舌舐めずりしていた。
全身に身の毛がよだつ。
「坊っちゃまは耳が大好きでしてネェ…」
赤鬼執事のクフフという笑い声と同時に耳の付け根に激痛が走る。
「あ゛ぁ゛あ゛あぁ゛」
この野郎!耳を切りやがった!
激しい激痛と共に目眩が襲う。生温かい血の感触と冷たいナイフの感触がごちゃ混ぜになる。
善野はこれが次の刑かと理解した。
――少しずつ。数ミリ単位で肉を削がれている。噴出した血は既にドス黒く固まりそこからまたナイフを入れられ新たな血が流れ出てくる。右耳から始まり、首、肩、腕とやがて右半身だけ骨にされてしまう。
けど死なない。生きたまま肉を削がれ骨となる。
紙袋の男は削いだ肉をくちゃくちゃと咀嚼音を立てながらまるで摘み食いをしながら料理をしているようだった。
激痛と気持ち悪さで吐き気がしたが、胃液を出そうにも男によって胃が切り取られた後だった。
何度も何度も体を動かそうと踠いても動かない。少しずつ身が削られる感覚と痛みをじっと感じることしか出来なかった。