4話前編 『勉強会、それは恋の駆け引き』
「お姉様に手を出そうとする、不届き千万たる穢らわしい獣には……この私、琉蓮司 明が鉄槌を下さねばならないと思うの!! ねぇ!! あなたもそう思うでしょ!?」
「そうなのだ!!! 幼なじみに恋されるとか、鉄槌を下すべきなのだ!!!」
「……何よ、その喋り方」
事の発端は時を遡ること十分前。俺が意気揚々として初めての神崎家に浮かれていた頃のこと。
明るめなジーンズのデニムパンツとプリント付きの安価なTシャツの上に黒のパーカーを羽織って、右肩には勉強道具をいくつか詰め込んだ学校に持っていくのと同じカバンを掛けて、とりあえずオシャレしてみました感を出しつつ、弾むような足取りで舗装されたばかりの黒道を歩く。
左右は敷地との仕切りとしてコンクリートの壁が連なっており、見渡す限りの住宅街である。
神崎に渡されていた簡略な地図と周囲の地形とを見比べる。
「……迷ったな」
短く、歯切れ悪く、簡潔にボソッと口に出す。
決して、神崎の描いてくれた地図が悪かった訳じゃない。
まして俺が方向音痴な訳でもない。
決して、方向音痴などではないのだが……迷ってしまった。
どうしたもんか、と思いとりあえずぐるりと一周見渡す。
ちょうどT字路の突き当りだったので三方向の道路が遮蔽物なく綺麗に見渡せたが、結局目に映るのはどこまで行っても同じような家ばかり。
仕方ないので電話をかけて家の場所まで誘導してもらおうとしたその時、何故か見覚えがあるような……そんな黒光りの車が視線の先――T字路の右側からまるで気を衒い、馳せ参じてくるかのように現れる。
すると、やはり予感の通り、その車は俺の真ん前でその妖艶で煌びやかな車体を見せつけ、膝まづかせるかのように遥か高みの風格を纏い鎮座した。
あぁ……この感覚は思い出したぞ……この後、きっとあの突き刺すような芯のある毒舌が響くんだ……
だが、二度目の予感はものの見事に外れてしまう。
「お前が新崎 曜だな!! 想像してたのと違って随分と暗そうな見た目だな!!」
窓がブイィーンとゆっくり下に降りて、現れたのは印象深いブロンドヘアーを短めに切りそろえていてまだ、どこか幼い印象を覚える顔だった。
そして、同時に聞こえてくる声にも棘なんてものは一切存在せずまだ、幼く明るい、どこか未熟さを感じさせる声だった。
「だが、まあ安心しろ。私は博愛主義でいーがるいたりあん? だからな!! 誰とでも平等に接してこそ人の上に立つに相応しいのだ!!」
「それを言うならイーガリタリアンだろ……」
「フッ……小さいことは気にするな。それよりもお前をお姉様の元まで送ってやるから早く車に乗るんだな!!」
車窓越しでフフンと得意げに鼻を鳴らして突然車に乗れ、とかナチュラルに誘拐しようとする強行……俺じゃなきゃ流されちゃうね。
「あのなぁ、まずお前は誰なんだよ? お互い名乗ってからが会話のマナーだろ?」
とは言ったものの実はだいたいの目星は既についているが。
印象深いブロンドヘアーに高飛車な物言い、それに加えてマンガの中にしかないようなながーい黒塗りの高級車。
服装だってどこかで見たような白いワンピースだし……もしかするとお下がりなのかもしれない。
極めつけはお姉様という一言、こいつはおそらく……
「おっと、私としたことが、ついつい感情が先走ってしまいましたわ。コホン、私の名前は琉蓮司 明。琉蓮司家の末娘にございますわ」
あーやっぱり。また、琉蓮司だ。もういや……
結局、セバスらしき人物に半ば無理やり車に乗せられてしまい、そのまま連れていかれるのだった。
そうして、神崎の家の前まで来たわけだが……
「何でお前までついてくんだよ?」
「ん? だから小さいことは気にするなって」
「…………はぁ」
さっきまでのやりとりから見ておそらく中学生ぐらいだと思うんだが……高校生の勉強会に呼ばれてるわけないよな……じゃあなんで、ん? あれ?
「なあ、お前確かお姉様の元に送ってやるって言ってたよな?」
「お前じゃないわ。明よ、あ、か、り!!」
「わ、わかったって。それで、言ってたよな?」
「ええ、確かに言ったけど……それが?」
「あいつがいるのか? 琉蓮司 聡が?」
「当たり前じゃない。あぁ……敬愛すべきお姉様ぁ……ハァハァ、フフフエヘへ」
あぁなるほど……威圧感や毒舌がない代わりにこれか……こっち方面にめんどくさいのかぁ……
しかし、突如彼女の不気味な笑い声はピタリと止まり、地獄の底から煮え滾るマグマのように深く暗い熱を持った言葉を発する。
「そして、そんなお姉様と一緒に居るのはあのクソ野郎……あぁ……許せませんわぁ……ね?」
ね? がこれほどまでに怖いと感じるのは後にも先にもこの一瞬だけだろうな、なんて思いつつパッとスマホの時計を見て緊急避難を試みる。
「おっとっと、もうこんな時間かーこりゃもう行かないとなーじゃっ」
「待ちなさい」
ガシッと襟首を掴まれ、耳元で凄みのある声を浴びせられる。
明らかにヤバいやつに捕まった、と後悔するには遅く、ここから、彼女の一方的なお姉様のお姉様によるお姉様のための布教が始まり、もはや呪詛とも呼べるようなものを十分間、耳の中で反芻させられ続け、今に至る。
「ふむぅ……ちょっとやりすぎちゃったかしら。まあいっか。それよりも……」
再び、彼女は目の前にある煉瓦色の二階建て建築物の一番左――おそらく神崎の部屋だと思われるものを凝視する。
さっきまでの演説でいかに彼女が神崎のことを疎ましく、蔑むべき相手と考えているかは満身創痍になるほど理解した。
そして、彼女の目的も。
「ねぇ、新崎? 私のこと言いたいことわかるわよね?」
もはや、彼女の喋り方が極悪党の長みたいになってることには突っ込まないでおこう。
それに、キャラ崩壊は琉蓮司家の十八番だもんな!!
地獄の洗脳が終わってようやく自我が復活しかけている矢先にかなりめんどくさい部類の質問。
しかし、さっきも言った通り彼女の言いたいことはだいたいわかる、だがしかし、それは俺にとって本格的にまずい事態を呼び込むことになってしまう。
――すなわちバッティングである。
以前、琉蓮司 聡との勝負で予定外の勝ち方をしてしまった俺は不本意にも彼女の恋路をサポートさせられる役を強制的にやらされることになってしまった。
しかし、琉蓮司 明が望むのは間違いなく聡と神崎のあと一歩の関係を瓦解させ、ほつれさせること。
つまり、俺は彼らの恋路をサポートしなければいけないはずのに、逆に壊さなきゃいけない立場にもなるということだ。
本来なら自分から言い出し事である聡との約束を守るべきなんだろうが……拒否したら本当に末代まで呪ってきそうなこいつに楯突くのはいくらなんでも無謀な話だ。
やるしかないか……
「神崎をお姉様から引き離すんだろ?」
「ええ、その通り。あの野郎をどうにか私がこっちにいる間に引き離しとかないと……」
「こっちにいる間?」
「……なんでもないわ。それよりも当然、やってくれるわよね? ね?」
有無など言わさない気迫と勢いでジリジリと詰め寄ってくる。
「……わかった。ただし、一つだけ条件がある」
「条件……?」
一陣の風に髪が乱される。
木々のざわめきはこれから始まる新たなボス戦に挑む俺を鼓舞するBGMがごとく騒ぎ立てるのだった――……
――次回予告――
やめて!琉蓮司 明の話を呑んで琉蓮司 聡とバッティングしてもしバレたら、新崎の精神どころか色んなものまで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで新崎!あんたが今ここで倒れたら、そもそも物語が終わっちゃうもん! チャンスはまだ残ってる。ここを耐えれば、穏便に済ませることが出来るんだから!
次回、「新崎死す」。アオハルスタンバイ!
*嘘予告